ネット通販の返品は・・その2

つれあいが購入した「ゆったりワンピース」を返品をしたい

・・との申し入れを、amazon内の出品業者に連絡したら

金額から1000円を引くので購入してくれないか・・

とのメールが来たが、再度 返品を申し込んだ。

 

 

・・ここまでの当方と出品業者とのやり取りの過程は

1月20日の当ブログに書いた。

その後の成り行きだが、1月20日の夜7時頃 販売業者から

再度メールが来た。

『度々申し訳ございませんが、今回 最大半額引きを

提供できます。

海外発送の関係で、商品の回収は少々難しいです。

もし受け取ってくれれば大変感謝します。

ご検討をお願いいたします。』・・との事。

 

折り返し 当方の返答として・・

『海外発送のため返品は難しいとの事ですが

半額になっても、また無料になったとしても

残念ながら着用する考えはありません。

もし御社で回収が難しければ、最終的な管理責任者である

amazonに引き取りの相談をしたいと考えています』・・と

書いてメールを送った。


孫たちが まだ小さかった頃に、遊びで作った「マンガ絵」が
パソコンの隅っこに残っていたので、 懐かしシリーズで掲載する。

 

今 思うと、この文章の最後の「回収しなければamazonに

相談を・・」という部分が、管理者のamazonに告げ口を

するぞ・・というような、出品業者にとって いやらしい印象

を与えたかもしれない・・と思ったりもしたが・・。

ただ、代金は返ってきても、品物は適当に処分してくれ・・

と言われても、当方としては処分に困るわけで

返品したい場合は、出品業者でもamazonでも どちらでもいい

から品物を引き取ってもらえる方法はないものだろうかと

相談したいという意味だったのだが・・。

 

翌1月21日(木)18:31に出品業者からメールが来て

『・・すでに全額返金いたしました。

商品は処分してください。・・・』との事。

 

返品は当然として、商品は当方で処分してくれと言われても

だからといって商品を捨てたり、燃やしたりして

処分するわけにもいかない。

第一、返品するべき商品が、これからも我が家にあり続ける

のは気分が悪い、気持ちも悪い・・。

だから、『 返金していただいて ありがとうございます。

商品は処分してくれとの事ですが、御社にとっては大切な

商品なのではないですか?

商品を送り返すには送料がかかりますので

どうしたものか迷っています・・。

良い方法は ないでしょうか?』と、まずは出品業者の判断を

もう一度 聞くことにした。

( ウザい客やなぁ・・と、思われているやろなぁ〜 )

 

ネット通販 宅配買取の その後

新型コロナ騒ぎが始まり、出来るだけ人混みを避けるため

読み終えて溜まっていた文庫本を、市内の中古本屋にまで

売りに行く事を控えていた六兵衛だが、ネット通販の

「宅配買取り」システムを利用して、コロナ騒ぎ以前からの

文庫本も含めて240冊ほどの読み終えた文庫本を

宅配業者さんが引き取りに来たのが1月8日だった。

送った文庫本は二つの段ボール箱に、合わせて242冊を入れた。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた96作目のカット絵。

 

それら文庫本の査定結果が、メールで届いた。

1冊30円の値が付いた文庫本は6冊、20円は9冊

10円が17冊、5円は117冊。

それ以外に 中古本屋さんに在庫が余っているらしい本や

品質が基準に満たない汚れた本など、そんな文庫本が89冊もあり

合わせて229円での買取という。

中古本屋さんにしてみれば 売るにも売れず

まぁ お情けのようなもの・・と言いたいようだ。

また同じ本が2冊もあるという文庫本が4冊もあり

これらは値段が付かず0円だという。

あれやこれやを全て合わせた合計買取金額は1,344円と

相なった・・。

 

過去に何度も、市内の中古本屋へ直接 持って行った場合には

今回の宅配買取値段よりも、3倍から4倍 前後の値が付いた

ものだが、それでも出歩くことを避けるためだったから

その金額で了解のメールを送った。

 

