『ノンちゃん!』

 六兵衛の つれあいは、孫たちに「ノンちゃん」と呼ばれている。
二十数年前の初孫が生まれたとき、六兵衛とのんちゃんは 孫に何と呼ばれたいか考えたのだ。
六兵衛は単純に「じーちゃん」と呼ばれるつもりだったが、つれあいは「ばーちゃん」ではなく『ノンちゃん』と呼ばれる事を望んだので、以来 孫たちは 小さい頃から大人になった今でも、つれあいの事を
『ノンちゃん』と呼んでいる。

 我が つれあいが、何故「ノンちゃん」なのか、それは つれあいが小学生の頃、今は亡き つれあいの父親が『ノンちゃん雲に乗る』という映画を観たという。

 新東宝映画『ノンちゃん雲に乗る』は、1947年(昭和22年)に出版された石井桃子さんの児童文学作品を、1955年(昭和30年)に鰐淵晴子さんの主演で新東宝で映画化された。

配給:新東宝・原作:石井桃子・監督:倉田文人
( 配 役 )
ノンちゃん(田代信子):鰐淵晴子
おかあさん:原節子
おとうさん:藤田進
雲のおじいさん:徳川夢声

 物語は・・8歳の女の子、田代信子(ノンちゃん)は、ある春の朝、お母さんとお兄さんが 自分に黙って東京へ出かけてしまったので、寂しくなり、気分を紛らそうと池のそばの木に登って池に映る空を覗いているうちに、誤って池に落ちてしまう。
暫くしてノンちゃんが気がつくと、そこは雲の上だった。
雲の上にいた白いヒゲのおじいさんが、池に落ちたノンちゃんを熊手ですくって助けてくれたのだった。
ノンちゃんは雲の上で、仙人のような おじいさんに、自分のことや家族のこと、いじめっ子のことなどを打ち明けるのだったが・・そんな物語の映画だったらしい。

 余程 その映画に登場する「ノンちゃん」が可愛かったのだろう、映画の主人公と同じ年頃の自分の娘を『ノンちゃん!』との愛称で呼び始めた・・という そんな経緯があったらしい・・

 おーい ! ノンちゃん。

 

阪神タイガースの野球・・

 午前中の時間帯、大谷選手が所属する大リーグ・ドジャースの試合を毎日のように見ているうちに、いつの間にか夜は、阪神タイガースのナイターを見るようになっていた。
”見るようになっていた”・・と書いたが、何を隠そう 10年ほど前までの六兵衛は、大の阪神ファンだったのだが、はっきりとした理由はないものの いつの間にか、次第に阪神ファンだった熱も冷めてしまい、試合も見なくなってしまっていた・・。
だから、今 改めて阪神タイガースの試合を見ても知らない選手が多くいるし、ましてや 阪神以外のチームに至っては、知らない選手ばかりの有様である。

 それは ともかく、改めて阪神の試合を見ていて感じる事がある。
試合中の阪神のべンチ内が、どうにも暗いのだ。


 まず第一に、監督の藤川球児さんの表情が暗い。
それにつられてか、後ろの和田コーチまで が、やはり 暗い・・。
試合なのだから、調子の良い時もあれば 悪い時もある。
仮にも一国の主たる者が、一喜一憂を顔に出して どうする!

 大リーグ・ドジャースの試合などで、時々 ベンチ内の様子がテレビに映ったりするのを見ると、ベンチ内自体が広いという事もあるのかもしれないが、それでもベンチ内が 何となく楽しそうに見えるのだ。

 藤川さん! スポーツは勝ったり負けたりだよ。
プロの野球といえど、全試合 勝つわけにはいかない。
まずは 精一杯、そして 楽しそうにやってよ!

 

裏の農業用ため池・・

我が家の裏の農業用ため池には、「菱の葉」が池の全面を覆ってしまった。 しかし 一方で、「ガマ」か「マコモ」か、 どちらにしても多年草の水草が、毎年少しずつ小さな水面の縄張りを増やしている。
一方「菱」の 水面に浮かぶ「葉」は 、秋になると次第に枯れてしまう。
それでも水面下の土中には「菱のタネ」が残っていて、翌年の初夏の頃になると芽を出す。

 今年の初め頃の農業用ため池・・水鳥も のんびり泳げていた・・。 農業用ため池も初夏の頃になれば、水鳥たちも北の方へ旅立ち、土中から少しずつ浮かび上がってきた「菱の葉」が 一面を覆い初めてくる。

 

 6月の中頃、どうゆう訳か 1組だけ残った親子の水鳥が、わずかに泳げるほどに残った水面で、餌を啄んでいた・・。

栞?

