「おばあさんの畑」は・・

芥川堤道を北へ、塚脇橋まで往復する散歩コースを歩いた。

塚脇橋近くの小さな畑で 何年か前まで、 一人 黙々と農作業を

している おばあさんを よく見かけたものだ。

それでも時々は、おばあさんの息子さんのような男の人が

耕耘機で畑を耕したり、秋には稲刈りをしいるのを見かけたり

していた。

多分 休日などを利用して、おばあさんの出来ないキツイ作業を

手伝っていたのだろう・・。

・・当時は そんな 想像をしながら堤道を歩いたものだが

数年前から、その畑で おばあさんを見かける事がなくなった。

 

おばあさんを見かけなくなってからも、息子さんのような人が

枯れ草を刈り取ったり、耕耘機で耕しているのを見かけたりは

したのだが、それでも耕した畑に 稲や野菜を育てたりする

様子もなく そのまま放置しているので

秋になると雑草が覆う畑になっていった。

 

今日も、塚脇橋 手前の「おばあさんの畑」の そばを通ったら

やはり雑草が覆い茂り、荒れたままの畑であった。

 

2019年7月4日の日記「おばあさんの畑」や

2020年4月11日の日記「おばあさんの畑・・その後」

等など、 これまでにも4度も5度も当ブログに

「おばあさんの畑」の事を書いてきたが

今は もう その畑に、おばあさんはいない・・。

 

スマホに保存して、散歩のときに聴きながら歩く多くの昔の

古い歌の中に、『裏山小山』という童謡のような歌がある。

歌っているのは伊藤久男さん。

サトウハチローさんの詩に伊藤翁介さんの作曲

『 裏山小山 』

1)

裏山 小山 秋の山


雑木林に 百舌が啼く


百舌 百舌 啼けよ あの百舌は

去年啼いていた 百舌かしら


おばばに聞けば わかるけど  

おばばは うちには もういない

2)

しば栗 小栗 山の栗

竹の手かごに 日があたる

チカチカ栗の いがの先

指をさしたか 血がふいた


おばばがいれば すぐとまる  

おばばは 死んだで もういない

3)

坂路 小路 くだり路

半分泣き泣き かけだした

風 風 吹けよ 百舌啼けよ

鼻の先から 日がくれる


おばばの声が 風にある  

おばばよ 出てこい かえってこい

 

乱れ雲

ここ2,3年、六兵衛が読みたくなるような文庫本の出版が

段々と少なくなくなってきているような気がする。

だから、我が家の読書コーナー横の未読用文庫本の本棚が

少しずつ さびしくなってくると、それでも やっぱり

「Amazon」なんかの本の通販サイトで、六兵衛が興味をひく

文庫本はないかをチェックし メモに残し

それが ある程度 まとまれば、Amazonなどの通販サイトには

申し訳ないが、購入するのは別の中古本の通販サイトで

価格を調べ、六兵衛が購入出来る中古本としての安い値段に

なっていたら購入する。

 

そんな昨日、未読用の本棚が さびしくなってきて

だから Amazonで文庫本の新刊状況を調べていたら・・

出てる! 出てるやんか!!

 

『風の市兵衛 弐』の最新刊が、1月8日に出版されると・・

出てるではないか・・。

しかし、出版される予定の『風の市兵衛 弐』の最新刊の

表紙の画像が、そのサイトには表示されていない。

念の為、「風の市兵衛」を出版社している祥伝社のサイトへ

入り、祥伝社の『文庫発売予定表』とかを見てみると

確かに 来月(2021年1月)に、『風の市兵衛 弐・乱れ雲』

発売される予定だと記されていた。

 

『風の市兵衛 弐・残照の剣』が今年の8月に出版されていても

次の新刊が出るまでは、『残照の剣』は 中古本として

なかなか安くは ならないだろう・・と思っている。

中古本としての『残照の剣』を早く読みたい六兵衛なのが

いまだに中古本の『風の市兵衛 弐・残照の剣』を購入出来ない

でいるのだ。

中古本としての『残照の剣』の昨日の値段を調べると

まだまだ高値の550円(定価は759円)だったのだ。

 