ネット通販の返品は・・

つれあいが 先日、ネット通販サイト「Amazon」への出品者が

売り出していた、自宅で過ごす為の「ゆったりワンピース」を

注文をした。

翌日には出品者(販売者)から、次のようなメールが届いた。

『 商品は発送しました。

※ この商品は海外倉庫より直送のため

 商品発送後7〜12日前後に届きます。

※ 閉店時間:中国の春節(一月15号から二月25号まで)

 には、当店は しばらく休業させていただきます。』

・・・等々。

 

・・「海外倉庫より直送」とか「中国の春節(一月15号から

二月25号・・云々」などの文言をみると

どうやら出品者(販売業者)は日本語が完全ではない

中国の業者かもしれない。

そして1月15日から2月25日までは春節で休みだという。

それだと品物が届くまでに時間が掛かるかもしれない。

中国業者の中には、いい加減な奴もいると聞いたりするが

中国の業者だからといって、みんなが皆んな いい加減な業者

ばかりではないやろとも思うし、とりあえず少しくらいなら

このまま待ってみる事にした。

 

それでも思っていたより早く、注文してから6日目に品物が

我が家に届いた。

つれあいが 早速 届いた服を広げて、あれこれと見ていたが

どうやら気に入らない様子である・・。

 

つれあいの言い分は こうだ・・。

金額の割に生地がペラペラで薄っぺらい事。

生地の品質や洗濯などに際しての説明を書いた「タグ」が

どこにも付いていないことなどもあって、このワンピースを

信用出来ないようだ。

そんなこんなで この服、気に入らないから返品したいという。

 

その上、荷物が届いた時の「送り伝票」をみると・・

出品業者の住所が『〒035−2203 東京都立川市砂川』

とあるが、「砂川」以下の番地の表示がない事や

郵便番号の最初の数字「035」を調べてみると

青森県むつ市の番号のようで、その むつ市には「2203」と

いう番号は無いらしい・・。

そして 送り主の名前が「株式会社 様」となっている・・。

会社名が無い?・・

あれも これも、どうにも こちらを不安にさせるような

「送り伝票」である。

 

これまで それなりに、AmazonやYahoo!ショッピングなどの

ネット通販で買い物をしてきたが、購入した品物を返品する

のは初めての経験である。

まず「返品」の方法をAmazonサイトで調べ、出品業者宛に

返品したい旨のメールを送った。

 

そもそも、品物を注文した後に出品業者から届いたメールには

『1月15日から2月25日までは、中国の春節なので休業する・・』

との注意書きがあったので、当方から返品したい旨のメールへの

先方からの返答メールは、遅れるかも・・と思いながらも

Amazonサイトによると、『出品者に返品をリクエストして

2営業日以内に出品業者から連絡がない場合は

マーケットプレイス保証を申請できます。 』との表示もあり

最悪の場合はAmazonが責任を持って対処してくれそうなので

安心はしているものの、何しろネット通販での返品は

初めての経験なので、未知に対する不安もある。

 

1月18日、思っていたより早く出品業者から返答メールが

届いた。

『この件について確かめたいのですが、実物の写真を

確認させていただけませんか。』と「服」の写真を送って

くれとのメールだったので、即 その日に「服」と荷物に

貼られていたヤマト関西OPセンターの「配送伝票」の二つの

写真を出品業者に送った。

 

翌日の19日の夕方、出品業者から再度メールが来て

『写真ありがとうございます。満足させなくて申し訳ござい

ません。商品自体は損傷などないようですが、可能であれば

今回1000円引きで利用してくれませんか。

是非ご検討ください。』・・との事。

使えないものは安くなっても(タダでも)使えない・・との

思いがあり、『・・・やはり返品させてください』とメールを

返信した。

 

その後の連絡は、20日のPM4時現在 まだ来ていない・・。

 

今は、業者からの返品先の住所の連絡が来ていないので

「ゆったりワンピース」は、そのまま 我が家にある。

もしかしたら業者の国名コード「CN」とあったので

中国らしい。

とは云っても、中国まで送り返してくれとは言わないだろうと

思っているのだが・・

はてさて、どうなる事か・・。

 

