『macOS Big Sur 11.01』

Apple社が この秋、新しいOS『macOS Big Sur 11.01』を

発表した。

「ビッグ サー」と読むらしい。

「Big Sur」とは、カリフォルニア州にある風光明媚な観光名所

だという。

 

「Big Sur」が観光地なのは ともかく、昨年の秋に

「MacOS Catalina」をバージョンアップしたばかりなのに

もう次の新しいバージョンを発表した。

まぁ、毎年 秋のこの時期には、何らかの新しい試みを加えた

新バージョンを発表しているApple社だが

パソコン未熟者の六兵衛にすれば、新しくなるとはいえ

そう ころころと内容が変わられると戸惑うばかりなのである。

 

昨年の秋、「macOS Mojave」から「MacOS Catalina」に

バージョンアップしたあと、「iTunes」が「ミュージック」

「Apple TV」「Podcast」の3つに分かれ

パソコン未熟者の六兵衛には、独立した「ミュージック」の

扱いが「macOS Mojave」のときの「iTunes」内にあった

「ミュージック」のようには、扱えなくなってしまったのだ。

そんな事もあろうかと思い「MacOS Catalina」にバージョン

アップをする時、 少し様子を見ようとしていたのだが

デスクトップ画面上のアプリ一覧を示すのDock(ドック)の

「システム環境設定」の歯車のマークの上に

赤丸に白文字のが、いつまでも消えずに くっついており

神経質な六兵衛は それがどうにも気になり

結局「MacOS Catalina」にバージョンアップしたのだった。

今回も、「macOS Big Sur」にバージョンアップを誘い込む

が如く、「システム環境設定」の歯車のマークの上には

やはり 神経質な六兵衛の気を逆撫でるように

赤丸に白文字のが くっついている。

 

・・そやけど、今回は負けへんで!

 

赤丸に白文字の①」が ナンボのもんじゃ!

 

気に せえへんで!

 

気に したるかい!

 

またまた 久しぶりの散歩

午前中は雨だろうと思っていたのに、案外 早く上がったので

芥川に架かる大蔵司橋から下流の堤道を、ほぼ2ヶ月ぶりに歩く。

 

先ほどまで降っていた雨の水玉が、堤道の草々に光る・・。

 

水鳥が忙しなく餌をついばむ その横で、亀はのんびり甲羅干しだ。

 

芥川堤道の公園では、枯葉の散る土手に

今は盛りと咲いているのは野菊だろうか・・。

 

散歩の途中にある妙圓寺の「鐘撞堂」の再建工事が4月頃から

始まっていたのだが、久しぶりに その前を通ると

鐘撞堂は ほぼ完成していた。

ついでに、2〜3台置ける駐車場も新しく作ったようだ。

 

もうすぐ師走という晩秋だが、コスモスが さり気なく咲いている。

広い畑に咲き乱れるコスモス畑のコスモスよりも

どこかの家の庭の片隅で、優しく風に揺れているコスモスが

六兵衛はいい・・。

 

今は、夢のあと・・

時々 申し訳なさそうに 、青い空を わずかにのぞかせるものの

散歩をするには  やや張り合いのない曇り空の下の

今日の「上の池公園」あたり・・。

この「上の池公園」、我が家よりも標高が少し高いから

11月も半ばとはいえ 本格的な秋の様相である。

 

昨年の6月、近所の保育園の園児達が若草の滑り台で遊んでいた

土手沿いの斜面は・・

枯れ草と落ち葉に覆われて、「兵どもが夢のあと・・」と

いうところか・・。

 

雲間からのぞく わずかな青い空に救われて 歩く・・。

 

 

それぞれの進路・・

先日、南草津に暮らす長女や孫達の近況を「LINE」の電話で

聞くことが出来た。

孫達との会話は久しぶりである。

神奈川県で大学生活を送っていている孫長男とは別暮らしだが

高校3年生の孫次男と、中学3年生の孫長女は 今 まさに

受験シーズン 真っ只中の日々を送っている。

 


以前に遊びで作った「マンガ絵」が、パソコンの隅っこから出て来たので
懐かしシリーズで掲載する。

 

孫次男は 高校生になって弓道部に入部し、弓道が好きになり

2年生の時にキャップテンを任された。

あまり やる気のない部員達をまとめる苦労や、部長先生との

軋轢などで ストレスを感じながらも、何人かの頼りになる仲間

たちに支えられて、キャップテントしての務めを果たしてきた。

 

