病気?

5月の半ばに、ホームセンターで夏野菜のナスやキューリ

トマトやゴーヤの苗を買ってきて、庭の小さな畑に植えた。

ナスやトマトやゴーヤは順調に育ち

ナスなどは もうすでに2本ほど収穫して、食卓にのぼった。

トマトも もう少しすれば赤く熟れて来るだろう。


  「ゴーヤの棚」

 

・・ところが問題はキューリだ。

キューリは今年2本の苗を植えた。

そして、形は悪かったが食べ頃の大きさに成長した2本を

収穫して食べたが、その頃からキューリの葉に異様が見られる

ようになった。

 

葉の周囲が枯れたような黄土色に変色し、それが だんだんと

葉の中央へ広がっていく。

勢いがない、葉の数が少ない、花が咲いても実にならない。

明らかに何らかの病気のような症状である。

 

ネットで調べると「うどん粉病」「ベト病」「緑枯細菌病」

などの病名が出てきた。

 

はてさて どうしたものか・・。

とりあえず出来る事は、病気にかかって変色した葉が多くある

枝先を切り落として、様子を見ることにした・・。

 

最初に掲載した写真のゴーヤの勢いに比べて

キューリの何となくの寂しさが 哀れをさそう・・?

 

スモモ

今年も、庭の垣根のそばに植っているスモモの実を収穫した。

 

今年、まだ青く小さな実がなり始めた4月の頃に

強い風が吹いた日があって、その強風で小梅ほどの大きさに

成長していたスモモの実が たくさん落下した。

 

少しだけ残ったスモモの実は、段々と赤く熟れてきて

しかし、熟れた実の中には ヒヨドリなどの鳥が飛んできて

果肉を ついばみ、そのため傷ついている実も多かった。

 

・・良く見ると、鳥が食べ残して傷をつけた熟れた実に

「カナブン」が小さな頭を突っ込んで、六兵衛が実を摘み

取っても気づかないほどに、夢中になって果汁を吸っている。

 

そんなこんなで、今年の収穫は20数個と 少なかった。

 

『未来少年 コナン』

『最終戦争で地球は荒廃し、人類は絶滅の危機に・・』と

そんな伊武 雅刀さんのナレーションで始まるNHKテレビの

アニメ番組『未来少年 コナン』の再放送を

毎週 日曜日 深夜0時10分から放映している。

 

娘達が まだ、幼稚園か小学校に入った頃だったろうか

とにかく今より40数年前にアニメ『未来少年 コナン』が

放映されたとき、幼かった娘達はもちろん 大人の六兵衛も

素朴な少年・コナンの、超人的な活躍に胸躍らせながら

テレビを観たものだった。

宮崎 駿さん初の演出作品だったらしい。

その後の宮崎さんら「ジブリ」からは、多くのアニメ作品が

作られてきた。

この「未来少年コナン」は、それら多くのアニメ作品の中でも

「アルプスの少女ハイジ」と肩を並べるほどの代表作とも

いえる作品だった。

 

何しろコナンの動きが、無茶と思えるほどに凄い。

走っても、水中でも、体力や持久力でも・・

とにかく痛快なのだ。

特に コナンの足は手以上に強力で、その指は手の指以上に

力強く自由に使う事ができるのだ。

 

何よりコナンの心には 小賢しい理屈などない。

信じるラナが悲しい顔をしているから

助けたい・・その一心のみ。

優しい野生児である。

 

そんなコナンの再放送は、深夜の0時10分の放送だという。

当然 六兵衛など 寝ている時間だが

毎週 ちゃぁ〜んと つれあいが、録画予約してくれているのだ。

 

先週の第8話「逃亡」までを録画で観た。

インダストリアのレプカに捕らえられていたラナを

コナンは得意の足技などを使って救い出したが

ラナを背負って歩かねばならない 気の遠くなるような砂漠が

待ち受けていた・・。

 

今週の第9話「サルベージ船」の録画は出来ているはずだが

 第9話だけで観るか、その後の2~3話をビデオに撮ったあと

まとめて観るか、まだ決めていない・・。

 

『次郎物語』

「インターネット電子図書館」と銘打った『青空文庫』を

何気に見ていたとき、たまたま 下村湖人の『次郎物語』の

文章の一節が目に入った。

 

『そういう境遇に巡り合わせたんだね、そんな運命に巡り

合わせたのは、その ”種” のせいじゃあない。

“種” 自身では それを どうする事もできなかったんだ。』

 