記憶の片隅に・・

『命美し』『南風』『自由学校』『新女性問答』『高原の月』

『懐かしのブルース』等々 とうとう、戦前や戦後すぐの

古い時代の多くの映画を、嬉しい事に今はYouTubeで

わりと簡単に観ることが出来る。

 

『 どこか・・例えば 信州あたりの高原のような場所にある

旅館か寮か、裏山側に小さな谷川が流れていて

洗濯などが出来るような 庇(ひさし)のある薄暗い通路があり

その建物で働く人達か、もしかしたら旅館の客かもしれない

何人かの若い男女が、何やら話しをしている・・。』

 

・・六兵衛が まだ子供の頃の、遠い とおい 遥かに遠い昔の

六兵衛が小学校低学年の頃か、もしかしたら それよりもっと

小さい頃だったかもしれない。

もちろんテレビなど 無い時代の映画の一場面だと思うが

そんな映像が今でも消えずに残っている。

 

太平洋戦争も終わり、軍国主義の時代から開放された

昭和20年代の、貧しくとも自由を謳歌し 青春を満喫し

将来に明るい未来がありそうに思え始めた・・

そんな時代の若者達が躍動する映画の(幼かった当時の六兵衛

には、映画に登場した若者達が 皆 大人に見えたものだが・・)

子供の頃に田舎の映画館で観たであろう一場面の記憶があり

出来る事なら もう一度、その映画を観てみたいと思うのだが

残念ながら その映画の題名も、演じていた役者さんも

監督さんさえ まったく分からないのだから探しようがない。

 

今は「You Tube」で昔の古い映画を観ることが出来るから

かすかな記憶を辿って あれこれと探しては みるものの

頼りない六兵衛の記憶に残る、そんな場面につながるような

映画には、まだ出会えていない。

 

例えば、中川信夫監督の作品で1956年に制作された

新東宝映画『高原の駅よさようなら』という水島道太郎さんと

香川京子さん主演の映画など、どこかの高原での物語のようで

タイトルを見るだけなら、六兵衛の記憶する映画にぴったりだから

YouTubeで探して この映画を観たが

六兵衛の記憶に残る それらしい場面は出てこず

残念ながら違う映画のようだった・・。

 

そして もう一つ、川端康成の『山の音』という小説を

成瀬巳喜男監督が1954年に、山村聡さんと原節子さんの主演で

制作した東宝映画がある。

「山の音」・・このタイトルも、六兵衛の記憶に残る一場面に

ぴったりの映画ではないかと期待をさせた。

しかし この映画、YouTubeでは観ることが出来ない。

だから他のサイトで、その映画のあらすじ等を調べてみると

「山の音」というタイトルの意味は、老いを感じ始めた初老の

主人公が、老いる事への不安を表しているということだし

初老の主人公(山村聡)が、自分の息子(上原謙)の嫁

(原節子)に淡い恋情を持つという内容のようで

六兵衛が昔 観た映画の印象とは、いささか違う内容のようだ。

 

はてさて、頼りない一場面だけが記憶に残る古い映画を

探し当てることは、どうにも難しいようである。

・・とは言え 案外 誰にでも、多かれ少なかれ形は違えど

心の片隅に、かすかに残る記憶の欠片のようなものを

持っていたりするのではなかろうか・・。

「有漏路」

芥川に架かる「大蔵司橋」東詰から その堤道を南下し

「芥川桜堤公園」を右に見て、西国街道に架かる「芥川橋」を

折り返すコース(約6km)が昨日の散歩コースだった。

 

芥川堤道の途中のフェンス越しに見える小学校のグラウンドで

祝日の昨日、子供たちがサッカーをやっていた。

その中に一人、他の子供達より一回り小さな女の子が

大きな子供達に混ざってボールを追って走り回っていた。

それも 必死に走り、ボールの側に いつも絡んでいる。

絡んではいるのだが、まわりが皆んな大きいから

なかなかボールに足が届かない・・。

それでも諦めず、ポニーテールの髪を揺らしながらボールを

追って走っている・・。

がんばれ!

