「タネ」の様子・・

発泡トレーの皿に、湿らせたキッチンペーパーをのせ

「キューリ」「茄子」「オクラ」「ゴーヤ」「大玉トマト」

「中玉トマト」などのタネをまいたのが3月11日。

 

まだまだ寒い時期でもあるし、天気の良い昼間は

陽の当たるベランダに出し、寒くなる夜は 部屋の中に入れる

などして、出来るだけの寒さ対策はしてきた。

まず 3月15日に「キューリ」が白くかわいい「根」を出し

始めたので、「種まき用の土」を入れたポリポットに

タネを植え替えた。

翌日の16日には「大玉トマト」「中玉トマト」「オクラ」

などのタネに、ポツポツと「根」が出始めたので

これらのタネも「種まき用の土」を入れたポリポットに

植え替えた。

 

しかし、「茄子」と「ゴーヤ」のタネは 「根」の出る気配が

ない・・。

ゴーヤのタネのカット

「ゴーヤ」のタネは硬いので写真のように「根」が出やすい

ように爪切りでカットして、湿らせたキッチンペーパーに

のせていたのだが「根」は出ないし、「茄子」も

2週間がすぎた今日になっても「根」が出る様子がない。

「茄子」や「ゴーヤ」に「根」が出ないのは、タネを蒔く

時期が早すぎたのか、それとも古いタネだったからか・・。

「茄子」や「ゴーヤ」も、新しいタネは買っているので

もう少し暖かくなったら、改めて種を蒔こうと考えている。

 

今日のタネ

六兵衛の下手な写真では よく見えないのだが

「オクラ」は3つほど 薄黄色の「芽」が出始めているし

「大玉トマト」と「中玉トマト」も多くのポットで

かわいい「芽」が出てきている。

「キュウリ」は、何より一番早く元気な双葉を出してくれた。

後は、それぞれの芽生えた新芽が大きくなってくれるのを

待つばかりである。

 

サムネイル画像が・・

パソコンは「Windows98」の頃から使い始めて

すでに20年が過ぎている六兵衛なのだが、使用年数は

長くても、いまだにパソコン理解力は初心者という

六兵衛の現実で、例えば  IT用語などに関しても その意味や

使い方も よく分かっていないのである。

だから、事物の正確な名称や状況名など よくわからない

ままでの説明になるが、 想像力を期待して話を続ける。

 

サムネイル

六兵衛の「Macパソコン」のデスクトップ画面や

各フォルダー内のファイル画面を開くと、上図のような

「アイコン プレビュー(サムネイル?)」が表示されていて

これまでは、それが何のファイルなのかが

ひと目でわかっていたのだが、いつの間にか下図のような

表示状態になってしまっていた。

プレビュー2

プレビュー1

 

何故 突然そんな状態になってしまったのか・・

その原因は よくわからないのだが、まぁ 多分 六兵衛が

余計な何かを してしまった・・のだろう。

 

やっぱり、 プレビュー画像(サムネイル?)でないと

それが何のファイルなのかが、見ただけでわからないから

困るのだ・・。

 

だから、だから・・

アイコンプレビュー(サムネイル?)を、再度 表示する

ための方法をネットで調べてみた。

 

六兵衛としては、ひとつやふたつのサイトでの説明では

なかなか理解出来ないので、いくつかのサイトの説明の

わかりやすい部分を重ね合わせて、それらの指示に従い

操作を行っていった。

サイトを参考に

そのようなサイトの指示に従い・・

「option」キーを押しながら「Finder」をクリックし

「再度開く」を選び・・

「option」キー

 

フム フム・・再起動をすれば、解決することが多い・・

との事らしい・・。

 

六兵衛のパソコン操作は相変わらずの、右や左に 上や下に

ウロウロと、あれや これやと 迷いながら・・

成功

・・それでも 何とか、デスクトップ画面やフォルダー内の

ファイル画面に、「アイコン プレビュー(サムネイル?)」

戻ってきてくれたのだった。

 

 

一件落着

一・件・落・着 ! ・・でござる。

 

力 及ばず・・

「HP」を作るうえでの約束事が、難しくて覚えられない。

そのうえ 器が小さく、持ち合わせの少ない六兵衛なのに

いくら「老化防止」のためとはいえ、ブログ以外に「HP」

まで作ろうなんて、・・。

何より、飽きっぽい性格なのだから・・。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の春の頃に「さし絵」として掲載していた151作目のカット絵。

 

「六兵衛の老化防止」のため!と、大見得を切り

『ボケ防止大作戦』とのタイトルで始めた「ホームページ」

だったが、作りかけのまま 更新を止めて 久しい・・。

 