「次郎物語」第2部、次郎は中学生になり

2歳年上の兄・恭一と、継母の弟・徹太郎おじさんと3人で

山登りに出かけたとき、条件の厳しい山の岩と岩の間に生え

それでも力強く生きる松の木を見ながら、徹太郎おじさんが

次郎たちに話した言葉だ。

 

何処からか飛んできた松の木の ”種” が、岩の間に落ちて

芽が出て少しずつ大きく育っていった松の木は、生きていく

のに厳しい環境ではあるが、そんな運命を嘆くのではなく

与えられた運命の中で、気持よく努力することが大切なのだ。

それが本当の命というものだろう。

そして しまいには運命の ”岩” を打ち破り、それを突き抜け

地底に根を張る事が出来たんだろう。

松の木は今でも岩に挟まれたままだが 松の木にとって

もう そんな事は何でもない事だろう・・と

徹太郎おじさんが次郎たちに話をする場面だ

 

少年の頃の次郎は、決して自分は幸せだとは思えず

心のどこかで 恨みのような不満を持って生きてきたが

運命を嘆いているばかりではダメだという徹太郎おじさんの

「松の木の運命」の例えが、その後の次郎が変わっていく

きっかけとなる場面でもある。

 

六兵衛がまだ高校生くらいの頃、NHKのテレビ番組で

下村湖人 作の『次郎物語』を夕方に放送していた。

 

「次郎」役は 池田 秀一さん。

乳母の「お浜」役は 加藤 道子さん。

父親の「俊亮」役は 久米 明さん・・等々。

白黒画面時代の そんなドラマの池田秀一さん演じる次郎が

強く印象に残った。

 

それから1~2年後に、今の つれあいと付き合い始めた頃

『「次郎物語」面白いから読んだら・・』と、単行本だったか

文庫本だったかは忘れてしまったが、彼女が『次郎物語』の本を

貸してくれた。

 

その頃の六兵衛は、小説など ほとんど読んだ事もなく

しいてあげれば高校生の頃に、放浪暮らしに憧れた時期が

あり、姨捨(おばすて)の風習をテーマにした『楢山節考』

天皇制を批判したような短編小説『風流夢譚』などの作品を

発表されていた深沢七郎さんの『流浪の手記・風流夢譚余話』

彼が放浪する理由さえ知らないまま、ただ つまらない現実から

逃避したいがためのに憧れた 放浪生活だったけど・・。

 

横道に逸れた・・。

つれあいになる前の彼女が進めてくれた『次郎物語』の本を

テレビドラマの池田秀一さんの印象も まだ強く残っていて

何日もかけて読んだ。

テレビドラマでは あまり強く感じなかったが、改めて本を読み

強く印象に残ったのが、はじめに記した「松の木の運命」の

話の場面だった。

 

先日 そんな話を つれあいにしたら

文庫本ならあるよと、何処からか取り出してくれた。

旺文社発行の上・中・下巻の3冊である。

その文庫本が、50数年前に借りて読んだ「次郎物語」の本

その物だったのかどうかは、六兵衛にも つれあいにも

忘れてしまうほどの 遠い 遠い 昔の話で、それでも六兵衛は

改めて懐かしい「次郎物語」を再度 読み始めることにした。

 

無料で読めるインターネット電子図書館

『青空文庫』

 

老いて こそ・・

六兵衛のブログには常々、老人となった六兵衛のことを

直接的だったり 間接的だったりしながら、さも六兵衛が老人だと

強調するかのように、あれやこれや としつこいほど書いている。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の梅雨の頃に「さし絵」として掲載していた167作目のカット絵。

 

だからといって、老いた六兵衛の残りの人生を

決してマイナス思考で考えているわけではない。

体力的に疲れやすくもなり、事あるごとに 足や腰や肩などに

痛みを意識するようになり、記憶力や集中力などの頭の働きも

鈍くなって、物忘れも多くなってきた。

 

しかし しかしだ、仕事もリタイアして 世間との関わりも

少なくて済むようになった今では、多少の身体の痛みだとか

頭のボケだとかは、大した問題にも思えず むしろ 今の方が

何とはなしに楽に生きているのではないか・・とさえ

感じていたりする。

 

決して 老人となった六兵衛の ひがみや負け惜しみではなく

六兵衛が子供だった頃に周りにいた老人達に感じていた

ゆとりのような落ち着きが、今になって納得出来るように

思えるのである・・。

 