来年の1月に出版される最新刊『風の市兵衛 弐・乱れ雲』

出版されれば、その前巻となる『残照の剣』は 中古本として

今より少しは安くなって、六兵衛が中古本として買える値段に

下がるはずだと、都合よく思っている六兵衛なのである。

 

そして もう一つ、今日の日記に付け加えたい事がある。

『風の市兵衛 弐』の最新刊のタイトルは、『乱れ雲』という。

 

「乱れ雲」・・、そう この「乱れ雲」というタイトルは

六兵衛の記憶に強く残る 「ある映画」を思い出させてくれる

タイトルなのである・・。

 

その映画『乱れ雲』は、1967年11月公開された

東宝映画の配給で、成瀬 巳喜男さんの監督作品でもある。

 

交通事故で夫を亡くした女性(司葉子)と、その事故の加害者

である青年(加山雄三)とが、少しずつ お互いに惹かれ合う

という内容である。

 

愛と憎しみとが入り混じる関係でありながら

女性は、それでも 愛に一途な青年に惹かれていく。

しかし 許されない間柄ゆえに、あと一歩が踏み込めず

とまどう女性の姿を、悲しく美しく描いている。

 

六兵衛がこの映画を観たのが いつだったのか記憶にはない。

多分 映画の公開からだいぶ後になって、テレビで放映されて

いたのを観たのだろうと思うのだが・・。

 

それにしても、映画の司葉子さんは 美しかった。

 

『ファイト!』・・その2

裏の畑の開墾や野菜作りも冬の季節に移る・・。

何しろこの畑、開墾したばかりだから やせて硬く

だから、ホームセンターで購入した肥料を それなりに土に混ぜて

最初の野菜作りをしたのだが、まだまだ ”土”は硬い。

だから、来春の畑作りに必要となるはずの”堆肥”を作ろうと

つれあいの意欲は 六兵衛以上に大きく強く

だから、裏の畑に関しての つれあいはプロデューサーであり

六兵衛ごときは、プロデューサーの指示通りに動く

下請けのディレクターとでも いったところだろう・・。

 

剛腕プロデューサーの指示で、庭の桜の木の枯れ葉や

近所に落ちている枯れ葉を集め

近くのスーパーマーケット横の精米所でもらってきた米糠や

土や水を混ぜて、”腐葉土”を作り始めた。

裏の畑の隅に作った物置小屋の中にも

以前購入した耕耘機の空箱を利用して、同じように”腐葉土”を

作っている。

 

やはり米糠に、納豆などの発酵食品を混ぜて

”ぼかし肥料”も作っているし、裏の畑の片隅の耕した土に

米糠や牛糞堆肥 等々を混ぜ合わせ、雨除けのブルーシートを被せて

作る肥料も、来春の出来具合が楽しみである。

これら全て、インターネットのYouTubeで 熱心に勉強をした

剛腕プロデューサーの指示であり、実際に動いたのは

考える事が苦手になった六兵衛なのである。

 

 

そんなこんな農作業が、何となく一段落をして・・

初冬を迎えた今城塚古墳公園に散歩に出かけた。

 

 

今は、「ファイト!」のみである・・。

 

『ファイト!』

 

『南の花嫁さん』

今年の秋は、裏の畑の開墾や、それが終わっての野菜作り等が

結構忙しく、その分 あまり散歩に出かける機会が少なくなくて

それでも時々は、芥川堤道や上の池公園あたりへ出かけている。

 

そんな時は いつもの様に、iPhoneに保存した昔の流行歌を

聴きながら歩くのだが、そんな繰り返し流れてくる流行歌の

中に高峰三枝子さんが歌う『南の花嫁さん』という歌がある。

 


                     若い頃の 高峰 三枝子さん

 

昭和18年(1943年)頃

「ニッチク」制作(日本コロムビア レコードの前身らしい)

作詞:藤浦 洸

作曲:古賀 政男 ( 原曲は 中国の任光さんが創られた

「彩雲追月」という曲だという。)


