南草津に暮らす長女から荷物が届き、蜂蜜や孫からのお土産など
と一緒に、青木 悦さんが書かれた小説『黙婆』が入っていた。
「もくば」と読むらしい・・。
『放射線量が まだ高いと思われる真っ白な雪の中に、
真っ赤な毛布にくるまれた赤ん坊が、そっと置かれていた・・』
震災から まだ2年しか経っていない、春まだ浅い福島市郊外の
ある家の そんな出来事から、この物語『黙婆』は始まっている。
作者は 教育ジャーナリストの青木 悦さん。
『泣いていいんだよ』『子どものためにという前に』など
教育や子育ての本を多数執筆し、講演活動も行っているが
小説を書かれたのは初めてだという。
その 青木 悦さん、六兵衛とは小学校の2年か3年の頃
同じクラスの同級生でもあり、暮らしていた それぞれの家は
道路を挟んだ隣同士だった。
そして、悦さんの旧姓と六兵衛の名字とは同じなので
遠い昔のどこかで 縁戚だったのかもしれない・・。
子供の頃は「エッちゃん!」と呼んでいたように記憶している。
エッちゃんや近所の子供らが集まって「隠れんぼ」や「缶蹴り」
などをして遊んだ事や、当時は 自宅で風呂を毎日 沸かすのは
贅沢な事だったから、何度か エッちゃんの家に風呂を借りに
行った事などを思い出す。
そんな事など何も知らない長女が、20数年前に結婚をして
子供を産み育てていく中で、いろいろ悩み事があったのだろう
そんな時、教育ジャーナリストの青木 悦さんが書かれた多くの
著書を読み、ずいぶんと助けられたようだ。
ある時、青木 悦さんの講演会があって、聴きに行ったという。
その お話の中で悦さんが、自分の父親と同じ町の同じ地域の
出身だと知り、公演後のサインを貰う時『私も同じ町の同じ地域
の生まれで、そこは父の実家です』と言うと
悦さんも びっくりされて『お名前は?』と聞かれたので旧姓を
名乗ると、『お父さんは?』と聞かれ、 父の名前を答えると
『◯◯ちゃん 知ってる。一緒に学校に行った・・』と
言ってくれたという。
六兵衛が小学4年の頃から3年間、父親の仕事の関係で
遠くの村に引っ越し、ふるさとの町を離れた時期があって
エッちゃんの家族も、どうやら その前後に どこかの町に
引っ越しをしたらしく、それ以降 一度もエッちゃんとは会う
こともなく、その後の消息を知る機会などはなかった。
だから 長女に、青木悦さんを知ってる?・・と聞かれ
六兵衛の知らなかったエッちゃんが経験した当時の苦悩や
その後の活躍を 初めて知ったのである。
講演会後のサインを貰う時、悦さんの著書を数多く呼んでいた
長女には、 悦さんにとって子供の頃の記憶は 辛く
思い出したくもない事なのだろうと想像しながらも
この ささやかな繋がりの偶然に、言葉にならない気持ちがあり
何故か涙が出た・・という。
そして今回、青木悦さんが初めて書かれた小説が出版されたと
知り、青木悦 著の単行本『黙婆』を20冊も購入したという。
そして 多くの人に読んでもらいたいと思っているようだ。
その1冊を我が家に送ってくれたのだ。
そしてそして 読み終わった・・。
歳を取ってきて 涙もろくなってきたとはいえ、 何度も 何度も
泣いてしまった・・。
悦ちゃん すごいね! すごいよ!
こんな小説が書けるなんて・・。
『黙婆』
著者:青木 悦
発行:坂本鉄平事務所
発売:壱生舎
定価:2000円+税