 築山 桂さんの文庫本を読んだ。
大坂(阪)の町に暮らす甲次郎の捕物話だが、中古本サイトで購入した その文庫本の中に、細長く 何かの図面のような印刷物の紙が挟まっていた。
中古本を購入すると、時々 何かのチケットや領収書などの「栞もどき」が挟まっていたりするから、多分 前に読んだ人が、栞として使ったのだろう。 挟まっていた「栞?」を 拡大してみた。
何かの図面らしいが、何の図面なのかが 分からない。
だから Googleの「画像検索」に入れて調べてみた。
まず、「AI による概要」とかによると(クリックで画面が大きくなる)・・

 また「画像検索」には、似たような図面の画像がたくさん出てきたが、同じような図面は見つからない。
 まぁ Googleと言えども、何から何まで分かるはずもない・・と思うと、何となく安心。

「すもも」の木

 裏の畑の東側には、大小2本の「すもも」の木を植えている。
大きな方の「すもも」の木は、裏に畑を作り始めた2020年の頃、表の庭に植っていたのを移し変えたものだ。
小さい方の「すもも」の木は、それより2・3年後に、植木屋さんで苗を買ってきて、この場所に植えた。

 ・・が 今年、小さい「すもも」の木の方に異変があった。
冬が終わり、春もすぎて、梅雨も終わって夏になろうとしている時期なのに、一向に緑の葉が茂って来ない・・。

 あぁ〜 枯れてしまったか・・。
半ば 諦めかけていたのだが、先日 何気に 小さな「すもも」の木を見ると、枯れた・・とばかり思っていた「すもも」の木に、新しい黄緑色の「芽」が2ヶ所、顔を出しているではないか。
オゥ!!
まだまだ 諦めるな!
がんばろう!!

 

市兵衛さんの新刊

 待ちに待った文庫本の市兵衛さんの新刊(第36巻)が、近日発売との知らせが、Amazon.co.jp から我がGmail 宛に届いた!

 これまで そういった知らせなど一度もなかったけどなぁ・・と思いながら、そのメールを良く見ると、『フォローしている著者の直近発売予定の新刊について、お知らせをお届けします。』との文言がある。

 えっ?「フォローしている」って?、いつ?、六兵衛がAmazonで?、辻堂魁さんの文庫本のフォローとやらをしてるって?
いや そもそもが、「フォローする」との意味さえ、よく分かっ
ていない六兵衛なのに・・?。
まぁ それはそれとして、市兵衛さんの新刊が出るとのこと、とても
嬉しい!。

 半月ほど前のこと・・。
それまでの六兵衛は といえば、市兵衛さんの中古本を購入しても、すぐ読んでしまっては その後が寂しいものだから、とりあえず 未読のままの
2、3冊を未読用本棚に並べ、それを眺めることで、読みたくなったら いつでも読めるんや・・との想いを 楽しんでいたのだ。
だから先日までは、第33巻「うつ蟬」、第34巻「蝦夷の侍」、第35巻「みこころ」の未読の3冊を未読の本棚に並べて楽しんでいたのだが、新刊が なかなか出版されないものだから、ついつい考えてしまった。
我が家の未読の本棚に、未読ままの市兵衛さんを2冊も3冊も並べているものだから、なかなか新刊が発売されないのではないか・・、独りよがりな考えながら、ふと そんな考えに思いが至り、ゆえに 思い切って、未読の本棚から その3冊を取り出し、3冊とも読んでしまったのだ。

  あぁ〜・・発売されている全ての市兵衛さんを読んでしまった、寂しい・・と思っていた数日後に、上記のような『新刊 近日発売・・』のGmailが届いたのである。

 おぉ〜 願えれば 通じる・・!

 

ブルームーン

 2026年5月31日(日)20時04分 東南の方角に満月が・・。

 今夜の月は「いて座の満月」らしく「ブルームーン」というらしい・・。
地球から最も遠い場所で輝くゆえに、最も小さく見える月「マイクロムーン」だそうだ。

 月に願いを・・。

 

赤く熟れたグミの実が・・

 我が家の庭のグミの木に、一つ、二つ、三つ・・五つ、六つ・・いや 10数個、葉の間からグミの青い実が 顔を覗かせるている。

 それから約10日が過ぎて、実は少しずつ 赤く熟れてきた。

 そして 今日、念願の食べ頃に赤く色づいた「実」を、とりあえず7個 摘み取った。

 味は? ・・まだ食ってない、簡単には・・食えない。

 3月28日の当ブ六兵衛ブログにも書いたように、このグミの木を植えて20数年が経つが これまでに一度も、わが家の庭のグミの木なのに、その「実」を食べた事がない。

グミの花が咲いたけれど・・

 数は少ないけれど、初めて赤い「実」の収穫が出来た。
きっと 良い事が あるに違いない。

 

ヤモリに願いを・・

 昨夜 もう 寝ようと、2階から階段を降りながら 階段途中の窓をフト見ると、ガラスの外側に「ヤモリ」が へばり付いていた。
 こちらに腹を見せているので、その腹をガラス越しにだがコチョ コチョとチョッカイを出すと、「ヤモリ」はチョロ チョロと 少しだけ動くが、逃げようとはしない。

 「ヤモリ」は「家守」とも書くように、家を守ってくれると云われている。
家を 家族を、守って!!!

 

中途半端な月が・・

 昼ごろから降り出した雨は 夜になって止んだが、空には まだ雲が覆っていて、それでも時々 そんな雲間から、半端な光の月が顔を覗かせる・・。

 病院から帰りながら、いつも思う・・。
代われるものなら 代わりたい・・と。

 家に帰ると、ひとり・・。
時々は、泣いたって ええやろ。