任光さん

歌:高峰 三枝子

1)

ねむの並木を  お馬のせなに  ゆらゆらゆらと

花なら赤い  かんなの花か

散りそで散らぬ  花びら風情(ふぜい)

隣の村へ  お嫁入り

『おみやげは なあに?』

『 籠のオウム』

言葉もたった一つ  いついつまでも

2)

椰子の葉かげに  真っ赤な夕日が  くるくるくると 

まわるよ赤い  ひまわりの花

たのしい歌に  ほほえむ風情(ふぜい)

心はおどる  お嫁入り

『おみやげは なあに?』

『籠のオウム』

言葉もたった一つ  いついつまでも

3)

小川のほとり  お馬をとめて  さらさらさらと 

流れにうつす 花嫁すがた

こぼれる花の  花かんざしに

にっこり笑う  お月さま

『おみやげは なあに?』

『籠のオウム』

言葉もたった一つ  いついつまでも

 

高峰三枝子さんは、戦前戦後を通じて日本を代表する大女優で

歌手としても「湖畔の宿」など多くのヒット曲を発表している。

高峰さんが熟年になった頃、同じ熟年の上原謙さんとの

国鉄(JR)のCM「フルムーン夫婦グリーンパス」が

大きな話題となったことは、六兵衛の記憶に まだ新しい。

 

「南の花嫁さん」は、戦中時代に作られた高峰さんの歌で

戦後になってからも、ラジオやテレビなどから流れているのを

子供の頃の六兵衛も聴いた事がある。

 

そんな「南の花嫁さん」のサビの部分・・

『おみやげはなあに?』

『 籠のオウム』

言葉もたった一つ  いついつまでも 

・・と繰り返す この部分を、六兵衛はこれまで

お嫁に行く娘が、いつか里帰りをする時

家族へのお土産は何がいいかと聞いたら

籠に入ったオウムで、しかもオウムが喋る言葉は

『いついつまでも』の一つでいいと家族が答えた・・と

そんなイメージを単純に考えていたのだが

先日、今城塚公園を散歩していて

その歌がiPhoneから流れてきた時

その繰り返されるサビの部分の歌詞に疑問が湧いた。

 

この歌が作られた時代といえば・・

昭和初期のあたりから続く世界的大不況のなか

勢いを増した日本軍部は、その不況を打開するため

「大東亜共栄圏」という名目で、東アジア(東亜)から

欧米諸国の植民地政府を追い出し

彼らの人種差別に苦しむ時代を終わらせ、日本を中心とした

「大東亜共栄圏」という共同体を構築しようと目論んだ

それは、日本軍部に都合の良いように、武力でアジアを支配

する事を 正当化しようとしたものに他ならない。

 

そんな時代に、高峰三枝子さんの明るい歌声で

『おみやげはなあに?』

『 籠のオウム』

言葉もたった一つ  いついつまでも ・・と歌う。

 

籠の中のオウムは人に教えられた言葉を

ただ意味もわからず喋るだけ・・

それも 覚えさせるのは『いついつまでも』の 一言。

そのあたりに 何か意味がある?・・と思い 考えた。

 

「大東亜共栄圏」を成立させ、日本が東南アジア各地から

得られる甘い汁(お土産)が、いつまでも続くことを期待する

日本軍部の身勝手な発想を歌に込めた・・ともとれる。

 

また 別の見方も出来る・・。

当時の「大東亜共栄圏」という、軍部の身勝手な思惑に対し

批判と皮肉を込めて歌にした・・とも とれるのだ。

 


                           藤浦 洸 さん

作詞をされた藤浦 洸という人は、六兵衛が まだ子供の頃の

ラジオやテレビの草創期に、NHKの「二十の扉」や「私の秘密」

などの番組に出演されていた詩人で、怒り肩の頑固そうな

おじいさんの印象があって、当時の軍部への反骨精神があり

批判や皮肉を込めた歌詞を書いたとしても不思議ではない

・・とも思える

 

それにしても 単に思いつきの発想で

六兵衛ごとき者には・・何とも よう分からへん。

 