 

「芥川橋」を折り返した後の帰り道は堤道から逸れる。

昔からの住宅が並ぶ路地の途中にあるお寺の掲示板に

今年 最初の「言葉」が貼られていた。

「有漏路」は「ウロジ」と読むらしい。

赤矢印の先に、この「詩」の説明が貼り付けてある。

「漏」は「ロ」または「ロウ」と読み「煩悩」のことらしい。

「有漏路」は「煩悩の有る、私たちが生きているこの世」の

ことで、「無漏路」とは、「死んで煩悩が消え去った あの世」

の事だという。

この「詩」を現代的に訳せば・・

「人の一生とは、この世から あの世へ行く短い旅の途上に

過ぎず、その旅の途上で一休みしているのが今の自分である。

雨も嵐も、好きなだけ降りつけよ。

豪雨も暴風も旅の途上の一休みの間の出来事に過ぎず

たいしたことではない」という一休禅師の「詩」・・だと

書いている。

「有漏路」とか「無漏路」とか、仏教言葉だと思うが

それにしても、六兵衛は 知らない言葉が多すぎる。

 

 

仮に今 六兵衛に、重くのしかかっている苦しみがあったとして

例え それが、「旅の途上の一休みの間の出来事・・」だと

あの有名な一休さんに諭されたとしても

「雨も嵐も、好きなだけ降りつけよ!」などと悟る事など

決して出来ないだろう・・。

六兵衛は結局、今の軽薄短小のままで「無漏路」になる・・。

 

鳥曇り

杉本章子さんの文庫本『信太郎人情始末帖・第3巻 狐釣り』

(文春文庫)を読んでいる。

文庫本 全7巻からなる連作短編小説の3巻目で、捕物帖の要素

を取り入れた、江戸の町に暮らす人たちの人情ばなしである。

いま読み始めた その第3巻には、5話の短編がおさめられて

いるが、2話目の「きさらぎ十日の客」という話の書き出しに

『鳥曇りの ある夕方・・信太郎が家に戻ると

上がり端に見慣れぬ茶盆が出ていた。

空になった湯呑みがひとつ、のっている』・・とある。

書き出しの「鳥曇り」という言葉、六兵衛には初めて聞く言葉

である。

ネットで調べてみた・・。

「鳥曇り」とは 晩春の季語で、寒くなる前に日本に渡ってきた

渡り鳥が、北の繁殖地に帰っていく頃の曇り空のことを云う。

また「鳥風」とも言う・・とある。

俳句の「季語」のようだ・・勉強になる・・。

 

そして もう一つ、中途半端な疑問がわいた。

「鳥曇り」の「曇」と「雲」とは、どこがどう違うのだろう。

やっぱり ネットで調べてみると・・

「雲」は その大きさに関係なく空に浮かんでいる「くも」で

「曇」は日の下に雲と書くから、雲が日を遮っている空全体の

様子・・だという。

なるほど、言われてみれば その通りだ。

「曇る」とは書くが、「雲る」とは書かない。

「雲が出た」とは書くが、「曇が出た」とは書かない。

完全に「曇」と「雲」とは意味も使い方も違うということか。

 

・・・しかし こんな「雲」や「曇」の違いなんて

これまで深く考えたこともなかった。

・・六兵衛の これまで大雑把に生きて来たゆえの証だろう。

 

それにしても、今日は雲り空・・いや 曇り空。

今日の散歩は 芥川堤道を南下し、芥川橋で折り返すコース。

例え 真冬の寒さの中でも、晴れた青空の下を歩くのはいいが

曇り空での散歩は、気分的にも寒さが増すのだ。

 

薄 氷

今朝も 寒い。

やっぱり北国の人たちからすれば

『この程度の寒さで、何 云うてんねん!』と怒られそうやけど

慣れない寒さに身体が固まるヮ〜・・。

 

