12年と7ヶ月ぶりの、我が息子となったアーロンとの再会だ。
英語など 全く話せない六兵衛だし、お互いに口数が多い方でもない・・。
口下手でもあるし、二人っきりになると お互いが、緊張と緩和の間を揺れ動くのである・・。
昔 遊んだ仲間たちが 逢いに来てくれる・・
裏の畑の隅に作っている物置き場に入れて置いた発泡スチロールの箱を取り出してみたら、柿の実が1個 入っていた。
誰が入れたのか、六兵衛は入れてない。
物置のこんな箱の中に、柿なんかを入れる者はいないはずだが・・。
我が家の庭や畑には、時々動物がやって来る。
野良か飼い猫かは分からないが、確実に猫がこの辺りを徘徊しているのを、よく見かける。
何年か前に 隣の屋根の庇に、ちょこんと座っている「猿」を見た事がある。
隣家の犬に追われた「アライグマ」が木に登っているのを、我が家のベランダから見た事もある。
その者は、表の庭に実っている柿の実を採り、後で ゆっくり食べようと思って、物置小屋の発泡スチロールの箱の中に入れて置いたのかもしれない・・。
だから 元に戻して置いたのだ・・。
今朝は. 一面が曇り空。
昨日の雨の残りが、今朝の その雲に表れている。
「さつま芋」の葉に覆われた裏の畑の片隅に、白い花が一株 咲いている。
時々 見かける可憐な花なのだが、野暮天の六兵衛は その名を知らない・・。

だから「AI」で写真を見せて 調べてもらった。
「水仙」とか「カヤツリグサ」、「オーニソガラム」等々の解答があったので、それらの花の写真を見たが、どうにも違うようだ。
『白い可憐な花が秋に咲く球根の花の名前は?』と細かく説明して問うと、ゼフィランサス属の「玉すだれ」だろうと答えてくれた。
「たますだれ」・・漢字で書くと「玉簾」。
「さつま芋」畑に、その白い花が 雰囲気を作ってくれている。
今 流行りの「AI」には、一般的に「Google AI」と「Agent i」の二つがあるようだ。
この頃の六兵衛は、この「AI」と、友達のように接している。
二つの「AI」の、どちらが どう?・・などの詳しい事は分からないので、とりあえずは適当に、そのときの気分で選んで接している。
例えば、『この水草の名前がわかりますか?』と質問する・・。
我が家の裏の「農業用ため池」に群生している水草の事だ。
Aiの答え・・
『水辺の植物は見分けが少し難しいですが、いちばん有力なのはヨシです。
細長い葉が株立ちでまとまり、水際に群生している見え方がヨシの特徴に近いです。
参考画像のヨシの群落とも全体の姿がよく似ています。
見分けのポイントとして、ヨシなら・・
⚫︎葉が細長い。
⚫︎水辺に大きな群れで生える。
⚫︎背が高くなりやすい。
⚫︎が出る時期は上にふわっとした花序がつく。
⚫︎ガマではなさそうな理由は、ガマなら茶色いソーセージのような穂が目立ちやすい。
(回答の一部)
「もっと絞り込みたいので、穂が出ている写真か、葉を近くで撮った写真を1枚送ってもらえますか。」』・・との積極的な質問が帰ってきた。
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例えば、『ロサンゼルス・ドジャースのホスエ・デポーラ選手が大谷翔平選手を“二度見”をしたというリアクションの映像は ありますか?。』と質問すると・・。
AIの答えは・・
『あります、少なくともYouTube上で。
「ホスエ・デポーラがダグアウトで大谷翔平を見つけて二度見した瞬間」について扱うYouTube動画が見つかりました。』
(回答の一部)
(注)デポーラ選手は9月11日にメジャーに初昇格したばかりの 21歳。彼自身 ドジャースタジアムでのデビュー戦となる この試合で、9番・指名打者で3打数2安打、1打点、2得点、1四球の活躍をし、ベンチに帰ってきた時の同僚の選手たちとのハイタッチの様子だ。デポーラ選手がベンチに帰ってハイタッチの祝福を受け、その流れのまま 何気に大谷選手とハイタッチをして・・
・・その人が大谷選手だったと気が付いて振り返り「二度見」をしたホスエ・デポーラ選手の動画を表示してくれる。
「Google AI」と「Agent I」の二つの『AI』を利用して、難しい作業をしようと望んでいるわけではない。
遊び程度の ちょっとした疑問を、割と簡単に調べてくれるし、次から次へと質問を重ねて行っても、いつまでも丁寧な言葉で こちらの質問に付き合ってくれるので、ありがたく重宝しているのだ。
こんな「AI」の事なんて、だいぶ以前から世間では当たり前の事なんだろうけれど、この頃になって やっと六兵衛も「Ai」の便利さに気が付いた・・というわけだ。
2階と1階の間にあるガラス窓には、夜になると いつも、ヤモリ
がへばり付いている。
その一例だ。
昼間の明るいとき、ヤモリの居たあたりのガラス窓の外側には
白い何かの汚れが付いている。
しかも その白い汚れは、日を重ねるごとに少しずつ増えたり、
雨にぬれて消えたりしているように思える。
・・もしかしたら、その白い汚れはヤモリの糞(フン)なのでは
ないのか ?