3年生としての最後の夏の大会が終わり、今は進学受験に向け

進んでいるのだが、それまでが 部活に夢中だった所為か

今後の進路を考える時期になって、「将来 自分は何をしたい

のか・・」 という事を改めて考えてみた時、将来像が何も思い

浮かばなかったらしく、何となく進められるままの 安易な進路

へと落ち着きそうになったが、一時の迷いで 安易に進路を

決めようとした自分を、強く反省したのだという。

そして 安易に決めようとした進路を中止するうえで

迷惑をかける先生方に謝り、頭を下げてまわったという。

間違ったと気付けば素直に認め、迷惑を掛けたなら謝る・・

それは出来るようで なかなか出来ない事だ。

自分の進みたい方向を見つけた今は、その道に向かって

頑張るだろう。

 

六兵衛など、孫次男と同年代だった頃は、深く考える事もせず

適当な生き方をしていたのに比べ、今の実力より一段上の高校

入試を目指すと決めた孫長女も偉いし、大きく強くなった

孫次男も、だんだんと「漢」になってくるようである・・。

 

大統領選・・

アメリカといえば、世界をリードし、世界の警察とも言われて

いた時期もあった大国だが、3日(日本時間の4日)に始まった

大統領選挙は、現大統領のトランプさんが

まるで聞き分けのない餓鬼のように駄々をこねているのか

今になっても まだ、どちらかの敗北宣言も出ていない状態の

ようである。

 

いかに大国 アメリカといえども、なんとも お粗末だが

しかし そんなアメリカを、呑気に笑っていられないのが

日本の政治であり、多くの日本国民の政治への心構えだ。

 

いつの頃からか 日本は、いや 昔から そうだったような

気もするが、政治家といわれる人達も、有権者である国民も

大切な未来の事など考えもせず、話し合いもせず

目先の損得ばかりに一喜一憂し

経済 経済と馬鹿の一つ覚えのように経済さえ良ければ

全ていいのだという風潮がある。

 

トランプ大統領ばかりを笑ってはいられない。

日本の新しい総理大臣の菅さんの国会での答弁を見聞きしていると

総理大臣として、決して長くは務まらないだろうと思う。

やはり菅さんは、総理大臣という器ではなかった。

一歩 引いた隠れた所から、あれやこれやと策を巡らしている

方が、菅さんには似合っていたのでは ないか・・。

 

『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』

六兵衛の大好きな辻堂魁さんの文庫本・風の市兵衛シリーズの

最新作『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』が、祥伝社文庫から

発売されたのは8月の中頃、それから3ヶ月近くが過ぎた今でも

『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』は

六兵衛が中古本として購入しょうと思う適正な値段まで

一向に下がるは気配がない。

市兵衛さんの文庫本は人気があるようで、中古本とはいえ

 そうそう簡単に安くなってくれるとは思ってはいないが

それでも・・か、だからこそ・・か

この頃 市兵衛さんの活躍を 無性に読みたくなっている。

 

極めて まっすぐで、強い心と、穏やかで 優しく人を包み込む

そんな温もりを感じさせてくれる市兵衛さんに、会いたいのだ。

作者の辻堂魁さんの文章も また、登場人物たちの人生を

それぞれに丁寧に描かれていて、風景や状況描写も匠で美しく

読んでいて嬉しくなる。

 

何しろ この頃 文庫本を読んでいても

六兵衛をワクワクさせてくれる小説が少なくなった・・。

だから せめて市兵衛さんを身近に感じたくなり

再度 新シリーズ『風の市兵衛 (弐)』の最初の巻「暁天の志」を

本棚から取り出し読み始めている・・。

 

小弥太と織江の幼い兄妹が健気で・・泣けてくる・・。

 

「大阪都構想」は2回目も否決!

「大阪市を廃止し、四つの特別区に再編する」という

「日本維新の会」が大阪市民に問うた、俗にいう「大阪都構想」

の是非を問う2回めの住民投票が日曜日に行われた結果

反対票が多数となり、「大阪都構想」は2回目も否決された。

 

よかった!

 

5年前に行われた1回目の「大阪都構想」の住民投票では

反対に回っていた公明党が、今回は「日本維新の会」の軍門に

下り賛成に回ったが、しかし 多くの創価学会員の賢い方々は

党本部の姑息な思惑にも惑わされず、信念を貫いたことなども

あってか、1万7千票あまりの僅差で 俗にいう「大阪都構想」

は否決された。

 

よかった!

