おぉ〜い! 寅さん!

1月2日に更新した当六兵衛ブログ「謹賀新年」にも書いが

「外付けHDD」に保存している多くの映画の中から

『男はつらいよ』全48作を、夜 寝る前に第1作から順番に

「iPad」で再生をして 観ている。

昨夜は第21作目の『寅次郎わが道をゆく』を観た。

寅さんポスター

 

改めて毎夜のように連続して観ると 特に感じることは・・

この映画に登場する人々は、皆いい人ばかりなのだ・・。

なのに、寅次郎が柴又の「とらや」に帰って来ると

寅次郎と「とらや」の面々とのあいだに、何故だか妙に

「間」の悪さが生じ、何かが「ズレ」てしまい

結局 お決まりの喧嘩が始まってしまう・・。

寅さん喧嘩

 

原因を考えるに、「とらや」の皆の優しさが返って仇となり

お互いの勘違いや早とちり、そして「間」の悪さゆえも重なり

結果 言い争いとなり、責められると逆に乱暴な言葉遣いや

身勝手な言い分で、激しく言い返す事になる・・。

そして そして、また寂しく 旅に出ることになる。

根は単純で、いい格好をしたがる寅次郎の旅先での評判は

至って良いのだが・・。

性は車

 

『バカだねぇ、ほんとに寅はバカだよ・・』と

おいちゃんが情けなさそうに言うセリフは

寅次郎が地に足をつけて、地道な暮らしをしてほしいと願い

心配する「とらや」の皆の思いを代表している言葉だろう。

 

寅次郎の愚かさは、寅次郎だけの事ではなく

寅次郎を見て笑っている我々にも あるものだが

救われるのは、同じ愚かさを繰り返す兄・寅次郎を

妹・さくらは『本当は優しいんだよね』と、涙して兄を想う。

そんな妹・さくらの前では寅次郎も素直になれて

自分の愚かさを反省したり・・もする。

江戸川の河川敷に立つ寅次郎の背中には、哀愁と可笑しさが

隣り合わせに漂っている。

 

長くなるが もうひとつ、映画『男はつらいよ』に

準レギュラーのごとく出演されている役者さんがいる。

六兵衛が まだ小学校の低学年くらいの頃

中村錦之助さんとか東千代之助さんとかが主演されていた

子供向けの東映の時代劇映画「笛吹童子」や「紅孔雀」などに

必ずといっていいほど悪役で出演されていた吉田義夫さんと

いう役者さんがいた。

吉田義夫さん

 

その吉田義夫さんが、寅次郎が旅の途中に度々出会う

旅回り一座の座長役とか、寅次郎が見る夢の中にも何度も

出演されていて、昔の吉田義夫さんの映画を観ていた六兵衛と

しては、懐かしく嬉しい登場である・・。

 

しかし しかし、 時は 過ぎていく・・。

その吉田義夫さんや 渥美清さんをはじめ・・

亡くなられて・・

初代おいちゃん役の森川信さん、2代目の松村達雄さん

最後まで おいちゃん役を演じられた3代目の下條正巳さん

おばちゃん役の三崎千恵子さん、タコ社長の太宰久雄さん

そして 題経寺の御前様・笠智衆さま・・・

 

みんな みんな、天に昇られた・・。

 

ペン字の練習

六兵衛は「字」が下手である。

例えばのはなし、小学4年生が書いた字と比べても

比べられた小学4年生が怒ってしまうほど

六兵衛の書く「字」は下手なのである。

例えていえば、映画「男はつらいよ」での映画の終わりに

旅先から届く寅次郎の葉書・・

『・・思い起こせば 恥ずかしきことの数々、

今はただ 後悔と反省の日々を過ごしております・・』

・・といった内容で書かれている寅次郎の葉書の下手な字と

似たりよったりの六兵衛の字なのである。

寅の手紙

 

今はパソコンでカチャカチャと文字を入れて印刷すれば

「字」の下手さは ごまかせるとはいうものの

それでも気持ちのどこかに気後れが あるのも事実なのだ。

 

こんな本も出版されている・・六兵衛は読んでいないけど・・。 

 

「50の手習い」とか、「60の手習い」とかいうが

70歳半ばを過ぎてから始める手習いだとしても

決して遅くはないだろうし、その事が 脳や手先に刺激を

与えてくれる事にでもなれば、老化防止にも繋がるはず・・

とも考え一念発起、つれあいに『ペン字の練習を始める』と

公言したのは数日前のことだった。

 