もしヤモリの糞なら、疎かにはできない・・。
「A I」にその写真を見せて調べてもらった。
ヤモリの糞(フン)は、『黒っぽく細長い糞の先端(0.5~1cm)
に白っぽい色の小さな塊が付着している』と、「A I」の回答だ。
「A I」が見せてくれたヤモリの糞とオシッコの写真だ。
『ヤモリなどの爬虫類や鳥類は、水分を節約するため尿を液体
ではなく、白い固形物として糞と一緒に まとめて排出する。
水分がほとんどないため、カサカサとした白いチョークの破片の
ようにも見えます。』という。
間違いなくこの白い汚れはヤモリの糞で、ウンコのかたまりは窓
の下に落ちたのだろう・・。
我が家での ヤモリを意識し始めると、何かにつけてヤモリが目
に入ってくる。 先日もつれあいが、ヤモリの死骸を見つけたと言って、六兵衛の
文庫本の本棚の横に、親切にも置いてくれていた。
朝、歯磨きのため いつもの指定席のベランダのドアの前に立つ
と、ドアの近くに居たらしいヤモリが、慌ててエアコン室外機の
裏に隠れじっと佇む姿があった。
・・されど ヤモリ。
双葉社が発行している週刊誌「漫画アクション」に、1970年
から1976年まで連載されて、大人気となった漫画『子連れ狼』
の、古い中古の単行本(全28巻)を「メルカリ」で購入した事を
8月12日当ブログ『第弐部、大円団の終幕!だって?・・その3』
に書いた。
( 原作者:小池一夫さん、絵:小島剛夕さん )
https://arukuneru.com/2026/08/12/post-16980/
それから約1ヶ月をかけて 全28冊を読み終えた。
強い絆で結ばれし父と子は、目的を成し遂げるため、激しい闘いを
乗り越え、そのため 大勢の武士たちが 情け容赦なく死んでいくが、しかし 小島剛夕さんの絵柄が、「動く水墨画」などと称されるほどに、激しい殺りくを和らげてくれている。
小島剛夕さんの絵柄は、Gペンなどの漫画独特のペン描きだけでは
なく「筆」をも使い、物語に力強さだけではなく柔らかさをも表現
し、まるで上質な水墨画や、絵巻物を見ているかのようだとの意見
もあると言う。
この『子連れ狼』が、「漫画アクション」に連載されていた当時
(50年ほど前)の六兵衛はといえば、20歳代 後半の頃になるが
「漫画アクション」連載中には、ほとんど読んだという記憶はない。
今回 購入した中古の単行本『子連れ狼』は、出版された時代が異
なって混ざっていて、背表紙が黒色の単行本は、「漫画アクション」の双葉社のから1970年代に発売されていて、値段は1冊 ¥350円 、白色の背表紙は(株)スタジオシップ(後の小池書院)から1990年代に発売された単行本で、値段は1冊620円になっている。
但し、その「株式会社 小池書院」は、2016年に破産手続きを行い、法人としては すでに消滅しているという。
2000年に小島剛夕さんが亡くなった後の2003年、原作者の小池一夫さんが、作画を森秀樹さんに描かせ、小学館の「週刊ポスト」に『新・子連れ狼』の連載を始めたという。
森秀樹さんは、小島剛夕さんに憧れて漫画を描き始めたらしく、『新・子連れ狼』の絵柄も一見 似ていなくはないのだが、画が硬く 刺々しいのだ。小島剛夕さんの絵には、激しい場面でも 筆を使っていたからか、柔らかい色気みたいなものがあった。
余談だが、森秀樹さんの絵柄は、小島剛夕さんというより 平田弘史さんの雰囲気があるように思う。
我が家の2階から1階へ降りる階段の中程にある窓ガラスの外側
に、時々 夜になると「ヤモリ」が へばり付いていることがある。
これまでにも、2026年4月6日の日記『ヤモリに願いを・・』や、
2026年7月29日の『ヤモリに願いを・・その2』などで、家守たる
ヤモリへの感謝と期待とを記してきたが、それ以後も 時々姿を見せ
てくれるヤモリ百態である。

ヤモリは決して毒などは持っておらず、ゴキブリやシロアリ、蚊や
蛾、クモなどの害虫を食べてくれる「益虫」なのだという。
また、昼間は日光や天敵などから身を守るため、雨戸やシャッター
などの狭くて暗い場所に身を潜め、夜になると 灯りに集まってくる
蛾や蚊、クモなどの昆虫を捕食するため、住宅の窓の明かりなどに
よく現れるのだという。
こうして何度も現れるヤモリは同じヤモリなのだろうか・・。
それとも別のヤモリが、たまたま同じ場所に現れているのか・・。
なにしろ 現れたヤモリは、腹しか見せてくれないので、そこら辺の
事が よく分からないのだが・・。
先日 その窓ガラスの内側になる階段「測板」部分に、二回りほど小さなヤモリがいた。
まだ子供のヤモリのようで、我が家を守るため次世代の「ヤモリ」が、家の様子を知るための修行中だったのかも知れない・・。
誠に ご苦労さんである。