誰かが書いた本を読む。
あらゆる本には 上下左右に余白がある。
そして その余白に、ノート代わりの書き込みをする。
そんな、本に直に書き込みをする行為を「マルジナリア」という・・らしい。

本を読むという事は、知らなかったことを教えられたり、なにかを連想したり、別の考えが浮かんだり、泣いたり笑ったりドキドキしたり・・等々を得たりする。
ましてや 他人の書いた本ゆえに、時として分かりづらい内容や表現などがあった時など、読み手の馴染みある言葉に言い換えて置いたりする・・。
そして その本に書き込まれた「マルジナリア」は、その本が存在し続ける限り残り、そして後になって、書いた当人が見直す事があったり、また 別の誰かの目に触れた時でも、その誰かの参考になる事があるかもしれない。
六兵衛が夜 寝ながら、子守唄代わりに聴く「ポットキャスト」から流れてきた「マルジナリア」という言葉。
聞き慣れない言葉だし、一度では覚えられそうもないカタカタ言葉だったから、側に置いていた「iPhone」にメモし、翌日 その意味を調べてみたら、上に書いたような意味だと分かったのである。
但し・・である。
六兵衛が読む文庫本は、すべてが気楽に読める娯楽時代小説ゆえに、六兵衛自身が「マルジナリア」をする必要もないし、中古本で購入した小説にも「マルジナリア」らしきメモ書きなどは ほとんどない。
ただ これまで、本屋のレシートとかコンサート入場券のレシート、食堂の引換券などが、栞 代わりに使われていたくらい・・なのである。