Google考

何だ かんだ 言ったって・・

「Google」の クラウドとしての「Googleドライブ」も

文書作成アプリとしての「Googleドキュメント」も

I T 機器未熟者の六兵衛には、とても扱いやすいアプリである。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2010年の師走の頃に「さし絵」として掲載していた36作目のカット絵。

 

だいぶ以前・・

「Google」がユーザーの個人情報を売っているとか

そんな噂を小耳に挟み、「Google」への不信感を抱いた

六兵衛は、独占企業ともいえる大企業の「Google」への

不安や反発心のような感情も重なり

それが「Google」離れとなり、「アカウント」は残したまま

「Googleドライブ」や「Googleドキュメント」の使用を極力

最小限度に抑えてきた。

 

そんな六兵衛の独りよがりとも言える単純な思惑で

意識的に「Google」を避けてきたのだが

先日ネットを見ていたら

「Google」が『プライバシー ポリシー』と表現をした

サイトに出くわした。

 

(略)

『Googleとしては、データを利用してユーザーの役に立つ

サービスを提供したいと考えています。

しかし、Googleが どのデータを収集して利用するかを

決めるのはユーザーです。

【アカウント情報】には 使いやすいツールが用意されており

プライバシーやセキュリティを簡単に管理できます。

等々・・。』

(略)

『すべての人に、テクノロジーを。

 すべての人に、安心と安全を。

 Googleがユーザーの個人情報を販売することはありません。

 ・・云 々。』

(略)

 

パソコンや iPad、iPhone などの I T 機器を使い始めて

もう20年にもなるのに

いまだに I T 機器には未熟な六兵衛は「文書作成アプリ」の

使い方ひとつにしても、まともに理解出来ないまま

何とか手探り状態で 今日まで やってきた。

 

「文書作成アプリ」は、「Word」「Evernote」「Pages」

「OpenOffice」等々・・MacやWindowsで使えたり

使えなかったりと、いろいろあるようで

無料アプリの何種類かの「文書作成アプリ」のサワリを

ちょっと齧(カジ)っては みるものの

どの「文書作成アプリ」も、どうにも未熟な六兵衛には

上手く使いこなす事が出来ず、だから これまで

これという「文書作成アプリ」には出会えてこれなかった。

 

しかし、そんな多くの「文書作成アプリ」の中で

「Google ドキュメント」は、文書の作成が割とスムースに

でき、文書や写真、画像などの「Google ドライブ」への

保存や出し入れも、未熟な六兵衛でも割とスムースに

操作ができ、そのうえ15GBと容量が大きい。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の師走の頃に「さし絵」として掲載していた88作目のカット絵。

 

「Google」がサイトに発表した『プライバシーポリシー』

とは別に、他のサイトには

インターネットに繋いでいる以上、ウイルスの感染の危険性は

ゼロではなく、手放しで信頼して良い企業などあるはずもなく

インターネットでの「Google」の存在感が増すにつれ

ユーザーにとって「Google」を避けるのは現実的ではない・・

そんな意見もあった。

 

あれや これやと、うろうろ彷徨いながら

結局は そんなこんなで、一皮 剥けた(?)六兵衛は

以前のように、再び 無料の「Googleドライブ」の利用を

始めたのだった。

 

チャン! チャン!

 

『macOS Big Sur 11.01』

Apple社が この秋、新しいOS『macOS Big Sur 11.01』を

発表した。

「ビッグ サー」と読むらしい。

「Big Sur」とは、カリフォルニア州にある風光明媚な観光名所

だという。

 

「Big Sur」が観光地なのは ともかく、昨年の秋に

「MacOS Catalina」をバージョンアップしたばかりなのに

もう次の新しいバージョンを発表した。

まぁ、毎年 秋のこの時期には、何らかの新しい試みを加えた

新バージョンを発表しているApple社だが

パソコン未熟者の六兵衛にすれば、新しくなるとはいえ

そう ころころと内容が変わられると戸惑うばかりなのである。

 