今年の1月18日の日記にも書いたが

『ホームページ作りを・・』

ホームページ作りは どう 足掻いてみても

今の六兵衛には荷が重い・・。

「老化防止」以前の問題だとの結論に達していたのに

それでも 作りかけの「ホームページ」は

更新しないままの状態で、ネット上に残っていた。


以前に遊びで作った「gifアニメ」が、パソコンの隅っこに残っているので
懐かしシリーズで掲載する。

 

六兵衛の能力以上を期待してしまい、結局 無様な屍を

晒してしまっている・・。

だから思い切って、ねんごろに弔ってやり

「HP」の登録を解除した。

 

小さい春が・・

目が覚めてしまうほどの強い雨が、夜中に突然降り出し

あれは春の嵐だったのかも・・と思いながら

今城塚公園辺りに散歩に出かけた。

 

上着を脱いで歩くほどに暖かく、今日は春である。

散歩途中の畑にも、菜の花の黄色が うれしい・・。

春1

我が家の小さな庭にも・・

春2

よく見ると・・

春3

小さい春が・・

春5

 

春4

先日 まいた「小松菜」と「小カブ」の種が、かわいい芽を

出し始めている・・。

 

別冊ふろく「横綱 吉葉山」

今日も今日とて 相も変わらず、遠い昔の独りよがりの

思い出ばなしを、だらだらと書く・・。

 

六兵衛が小学校の1年生か2年生の頃の 遠い遠い昔のこと。

学校の帰りに、仲良くなった友達の家に寄って遊んだとき

『横綱 吉葉山物語』という月刊漫画雑誌の「別冊付録」を

見せてもらった記憶がある。

付録1

当時の「月刊 少年漫画雑誌」には、数冊の「別冊ふろく」が

付いていた。

 

遠い 遠い昔の事ゆえ、その友達の事も、立ち寄った友達の

家も場所も、付録が付いていた漫画雑誌の名前も

漫画を描いていた作者も、そして何より その漫画の正確な

題名さえ忘れてしまっている六兵衛ではあるが

それが 漫画雑誌の別冊付録で、横綱 吉葉山の事を描いた

漫画だったという事だけは 記憶に残っている。

 

いつ頃だったか、大人になって その事を思い出し

特にパソコンを使い始めて以降、ネットの検索サイトに

『別冊ふろく、横綱 吉葉山』などと打ち込んで

何度も 何度も検索したり、それらしい昔の漫画のサイト

などを調べたりしていたのだが、結局 見つけることは出来ず

半ば 諦めかけていた六兵衛だったが、しかし ここにきて

ついに 遂に、「その姿」を見つける事が出来た! 

 

インターネット オークションサービスの「ヤフオク」に

『横綱 吉葉山』という別冊ふろくの漫画本が

昨年の年末に出品されていた・・という事を見つけたのだ。

写真も残っている。

前谷惟光

1冊目は、「冒険王」昭和31年2月号ふろく。

作者の前谷惟光さんは『ロボット三等兵』というギャグ漫画を

描かれていた記憶がある。

 

小林一夫

2冊目は、「少年画報」昭和31年3月号のふろくだ。

作者の小林一夫さんのことは、六兵衛の記憶にない・・。

 

それら付録の付いた漫画雑誌が出版されたのが

昭和31年ということは、当時の六兵衛が小学1年生から

2年生になる頃で、六兵衛の頼りない記憶と一致するのだが

しかし 同時期に「冒険王」と「少年画報」との2冊の漫画雑誌

付録として出版されていた・・となると

果たして 六兵衛が、遠い昔に見た「横綱 吉葉山」という

付録の漫画は、どちらの雑誌の付録だったのだろうか・・

今となっては 分かりようもないのだが・・。

 

 

そんな こんなで、「ヤフオク」に出品されていた

「横綱 吉葉山」の別冊付録の漫画の落札価格が

2冊で1900円 だったようだ。

残念ながら その別冊付録は、落札された後のようだが

その程度の金額で買えるのなら、ぜひとも六兵衛も

入札に参加したかった・・と思うが

落札後に その事を知ったのでは、いかんともならず・・

誠に まことに 至・極  ・・でござる。

 

またまた、神楽坂 横寺町 辺りのこと・・

特別 楽しかったという記憶があるわけでもないのに

遠い昔の若い頃の事だからだろうか、何度も何度も

その頃の事を しつこいほどにブログ日記に書くのは

六兵衛が東京の3畳一間の安アパートで暮らしていた

20歳の頃の日々のことだ。

 

西条奈加さんの時代小説『まるまるの毬(いが)』

(講談社文庫)を読んだ。

その物語の中に、若い頃に六兵衛が暮らしていた

神楽坂を上りきった辺りの横寺町の、3畳一間の安アパート

があった近くの二つの寺が登場した。

武士の身分を捨て、菓子屋になった主の治兵衛

出戻り娘のお永、孫娘のお君の親子三代で菓子屋を商う

「南星屋」は、売り切れ御免の繁盛店・・。

「カスドース」「若みどり」「大鶉」「梅枝」など

様々な菓子の名前にちなんだ7編のタイトルからなる

連作短編集で、連作の第5話「梅枝」の206ページに

下記の文章がある。

 

『神楽坂というと、牛込御門の辺りだったな・・

門前町とはどの寺の門前であろうか』

『たしか正蔵院だったかと・・あら、三光院だったかしら?

