感傷・・てか

ときどき散歩をしながら・・

ときどき畑で仕事をしながら・・

ときどき文庫本を読みながら・・

ときどき昼寝をしながら・・

そのような日々を過ごしながら、六兵衛は ときどき考える。

 

70歳代 半ばという年齢になって、

しかし まだまだ元気だと思う一方で、物忘れや体力の衰えなど

何かにつけて老いを感じる事が多くなった。

決して、後ろ向きに考えるつもりはないが

残された日々は、確実に少なくなっているだろう事を実感する。

 

「感傷的」、別の言い方をすれば「センチメンタル?」・・

そんな言葉があるが、それは青春時代を過ごす若者の

代名詞のように使われる印象が強い。

しかし、人が老いて老人となり、残りの人生を考える時

若い人などより はるかに現実的に「感傷的」になっても

不思議ではないのだろう・・などと

六兵衛は この頃、たわいもなく想ったりする。

 

共に老いてきた六兵衛と つれあいの二人。

これからも、それぞれに互いの衰えを補い合いながら

心穏やかに ささやかな日々を過ごしていきたいと願う

今日この頃である。

 

反 語?

散歩のとき、iPhoneに保存している昔の流行歌を繰り返し

イヤホンで聴きながら歩くのだが、保存している そんな

流行歌の中の1曲に『誰(たれ)か故郷を想わざる』という

霧島昇さんが戦時中に歌っていたという流行歌がある。

 

『誰か故郷を想わざる』

西條八十:作詞 古賀政男:作曲 霧島昇:歌

1940年(昭和15年)

「誰か故郷を想わざる」

1)

花摘む野辺に 日は落ちて

みんなで肩を 組みながら

唄をうたった 帰りみち

幼馴染みの あの友この友

あゝ誰か故郷を想わざる

2)

ひとりの姉が 嫁ぐ夜に

小川の岸で さみしさに

泣いた涙の なつかしさ

幼馴染みの あの山あの川

あゝ誰か故郷を想わざる

3)

都に雨の 降る夜は

涙に胸も しめりがち

遠く呼ぶのは 誰の声

幼馴染みの あの夢この夢

あゝ誰か故郷を想わざる

 

軽薄短小で 何事にも大雑把な六兵衛だから

いつもは適当に聞き流してきたiPhoneから聴こえてくる

流行歌だが、ところが今日は 何故だかこの歌を聴きながら

「・・想わざる」の言葉に疑問を持った。

 

歌詞を聴くと、戦地に赴いて厳しい日々を送る兵隊さんが

子供の頃の故郷を 懐かしく思い出す歌のように思うのだが

「・・想わざる」との文言だけを聴くと

「故郷など懐かしくは思わない」と、そんな否定的な

意味合いに取れるのだ。

全体的な歌詞の意味と「・・想わざる」とが真逆のように

思えるので、ちょっとネットで調べてみた。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の春の頃に「さし絵」として掲載していた102作目のカット絵。

 

「・・想わざる」の ”ざる”の言い回しを「反語」といい

『自分の故郷を懐かしく思わない人はいないだろう・・』と

言いたい事と反対の内容を疑問の形で述べる表現だという。

 

70歳を過ぎて、「反語」という言葉と その意味を

初めて知った六兵衛だが、いささか ややこしそうで

何となく、分かったような、でも分かっていないような

そんな感じで、多分 明日になったら 忘れていると思う。

 

薫香の礼状

六兵衛の散歩コースのひとつに、「上の池公園」を経由して

「奈佐原元町」の広々とした田畑風景の辺りで折り返し

「阿武野中学校」の前を通って帰ってくるコースがある。

そのコースの「上の池公園」を過ぎて、北の方へ少し行った

辺りに「奈佐原公園」という広場がある。

 

その「奈佐原公園」にある公衆便所の入り口に

「お礼」と題した張り紙が貼ってあった。

用足しを済ませた後、その張り紙の文言を読んでみた。

どうやら この公衆便所に名も告げぬ誰かが

『使えるものがあったら使ってください』と

掃除道具一式を置いていってくれていたようで

その名も分からぬ送り主への、お礼の張り紙らしい。

 