昨年の秋、「macOS Mojave」から「MacOS Catalina」に

バージョンアップしたあと、「iTunes」が「ミュージック」

「Apple TV」「Podcast」の3つに分かれ

パソコン未熟者の六兵衛には、独立した「ミュージック」の

扱いが「macOS Mojave」のときの「iTunes」内にあった

「ミュージック」のようには、扱えなくなってしまったのだ。

そんな事もあろうかと思い「MacOS Catalina」にバージョン

アップをする時、 少し様子を見ようとしていたのだが

デスクトップ画面上のアプリ一覧を示すのDock(ドック)の

「システム環境設定」の歯車のマークの上に

赤丸に白文字のが、いつまでも消えずに くっついており

神経質な六兵衛は それがどうにも気になり

結局「MacOS Catalina」にバージョンアップしたのだった。

今回も、「macOS Big Sur」にバージョンアップを誘い込む

が如く、「システム環境設定」の歯車のマークの上には

やはり 神経質な六兵衛の気を逆撫でるように

赤丸に白文字のが くっついている。

 

・・そやけど、今回は負けへんで!

 

赤丸に白文字の①」が ナンボのもんじゃ!

 

気に せえへんで!

 

気に したるかい!

 

またまた 久しぶりの散歩

午前中は雨だろうと思っていたのに、案外 早く上がったので

芥川に架かる大蔵司橋から下流の堤道を、ほぼ2ヶ月ぶりに歩く。

 

先ほどまで降っていた雨の水玉が、堤道の草々に光る・・。

 

水鳥が忙しなく餌をついばむ その横で、亀はのんびり甲羅干しだ。

 

芥川堤道の公園では、枯葉の散る土手に

今は盛りと咲いているのは野菊だろうか・・。

 

散歩の途中にある妙圓寺の「鐘撞堂」の再建工事が4月頃から

始まっていたのだが、久しぶりに その前を通ると

鐘撞堂は ほぼ完成していた。

ついでに、2〜3台置ける駐車場も新しく作ったようだ。

 

もうすぐ師走という晩秋だが、コスモスが さり気なく咲いている。

広い畑に咲き乱れるコスモス畑のコスモスよりも

どこかの家の庭の片隅で、優しく風に揺れているコスモスが

六兵衛はいい・・。

 

今は、夢のあと・・

時々 申し訳なさそうに 、青い空を わずかにのぞかせるものの

散歩をするには  やや張り合いのない曇り空の下の

今日の「上の池公園」あたり・・。

この「上の池公園」、我が家よりも標高が少し高いから

11月も半ばとはいえ 本格的な秋の様相である。

 

昨年の6月、近所の保育園の園児達が若草の滑り台で遊んでいた

土手沿いの斜面は・・

枯れ草と落ち葉に覆われて、「兵どもが夢のあと・・」と

いうところか・・。

 

雲間からのぞく わずかな青い空に救われて 歩く・・。

 

 

それぞれの進路・・

先日、南草津に暮らす長女や孫達の近況を「LINE」の電話で

聞くことが出来た。

孫達との会話は久しぶりである。

神奈川県で大学生活を送っていている孫長男とは別暮らしだが

高校3年生の孫次男と、中学3年生の孫長女は 今 まさに

受験シーズン 真っ只中の日々を送っている。

 


以前に遊びで作った「マンガ絵」が、パソコンの隅っこから出て来たので
懐かしシリーズで掲載する。

 

孫次男は 高校生になって弓道部に入部し、弓道が好きになり

2年生の時にキャップテンを任された。

あまり やる気のない部員達をまとめる苦労や、部長先生との

軋轢などで ストレスを感じながらも、何人かの頼りになる仲間

たちに支えられて、キャップテントしての務めを果たしてきた。

 

