小津映画を iPadシアターで・・

「外付けHDD」に保存している映画の一部を

Macパソコンを用いて4GBの「マイクロ SD」にコピーし

手軽に持ち運びが出来るiPad(無印・2017年3月発売

の第5世代)を 布団の中に持ち込み、iPadシアターとして

夜 寝る前に再生して観ている。

 

お茶漬の味シアター

『男はつらいよ』全48作を 先日 観終わって、さて 次は何を

観ようか・・と考えたが、やっぱり次は 小津映画だろうと思い

「外付けHDD」に保存している小津安二郎監督の10数作品

の映画を4GBの「マイクロ SD」にコピーし

夜ごと1作品ずつを観始めて 数日が過ぎた。

 

小津と原節子

戦前の作品『戸田家の兄妹』と『父ありき』をまず観たあと

1950年代に制作された『お茶漬の味』と『お早よう』を

観た。

 

 

小津監督の映画は、低い位置からの独特のカメラアングルで

日本の ごくありふれた家庭生活における細やかな関係や

家族の崩壊など、そこら辺りにいる人々の悲喜こもごもを

淡々と表現している。

 

そんな小津さんの映画の中に、懐かしい子供の役者さんが

出演していた。

設楽幸嗣

六兵衛が子供の頃は、まだ週刊漫画雑誌など出版されて

おらず、月刊の漫画雑誌が全盛の時代だった。

その当時、「赤胴鈴之助」や「まぼろし探偵」などの

人気漫画が掲載されていた「少年画報」の表紙は

​​​​設楽 幸嗣(したら こうじ)さんが されていて

「少年画報」を愛読していた六兵衛とすれば、設楽さんの

顔には馴染みがあったのだが、当時の六兵衛には

「少年画報」の表紙の設楽さんが、小津監督の映画

『お茶漬の味』や『お早よう』などの多くの映画に子役

として出演されていたことなど、知る由もなかったのだ。

表紙

設楽さんは六兵衛とは同年代で、現在は作曲家であり

音楽プロデューサーとしても活躍されているという。

現在の

 

 

ついでに もう一つ・・。

映画『お茶漬の味』に、主人公(佐分利 信さん)の

元戦友で、パチンコ屋の親父の役で笠 智衆さんが出演

されているのだが、主人公と偶然 再会し酒を飲む場面で

笠 智衆さんが『良かったぁ〜、ほんに 良かった!』

と言う場面があった。

良かった、困った

映画『お茶漬の味』のあと、少なくても2〜30年を経て

創られた映画『男はつらいよ』で、今度は出来の悪い

寅次郎に対し『困ったぁ〜、ほんに 困った!』との

台詞を御前様役の笠 智衆さんに言わせたのは

『男はつらいよ』の監督・山田 洋次さんの意識の中に

過去の映画の中で笠 智衆さんが

『良かったぁ〜、ほんに 良かった!』と 台詞を言った

意識があったから・・だろうか、それとも、それとも・・。

 

娯楽小説を読むには単行本は不向きだ・・

当六兵衛ブログの今年2月13日に、佐々木譲さんが

書かれた北海道警シリーズ第9巻目『雪に撃つ』の中古の

文庫本を注文したつもりが、六兵衛の軽薄な間違いで

届いたのは文庫本ではなく、単行本だった・・と

そんな日記を書いた。

文庫本4

『雪に撃つ』

 

文庫本1

届いた単行本は・・と、とにかく 堂々と自立するほどの

立派な単行本である。

 

文庫本2

まるで百科事典か専門の参考書のような重厚さで

その本の角で頭を叩けば 怪我をするのではなかろうか・・

と思うほどの、そんな 六兵衛如きが読むには大層大げさな

小説本なのである。

文庫本3

その単行本『雪に撃つ』を、楽しみに読み始めたのだが

面白さは別にして、それを手に持つと 結構 重い。

そのうえ、硬い表紙の角が ひ弱な六兵衛の手に食い込み

痛いのである・・。

 

Amazonなんかで新品で単行本を買うと ¥1,760ーも

するが、中古本通販サイトだと、単行本でも ¥347ー

買える。

物語自体、面白いだろうことは分かっているのだが

ただ 六兵衛の手が、読了するまで無事に もってくれるか

どうか、いささか不安?なので・・アル。

 

大関・三根山

古い文庫本だが、池波正太郎さんの『武士(おとこ)の紋章』

(平成6年・新潮文庫)を読んだ。

武士の紋章

 