その数日後 つれあいから、『ペン字の練習は いつから始める

の?』と聞かれた。

あっ!・・わ、 忘れてた・・。

誰に言われたわけでもない、自分で決めた事なのに

たった2,3日が過ぎる間に、六兵衛の意識の中から

ペン字の「ぺ」の字さえ飛んでしまっていたとは

六兵衛の決意は いい加減だったのか・・と反省をする。

 

気を改め直して、ネットでペン字の練習用の見本を探し

ダウンロードして、まだ裏が白く残っている使い古したA4紙

に 見本文字を印刷した。

練習用

 

まずは、「ひらがな」と「カタカナ」から始めよう。

小学校に入りたての、初々しい? 子供のように・・。

 

そして そして 心配なのは、70歳代半ばを過ぎた年齢に

なっても、いまだ 六兵衛の飽きっぽい性格は治らず

ゆえに はてさて、何やかやと理由をつけて・・・

いや いや、それは 言うまい、言うまい・・言うまいぞ。

 

ホームページ作りを・・

誰しも 加齢に伴い、物忘れなどが多くなるのは自然の成り行きだ。

六兵衛の場合も、70歳を過ぎた辺りから物忘れなどの老化症状

が ジワリ ジワリと出始めた。

今は つれあいと二人が、笑って誤魔化せる程度の物忘れで

済んでいるからいいようなものの、今以上のマジな老化は

出来るだけ先に延ばしたいと思うのだ。

 

そんな「老化防止」のためを考え、14,5年ぶりに作り始めた

ホームページ『五兵衛のボケ防止大作戦』であったが

まともに更新もしないまま、ほったらかしの状態が長く続いた。

 

 

今のHP

更新がなければホームページ画面に、いろいろな宣伝が現れる

になるらしく、六兵衛の お粗末なホームページ画面の今は

なんか大きな宣伝の画像が現れている・・。

 

「老化防止」のため!と大見得を切りながら

いつまでも更新をしないのは何故か・・と 考えてみた。

 

六兵衛の飽きっぽい性格も 原因のひとつだとも思うし

何より、ホームページを作る上での専門用語や約束事などを

理解し覚える事が、どうにも困難な年齢になってきていて

それが、更新出来ない大きな原因だと思っていたのだ・・が

改めて自分に問うてみるに、そんな理由は六兵衛の思い違いで

単に「老化防止のため」との発想でのホームページは

面白くない・・というのが原因なのだと 思うようになった。

 

嵯峨野にて
孫娘が小学生だった頃の「京都 嵯峨野」にて

出不精で ものぐさな六兵衛の日々の暮らしの出来事などを

綴る程度なら、新たにホームページなどを作るまでもなく

当「六兵衛ブログ」の更新程度で 十分足りるのだから・・。

 

結局、けっきょく・・

迷走しつつ たどり着いたホームページ作りの結論は

六兵衛の軽薄さが原因で、もろくも崩れ消え去った・・のである。

 

・・とはいえ、とはいえ、老化防止の為の何らかの努力は

これからの六兵衛には必要不可欠な訳で、改めて別の方法を

考える必要があるのだが・・。

 

その バス停・・

朝の散歩で、週に一度くらいの割合で そのバス停のある道を通る。

バス停留所

 

年が明けた2日に、つれあいの古くから付き合いがあり

つれあいより一回りほど先輩の女性 Yさんが亡くなられたとの

連絡を受けた・・。

月に数回、つれあいの運転する車でYさんを助手席に乗せ

多分 べらべら喋りながらだろう大阪まで出かけていた間柄で

突然のYさんの死は つれあいにとってもショックだったろうと

思うし、六兵衛にしても まだ現役のころ、Yさんの関係する仕事を

度々させてもらった思い出もある・・。

 

だいぶ以前 Yさんを(・・とはいっても年末に、つれあいが

電話で話をしたときには、元気そうだったらしいのだが・・)

そのバス停で お見かけしたことがあって、それ以来

その道を通るときには、Yさんがバス停に並んでいなか・・と

何気にバス停を見て通る癖がついてしまっていた。

バス停Yさん

 

Yさんは そのバス停に、もう 並ぶことはないが

六兵衛が散歩で その道を通るとき、これまでとは違う思いで

通ることになる・・・。

 

ご冥福を お祈りいたします。

 

朝食

六兵衛と つれあいの、ここのところの朝食は

半分づつに分けた「りんご」と「インスタントコーヒー」、それに

昨年の秋に裏の畑で収穫した小形の「焼き芋」が 時々付く。

焼き芋

 