3年生としての最後の夏の大会が終わり、今は進学受験に向け

進んでいるのだが、それまでが 部活に夢中だった所為か

今後の進路を考える時期になって、「将来 自分は何をしたい

のか・・」 という事を改めて考えてみた時、将来像が何も思い

浮かばなかったらしく、何となく進められるままの 安易な進路

へと落ち着きそうになったが、一時の迷いで 安易に進路を

決めようとした自分を、強く反省したのだという。

そして 安易に決めようとした進路を中止するうえで

迷惑をかける先生方に謝り、頭を下げてまわったという。

間違ったと気付けば素直に認め、迷惑を掛けたなら謝る・・

それは出来るようで なかなか出来ない事だ。

自分の進みたい方向を見つけた今は、その道に向かって

頑張るだろう。

 

六兵衛など、孫次男と同年代だった頃は、深く考える事もせず

適当な生き方をしていたのに比べ、今の実力より一段上の高校

入試を目指すと決めた孫長女も偉いし、大きく強くなった

孫次男も、だんだんと「漢」になってくるようである・・。

 

大統領選・・

アメリカといえば、世界をリードし、世界の警察とも言われて

いた時期もあった大国だが、3日(日本時間の4日)に始まった

大統領選挙は、現大統領のトランプさんが

まるで聞き分けのない餓鬼のように駄々をこねているのか

今になっても まだ、どちらかの敗北宣言も出ていない状態の

ようである。

 

いかに大国 アメリカといえども、なんとも お粗末だが

しかし そんなアメリカを、呑気に笑っていられないのが

日本の政治であり、多くの日本国民の政治への心構えだ。

 

いつの頃からか 日本は、いや 昔から そうだったような

気もするが、政治家といわれる人達も、有権者である国民も

大切な未来の事など考えもせず、話し合いもせず

目先の損得ばかりに一喜一憂し

経済 経済と馬鹿の一つ覚えのように経済さえ良ければ

全ていいのだという風潮がある。

 

トランプ大統領ばかりを笑ってはいられない。

日本の新しい総理大臣の菅さんの国会での答弁を見聞きしていると

総理大臣として、決して長くは務まらないだろうと思う。

やはり菅さんは、総理大臣という器ではなかった。

一歩 引いた隠れた所から、あれやこれやと策を巡らしている

方が、菅さんには似合っていたのでは ないか・・。

 

『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』

六兵衛の大好きな辻堂魁さんの文庫本・風の市兵衛シリーズの

最新作『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』が、祥伝社文庫から

発売されたのは8月の中頃、それから3ヶ月近くが過ぎた今でも

『風の市兵衛 (弐)・残照の剣』は

六兵衛が中古本として購入しょうと思う適正な値段まで

一向に下がるは気配がない。

市兵衛さんの文庫本は人気があるようで、中古本とはいえ

 そうそう簡単に安くなってくれるとは思ってはいないが

それでも・・か、だからこそ・・か

この頃 市兵衛さんの活躍を 無性に読みたくなっている。

 

極めて まっすぐで、強い心と、穏やかで 優しく人を包み込む

そんな温もりを感じさせてくれる市兵衛さんに、会いたいのだ。

作者の辻堂魁さんの文章も また、登場人物たちの人生を

それぞれに丁寧に描かれていて、風景や状況描写も匠で美しく

読んでいて嬉しくなる。

 

何しろ この頃 文庫本を読んでいても

六兵衛をワクワクさせてくれる小説が少なくなった・・。

だから せめて市兵衛さんを身近に感じたくなり

再度 新シリーズ『風の市兵衛 (弐)』の最初の巻「暁天の志」を

本棚から取り出し読み始めている・・。

 

小弥太と織江の幼い兄妹が健気で・・泣けてくる・・。

 

「大阪都構想」は2回目も否決!

「大阪市を廃止し、四つの特別区に再編する」という

「日本維新の会」が大阪市民に問うた、俗にいう「大阪都構想」

の是非を問う2回めの住民投票が日曜日に行われた結果

反対票が多数となり、「大阪都構想」は2回目も否決された。

 

よかった!

 

5年前に行われた1回目の「大阪都構想」の住民投票では

反対に回っていた公明党が、今回は「日本維新の会」の軍門に

下り賛成に回ったが、しかし 多くの創価学会員の賢い方々は

党本部の姑息な思惑にも惑わされず、信念を貫いたことなども

あってか、1万7千票あまりの僅差で 俗にいう「大阪都構想」

は否決された。

 

よかった!