黒田如水、真田兄弟、堀部安兵衛 など、武士の生き様を

描いた8編からなる短編集だが、その中に『三根山』と

いうタイトルの相撲取りの小説があった。

「三根山」・・六兵衛にとって懐かしい お相撲さんの

四股名である。

三根山

 

気は優しくて力持ち、いつも笑顔の人気のある大関だった

ような記憶がある。

写真のように あんこ型の力士で、立ち会い鋭く踏み込み

どちらかのまわしを取れば 一気の押しが売りだったと

小説にも ある。

 

六兵衛が まだ小学生の頃、夕方になるとラジオから流れる

大相撲の実況中継をよく聴いたし、当時の男の子の一番の

楽しい遊びだった「パンコ」には(関西では「ベッタン」

関東では「メンコ」と言ったらしいが・・)

映画俳優や漫画などのヒーローなどと一緒に、三根山など

お相撲さんの「パンコ」も沢山あった。

 

この『三根山』という短編小説、元々は「小説倶楽部」と

いう雑誌の昭和32年1月号に掲載されたもののようで

「三根山」が病気がもとで大関から陥落して

番付を平幕に落とした昭和31年秋場所の初日から

千秋楽までの15日間の土俵上での実況を中心に描かれた

話になっている。

小説倶楽部

 

その三根山が、一度だけだが優勝した昭和29年春場所の

番付を調べてみると、鏡里、吉葉山、千代の山、東富士の

4横綱を中心に、大関が三根山と栃錦、関脇に初代の若乃花

松登、胸毛の朝潮と巨体の大内山が小結、平幕にも時津山

信夫山、鶴ヶ峰、安念山など・・当時は存在感のある力士が

沢山いて、映画や漫画にも取り上げられ、当時の大相撲は

非常に人気があった。

 

映画『男はつらいよ』

外付けHDDに保存していた「男はつらいよ」全48作品を

先日 全て観終わった。

旅先では、格好を付けて いい男を演じられるのに

「とらや」に帰ると途端に身勝手で我儘な寅次郎になる。

おいちゃんのセリフではないが『寅はバカだよ!

バカだねぇ〜』・・ということになって

再び旅に出ることになる・・。

 

寅・背中

それでも、寅次郎の後ろ姿の何処かに哀愁みたいなものが

ちょっと漂っていたりして、だから本気で『バカだ!』と

突き離せない・・。

 

シリーズの中で特に印象に残っているのは

第1作の さくらと博の結婚式で、博の父親(志村喬)の

挨拶の言葉だろう・・泣けた。

 

多くの美しいマドンナ達が寅次郎と関わり 飽きさせないが

特に印象に残っているマドンナを挙げるとすれば・・

第10作「男はつらいよ・寅次郎夢枕」で、再会した

幼馴染の志村千代(八千草薫)が、寅次郎を『寅ちゃん』と

呼ぶ その可愛らしさ。

八千草薫

 

第15作「男はつらいよ・寅次郎相合い傘』で旅先の北海道

で再開し、2度めの出演となった旅回りの歌手・リリーと

蒸発したサラリーマン・兵藤(船越英二)を含めた3人の

旅が楽しい。

リリー

 

第17作「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」で

寅次郎と意気投合した芸者・ぽんた(太地喜和子)の

豪快な笑いがいい。

ぽんた

 

第27作「男はつらいよ・浪花の恋の寅次郎」での

大阪の美人芸者・ふみ(松坂慶子)の美しさ。

松坂慶子

 

第44作「男はつらいよ・寅次郎の告白」での、鳥取の

料亭の女将・聖子(吉田日出子)の、人懐っこい笑顔と

やや舌っ足らずの甘えたような鳥取弁が可愛いが

酔った勢いでチラリと見せる妖艶さは、存在感があった。

吉田日出子

 

しかし、渥美清さんも 少しずつ年齢を重ね、多分 持病の

悪化も あったのだろう、渥美さんに以前のような張りが

なくなってくる。

それでも松竹会社にすれば、寅さん人気が根強く

シリーズを辞めるに辞められなかったのかもしれない。

第41作の「寅次郎 心の旅路」(マドンナ:竹下景子)

では、渥美清さんも60歳を過ぎていて

動きや声には まだ元気があるように見えたのだが

第42作「男はつらいよ・僕の伯父さん」辺りから

(マドンナ:後藤久美子)寅さんにだんだんと覇気がなくなり

何となく老いを感じるようになって、だからだろう 少しずつ

さくらの息子・満男の出番が多くなっていった。

満男

 