どちらにしても、あの辺りは門前町だらけですから、

わかり辛いかもしれません』

『だったら、お君、また おめえが案内してやんな、

今から行けば、昼の店開きの前に戻って来られるだろう』

 

孫娘のお君に、平戸藩の若い武士が縁談を申し込み

三人が それぞれの想いで その縁談の申込みに悩む話だが

愛情にあふれ、ゆるぎない人の心の暖かさがあり

六兵衛の涙を誘う・・吉川英治文学新人賞受賞作である。

 

古地図

小説に出てきた寺のことを思いだそうと

六兵衛の20歳の頃の遠い記憶を呼び起こそうとしたが

2つの寺の記憶はない。

嘉永4年(1851年)の江戸切絵図(板元・尾張屋清七)

を見ると、横寺町への登り坂を挟んで2つの寺の名がある。

 

神楽坂の今

現在の地図でも 2つの寺を調べてみた・・。

「正蔵院」は地図に載っていて、今でも存在しているが

「三光院」は載っていなかった。

寺自体がなくなったのか、それとも何処かに引っ越を

したのか・・。

 

昭和45年(1970年)3月と、昭和48年2月に

撮影したという横寺町の入り口付近の2枚の写真がある。

『新宿歴史博物館 データベース「写真で見る新宿」』参照

「​​Super ARAI(スーパー アライ)の手前に「正蔵院」の

4角看板がある。

昭和45年
昭和45年(1970年)3月のころの朝日坂。
昭和48年
昭和48年(1973年)2月の頃の朝日坂。

 

「六兵衛が東京を離れたのは、昭和45年(1970年)の

2月で、1枚目の写真は昭和45年(1970年)3月の

撮影というから、六兵衛が暮らしていた頃の横寺町の

そのままの風景である・・。

 

単行本・・

先日の六兵衛ブログに、佐々木譲さんの小説「雪に撃て」を

文庫本のつもりで購入したら、届いたのは単行本だった

・・と書いた。

単行本・雪に撃つ

「娯楽小説を読むには単行本は不向きだ」

 

六兵衛ごときが読むには勿体ないような重厚さの単行本を

読み始めてみると、単行本は 重いし、硬い表紙の角が

持つ手のひらに食い込み痛いのだ・・と書いた。

 

しかし しかし、 老いたりといえども まだ六兵衛にも

考える知能は わずかだが残っていたようで

単行本の重さは どうしようもないとしても

硬い表紙が 痛いほど手のひらに食い込む事だけは

避けることが出来るようになった。

 

ナニ・・簡単なことなのだ。

持つ手

『・・・・・』

 

自慢するほどの事じゃあないけど、単行本の表紙だけじゃあなく

頭も固く融通の効かない六兵衛にしてみれば

上出来の発想かも・・しれない。

 

小津映画を iPadシアターで・・

「外付けHDD」に保存している映画の一部を

Macパソコンを用いて4GBの「マイクロ SD」にコピーし

手軽に持ち運びが出来るiPad(無印・2017年3月発売

の第5世代)を 布団の中に持ち込み、iPadシアターとして

夜 寝る前に再生して観ている。

 

お茶漬の味シアター

『男はつらいよ』全48作を 先日 観終わって、さて 次は何を

観ようか・・と考えたが、やっぱり次は 小津映画だろうと思い

「外付けHDD」に保存している小津安二郎監督の10数作品

の映画を4GBの「マイクロ SD」にコピーし

夜ごと1作品ずつを観始めて 数日が過ぎた。

 

小津と原節子

戦前の作品『戸田家の兄妹』と『父ありき』をまず観たあと

1950年代に制作された『お茶漬の味』と『お早よう』を

観た。

 

 

小津監督の映画は、低い位置からの独特のカメラアングルで

日本の ごくありふれた家庭生活における細やかな関係や

家族の崩壊など、そこら辺りにいる人々の悲喜こもごもを

淡々と表現している。

 