 

「日本維新の会」が強引に推し進めようとしていた

俗にいう「大阪都構想」の詳しい内容については

複雑すぎて六兵衛には、よくわかっていない。

が、しかし 六兵衛は、そもそも「日本維新の会」自体を

どうにも信用できないのだ。

今回の 俗にいう「大阪都構想」についても

「都構想」だとか「無駄な二重行政」などと言いながら

腹の中では何を考えているか分かったもんじゃあない・・

と内心で六兵衛は思っている。

だからといって都構想に反対する立場の「自民党」にしても

似たり寄ったりなのではないか・・との思いはあるが

とりあえず、今回の提案をした「日本維新の会」の言う事は

やっぱり信用できない。

「維新の会」の顔とも言うべき橋下徹さんや松井一郎さん

らの言動や表情などをテレビなどで見聞きしていると

申し訳ないが、とても信用する気には なれない・・。

腹の奥に 何かを隠しているような、自分の都合ばかりを主張

する・・そんな印象なのである。

 

 

また「公明党」は、いつの頃からか与党に与したことで

その旨味を知ったがゆえか、” 平和の党 ” としての本来の主張

を曲げ、その立ち位置をコロコロ変えるという

中央の公明党本部の姑息さが、「日本維新の会」の思惑に

乗っかって、俗にいう「大阪都構想」の賛成側に変身した。

しかし 多くの賢い学会員の反対票があったがためだろう

「日本維新の会」と「公明党」との思惑を拒否する力に

なったと思われる。

 

あんな意見も あり、こんな意見も ある・・それが世の中だが

当ブログの勝手な意見は、すべて六兵衛 個人の独りよがりの

意見である。

 

明日から霜月・・

明日から11月、旧暦11月を「霜月(しもつき)」という。

今年も残り2ヶ月、まいど マイドの事だが 流れる月日は

はやい! 早い! 速い!

六兵衛のボケかけた身も心も、その速さに 付いて行けない。

 

ボケかけた・・といえば、一昨日(29日)のブログの日記

の娘たちの幼い頃のかわいい写真の撮影年月日を間違えて

つれあいや次女に指摘され、昨日(30日)のブログで訂正

したのだが、その訂正した年数が またまた間違っていたらしく

再度 次女からメールがあった。


相変わらず かわいい娘たちに 変わりはないのだが・・。

 

「38年」を訂正して「48年」とするところを

「43年」と打ち込んでしまっていたのだ・・。

一度ならず二度までも  同じ間違いをしてしまうとは

あぁ〜・・。

 

表や裏の畑の作業も 一段落したようで、今日は久しぶりに

上の池公園あたりに散歩に出かけた。

じっとしていれば 何となく肌寒いのに、日向を歩いていると

汗ばんでくる・・そんな10月最後の日の、雲ひとつない

青空の下の散歩になった。

 

間違い

昨日(10月29日)の当ブログの内容に大きな誤りがあったので

訂正する。

 

幼い頃の娘たちの写真を掲載したが、記入している撮影年に

間違いがあった。

   

 

今日の朝飯のあと、つれあいが『娘たちの写真を撮影した年が

間違ってるよ・・』と注意してくれた。

その後、次女からも

『48年やでー😭10歳も歳とるやーん🤣😂

というメールが来ていた。

 

 

間違って記入した昭和38年だと、六兵衛は まだ高校2年生。

一人 下宿生活を送りながら、深沢七郎さんの『放浪の手記』を読み

単純に 放浪の生き方に憧れていた頃であり

一方で吉永小百合さん主演の日活映画『泥だらけの純情』に夢中に

なっていた、六兵衛自身が まだまだ子供だった頃なのである。

 

正しい撮影時期は「昭和48年9月」。

 

隣り合わせの「3」と「4」の数字を打ち間違えた事にも気づかず

ブログに掲載したのは、六兵衛が 老いたせいか

元々の注意力のない性格のせいか・・・・・。

 

 

生き方も・・

年老いて なお 前向きに進む人もいれば

六兵衛のように過ぎた昔を振り返り 振り返り

懐かしがってばかりの年寄りもいる。

老人の生き方も、人により様々か・・。

 

