青虫の食欲は・・

ゆうべの夜中、久しぶりに 雨が降った。

庭の木々や、小さな畑の野菜たちには 有りがたい雨・・。

3個 設置している雨水タンクの水量も

大分 少なくなっていた頃だったので

少しは 持ち直す事が出来たようで うれしい。

 

種子を植えた当時は、虫よけのネットを張っていたが

芽が出て大きく育ち、葉物野菜の収穫も近くなってくると

いつまでもネットがあるのは 見ていて鬱陶しいし

水やりや収穫の邪魔にもなる。

 

だから今年も、収穫が近くなった頃に

いつもと同じように防虫ネットを外したんやけど

何故だか今季は、収穫して六兵衛たちが食べるより先に

虫たちの食欲が半端ないようで

レタスも・・

 

小松菜も・・

今季は特に 激しく食い荒らされてしまった。

 

 

 

わずかに残った小松菜に緑色の塊が・・虫か?

いや・・フンか?

 

素人考えながら 青虫のフンやろか・・。

 

そんなこんなで 今季は、数日前に一度収穫をしただけで

その後の葉物野菜の収穫は ゼロ。

全て  破棄する結果となった。

 

 

だから もう一度、「小松菜」の種子を蒔くつもり。

但し 今度は しっかりと、防虫ネットを施して・・。

 

待ってろよ! 青虫・・今度は 食わさへんぞ!!

 

ブ ロ グ 再 開 !

今より 少し前の5月8日の水曜日

当ブログ『六兵衛じーさん お昼寝中』の画面が

突然 真っ白くなり、ウンともスンとも 動かなくなった。

 

えっ・・えーっ!

オレ 何か変な事 した?

 

訳のわからないまま、進む事も引く事も出来ず

画面は真っ白のままが 続く・・。

 

こんな状態になってしまっては、六兵衛などには手も足も出ず

最後はやっぱり スーパーマンに頼るしかない訳で・・。

サンタクララに暮らす次女に

我がブログの現状を説明し、助けを求めた。

 

『サーバーがダウンしているかもしれないから

ちょっと調べてみるね、

この状態では、父さん(六兵衛)には 手に負えないと

思うから、心配しないで待っててー ♬』

というような返事が返ってきた。

メールの文章の最後の「♬」が、なんとも頼もしい。

 

 

2日後の5月10日、再度 次女からメールが来る。

『なんか 重症みたい・・しばらく お待ち下さい』との事。

 

重症・・か。

なら 回復までは、少し時間がかかるかもしれない。

スーパーマンには 余計な手間をかけてしまうが

六兵衛ではどうにもならないわけで

只々 次女に 頼るしかない・・。

 

 

・・そんな間の5月11日と12日の二日間

恒例の年に一度の墓参りに、故郷 四万十市へ帰省する。

 

四万十川の夕景・・

 

墓参りを終え、我が家へ帰ってきた次の日の13日

昨年の冬に種を蒔いて、一冬を越して初夏になり

大きく育ったエンドウ豆を 収穫した。

 

収穫したエンドウ豆と、墓参りの帰省の途中で買ってきた

「淡竹(ハチク・タケノコの一種)」を一緒に煮たら

最高に美味いがよ〜。

 

 

そして今朝

遂に次女から「ブログが快復した」とのメールをもらった。

 

うれしい!

ホンマ 嬉しい!

次女と次女のつれあいに 感謝!感謝!

 

これで また、下手なブログが書けるがよ〜。

散歩、文庫本、昼寝・・そして 独りよがり満載のブログ

六兵衛の4本柱が出揃ったがよ〜。

 

Macの場合「小窓」の事を何というの?

またまた、六兵衛の頼りない知識では対処出来そうもない

「小窓」が現れた。

 

小窓に書かれている”Adobe Application Manager Utilities”

とは、はて・・なにか?

アドビの何か・・という事はわかるが、英語の意味が

わからない・・。

黄色地の三角にビックリマークが表示されているし・・

只事じゃあ ないんやないか?・・と 心配になり

すぐにサイトで調べた。

 

どうやら『 “Adobe Application Manager Utilities”の

アップデートを行いなさい 』という事らしいが

現在、我が「MacBook Pro」にAdobeのアプリケーションは

入っていない。

 

以前には、「Adobe Photoshop CS6」を使っていたけれど

今では 使えなくなてしまったから それ以来

Adobe製品は使っていない。

Adobe Acrobat Reader(アドビ アクロバット リーダー)

というアプリケーションが、いつの間にかインストール

されて「Finder」の中に有るらしいが、今まで一度も

使ったことはないのだ。

 

そんな六兵衛の「MacBook Pro」に、この小窓は

いったい何をせよ・・というのか。

 

ネットでの調べでは、分かったような 分からんような

・・そんな感じで

どうやら このまま ほっといても、かまへん・・

いう事のようだが・・。

 