裏の溜池も、今朝は池一面に薄氷が張ってた。

昨日も寒かったけど、それでも 池の1/3くらいしか

氷は張ってなかったで〜・・。

 

この池を住処にして暮らしている水鳥たちは

凍った水面では泳ぐことも出来ず、どうしてるんやろ・・。

 

もう少ししたら六兵衛は、上の池公園の方へ散歩に出かける・・。

それにしても、春は まだまだ先やろなぁ・・。

 

 

宅配買取り

厳しい寒さや雪に覆われて冬を過ごされている北国の方々には

申し訳ない言い草になるが、我が家の裏の農業用溜池が

珍しく凍るほど、今日は めったにない寒さだ。

 

六兵衛が毎日読む中古の文庫本は ネット通販で買う。

そして 読み終わった文庫本は、もう一度 読みたくなりそうな

本以外は、ある程度まとまってから、市内の中古本屋に持参し

買ってもらうのが常である。

但し、その場合の買取価格は、ネット通販で中古本を購入した

 1/10程度の金額にしかならないが・・。

 

新型コロナ騒ぎが始まって以来 人混みを避けるため

市内の中古本屋に読み終えた文庫本を売りに行く事を

控えていた。

コロナ騒ぎ以前からの文庫本も含めて、いまでは

読み終えた本が、だいぶ溜まっている。

正確には数えていないが、一枚の買い物袋に約40冊ほどの

文庫本を入れたら、6枚のビニール袋を使った。

大雑把な計算だが、約240冊ほどの文庫本を処分する必要が

ある。

 

不要の外出を避けるため、溜まっている文庫本は

まだ しばらくは、中古本屋さんへ持って行けない状況が

続きそうで、だから思い切ってネット通販の「宅配買取り」

システムを利用することにした。

 

まず1月4日に、中古ネット通販の「宅配買取」にメールで

申し込み、とりあえず本を入れて送るための段ボールの空箱を

2箱 送ってくれるよう依頼した。

予定より早く、翌日の昼頃には「空箱」が我が家に届いた。

早速 その日のうちに、送るべき約240冊の文庫本を

2つの段ボール箱に収めた。

ネット通販から届いた段ボールの空箱は無料だったからか

なんとなく薄い作りの 頼りなげな段ボール箱だったから

必要以上にガムテープで貼り付け、念のために紐でも

きつく縛って強くした。

 

・・・ところが、ところが、やっぱり六兵衛は軽薄である。

「宅配買取」から指示があった「申込み書」に

直筆の署名をする必要があったのに、その事を忘れたまま

箱に収めてしまったあとで、その事に気づいた。

やや薄めの頼りない段ボールの箱だったゆえに

ガムテープも多く貼り、念のために紐まで使って縛ったのに

もう一度 開け直して「申込み書」に署名する必要がある。

『クッソ! やっぱ オレは アホや・・。』

 

そんなこんな 無駄な作業もあって、荷造りはスムースに進ま

なかったが、何とかかんとか荷造り作業を終える事が出来た。

 

「宅配買取」を申し込んだときに決めた集荷日よりも

3日も早く送れる段取りが整ったので

集荷を早めにして欲しいとの旨を、「宅配買取」にメールを

したが、集荷日を早める変更は出来ないという返事が来た。

 

そして今日が予定の集荷日、夕方 4時頃に宅配業者さんが

荷物を引き取りに来てくれて、これで何とか無事文庫本を

送り出す事が出来た。

 

見積もり金額の報告は5、6日 後になるという・・。

まぁ 金額云々よりも、「宅配買取」でのメールのやりとりや

荷造り、集荷待ち 等々、慣れない事ばかりで緊張していたらしく

六兵衛は ちょっと疲れました・・。

 

独りよがりの回顧録?

