

昔 遊んだ仲間たちが 逢いに来てくれる・・
1年にこの時期だけの 何ともいえぬ 明るい開放感。
芥川方面へ散歩に行った。
だから、昨日も今日も さくら・サクラ・桜 ・・。
阿武野小学校裏庭のさくら
養護施設の土手のさくら・東面
養護施設の土手のさくら・南面
第2中学校正門のさくら
芥川河川工事とさくら
芥川堤桜公園1
芥川堤桜公園2
芥川堤桜公園3
芥川堤桜公園4
芥川堤桜公園のさくら・・ちいさな番外
最後に 我が家の さくら・・。
今年も咲いてくれて 『ありがとう!』
どことなく青っぽいが 霞んだ空の下、満開の桜花。
春は霞みの中におぼろげに、桜花も ぼんやりと霞んでみえる。
雀が3羽 庭に・・花と春の日射しに誘われて・・。
・・この写真では 雀の姿はちょつとわかりづらいか・・
ならば、下の拡大写真をヒントに お探しあれ・・。
1999年に新潮文庫から出版された池波正太郎さんの時代小説
『堀部安兵衛(上・下巻)』を、今 読んでいる。
日本人が大好きな「忠臣蔵」の話や、高田馬場での助太刀の話
などで 堀部安兵衛は有名な侍である。
「忠臣蔵」での堀部安兵衛の活躍は 大まかには知っているが
堀部という名前に変わる前の、
まだ中山安兵衛といった頃の少年時代の出来事や
浪人時代の大人の侍に成長していく過程だとか
義理の叔父の菅野六郎左衛門が、高田馬場における村上兄弟
との決闘での助太刀で大活躍をし、それを赤穂藩浅野家の臣
堀部弥兵衛に気に入って、安兵衛は堀部家の娘婿になる。
そののち、赤穂 四十七士の一人として、
藩主の恨みを晴らすべく、吉良邸に討ち入りを果たす・・
堀部安兵衛のそんな物語だが・・
『 小石川の水戸屋敷の北から西へかけて、
江戸川が流れている。この川は神田上水の枝流であって、
北から西へ、いくつもの橋がかけられているが、江戸川が
江戸城の濠へ合流しようとするあたりに舟河原橋があり、
その一つ手前の橋を立慶橋とよぶ。
( 中略 )
堀内道場は立慶橋の東詰、松平讃岐守下屋敷と通りをへだてた
南側にあった。
このあたりは幕臣の邸宅が多く、堀内道場も以前には
斎藤長十郎という旗本の屋敷だったという。
( 中略 )
広沢と安兵衛が、立慶橋を東へわたりかけたとき、
向こうから来た武士が立ちどまり、にこにことこちらへ
笑いかけてきた。
その武士は、奥田孫太夫であった。』・・・と。
注)その 奥田孫太夫は、赤穂浪士・四十七士の一人。
一貫して吉良邸討ち入りを主張する急進武闘派で
直心影流の剣客でもあった。
もう少し 拡大してみると・・
小石川の江戸川を東西に架かる「立慶橋」を渡り掛けたとき
・・と、池波正太郎さんが書かれている『堀部安兵衛 下巻』の
11ページの文章に登場する この「立慶橋」こそ
まぎれもなく、50年以上も昔の
20歳くらいの まだ若かった きーポケが
2年間 毎日のように歩いて渡っていた橋なのである。
但し、きーポケが歩いていた頃の その橋の名は「隆慶橋」といい
今 現在も「隆慶橋」として存在しているはずである。
元禄時代に安兵衛たちが渡ろうと橋の名は「立慶橋」と
書かれているが、その頃から300年も経た長い時間のうちに
「りゅう」の漢字が「立」から「隆」に変わったとしても
何の不思議もないだろう。
それから50年を経た現在の「隆慶橋」をネットで見ると・・
それからも50年を経た現在の「隆慶橋」をネット写真でみると
江戸川を覆いかぶさるように「首都高速5号池袋線」が
走っているし、すぐ近くには、大きくて新しい「新 隆慶橋」が
出来ていて 交通の多そうな道路になっている。
きーポケが暮らした50年前の江戸川あたりには
高速道路などなかったが、流れる水は薄汚れていた。
あるとき 大雨で江戸川が氾濫をして大洪水になった事があり
川の近くにあった下宿付近一帯が浸水してしまい
慌てて家具などを2階へ運んだことなども