 

「日本維新の会」が強引に推し進めようとしていた

俗にいう「大阪都構想」の詳しい内容については

複雑すぎて六兵衛には、よくわかっていない。

が、しかし 六兵衛は、そもそも「日本維新の会」自体を

どうにも信用できないのだ。

今回の 俗にいう「大阪都構想」についても

「都構想」だとか「無駄な二重行政」などと言いながら

腹の中では何を考えているか分かったもんじゃあない・・

と内心で六兵衛は思っている。

だからといって都構想に反対する立場の「自民党」にしても

似たり寄ったりなのではないか・・との思いはあるが

とりあえず、今回の提案をした「日本維新の会」の言う事は

やっぱり信用できない。

「維新の会」の顔とも言うべき橋下徹さんや松井一郎さん

らの言動や表情などをテレビなどで見聞きしていると

申し訳ないが、とても信用する気には なれない・・。

腹の奥に 何かを隠しているような、自分の都合ばかりを主張

する・・そんな印象なのである。

 

 

また「公明党」は、いつの頃からか与党に与したことで

その旨味を知ったがゆえか、” 平和の党 ” としての本来の主張

を曲げ、その立ち位置をコロコロ変えるという

中央の公明党本部の姑息さが、「日本維新の会」の思惑に

乗っかって、俗にいう「大阪都構想」の賛成側に変身した。

しかし 多くの賢い学会員の反対票があったがためだろう

「日本維新の会」と「公明党」との思惑を拒否する力に

なったと思われる。

 

あんな意見も あり、こんな意見も ある・・それが世の中だが

当ブログの勝手な意見は、すべて六兵衛 個人の独りよがりの

意見である。

 

明日から霜月・・

明日から11月、旧暦11月を「霜月(しもつき)」という。

今年も残り2ヶ月、まいど マイドの事だが 流れる月日は

はやい! 早い! 速い!

六兵衛のボケかけた身も心も、その速さに 付いて行けない。

 

ボケかけた・・といえば、一昨日(29日)のブログの日記

の娘たちの幼い頃のかわいい写真の撮影年月日を間違えて

つれあいや次女に指摘され、昨日(30日)のブログで訂正

したのだが、その訂正した年数が またまた間違っていたらしく

再度 次女からメールがあった。


相変わらず かわいい娘たちに 変わりはないのだが・・。

 

「38年」を訂正して「48年」とするところを

「43年」と打ち込んでしまっていたのだ・・。

一度ならず二度までも  同じ間違いをしてしまうとは

あぁ〜・・。

 

表や裏の畑の作業も 一段落したようで、今日は久しぶりに

上の池公園あたりに散歩に出かけた。

じっとしていれば 何となく肌寒いのに、日向を歩いていると

汗ばんでくる・・そんな10月最後の日の、雲ひとつない

青空の下の散歩になった。

 

間違い

昨日(10月29日)の当ブログの内容に大きな誤りがあったので

訂正する。

 

幼い頃の娘たちの写真を掲載したが、記入している撮影年に

間違いがあった。

   

 

今日の朝飯のあと、つれあいが『娘たちの写真を撮影した年が

間違ってるよ・・』と注意してくれた。

その後、次女からも

『48年やでー😭10歳も歳とるやーん🤣😂

というメールが来ていた。

 

 

間違って記入した昭和38年だと、六兵衛は まだ高校2年生。

一人 下宿生活を送りながら、深沢七郎さんの『放浪の手記』を読み

単純に 放浪の生き方に憧れていた頃であり

一方で吉永小百合さん主演の日活映画『泥だらけの純情』に夢中に

なっていた、六兵衛自身が まだまだ子供だった頃なのである。

 

正しい撮影時期は「昭和48年9月」。

 

隣り合わせの「3」と「4」の数字を打ち間違えた事にも気づかず

ブログに掲載したのは、六兵衛が 老いたせいか

元々の注意力のない性格のせいか・・・・・。