そんな小津さんの映画の中に、懐かしい子供の役者さんが

出演していた。

設楽幸嗣

六兵衛が子供の頃は、まだ週刊漫画雑誌など出版されて

おらず、月刊の漫画雑誌が全盛の時代だった。

その当時、「赤胴鈴之助」や「まぼろし探偵」などの

人気漫画が掲載されていた「少年画報」の表紙は

​​​​設楽 幸嗣(したら こうじ)さんが されていて

「少年画報」を愛読していた六兵衛とすれば、設楽さんの

顔には馴染みがあったのだが、当時の六兵衛には

「少年画報」の表紙の設楽さんが、小津監督の映画

『お茶漬の味』や『お早よう』などの多くの映画に子役

として出演されていたことなど、知る由もなかったのだ。

表紙

設楽さんは六兵衛とは同年代で、現在は作曲家であり

音楽プロデューサーとしても活躍されているという。

現在の

 

 

ついでに もう一つ・・。

映画『お茶漬の味』に、主人公(佐分利 信さん)の

元戦友で、パチンコ屋の親父の役で笠 智衆さんが出演

されているのだが、主人公と偶然 再会し酒を飲む場面で

笠 智衆さんが『良かったぁ〜、ほんに 良かった!』

と言う場面があった。

良かった、困った

映画『お茶漬の味』のあと、少なくても2〜30年を経て

創られた映画『男はつらいよ』で、今度は出来の悪い

寅次郎に対し『困ったぁ〜、ほんに 困った!』との

台詞を御前様役の笠 智衆さんに言わせたのは

『男はつらいよ』の監督・山田 洋次さんの意識の中に

過去の映画の中で笠 智衆さんが

『良かったぁ〜、ほんに 良かった!』と 台詞を言った

意識があったから・・だろうか、それとも、それとも・・。

 

娯楽小説を読むには単行本は不向きだ・・

当六兵衛ブログの今年2月13日に、佐々木譲さんが

書かれた北海道警シリーズ第9巻目『雪に撃つ』の中古の

文庫本を注文したつもりが、六兵衛の軽薄な間違いで

届いたのは文庫本ではなく、単行本だった・・と

そんな日記を書いた。

文庫本4

『雪に撃つ』

 

文庫本1

届いた単行本は・・と、とにかく 堂々と自立するほどの

立派な単行本である。

 

文庫本2

まるで百科事典か専門の参考書のような重厚さで

その本の角で頭を叩けば 怪我をするのではなかろうか・・

と思うほどの、そんな 六兵衛如きが読むには大層大げさな

小説本なのである。

文庫本3

その単行本『雪に撃つ』を、楽しみに読み始めたのだが

面白さは別にして、それを手に持つと 結構 重い。

そのうえ、硬い表紙の角が ひ弱な六兵衛の手に食い込み

痛いのである・・。

 

Amazonなんかで新品で単行本を買うと ¥1,760ーも

するが、中古本通販サイトだと、単行本でも ¥347ー

買える。

物語自体、面白いだろうことは分かっているのだが

ただ 六兵衛の手が、読了するまで無事に もってくれるか

どうか、いささか不安?なので・・アル。

 

大関・三根山

古い文庫本だが、池波正太郎さんの『武士(おとこ)の紋章』

(平成6年・新潮文庫)を読んだ。

武士の紋章

 

黒田如水、真田兄弟、堀部安兵衛 など、武士の生き様を

描いた8編からなる短編集だが、その中に『三根山』と

いうタイトルの相撲取りの小説があった。

「三根山」・・六兵衛にとって懐かしい お相撲さんの

四股名である。

三根山

 

気は優しくて力持ち、いつも笑顔の人気のある大関だった

ような記憶がある。

写真のように あんこ型の力士で、立ち会い鋭く踏み込み

どちらかのまわしを取れば 一気の押しが売りだったと

小説にも ある。

 

六兵衛が まだ小学生の頃、夕方になるとラジオから流れる

大相撲の実況中継をよく聴いたし、当時の男の子の一番の

楽しい遊びだった「パンコ」には(関西では「ベッタン」

関東では「メンコ」と言ったらしいが・・)

映画俳優や漫画などのヒーローなどと一緒に、三根山など

お相撲さんの「パンコ」も沢山あった。

 

この『三根山』という短編小説、元々は「小説倶楽部」と

いう雑誌の昭和32年1月号に掲載されたもののようで

「三根山」が病気がもとで大関から陥落して

番付を平幕に落とした昭和31年秋場所の初日から

千秋楽までの15日間の土俵上での実況を中心に描かれた

話になっている。

小説倶楽部

 

その三根山が、一度だけだが優勝した昭和29年春場所の

番付を調べてみると、鏡里、吉葉山、千代の山、東富士の

4横綱を中心に、大関が三根山と栃錦、関脇に初代の若乃花

松登、胸毛の朝潮と巨体の大内山が小結、平幕にも時津山

信夫山、鶴ヶ峰、安念山など・・当時は存在感のある力士が

沢山いて、映画や漫画にも取り上げられ、当時の大相撲は

非常に人気があった。