70歳代も後半の年齢に入った六兵衛である。
50歳代 60歳代と歳を重ねるにつれ、その年齢なりの体力の
衰えを感じては来ていたのだが、70歳代も後半になった 今
特に それまでと違った ”老い” とやらを 感じ始めている。
いつの間にか年月が過ぎ去り、そんな年齢になったのだから
いつまでも若く元気で いられない事くらい分かってはいるし
当然といえば 当然なのだろうが、これが ”老” いというものか・・
との実感である。
六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の秋の頃に「さし絵」として掲載していた159作目のカット絵。
そもそも 若い頃から運動嫌いな六兵衛であったし、その上 身体も
硬かったからだろうか、2回もギックリ腰で腰を痛めている。
今は「膝」に痛みも感じ始めた。
年齢を意識し過ぎて、無理やり自分を「老化」に追い込むつもり
はないが、以前には感じなかった「疲れた感」は、老いた証なの
かもしれないと・・思ったりも するのだ。
そして「老い」は、体力だけに限った事ではなく
記憶力や理解力さえも、徐々に衰えさせているように思う。
六兵衛が初めてパソコンに触れたのは、2000年の秋
まだ50歳代半ばの初孫が産まれる2ヶ月ほど前のことだった。
これまでにも当ブログに 何度も書いてきているが
それから およそ20数年間、パソコンやスマホなどの「IT機器」に
触れてきたはずなのに、未だに六兵衛はパソコン初心者のレベルの
まま、一向に上達する気配はない。
その上に この頃は、「数」が覚えられず すぐ忘れてしまう。
「カタカナ言葉」も覚えられない、何しろ頭に入ってくれない。
パソコンやスマホなどを扱っていると、何かの説明文の中に
カタカナ言葉や数字などが多く出てくるし、ちょっと理屈っぽい
文言などで表現されると、もう お手上げなのである。
その説明の意味を 何とか別のネットで調べようとしても
その説明文が また理屈っぽく ややこしいので、ますます理解
出来なくなってくる・・。
感覚も鈍くなり、尚更 理屈とやらも頭に入って来てくれず
仮に いっとき 何となく 分かったつもりでいても
何日かが過ぎてしまうと もう、肝心な事を忘れてしまっている。
老いた・・と感じてはいても、つれあいと二人で毎朝の散歩で
40分ほどは歩く。
その先にある100段の階段も、ゆっくりとだが 登っている。
「畝」作りなどの畑作業、草むしりや植木の伐採作業など
以前に比べると 長時間の作業は、やはり しんどくなくなってきた
とはいえ、老いたなりのやり方で、まだまだ作業は出来ている。
今年も、今頃の季節になると行う 庭の木々の伸びた枝の伐採作業も
数日をかけて、やっと終わったところだ。