必死で頑張って来た・・とか

有意義な日々を過ごして来た・・とか

老いた六兵衛が今、自分の若い頃の昔を振り返ってみても

さほど貴重で有意義な生き方をしてきたとは、とても思えない。

今 その昔を振り返ると、若く未熟なのは当たり前としても

むしろ 愚かな日々ばかりを ただ積み重ねてきただけのような

もう取り返しのつかない反省と、そんな記憶ばかりである。

 

生まれた町を離れ 山奥の小さな集落で3年間を過ごした小学生の頃

勉強もせず、マンガばかりに明け暮れていた中学生の時代

初めて親元を離れ、一人 気ままな下宿生活を送った高校の3年間

進学をせず 就職はしたものの、努めた仕事は長続きせず

東京に出ても長く過ごしたプー太郎の日々・・。

 

今の つれあいと、東京の小さなアパートで暮らし始めて

右往左往の末、少しずつ責任みたいなものを意識し始め

つれあいに助けられながら50年が過ぎた。

 

 

そんな こんな、六兵衛の若い頃は

人様に自慢出来るような事など何も無く、どちらかといえば

反省の日々ばかりだったと自覚する六兵衛なのに

老いてきた この頃、そんな半端で だらけた若い頃の日々が

むしろ懐かしく感じられ、ついつい 便利なネットを利用して

当時の懐かしい時代や場所を探して歩く六兵衛なのである。

 

朝晩は めっきり肌寒くなって、我が地方も本格的に秋である。

 

裏の畑の開墾も とりあえず一段落、4つの畝が出来上がった。

一番北側の畝には「えんどう豆」の種を植えた。

2番めの畝は、もうすでに「玉ねぎ」と「にんにく」の種を

植えていて、すでに緑の葉が成長している。

「えんどう豆」も「玉ねぎ」も「にんにく」も、来年の初夏

には食べられるようになるだろうと、楽しみにしている。

 

3番めの畝には、「ほうれん草」「小松菜」「源助大根」

「小かぶ」等々の種子を植えた。

出来れば今年のうちに、収穫 出来ればと期待している。

4番目の畝は、今の所 来年の春まで休ませておく予定。

 

もちろん それぞれの畝には、「苦土石灰」「堆肥」「油かす」

等々を与え、つれあいが毎日のようにネットで勉強して得た

知識を活かし、作物が育つような「土」にしている。

 

 

表の庭に植えている「すだち」と「柿」の収穫をした。

「すだち」は少し収穫時期が遅くなって、黄色くなりかけていたり

大きさもバラバラで、見た目は決して良くはないが

これまでで一番 収穫量の多い年になった。

「すだち」の事を述べると、六兵衛の話は長くなる。

以前に『庭の「白い恋人」』(2020年5月3日)の

タイトルで六兵衛の「すだち」への想いを日記に書いている。

「すだち」の事

 

それに比べて「柿」は、残念ながら実った数が少ない。

裏の畑の開梱で疲れたときに、これ以外に3個ほど食べたから

今年の柿の収穫は、合わせても わずか13個だけだった。

来年に期待する・・。

 

貧弱な発想ゆえに・・

YouTubeから「外付けHDD」に保存した映画を、「パソコン」

や「IPad」で再生して観るのは、六兵衛といえど 今では

当たり前に出来る・・。

 

六兵衛も「YouTube」から、昔の懐かしい自分好みの映画を

断りもなくだが「外付けHDD」に保存している。

・・いつ削除されても、保存していれば安心だから。

その中の4〜5本の映画を、身軽な「マイクロSD カード」に

移し、「iPhone7」の「Lightning」端子にハブを通して

「マイクロSD カード」を接続して、映画を再生した。

再生した映画は:日活映画『あすの花嫁』・1962年 制作

原作:壺井栄 監督:野村孝 主演:吉永小百合・浜田光夫

 

 

賢くてITの扱いに慣れた方々には 当たり前の事なのだろうが

六兵衛は「iPhone」などの「スマホ」は

電話をしたりネットで調べ物をしたりする機器であって

「スマホ」で、映画や動画を保存している外付けの「HDD」や

「SD カード」を接続して再生する・・という発想は

これまで なかったものだから、何気に今日 試してみて

こんな事が 出来るんだぁ・・と、何とも不思議な思いがして

新しい発見をした気分なのだ。

 

もちろん 今にして思えばだが、「iPhone」のYouTubeから

直に動画や映画を再生して観られるわけだから

「外付けHDD」や「マイクロSD カード」から再生出来ても

当然なのだろう・・と、今頃になって気付いた次第だ。

 

相変わらず 発想の貧弱な六兵衛である。

 

出来た!