精一杯 掃除をしても、トイレを利用される方が望むようには

行き届かず、不快な思いをさせているかもしれない・・と

トイレ利用者への詫びの言葉とともに

名も知れぬ掃除道具一式の贈り主への 感謝の気持ちが文面に

表れている。

その感謝の気持ちが「今盛りの沈丁花を嗅ぐ思いです・・

との言葉に表れており、最後に・・

「令和三年三月吉日 沈丁花薫香の朝

        奈佐原公園 掃除管理者 拝」

と 結んでいる。

 

掃除道具を贈られた方はもちろんだが、この礼状を書かれた

公園管理者の方の、何とも粋な文言を読んで

何故だか嬉しく、笑顔にさせてもらった六兵衛である。

 

いまだに、マンガ絵やアニメ作業に不安が・・

サンフランシスコに暮らす次女とアッくんから 何年か前に

つれあいの誕生日の贈り物としてもらった鉢植えの「藤」

昨年の秋に裏の畑の休憩椅子の近くに植え直していた。

今は小さくて、その為に建てている市販の藤棚には

まだ届かないものの、可愛げに紫色の花を咲かせた。

 

その向こうには、長年 表の畑に植っていた「ブドウ」の木を

これも昨秋 裏の畑に移植していたのだが、枯れる事なく新芽を

出し始めたので、手作りのブドウ棚を作った。

 

 

南側の農業用ため池のそばには、オスとメスの「キウイフルーツ」

2本を植えている。

これも市販の「棚」を、昨年の秋には 早々に建てて、準備だけは

万端というところだ。

 

寒冷紗でカバーしているのは「カボチャ」の苗だ。

つれあいが タネから丁寧に育てあげ、数日前に ここに定植した

ものだが、そのうち枝葉が伸びてきたら

「キウイフルーツの棚」を、ちょっと借りる事になりそうである。

 

裏の畑

余りにも 実り過ぎていたためか・・

それとも 昨日、一日中降り続いた雨に濡れて

枝葉が重くなった所為か・・

裏の畑のエンドウ豆が今にも崩れてしまいそうなほどに

繁茂している。

 

だから崩れないように、反対側からロープで引っ張っている。

 

収穫には もう少し時間がかかる・・

もうちょっと頑張ってくれと願う。

 

「テーマ」といえば大袈裟になるが、六兵衛が再び描こうと

思い始めたマンガ絵は、いったい何を描きたいのかが

決まらないまま 往生している・・。

描きたいものが無ければ 描かなきゃぁいいのに・・とも思うが

以前に描いて保存している 孫達の小さい頃のマンガ絵も

残りが少なくなってきているのだ。

マンガ絵は内容の薄い我がブログの「賑やかし」として

どうしても必要である。

 

大きくなった孫達を、マンガ絵にするのも難しく

ややボケかかってきた六兵衛や つれあいの

日々の暮らしぶりや畑仕事などを、マンガ絵にするくらいしか

思いつかないのである。

 

 

ところが そんな、何を描こうか・・などと考える以前の

基本的問題にブチ当たっている。

マンガ絵を描くのが5年ぶりの所為なのか・・

ただ六兵衛が老いてきた所為なのか・・

スムースに動いてくれないペンタブレットの所為なのか・・

それとも、もともと下手だっただけの事なのか・・

と、とにかく 思ってた以上にマンガ絵が上手く描けない・・。

『六兵衛ちゃん ショック!』などと

馬鹿なことを言っている場合ではないのだが

如何ともし難い問題の連続なのである。

 

どないしょ!?