しかし満男にしても、若いがゆえか まだまだ情けなく

見苦しい行動が目立ち、親に甘え 勝手をし

結局は満男自身、ますますオロオロするばかり・・。

満男が寅次郎の代わりを務めるには、まだ若く物足りないが

それでも若い男の行動というものは、多かれ少なかれ

見っともないもの・・と決まっていて

誰でも一度は通る道では あるのだが・・。

 

♫ 祭壇の前に立ち・・

「iPhone」から、むかしの流行歌をBGMとして流しながら

昼寝をしていたら、『♫ 祭壇の前に立ち・・』という歌詞

の歌が流れてきた。

ぺぎー葉山

元はペギー葉山さんが歌ってヒットした「アヴェ・マリア」

という歌を、倍賞千恵子さんがカバーして歌っている。

 

そして この歌の内容だが、教会で結婚式を厳かに挙げ

嬉しさの余り、ひとすじの涙を流している・・と

そんな信仰を賛美する 単純な幸せの歌だと思っていた

六兵衛だったが、今日 昼寝中に何気に この歌の歌詞が

耳に入ってきて 驚かされた。

 

『ラ・ノヴィア』

作詞・作曲:ホワキン・プリエート 日本語詞:あらかわ ひろし

「白く輝く 花嫁衣装に

心を隠した 美しいその姿

その目に溢れる 一筋の涙を

私は知っている アウ”ェ・マリア

祭壇の前に立ち 偽りの愛を誓い

十字架に口づけをして 神の許しを誓う

私は知っている アウ”ェ・マリア」

 

「心を隠して・・」だって?!

「偽りの愛・・」だって?!

「涙の意味を 私は知っている・・」だって?!

 

これまで、この歌を 何度も聴いていた六兵衛なのに

まともに正しい歌詞を聞いていなかったようで

花嫁が流した ひとすじの涙は

嬉し涙だとばかり思って聴いていた。

愚かにも、悲しい涙だったのだと はじめて知った

六兵衛である。

涙

 

そして・・

ひとすじの涙を 私は知っている アウ”ェ・マリア」

もちろん結婚式に参加している人たちは、花嫁の流す涙が

幸せの涙だと思っているのだろうが、しかし ひとりだけ

花嫁の「元の恋人」だった私だけは、涙の本当の意味を

知っているのだ・・と歌っている。

そういう歌 だったのか・・。

そのうえ この歌のタイトルも、「アウ”ェ・マリア」だと

ばかり思っていた六兵衛だったが

正しくは『ラ・ノヴィア』というタイトルらしい・・。

 

何もかも 六兵衛が、いい加減に歌を聴いていたという証で

ある。

世間様は当然知っている事だろうから、知らぬは六兵衛

ばかりなり・・と、まさに軽薄短小な六兵衛の「面目躍如」

というか、「本領発揮」なのである。

 

六兵衛がパソコンを始めて20年が過ぎた今も・・

今年 最初のブログにも書いたが、Macパソコンから

「外付けHDD」に保存している映画の中の

渥美清さん主演の松竹映画『男はつらいよ』全48作品を

手軽に持ち運びが出来るiPad(無印・2017年3月発売

の第5世代)を 布団の中に持ち込んで、年明け早々から

夜 寝る前に観ている。

iPad

 

ゆうべ現在で、第45作目の「寅次郎の青春」までを

見終わった(マドンナは 風吹ジュンさん)。

第45作

残りは あと3作・・さびしい。

 

・・が それは ともかく、我が家のiPad 無印(2017年

3月発売の第5世代)では、Macパソコンで保存した

「外付けHDD」のUSB端子と変換アダプターを使って

iPadの​​​​​​​​Lightning端子に接続してみたのだが

「外付けHDD」のランプが点灯せず、ウンともスンとも

反応しないのだ。

念の為に我が家にあった4GBの「マイクロ SD」に

Macパソコンを用いて「外付けHDD」から寅さん映画を

コピーし、SDカードリーダーを用いてiPadの​​​​​​​​Lightning端子

に差し込んでみたら、iPadの「ファイル」アプリに

寅さん映画が表示され、観る事が出来たのだった。

 

なんか よう分からんけど「マイクロ SD」なら

Macパソコンはもちろん、六兵衛の持ってるiPadでも

どちらでも使える・・ということか。

 