我が家の東側に、六兵衛とつれあいの年寄り二人で作り始めた

畑が、やっと今日(20日)予定の4畝が出来上がった。

約1ヶ月半、六兵衛も頑張った!

それ以上に、つれあいも頑張った!

我が家の2階から見た畑の全景を、スマホで写した3枚の

写真を、無理やりアプリで合成した。

 

畑の周りには、いろいろな「実」の成る木を植えた。

六兵衛の好みの木もあれば、つれあいが望んで植えた木もある。

説明文字を入れると畑の写真が隠れてしまうほどだ・・。

表の庭から移植した木もあれば、新たにプランテリアで購入

した木もある。

そして あと2本、表の庭に そこそこ大きく育っている

スモモの木の移植と、いちじくの木を もう1本 プランテリア

で購入して、植える予定にしている。

 

浅黄 斑さん・・

二見時代小説文庫から出版されている『無茶の勘兵衛 日月録』

という文庫本の シリーズの最新刊の発売を、今か今かと待って

いる六兵衛なのだが、ここ1年半ほど新刊の発表がない。

 

作者の浅黄 斑さんは以前に、病気で3年間ほど 作家活動を

中止せざるを得なかった時期があり

昨日 何気に「浅黄斑さん 近況」とネットで検索してみた。

 

新聞のWeb版に『作家・浅黄斑さん 死去』との記事があった。

記事の内容は・・

「2020年9月5日、知人の通報で駆けつけた警察官が

死亡している浅黄さんを発見した・・。」という簡単な

内容の記事であった・・。

もっと詳しい事を・・と他のネットを調べても

それ以上の詳しいことは分からなかった。

1946年 生まれの74歳、六兵衛と同じ年齢だったという。

 

『無茶の勘兵衛日月録』の第1巻「山狭の城」が2006年に

出版されて以来、2019年には第20巻まで出版された。

まだまだ物語は続いて、読者を楽しませてくれるはずだった

ろうに・・。

今後の勘兵衛の活躍を期待していた多くの読者以上に

途中で断念せざるを得なかった作者の浅黄さんの想いは

いかばかりだったろうか・・。

渡邊 文也さんがイラストのカバー表紙絵に
以前 六兵衛が作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中に
「さし絵」として掲載していたカット絵の一部を加えた・・。

 

徳川家康の次男として生まれ、関ヶ原以後 越前一国を任された

結城秀康の三男・松平直政を藩主とした越前大野藩の複雑な

国情の中、少年時代の勘兵衛の無茶振りから物語は始まった。

そんな勘兵衛を これまでにも何度か当ブログに書いてきた。

 

浅黄さんが病気で3年以上のブランクの後、やっと新刊が

出版されて喜びの六兵衛の2019年1月6日の日記・・

「無茶の勘兵衛 第18巻」

 

「無茶の勘兵衛 第20巻」の中で、若い頃に六兵衛が暮らして

いた東京の町を、物語の中で勘兵衛が歩いている喜びを記した

2020年4月30日の日記・・

「一人で 懐かしんでいる・・」

 

等々・・。

 

ご冥福を祈ります・・。

 

朝の ひかり

朝食の時、リビングの西面の壁に 強い光が当たっていた。

これまで、この壁に このような光がさす事はなかった。

裏に畑を作り始めて、我が家にさす光りの角度が変わった

らしい・・。

 

つれあいの誕生日祝いにと、サンタクララに暮らす次女夫婦が

数年前に贈ってくれていた鉢植えの「藤の木」を、本来なら

葉が落ちる冬になってからの冬眠期の移植がベストなのだろうが

都合で 今日、裏の休憩用の椅子の側の藤棚に移植した。

 

早く大きくなって、休憩する六兵衛達に日陰を作ってね・・。

 

裏の畑の作業が終わった夕方、池の方を見ると

白鷺が5羽、池の上に繁る木の枝の上に とまっている。

 

 

東から登った太陽の朝の光が、差し込んできた経路を

図に書いてみた。

ついでに5羽の白鷺がとまっていた場所も示そうか・・。