ほっとこ・・! 。

 

堤道は初夏の如く・・

今日は5月5日

GWも、残り 今日と明日のみ・・。

年がら年中 GWの如き暮らしぶりの六兵衛には

無関係な話しだが・・。

 

塚脇方面に散歩に出る。

芥川堤道は初夏の如く 暑い。

 

堤道のベンチに座って一休み・・。

側には タンポポの綿毛が、満を持して 風を待つ・・。

 

てんとう虫も 顔を出して・・

 

「てんとう虫」を漢字で書くと「天道虫」と書くそうだ。

神の使い・・とも言うらしい。

 

「平成」から「令和」へ

「平成」から「令和」への、新しい時代の幕開けとはいえ

それにしても ここ数日の お祭り騒ぎに

六兵衛は いささか不安に思う・・。

 

決して六兵衛は、天皇崇拝者では ありませんが

平成の30年間、天皇さまと美智子皇后さまの お姿の

特に お年を召されてからの お二人の映像を見るたびに

微笑ましくもあり、目頭が熱くなることも度々ありました。

 

しかし その事とは別に ここ数日の

世間の見境のない お祭りの如き浮かれた騒ぎに

ただ 単純に そうして騒ぐだけで

それが天皇家の為にも、国民の為にも良い事なのかと

心配になる六兵衛です。

 

もう一度 ・・それにしても それにしても

「平成」から「令和」への元号の変わり目だとはいえ

あまりにも お祭り騒ぎが過ぎると 思われませんか。

 

これは六兵衛の邪推とか猜疑心とか、または下衆の勘ぐり

・・などと言われても、反論するつもりはありませんが

しかし ここ数日の 世間のお祭り騒ぎを見るにつけ

やっぱり何か 別の理由で、国民は踊らされているのでは

ないか・・と、勘ぐりたくなってしまいます。

 

例えば 例えば・・

安倍政権を影で支えているといわれている

大手の広告代理店が

さもタレントを世に売り出すがごときに 世情を操り

また、現政権へ忖度する大手放送局らは

その お祭り騒ぎを あおるがごとく放送を垂れ流す。

 

それも これも、現 安倍政権のマイナスと思える部分を

「改元」という お祭り騒ぎをする事で

国民の意識を はぐらかし、さも  良い世の中だとの

印象を与える役割を担っているのではないかと

六兵衛は勘ぐってしまうのです。

 

 

だからといって、だからといって・・

新天皇さまや新皇后の雅子さまには

上皇や上皇后さまが 余りにも素敵だったからと

それを意識し過ぎて、無理に同じようになさろうとの

お考えになられる必要はないと思います。

ご無礼を承知で申し上げれば

お二人の無理のない天皇さま像、皇后さま像で

国民に接して下る・・

それで 良いのではないでしょうか。

 

名犬ラッシー

南草津に暮らす孫達が 我が家に遊びに来たときに

見せるつもりなのだろう つれあいが

5月1日の夕方 6時頃から始まるBSのテレビ東京が放映する

映画『名犬ラッシー』の録画を始めた。

 

 

六兵衛の記憶は どうにも あやふやなのだが

遠い遠い昔の、テレビがまだ白黒だった時代に

『名犬ラッシー』という、アメリカから輸入したテレビ番組

(当時は そんなTV番組が多くあった)が

放映されていたことを覚えている。

 

ただ、その当時の六兵衛は『名犬ラッシー』の番組を

ほとんど見てはいないのだが、人気のあったテレビ番組

だったようで、その後も 幾つものシリーズが作られ

アニメ番組にもなったという。

 

今日 テレビ東京が放映した劇場用映画は

2005年に制作された わりと新しい映画のようで

最初に出版された原作の小説に

忠実に映画化されているという。

 

小さな炭鉱町で両親と暮らす少年ジョー。

彼の親友は 賢くけなげで美しいコリー犬・ラッシー。

しかし生活に困った両親は公爵にラッシーを売り

少年ジョーとラッシーは 離ればなれに・・。

何度も公爵の屋敷から脱走し 少年の元へ戻ってしまうが

また連れ戻されてしまうラッシー。

そして公爵はラッシーを連れ、遠く離れたスコットランドへ。

それでもラッシーはそこから脱走をして

大好きな少年に会うために走り続ける・・。

果たしてラッシーは少年のいるヨークシャーまで

たどり着き、もう一度 少年に逢うことが出来るのか!?