なんか よう分からんまま、よかった! よかった!なのだが

たった4GBの「マイクロ SD」だから、せいぜい多くても

一度に5~6作品しか保存ができない。

それを見終わったら、改めて「マイクロ SD」から

見終わった寅さん映画を消し、新たな次の映画を保存

することになる。

1日1作品を観るとして48作だと・・・・。

これから何度、保存と消去を繰り返す必要があるのか・・。

そのうえ、次の映画を「マイクロ SD」に入れるためには

見終わった映画の消去も、ただ「削除」すればいいと

いうわけではなく・・

 

「ファインダー」から「ユーティリティ」へ進み

そこから「ディスクユーティリティ」を開けて

「マイクロ SD」を指定し、そこの「消去」で映画を消して

「マイクロ SD」の容量を”0” にしないと、次の映画の

保存ができないのだ。

 

「2020年3月にiPadOS 13.4にアップデートされ

パソコン用の外付けのアクセサリーも使えるようになった」

との記事を あるサイトで見たのだが、残念ながら我が家の

iPad(無印)では、パソコン用の「外付けHDD」は

使えない・・ようなのである。

 

何や かんやと、いろいろ ややこしく

パソコン歴 20年の六兵衛だが、ちょっと込み入ってくると

訳がわからんようになる。

それにしても、残りの寅さん映画も あと数日で

見終わってしまう・・。

 

・・次は、何の映画を観ようか、それとも 当分は映画

など観ずに、夜は静かに眠る生き方も・・。

 

寒い日に・・

真夏には、1年で一番きつい時期は『そら やっぱ 夏やろ!』

と思うし、真冬になると『そら 寒いのが一番こたえるで』と

思う・・。

70数年も生きてきていながら、成長も達観も することなく

毎年 毎年 そんなふうに思いながら 季節を過ごしている。

六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の晩冬の頃に「さし絵」として掲載していた99作目のカット絵。

 

今年も ​​​​すでに立春(2月4日頃)が過たので、冬の底の

寒い時期も終わり、少しずつ春に向かっているのだろうと

思うのだが、2月も後半になった今でも

実際に身体に感じる寒さは真冬並みに寒い。

滝田ゆう

 

芥川堤道を散歩していても、土手道には まだ春の気配を

感じることは ほとんどない。

寒い日に、どこかに春を感じられたりするのは

まだまだ先の よう・・。

 

六兵衛んちの入り口に張ってあるポスターは・・

国民の投票で選ばれ、その国民のために「政治を司る」べき

国会議員が、いっこうに国民に向き合う気がないようだ。

「己らによる 己らのための政治」を繰り返してばかりいる。

あべすがきしだ

 

建前だけの きれい事を並べ、やっているフリはするが

実際は何もせず ウソばかり つき、己らの利益につながること

にしか動こうとしない。

己等に与えられた責任を全うしない そんな今の政治に

六兵衛は時々 不満を言いたくなってくるのだ・・。

 

国民に対して責任感のない状況が長く続いている 現在の自民党

政治に、勝手なことばかりしていると 次は無いんだぞ!とか

常に国民に目を向けた政治を行わなければ 明日は無いんだぞ!

とかの、強く反省をさせるべき立場の野党が

どうにも頼りないのだ・・。

 

表紙を替えても・・

野党第1党である立憲民主党の新代表に泉健太氏が決まって

1ヶ月半が過ぎたが、いっこうに顔が見えてこない。

前代表の枝野氏も、始めこそ勢いを感じて期待したのだが

いつの間にか 消え失せてしまった。

新しい顔となった泉氏だが、野党第1党としての存在感を

示せる雰囲気を、これまでのところ まったく感じない。

 

その上、経営者側の子分となり下がった「連合」の・・

共産党との選挙共闘に不満を述べる「連合」の・・

たかが700万人程度の組合員しかいない「連合」の・・

そんな「連合」の顔色をばかりを見ながらの立憲民主党の

立ち居振る舞いは情けない。

 

岸田・友野

労働者側の視点のはずの連合の友野会長だが、自民党の広告塔

なのではないかとの噂も、あったり なかったり・・。

もう うんざりである。

 

選挙時に限り、立憲民主党と共産党との共闘については

『小異を捨てて大同につく』との、ことわざにもあるように

党名が異なるのだから多少の主張の違いはあって当たり前で

目の前のダメ自民とダメ公明の連立与党を蹴落とすために

力を合わせる心構えが必要なのだ。

 

れいわポスター

それにしても・・だけど、六兵衛の家の入り口には

上のようなポスターを張ってるんです・・ヨ。

 