六兵衛が子供の頃は、大した食い物もなかった時代で

ばあさんが 腰を曲げながら裏山で作っていた「さつま芋」を

焼いたり蒸したりして、よく食べた。

また、蒸した芋を平たく切り、それを河原へ行って広げ

数日 干して、日持ちのする「干し芋」を食ったりもした。

だから芋は もう 食い飽きていて、これまで まったく食う気が

しなかった六兵衛なのである。

収穫した「さつまいも」の一部
昨年の秋に収穫した「さつま芋」の一部

 

ところが この小振りの「さつま芋」、美味いのだ。

「さつま芋」の種類が六兵衛好みで美味いのか・・

六兵衛の味覚が変わったのか・・

腹の減った朝に食うから美味いのか・・

我が家で作った芋だから美味く思うのか・・

 

多分 それらすべてが正解なのだろう・・。

 

市兵衛さんが3人も・・

『 ・・それら2冊は、六兵衛の手元に購入済なのだが

どうしても読みたくなったときのためにと、まだ読むのを我慢を

して、未読の本棚に並べたまま 眺めている。』・・・

この文章は、当六兵衛ブログの昨年7月21日の日記の一部だ。

 

その時の更新日記に挿入した写真には・・

手元にある2冊と、発売されたばかりで中古本としては まだ

安くなっていなかった「風の市兵衛 弐 第9巻 寒月に立つ」の

写真を掲載していたのだが、実は  その第9巻が昨日、ネットの

中古販売から届いたのだ。

 

辻堂魁さん文庫本

見てくれ! 3冊も 揃ってるね。

わくわくするよね!

 

・・とは いうものの、好きな食べ物や 好きな本などは

楽しみを最後に残しておく癖がある六兵衛だから、大好きな

市兵衛さんが、未読の本棚に3冊 並んだからといって

すぐに第7巻を読み始めたり する・・か、しないか・・さぁて。

 

・・こんな迷いは・・楽しいなぁ・・。

 

今朝の・・

ネット上で昨夜見た我が地方の今日の天気予報は

雲のイラストの横に小さな雪だるまのマークが付いていた。

 

暦の関係で、今年の小学校の3学期の始業式は

昨日の11日(火)からのようで、今日から本格的に授業が

始まるのだろう。

今朝8時ころ、昨日の天気予報通り

iPhoneのカメラでは写しえないほどの小さな小さな雪が

降り始めた中を、ランドセルを背負った子供の通学姿がある。

通学1

 

それから30分後、子供達の ほとんどが通学を終えた頃には

iPhoneのカメラでも写るような雪が降りだした。

雪1

 

ものぐさで根性のないの六兵衛は、こんなに降りだした雪を

言い訳にして、今朝の散歩を止めることにした。

 

・・・何のことはない ここら辺りの雪は、六兵衛と同じで根性なし

だから、散歩を止めたと決めた途端 止んできたけど・・。

 

石蕗(つわぶき)

だいぶ以前、誰も住む者がいなくなってしまった遠い故郷の

木々の陰の薄暗い墓のそばに咲いていた「つわぶき」を

つれあいが我が家に持ち帰り、庭に植え替えて久しい・・。

冬の石蕗

 

俳句の季語にでも使われそうな、寒い冬の 雨の 一日。

雨の石蕗

 

そんな俳句や詩情などという感性などとは無縁の六兵衛でも

晩秋の寂しくなった庭に 少々の華やかさを残してくれていた

石蕗(つわぶき)の黄色い花に感謝である。

 

しかし 本気の冬がやって来ると、黄色い花はタンポポの

ような綿帽子となり、風に吹かれて飛んでいく。

今では 晩秋になると「つわぶき」の黄色い花が

庭のあちこちに見られるようになった。

石蕗のわたぼうし

 

「つわぶき」の花言葉を調べると、『困難に負けない』と

『謙遜』だという。

今の日本に限らず 世界の情勢を見ても・・

強いものが ますます強くなろうとし、身勝手に弱者を切り捨て

わがままを押し通している。

今、強いとされる者の「謙虚」さが、もっとも大切だろうし

決して「困難には負けない」と思う弱者の強い意思を

言い表している「つわぶき」の花言葉である。

 

相変わらず軽薄な・・

朝8時前、食事後の歯磨きをしながら、西側の朝日の当たる

窓の外を何気に見ると、小学校体育館の裏手にある竹林の木の

枝に、何か小動物が止まっているのに気付いた。

?1

 