六兵衛が散歩するコースは数ヶ所あるが

そのうちの一つに、塚脇橋で折り返すコースがある。

これまでにも何度も書いている「おばあさんの畑」の前を通る

コースだ。

その「おばあさんの畑」の、芥川を挟んだ反対側の山手に

木の名前は知らないが、存在感のある大きな木が立っている。

「・・立っていた」と言うべきだろうか、現在の その木は

何年か前の台風で激しく幹を折られたあと、回復する事もなく

徐々に枝の上部が崩れていって、とうとう現在の状態になって

しまった。

 

何年か前には、老木とはいえ 空高く枝を伸ばし

元気いっぱいに存在感を示していた その大木の姿を

これまでの散歩の途中に何度か写真に写し、我がブログに

載せているはずだと思い、当ブログの「写真ライブラリー」

を探したが 見つからなかった。

我がブログが、それまでの「@niftyココログ」の

『きーポケじーさんお昼寝中』から

「WordPress」の『六兵衛じーさんお昼寝中』へとタイトルも

一部 変えて引越ししたのは2018年の3月であった。

そして「@niftyココログ」ブログを始めた2012年7月

から「WordPress」ブログへ引っ越すまでの約6年間に

ブログに載せた写真は、「@niftyココログ」 の管理ページに

あるだろうと思い、当時の「ココログ」ブログにログイン

しようとクリックしたら、次の様な表示が出た。

 

どうやら 未更新が1年以上続いた場合のログインは

改めて料金を払わなければならないと書いてある。

アホらしい話や・・時間なら六兵衛には 余るほど有るわけで

「ココログ」 の2012年7月から2018年3月までの

当時のブログ『きーポケじーさん お昼寝中』を

順繰りに調べていけば、元気だった頃の「大きな木」の写真を

見つけられる・・はずである

 

以前に書いた日記とはいえ、自分が書いた日記を一つひとつ

読んでいくのも変なものだが、とりあえずブログ内に掲載して

いるはずの「大きな木」の写真を探していった。

 

しかし、「大きな木」の写真は 一向に 見つかる気配も

ないままに、それでもページをめくっていくと

次第に「禁煙」の二文字が目に付き始めた。

六兵衛が「禁煙」を始めて、悶えている旨の日記が

ブログ内に頻繁に出るようになった。

そもそも六兵衛が禁煙を始めたのは、2012年9月27日から

だが、ブログ内に最初に「禁煙」の文字が現れたのは

2012年11月15日の芥川堤道へ散歩に出かけた日の

日記の中である。

(略)『下を見れば、道端にタバコの吸い殻が捨ててある。

ここにも・・

あそこにも・・

投げ捨てられている。

どんな思いで吸ったのか・・

どんな思いで捨てたのか・・

無造作に吸って、無造作に捨てて・・

道端に捨てられたタバコの吸い殻は、禁煙者の心を乱す。』

・・とある。

禁煙してから1ヶ月半ほどが過ぎた頃の日記だ。

 

また、2013年2月20日(水)の日記には

『禁煙を初めて もうすぐ5ヶ月になるが、相変わらず「煙魔」

が襲ってくる。

毎日、毎日、襲ってくる。

命ある限り・・一生 続きそうな「煙魔」の襲撃である。

いや、しかし、ホンマ・・いつまで続くんやろ・・。』

タバコを吸いたくなる誘惑を「煙魔がくる・・」という文言で

表現している。

 

1年以上 禁煙を続けた2013年12月19日(木)には

『1年間 禁煙に成功してタバコを止められたと思う人もいれば

3年5年と禁煙を続けても、それでも まだタバコを吸いたい

欲求に悩む人もいる・・』と、「卒煙」には個人差があって

1年で禁煙に成功できた人を羨む様な文章に続いて・・

『それにつけても 禁煙は・・ただひたすらに 自分との戦いで

あり、自分一人の戦いなのだと、つくづく思う・・』

と禁煙への戦いは孤独なのだと強調している。

 

禁煙から2年と2ヶ月が過ぎた2014年11月24日(月)

の日記には・・

(略)