 

マンガ絵

六兵衛が70歳になったころに、マンガ絵を描く気力がなくなって

それ以来 マンガ絵を描くことは なかったのだが

数日前 何を思ったか、棚の奥から「ペンタブレット」を 再び

取り出してきて、マンガ絵を描いてみようと思うようになった。

棚から取り出してきた古い「ペンタブレット」で

Mac最新バージョンの「Big Sur」で使えるのかどうか疑問だったが

あれやこれやと 数日をかけて、何とか その「ペンタブレット」で

マンガ絵が描ける状態になった。

 

さて、何を描こう・・とペンを持ったが

描きたいイメージが ・・アレ? な〜んも、何も浮かんでこない。

こりやぁ・・参ったナァ〜。

 

とりあえず、現在の六兵衛の畑作業中の現実の姿を

2コマだけ描き、「GIFアニメ」で動かしてみた

 

ペンタブレットよ再び・・

六兵衛は若い頃からマンガ絵を描くのが好きだった。

自分が作っている大して内容のないブログや以前に作っていた

ホームページなどの せめてもの賑やかしになればと思い

主に孫たちのマンガ絵を描いて載せたりしていたのだが

六兵衛が70歳を過ぎたあたりから 、マンガ絵を描くことが 

何となく億劫なような、面倒なような、そんな感じになって

以来 マンガ絵を描くことは なくなっていた。

 

だから それ以降の、ブログへの賑やかしに掲載するマンガ絵は

パソコン内に保存している 過去に描いたマンガ絵などを

取り出して掲載したり・・

 

また たまには、マウスを使って下手な似顔絵などを描いたりして

賑やかしに載せたりしていた。

・・こんな感じに。

 

そんな六兵衛が、特別に理由があったわけではないが

この頃 またマンガ絵を描いてみようかな・・と

そんな気持になってきている。

とは云え、何事にも飽きっぽい性格の六兵衛の事だから

描いてみようと思う気持ちがいつまで続くのか

何とも分からないのだが・・。

 

どちらにしても、もう使わないと思って棚の奥に仕舞っていた

「ペンタブレット」を再び取り出してみた。

ペンが2つ 出てきた。

どれが「ペンタブレット」のペンだったのか、もう忘れてしまって

いる有様なのだが、よく見ると①の ペンの方に「BAMBOO」の

文字のあったので、多分これだと思う。

 

そして、取り出した「ペンタブレット」は10年も前に発売されて

いたもので、すでに その製品は販売中止になっているほどに古い

「ペンタブレット」で、我が 「MacBook Air」の現在のバージョン

「macOS Big Sur」で使えるかどうかが大きな問題でもある。

 

畑仕事や散歩、読書などの合間に、「WACOM」のサイトへ行って

「ペンタブレット・CTL-470」は「macOS Big Sur」でも

使えるか どうかを調べてみると、どうにも ややこしそうな事を

あれこれを書いていて、六兵衛には その説明がよくわからず

中途半端な理解のまま、あれこれ何度もダウンロードを試みた

「ペンタブレット」は動いてくれない・・。

・・そんな作業を、2日も3日もかかって試しているうちに

“神”は六兵衛を見捨てなかったようで、多分 何かの弾みだろう

「ペンタブレット」が動くようになった。

 

動く・・とは云うものの、試しに描いてみると

必要以上に動き過ぎたり、動かなさ過ぎたりと

何となくギクシャクしていて、その動きはパーフェクトとは

いかないようだが、最低限 線が描けて 色が塗れたら

とりあえずは良しとしようと思うことにした。

 

試しに、孫たちが送ってくれた近影の写真を参考に

描いてみた・・。

大学3年・大学1年・高校1年と、孫たちも大きくなり

頼もしい限りである。

 

苗の定植

桜の花も ほとんどが散ってしまい、陽射しも強く本格的な春。

 

久しぶりの芥川堤道への散歩。

土手沿いには菜の花が一面に咲いていた。

 

 

散歩から帰って、キュウリの苗 6株を表の畑に定植した。

この苗は、春になる前にポットにタネを蒔き

昼は陽の当たるベランダに出し、夜は暖かい部屋の中へ入れ

特につれあいが気持ちを込めて、孫を育てるごとく乳母日傘で

育ててきて、やっと畑に定植できるほどに育ったのだ。

 