無料 翻訳サイト

サンタクララに暮らす次女のつれあいのAaronと

時々メールのやり取りをする。

Aaronは日本語の文章でメールでくれるし

六兵衛は英語の文章でメールで送る。

六兵衛は、一旦 日本語でメモした文章を無料の「翻訳サイト」

英語に訳して それをメールで送る。

 

無料の「翻訳サイト」だから、細かなところまで正確に訳され

とは思っていないが、それでも何となくの意味合いくらいは

相手のAaronに伝わってほしいとの思いから

無料の「翻訳サイト」でも簡単な文章なら訳してくれるだろうと

出来るだけ簡単な文章を書いてメールにしている。

 

先日 フト思いついて、数ある無料の「翻訳サイト」の出来具合を

調べてみることにした。

 

「Google翻訳」「excite翻訳」「Weblio翻訳」「DeepL翻訳」

4つの「無料翻訳サイト」について調べることにした。

調べるために用意した日本語の文章は、六兵衛が五兵衛の名で

ボケ防止のために作り始めたホームページ『五兵衛の山』から

引用した文章を使う。

 

《「吹越山」・・それは 五兵衛が生まれ育った故郷の

我が家の裏の小さな小さな山の名前だ。

その裏山には名前があり、「吹越山」という名だと知ったのは

五兵衛が70歳を過ぎ、不動産名義の変更をする時だった。》

 

さて、この文章が どんな英語に訳されるのか・・。

 

まずは「Google翻訳」から・・。

上記の日本語をGoogle翻訳サイトに入れると・・

“Fukigoshiyama”… It is the name of the small mountain behind 

my home in the hometown of Gohei.

The back mountain has a name, and it was after Gobei passed 

70 that he learned that it was called “Fukikoshiyama”

It was time to change the name of the real estate.

・・と英訳された。

どの程度正しく訳されているのか、英語のままでは六兵衛には

分からないので、この英語の文章を再度「Google翻訳」に入れ

日本語に訳した。

「吹越山」・・・故郷 五兵衛の我が家の裏にある小さな山の

名前です。

裏山には名前があり、五兵衛が70歳を過ぎて「吹越し山」と

呼ばれるようになったのを知った不動産の名前を変える時が

来ました。

大体の意味は伝わるようだが、今一つ  ニュアンスが違う

部分がある。

念のため もう一度同じ翻訳を繰り返してみた・・

 

2回目「Google翻訳」

“Fukigoshiyama”… It is the name of the small mountain behind 

my home in the hometown of Gohei.

The back mountain has a name, and I learned that it was called 

“Fukikoshiyama” when Gobei changed the name of the real

estate after he was 70 years old.

英訳された この文章を、再度 日本語に訳させると・・

「吹越山」・・・故郷五兵衛の我が家の裏にある小さな山の

名前です。

裏山には名前があり、五兵衛が70歳で不動産の名称を変えた

ときに「吹越山」と呼ばれていたことを知りました。

少なくても 2回目の翻訳は、パーフェクトに近くなった。

 

 

次は「DeepL翻訳」

まず日本語の文章を訳してもらう・・

Fukietsuzan… that’s the name of the small mountain behind

our house,

 in the hometown where Gobei was born and raised.

The mountain behind the house has a name, Fukietsuzan,

and I learned that it was called “Fukietsuzan” when he was

over 70 years old.

It was time to change the name of the property.

・・と英語に訳された文章を、六兵衛が良いか悪いか判断

出来るように、再度 日本語に訳し直すと・・

吹越山…それは五兵衛が生まれ育った故郷、我が家の裏山の

小さな山の名前です。

家の裏山には「吹越山」という名前があり、70歳を過ぎた頃に

「吹越山」と呼ばれていたことを知りました。

そろそろ物件の名前を変えようと思っていました。

前半の訳は正確だが、後半が 何となく変・・。

「DeepL翻訳」2回目を試みた・・

Fukietsuzan… that’s the name of the small mountain behind

our house in the hometown where Gobei was born and raised.

The mountain behind the house has a name, Fukietsuzan,

and I learned that it was called “Fukietsuzan” when Gohei passed

his 70th birthday and started working in real estate. It was time

for a name change.

・・日本語に訳し直すと・・

吹越山…それは五兵衛が生まれ育った故郷の我が家の裏山の

小さな山の名前です。

家の裏山には「吹越山」という名前があるのですが、五兵衛が

70歳を過ぎて不動産の仕事を始めた時に知ったのです。

そろそろ名前を変えようと思っていました。

・・やはり何となく 訳され方が変な部分がある。

 

 

「excite翻訳」はどうだろう・・。

“Mt. Fukikoshi”** that’s the name of the small mountain with

the small back of the home in the home where Gohei was born

and grew up.