だいぶ以前にも、隣の家の庇の上に野猿が座っていたり

裏の「どんぐりの木」に、犬に吠えられたアライグマが

逃げて登っていた事など、この辺りには時々 野生の小動物が

現れるのだ・・。

もしかしたら何かの動物か・・と思い、とりあえず写真を写し

後でゆっくり検討をすることにした。

歯を磨き終わってから窓の外を見ると、その何者かは

先ほどと同じ姿勢で一向に動いた様子はない。

iPhoneで写した写真をパソコンに移動し拡大して見たが

どうにも それが何者なのか はっきりしない・・。

 

分かりやすくしたろうか・・な! おるやろ・・

?2

 

1時間後に確かめても、同じ姿勢で動いた様子はない・・。

ちょうど昼の12時ちょっと前に、もう一度 写真を写した。

 

朝の時と昼の時の光の当たる違いなのか、朝ほど はっきり

しないが、やはり何かが いるような影はある。

しかし 同じ姿勢のまま動いた気配がないわけで

何かおかしい・・と思い、ものぐさな六兵衛だが

その場所まで行ってみた。

 

・・・・・・・・・💧

錆

・・・し、しょうもない、アホみたいな話や。

フェンスの金網の一部が黒くサビていて、遠くから見たら

何かの形に見えた・・と、誠に お粗末な結末である・・。

 

それにしても そのフェンスのサビは、昨日今日 出来たわけ

でもないはずなのに、なぜ今朝に限って小動物のように見え

たのか・・?

 

太陽の光の強さや、射し込む その角度によって見え方が

変わったのだろう・・と、そんな理屈で

己の軽薄さを慰めるしかない・・・のである。

 

蓮鶴

梶ようこさんの文庫本『蓮鶴』(祥伝社文庫)を読んだ。

 

蓮鶴

 

京都 近江屋で坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに暗殺される

場面から物語が始まったように、時は幕末 大政奉還後

徳川家親藩の桑名藩では、会津藩と共に薩長連合軍に対して

抗戦か恭順かで藩内は揺れていた。

そうした動乱の中で、翻弄される江戸藩邸勤めの速水丈太郎と

栄之助兄弟の葛藤を描いている。

物語自体は六兵衛好みではなかったのだが、表題にもなって

いる『蓮鶴』という「折り鶴」がある事を初めて知った。

 

江戸時代中期頃に 三重県桑名で作られ始めた折り鶴の一種で

一枚の紙で2羽から97羽まで、口や羽や尻尾とかが繋がった

ままの折り鶴で、この物語『蓮鶴』でも 兄弟や家族との

愛と絆を表しているのだと想像する・・。

蓮鶴絵
江戸時代の裕福な家庭で、折り鶴遊びをしている様子 (長圓寺蔵 映像提供桑名市博物館)

 

1枚の紙に切り込みを入れて、正方形をいくつも作り

それを折る事で、2羽から最高97羽まで繋がった蓮鶴が

出来るという。

 

蓮鶴例

 

 

試しに六兵衛も、最も簡単な2蓮鶴を折ってみた。

まず「紙」を用意する。

折り紙とか和紙とかの洒落た紙が手元に無いので

裏側をメモ用にと残していたA4の使い古しの紙を使用する。

2対1の寸法の紙を用意し、下図のように少し残して切る。

折進む

二つの正方形の紙を、それぞれに鶴を折っていく。

もちろん、蓮鶴の折り方のネット映像を参考にした・・。

 

不細工やけど、繋がったままの「蓮鶴」が出来た。

完成

 

鶴を折っていて、思い出した映像がある・・。

これまでにも何度か六兵衛ブログにも書いているのだが

六兵衛が高校生の時、田舎の映画館に何度も通って観た映画

「泥だらけの純情」である。

ヤクザと外交官のお嬢様の二人が愛し合うのだが

環境が違い過ぎるため、このままでは 必ず別れが来る。

二人は殺風景な安アパートを借り逃げる・・。

ラーメンを食べながら、歌を歌ったり、たわいもないクイズを

出し合ったりしながら 一夜を過ごした翌日

雪山で薬を飲んで二人は心中をする。

 

泥だらけ・宿

 

映画の最後、安アパートの殺風景な部屋には

二人が折ったきれいな折り鶴と、形の悪い折り鶴が二羽

ポツンとあって、『不器用だなぁ、オレって ・・』という

浜田光夫の声が流れ、映画は余韻を残して 終わる・・。