ポットにタネを蒔いて育てている野菜の苗は いろいろあるから

今後も追々 表や裏の畑への定植が続くだろう。

 

科学的法則

毎年 元旦の習いとなっている墓参りに行ったのが

ほんの この前だったように思えるほどに

過ぎゆく季節の流れが早すぎて、感覚が現実に追いつけない。

そんな想いを 歳を重ねる毎に強く感じている六兵衛は

以前にも そんな感覚を当ブログに書いたような気はするのだが

先日、科学的に そんな感覚を裏付ける内容の記事を読んで

なるほど、そういうものか・・と、何となく納得をした。

 

『人間は記憶が繊細なほど、その瞬間を長く感じる』という。

敏感で繊細で、まだまだ未経験な事々が多い若い時期の方が

その瞬間を長く感じ、逆に 歳を重ねる毎に経験事が多くなり

新たな情報量が少なくなる事で大雑把になると

その瞬間を短く感じてしまう・・という。

神経科学者のデイヴィッド・イーグルマンさんという方の説

らしい。

 

また、19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し

甥の心理学者・ピエール・ジャネが著書において紹介した

「ジャネーの法則」によると・・『主観的に記憶される

年月の長さは 年少者には より長く、年長者には より短く

記憶される』という現象を、心理学的に説明したという。

言い換えれば、生涯のある時期における時間の心理的長さは

年齢に反比例する・・

例えば、50歳の人間にとっての1年の長さは

人生の1/50ほどであるが

5歳の人間にとっての年は1/5に相当する、よって

50歳の人間にとっての10年間は、5歳の人間にとっての

1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に

当たる・・と言うことのようだ。

 

一度 読んだくらいでは理解し難いほどの

六兵衛には何ともややこしい理屈が並べられた論文だが

それでも まぁ、何となく、なんとなく

分かるような気が したりする・・。

 

散髪

 それが どないしてん!・・と問われたら

返す言葉がないくらい ほんま、しょうもない話やけど

枯れ木も山の賑わい、アホな内容でもブログの賑わい・・

とも云うよう・・やから、とりあえず 書いてみた。

 

 

もう 何年も前から、ほとんど白くなっている六兵衛の頭髪の

散髪の話だ。

六兵衛の子供の頃の髪型といえば、丸刈りや単純な坊ちゃん刈り

など戦後の貧しい時代もあり、親の都合に任せた髪型だったし

高校生のときの3年間は校則で丸刈りと決まっていた。

それ以降は、本来が無精者で飽きっぽい六兵衛ゆえ

長髪にしたり短くしたりと、定まらない髪型だった。

 

ところが中年になったあたりから、髪型が定まってきた。

季節が暑くなり始める4月頃から、寒くなり始める11月の

末頃までは、短い髪の丸刈りにして過ごし

その11月末頃から翌年の3月末頃までの寒い期間は

丸刈りのままを伸ばして4ヶ月ほどを過ごす。

髪が伸び過ぎて むさ苦しくなる3月末頃の、寒さも和らぐ

季節になると、また丸刈りにして夏場を過ごす。

そのような髪型のサイクルが20年近く続いている。

 

このようなサイクルを維持するためには

年に3回ほど丸刈りにする必要があるのだが

それは つれあいが、我が家の居間で電気バリカンを使って

散髪をしてくれるのだ。

切り取った髪が服に付かないようにパンツ一丁になり

『お願いします』と云って木製の丸椅子に座り

つれあいの前に頭を委ねる・・。

ブーンと電気バリカンが唸り始めると、バサっと5,6cmに

切られた白髪が六兵衛の膝の上に落ちてくる・・

 

まぁ そんな具合に、つれあいが散髪をしてくれるのだが

その散髪用の電気バリカンやハサミや櫛、カミソリなどの

諸々の道具は、以前 六兵衛の両親が使っていた物で

その両親も すでにない・・。