After there is a name in the hill at the back, and Gohei passes

70 years old for knowing a name as “Mt. Fukikoshi”.It was when

the real estate name was changed.

・・と英語に訳されて、再度それを日本語に訳し直すと・・

ゴヘイが誕生し、成長した家の家の小さい後ろを持つ小さい

山の名前である「フキコシ」**「山」。

後に、後ろの丘に名前があり、ゴヘイは、「フキコシ山」とし

て名前を知るための70歳を通過する。

それは、不動産名が変更された時であった。

・・・よく分からない訳になった。

 

最後に「Weblio翻訳」は・・

It is the name of the small small heap of other sides of

my home of the hometown where five soldiers of the Imperial

Guard were born and raised “Mt. Fukkoshi”.

Five soldiers of the Imperial Guard passed 70 years old,

and it was time when it changed it in the name of real estate that

the name was in the mountain behind and knew that it was the

name called “Mt. Fukkoshi”.

日本語に訳すと・・

それは、皇宮警察護衛官の5人の兵士が生まれて、「吹越山」を

上げた故郷の私の家の他の側の小さな小さな堆積の名前です。

皇宮警察護衛官の5人の兵士は70才を超えました、

そして、名前が後ろの山にあって、それが「吹越山」という

名前であるということを知っていたことはそれが不動産の名に

おいてそれを変えた時でした。

・・・何の事やら 意味不明だぁ。

 

 

たった4つの無料「翻訳サイト」を調べただけだが

六兵衛が使えそうな翻訳サイトは「Google翻訳」と

「DeepL翻訳」ということになりそうだ。

特に「Google翻訳」は、無料のわりには 良い出来だ。

世界4大IT企業といわれる「Google」のアプリやサイトは

出来る事なら使いたくない六兵衛なのだが、良いものは 良い

と云う事か・・。

やはり「Google」、人と金とを惜しげもなく使っている結果なの

だろうか・・。

 

ヤマモモ

2~3日続いた梅雨空が、今日は久しぶりに薄雲りながら

晴れたので、上の池公園あたりへ散歩に出かけた。

 

梅雨時のこの頃になると、散歩先のあちこちで「ヤマモモ」の

木に、熟れた実がなっているのを見かける。

 

そんな「実」を採る人もなく、熟れた実やまだ青い実などが

虚しく落ちている・・。

 

ヤマモモの花は六兵衛の故郷・高知県の「県の花」だ。

春になると花弁のない小さな花が、小枝と葉との間に咲き

6月頃になると実が赤黒色に熟れる。

 

採れた実は、わりと大きな種の周りに粒々の実が付いていて

軽く塩をふり、口に中で その実をしごいて食べる。

甘酸っぱい味がして とても美味い。

食べ終わったら、口の周りや歯がヤマモモ色に染まる・・。

 

 

昔の話しだ・・。

母方のおばあさんの山の畑には、大きなヤマモモの木があって

甘い物が まだまだ少ない時代の 六兵衛たちが子供の頃には

おばあちゃんと山へ行ってヤマモモの木に登り

実を採って よく食べたものだ・・。

六兵衛たちが大人になって故郷を離れ

それでも おばあちゃんは 一人 木に登ってヤマモモの実を

採っていたらしいが、ヤマモモの木から落ちた事が原因で

それ以後 寝たきりになってしまった。

ヤマモモの木は はそい(木がもろく折れやすい事をいう)から

気をつけて登れと、おばあちゃんは よく言っていたのに・・。

 

今 暮らしている我が町にも「ヤマモモ」の木が多く植っている。

食べられる事もなく落ちた、熟れた実を見るたびに

母方のおばあちゃんを思い出す・・。

 

老いて なお・・

遠い昔、六兵衛が まだ子供だった頃には、60歳を過ぎている

周りの大人達は、当然「おじいさん」であり「おばあさん」で

あって、「老人」だと見ていた。

もちろん そんな「おじいさん」や「おばあさん」達に

決してマイナスの印象があったわけではなかった・・。

 