『 寝付けない夜が続く。

寝付けないから、タバコの事を考えるのか・・

昼寝をするから、夜 寝られないのか・・

夜 寝られないから、昼寝をするのか・・

・・・独りよがりの悩ましさだ。』と・・

いくら考えても 答えなど出ないだろうに・・。

 

また 同じ頃の日記に・・

『60歳を過ぎた頃から1年に一度、市の無料の健康診断を

受けているが、禁煙を初めて2年2ヶ月が過ぎた今と

禁煙をする前のタバコをプカプカ吸っていた頃との

血液検査の数値が、どれほど好転しているかを比べてみた。』

禁煙1年前の2011年10月と、禁煙から1年半が過ぎた

2014年4月の数値の比較をしている。

禁煙 1年半後には・・

体重は:5.8kgの増加。

腹囲は:5.8cmの増加。

BMI(肥満度)は:2.0の増加。

中性脂肪は:171mg/dl増加。

総コレステロールは:79mg/dl増加。

尿酸・・1.1mg/dl増加。

あれもこれも全部が、禁煙後に悪くなっている。

これらの数値のほとんどが、食い物や運動不足などに影響される

・・とはいえ、折角 震えるほどの禁煙を続け・・

(略)

良い効果を表すどころか 悪化している・・嗚呼〜神よ(略)』

 

2015年3月19日(木)のまだ仕事をしていた頃の日記。

『仕事をしていて、一息入れようとしたら

無意識のうちに手が、胸のポケットへ スーっと動いた・・

無意識に求めていたらしいタバコなど、そこには無いのに

・・である。』

禁煙から2年半も過ぎているのに、無意識に手が動くことに

少し驚く・・』(略)


当時の画像」

 

そして とうとう、禁煙に我慢できなくなった六兵衛は

2015年9月27日(日)、禁煙を始めてから ちょうど

3年が過ぎた その日、近くのコンビニでタバコを買つている。

家に持ち帰り、一本抜いたあと・・

『鼻に近づけて 懐かしい香りを嗅いだ・・吸いたい!』

しかし その時、買ったタバコを その場で吸わなかったのは

せっかく3年間 辛抱したのに、ここで それを無駄にするのか

・・と、六兵衛なりに考えたようだ。

少しは冷静さも あったのかもしれない・・。

タバコは買ったものの、いざ吸うとなった時

そんな葛藤があり、結局最後は つれあいに判断してもらおうと

その事を言うと、『せっかく禁煙したのに・・』と強く反対された

と書いている。

・・つれあいの 一言は大きいからね。

その時 買ったタバコは、封を開けたまま1本も減る事もなく

今でも机の引き出しの中に鎮座している。

 

そんなこんな、様々な葛藤を繰り返し乗り越えて

禁煙生活は8年を過ぎたが、六兵衛には決してまだ

「卒煙」出来たとは思えないのだ。

この頃では、禁煙の苦しさは少しずつ和らいできており

タバコのことを忘れている時間も多くなってはいるが

それでもフッと、タバコを吸いたくなる時があって

特に裏の畑の開墾や野菜を育てる作業をしていて

疲れて一休みした時など、『こんな時 タバコを吸ったら

美味いやろなぁ』と思ったりするのだ。

 

 

元々 「大きな木」の写真を探し始めた事がきっかけだったが

いつの間にか あの頃の禁煙の日記に夢中になってしまい

過ぎ去りかけている日々とはいえ

読みながら改めて、厳しかった「禁魔」との戦いの毎日が

自分の事ゆえなお、面白くもあり 切なくも思うのである。

それにしても六兵衛に、『明日死ぬ!となったら何がしたいか』

問われたら、まず『タバコを吸いたい ! 』と答えると思う。

 

長々と、まさに「独りよがりの禁煙回顧録」になってしまい

大幅に話は逸れてしまったが、結局あの「大きな木」の

元気な頃の写真は見つからないままであった。

だから 下手な絵だが イメージを描いてみた・・。

元気だった頃の実際の木は、もっと もっと 枝も葉も繁っていて

存在感いっぱいの「大きな木」だったんだが・・。