江戸川の懐かしい思い出のひとつである。
どうやら 春が・・来たようだ。
散歩をしていても、降り注ぐ明るい日差しは力強く
今日の暖かさで庭の桜の花も 少しずつ開き始めてきた。
垣根代わりに植えた小さな桃の木も、白い可憐な花を咲かせ・・
去年の晩秋に種植えをしたエンドウ豆も、寒い冬を辛抱してくれて
初夏には、大きな豆を実らせてくれそうな気配がする。
一昨年だったか その前の年だったか
サンタクララの次女とアッくんが、つれあいの誕生日にと
贈ってくれた藤の木も・・
今年も無事に新しい芽を出してくれた。
・・うれしい。
新しい「iPad」を購入して まだ昨日の今日やから
古い「iPad2」の これからの事は 決めかねている。
それでも 今日も いつものように
「iPad2」にUSB電源ケーブルを差し込んで 充電をしている。
注文した翌日の今日には もう「iPad」が送られて来た。
申し訳ないほどに早い。
では お言葉に甘えて『 使わせていただきます!』と
新しい「iPad」を きーポケが使うことにした。
きーポケも ちょっと真似て・・
箱の見た目よりも『おっ!軽い・・ゾ』
郵送用のダンボール箱を開けると、横向きのiPadを写した
写真の白い箱が出て来た。
シンプルなデザインでいい。
白い箱を開けると、傷が付くのを防ぐために
透明のセロハン紙でカバーされた真新しい「iPad」と
「USBケーブル」「USB電源アダプタ」「リサイクルシール」
などが同梱包されて入っている。
我が家で使った最初の「iPad」は、2011年の7月に
次女とアッくんが暮らすサンタクララへ遊びに行った時
その街のアップルストアで、次女のアドバイスを
参考にして購入した「iPad 2」だった。
日本へ帰って来て つれあいが長く使っていたが
2015年7月に 新しい「iPad Air2」を つれあい用に購入した。
つれあいには不要となった「iPad 2」は
昔の流行歌やクラシック音楽、漫才や落語、小説の朗読や
対談などの いろいろな子守唄を流してもらうための
きーポケの夜の眠りのお伴として役立ってくれていた。
だが ここに来て、「iPad 2」の動きが おかしくなってきた。
何かのはずみに 突然 画面が暗くなり、画面にパンチを入れたり
少し ほっておいたりしたら、何かのはずみでか
また元に戻ったりする。
何度も そんな事を繰り返えされたりすると
やっぱりイライラさせられる事が多くなる。
これまでにも いろいろな面で動きが鈍かった事などもあり
もう寿命だ!・・と決めつけ
現在 販売されている「iPad」の仲間達の中で最も廉価な
2017年版「iPad 」(第5世代)32GBの購入を決めた。
税別¥37,800-。
早速 今朝、注文した。
特に『急いでくれ』とは云ってないのに、
明日には もう届くという。
無理に急いで事故など起こさないようにしてほしい・・。
配達の お兄さん!『 ご安全に!』
窓の外に目をやれば、今にも 雨が降って来るような・・
空は そんな分厚い雲に覆われ
その下の 庭の桜木の蕾も、あと数日で開きそうな気配・・。
その目を室内に戻すと
テレビでは参議院予算委員会の国会中継で
森友学園の小学校土地用地買取問題での財務省における
文書改ざんに対する質疑が行われている。
どうにも 腹立たしい・・。
我が家の庭にある小さな畑・・
昨年の秋に種植えをした春菊やほうれん草、レタスやルッコラ
それに源助大根などが この冬を越して・・
しかし その実りといえば、誠に惨憺たる結果であった。
きーポケの性格というものが、農作業には不向きなのか
それとも 無気力のせいか・・。
今春の新たな野菜の種植えをする準備のために
いつまでも大きくなりそうもない源助大根を
今朝 引き抜いた。
まともな大きさや形に育った大根は一本もない。
それでも懲りずに今春も、野菜の種を植えるのだ。