どちらかといえば、そんな老人達は

様々な経験を積み重ねて来られた筈で、何処となく枯れていて

「落ち着き」を感じさせる一方で、ちょっと「頑固」で

接し方が「面倒くさそう」だと思ったりもしていたけれど

それでも「おじいさん」や「おばあさん」達は どこか

「大らか」で「飄々」としていたようにも思う。

 

現実に今 六兵衛が、そんな「おじいさん」と呼ばれる年齢に

なり、自分が若い頃に感じていた「老人」への印象と

現実に老人となった六兵衛の今とを比べてみる・・。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた147作目のカット絵。

 

ほとんど家から出ることもなく、一日中 ボーっと暮らしている

六兵衛の日常は、老人以上に「老人」の暮らし様だと思う。

そのうえ今の六兵衛に、「落ち着き」だとか「飄々として

枯れている」とかの、子供の頃に六兵衛が見てきた老人達の

深みのある味わいなどが あるとは とても思えず

それどころか まだ かすかに、「幼稚さ」と「生臭さ」とが

残っていたりするのだ・・。

 

そんな「幼稚さ」や「生臭さ」は、決して六兵衛が まだ

「若い」からではなく、今と昔の時代の違いがあるとはいえ

単に六兵衛の「軽薄さ」ゆえからくるのだろうと思う。

 

フリミ フラズミ

「降りみ 降らずみ」・・フリミ フラズミと読むらしい。

 

中古本通販サイトで購入した杉本章子さんの時代小説

『起き姫・口入れ屋のおんな』(文春文庫)を読み始めたら

いきなり 最初の文章が・・

『おこうは心を決めた。降りみ降らずみの五月雨の朝だ。』

あった。

 

降りみ 降らずみ ?・・・

この「降りみ 降らずみ」という言葉、六兵衛には

初めて聞く言葉である。

 

サイト内の「学研全訳古語辞典」で調べてみた。

【陰暦の十月、降ったりやんだりして定まることのない時雨

(しぐれ)冬の始まりであった。

「み」は接尾語で、「・・み ・・み」の形で現象や動作が交互

に反復して継続していることを表す。】・・とある。

 

この解説、分かるようで分からないから、別のサイトで

調べてみた。

【 降ったり降らなかったりして、どんよりとした空模様で

気分まで鬱陶しくなるという意味の連語である】とある。

なるほど、この説明なら何となく分かる。

 

雨が降ったり止んだりの鬱陶しい日の朝に、おこうという人が

何かを決めたらしい。

物語のその後のことは、まだ読んでいないから、何を決めたのかも

分からないままなのだが・・。

 

『東京新大橋雨中図』木版浮世絵師:小林清親

 

作者の杉本章子さんという方

最後の木版浮世絵師といわれた光線画家・小林清親の

波乱に充ちた半生を鮮やかに描いた小説『東京新大橋雨中図』

で直木賞を受賞し、他にも『信太郎人情始末』シリーズなどの

時代小説を執筆されているが、2015年に62歳の若さで

残念ながら癌のため亡くなられている。

 

今日も雨・・

今日も 雨・・。

10日頃に梅雨入りした近畿地方は、その後 雨の日が ほとんどで

ここ数日 六兵衛は散歩に出かけられない。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の梅雨の頃に「さし絵」として掲載していた166作目のカット絵。

 

 

ボケ防止のために六兵衛が始めた『五兵衛の山』という

ホームページ作りだが、始めて まだ1ヶ月も経たないのに

もう挫折か?・・。

 

作った「原稿や画像」をホームページに掲載させるための

「FTPソフト」を使い、利用しているサーバーへアップロード

する方法などを、何度か試みているうちに この頃 やっと

アップロードの方法は、何となく分かってきたような気は

するが、それでも 何やかやと手間のかかる作業の煩わしさと

何より、作りたいと思うホームページの大まかな形を想像し

それに当てはめての<タグ>や<table >などの編集を俯瞰的に

想像出来る能力が必要な事も分かり始めてきて

その、ホームページ全体を俯瞰的に想像できる能力が

少なくても今の六兵衛にはなく、頭の中が こんがらがる

ばかりで、形になって まとまってくれない。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の初夏の頃に「さし絵」として掲載していた112作目のカット絵。

 

結果、<タグ>を ただ連ねるだけの ごくごく単純な「HTML」

の組み合わせになるし、昨日の事が今日には もう忘れている

有様だから、ホームページ作りは 何やかやと失敗を繰り返す

ばかりで、行き詰まる事 度々である。

 

ボケ防止のために作り始めた「ホームページ」だったが

役にたっているのかどうか・・・はて さて・・。