 

・・そんな あらすじの

六兵衛からしたら子供だまし?のような

まぁ そんな単純な物語を、つれあいが録画をするなか・・

何かに惹きつけられたか六兵衛も

ついつい 最後まで全部 観てしまった・・。

 

布 団

これまで 3度のギックリ腰を経験した 腰痛持ちの六兵衛は

身体が沈み込むような ふかふかの柔らかい布団で寝ると

朝になって腰が重く、痛みを感じる事が多くあった。

だから、敷布団の下に 9mm厚のコンパネを敷いて

 

硬めの敷き布団にして 寝る事にしていた。

 

六兵衛の腰には その状態が良いようで

だから長年 そうしてきた。

 

 

ところが、昨年6月の大阪北部地震で恐怖を感じて以降

高い部屋で寝るのが怖くなって

だから それまで3階で寝ていたのを1階へと移り

使うベッドも 以前に、六兵衛とつれあいの両方の親たちが

順繰りに使ってきた介護用の組み立て式ベッドを

物置から出してきて、改めて組み立てて使うことにした。

 

どちらかといえば その介護用ベッドは、やや硬めのマットを

敷いていたから、それまでのようにコンパネを布団の下に

敷く必要もないだろうと、そのままで使ってきたのだが

この頃 朝起きると、腰が重く 張りを感じる事が多くなって

きていた。

 

だから先日、9mm厚のコンパネを 改めて敷布団の下に敷いた。

 

それから 3晩 夜を過ごしたが

朝になっても腰の張りや痛みを ほとんど感じる事はない。

 

やはり六兵衛には

薄くて硬い煎餅布団の方が、身の丈に合っているらしい・・。

 

鯉のぼりのイベント

昨日は芥川に架かる「大蔵司橋」から北(川上)へ向かって

「塚脇橋」まで散歩で歩いた

今日は、「大蔵司橋」から川下へ向かって「門前橋」までの

コースを選んだ。

昨日とは違い 今日は風もなく、もってこいの散歩日和。

 

門前橋 川下の芥川桜堤公園では「こいのぼりフェスタ」が

開催されていていた。

 

この頃では この時期になると、日本の各地で

「鯉のぼりの川渡し」が開催されるようになったが

六兵衛の記憶では、沢山の鯉のぼりを集めて川渡しを

最初に行ったのは、六兵衛の故郷の川

四万十川ではなかったか・・。

 

調べてみた・・。

やはり、高知県 高岡郡 四万十町 十川(とおかわ)という村で

( 当時は 市町村合併する前の高知県 幡多郡 十和村 十川 )

昭和49年、村の青年団が子供たちのために「鯉のぼりの川渡し」

行ったのが始まりだった・・という。

 

久しぶりの 散 歩

庭の野菜畑の作業や、メダカの二つ目の池作りに忙しくて

ここ数日、散歩に出かける暇がなかった。

そんな庭の作業も一段落した今日は 久しぶりに

芥川の大蔵司橋から堤道を通って塚脇橋まで散歩に出かけた。

 

天気は良かったが、北からの強風が吹いて 少し寒く

芥川沿いの堤道を北へ向かって歩く六兵衛には

歩きにくい散歩ではあったが、それ以上に

山の、川の、土手道の新緑が春らしく、気持ちが良かった。

 

 

芥川からの帰り道は、ちょっと気分を変えて名神高速道の

側道を歩いた。

神戸(西の方向)の方を見れば、遠くに万博公園の大観覧車や

太陽の塔が微かに見えている。

 

拡大してみよう・・。

 

そういえば・・大阪のどこかの人工の島に

2025年に万国博覧会を開催することが決まったらしい。

その上 、カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致も

目指している大阪府と大阪市のようだが、それは

目先の金の動きばかりに気を取られているだけの事で

これが大阪の将来にプラスになるビジョンだとは

六兵衛には到底 思えない。

 

同じ万博でも、1970年の大阪万博の時と現在とでは

万博の必要性がまったく異なっているから・・。

 

そして何より 六兵衛は、大阪では強い人気の大阪維新の会が

橋下さんの頃から どうにも信用 出来ないのだもの。

 

こればっかりは 何とも しょうがないよ・・。

 

ヌル ヌル

先日、二つ目のメダカの水槽を作った時

その周りをレンガで囲う作業をした。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の

2011年の春の頃に「さし絵」として掲載していた51作目のカット絵。

 

その作業では、レンガとレンガの間に

セメントを詰めてレンガを重ねていくのだが

始めのうちは スコップやコテで セメントを

取り扱っていたんやけど、段々面倒になって

ついつい 素手で セメントを掴んで作業をした。

 

作業が終わってから、よく手は洗ったんやけど

それから数日間、顔や手を洗うたびにヌルヌルした。

多分、セメントを素手で扱った影響だろう・・。

 

 

そんな影響が、思わぬ形となって現れた・・。

iPhoneやiPadでの指紋認証(Touch ID)が

思うように出来なくなったのだ。

どうやら 手の皮膚がセメントに負けて軽い炎症を起こして

親指の指紋が薄くなっていたのかもしれない。

 

それでも レンガ組み作業から3日ほど過ぎた 今日などは

手の皮膚の炎症は ほとんど回復したようで

簡単に 親指の指紋を認証してくれるようになった。