荒城の月

今日も「iPhone」に保存している古い流行歌をBGMにして

聴きながら歩いている六兵衛だが、それらの歌の中に

伊藤久男さんが歌う『荒城の月』がある。

日本中の誰もが知っているだろう滝廉太郎の文部省唱歌だ。

『荒城の月』

 

いつもなら 深く考えもせず、軽く聴き流しながら歩くのだが

今日は何故だか じっくりと、その歌の歌詞を聴いてみる気に

なった。

いかんせん、中学時代は漫画ばかりに夢中になって過ごし

高校時代は、旅をしながら気楽に暮らしたいなどと

現実から逃避する夢ばかりを見て過ごし

まともに勉強などしてこなかった六兵衛ゆえに

その『荒城の月』の歌詞を改めて聴いてみると

難しい言葉ばかりが並んでいて、意味がさっぱりわからない。

だから我が家に帰り、ネットで『荒城の月』を調べてみた。

切手・荒城の月

 

名曲『荒城の月』は、1901年(明治34年)に

土井 晩翠が作詞、滝 廉太郎が作曲した文部省唱歌だという。

(但し、現在 歌われているのは、後年 山田耕筰が編曲した曲だという)

荒城の月

1)

春高楼の 花の宴

巡る盃 かげさして

千代の松が枝 わけ出でし

昔の光 いまいずこ

2)

秋陣営の 霜の色

鳴きゆく雁の 数見せて

植うる剣に 照りそいし

昔の光 いまいずこ

3)

いま荒城の 夜半の月

替らぬ光 だがためぞ

垣に残るは ただ葛

松に歌うは ただ嵐

4)

天上影は 替らねど

栄枯は移る 世の姿

写さんとてか 今もなお

嗚呼 荒城の 夜半の月

 

・・と、この”歌詩”を文字にして読んでみても

何となく雰囲気は伝わって来るが、難しい言葉も多く

六兵衛ごときには どうにも正確な意味が わからない・・。

だから その意味を知ろうと 再度ネットに頼った。

 

 

『毎年 春になると、この城の領主は「高楼」(やぐら)で
桜の花見の宴を催していた。
しかし、年毎に めぐりくる花の宴も、少しずつ盛大ではなくなり
それでも、茂り栄えている枝の向こうからは
月の光が照っている。
そのような領主の威勢も、今はもう過ぎ去った遠い過去の
出来事である。
領主が盛んな頃の 秋の白い霜がおりる夜などには
鳴きわたる雁も
多くいたし、領主が抜き放つ日本刀に照る月光も
かがやくほどに
威勢もあったが、今はもう返らぬものとなって
しまった。』

 

・・・等々。

銘菓・荒城の月

美味そうな「銘菓・荒城の月」という名前の饅頭のことは

とりあえず 見ぬふりをするとして・・

大雑把な言い方をすれば『月夜の晩に荒れ果てた城の前に立ち

今は昔の栄枯盛衰の感慨に耽(ふけ)る・・』という意味の

歌のようで、昔の人の言葉は 格好良くて魅力的だが

六兵衛ごときには、どう足掻いても難しすぎる歌詩である。

 

『雪に撃つ』

六兵衛が大衆娯楽小説を読む場合は、重くて持ちづらい単行本

などではなく、手軽な文庫本を読む事にしている。

しかも中古本に限って購入するので 安く手に入る。

ところが 六兵衛が軽薄ゆえだろう、ときどき ほんの時々だが

文庫本を注文したつもりなのに、届いた本は単行本だったり

することがある。

 

 

雪に撃つ・本棚

先日 ネットの中古販売で佐々木譲さんの『雪に撃つ』の文庫本

を注文したつもりだったのだが、手元に届いた『雪に撃つ』は

単行本であった。

未読の本棚に並んだ様は 一冊だけ異様である・・。

 

佐々木譲さんの小説『雪に撃つ』は、第1作『笑う警官』から

始まる「道警シリーズ」の第9作目となる。

過去に現役警察官の拳銃不法所持や覚醒剤の売買など不祥事が

連続して起きた後の、北海道警察署内での事件の真相を闇に

葬ろうとする警察組織に対し、正義を取り戻そうと立ち上がる

北海道警察署の佐伯警部補、津久井刑事部長、児島百合巡査ら

心ある警察官たちの物語なのだが、ネット中古販売から届いた

『雪に撃つ』は単行本であったのだ・・。

道警シリーズ2冊

 

今更 遅い・・とはいうものの、どこで間違ったのか調べてみると

『雪に撃つ』は単行本が2020年12月に発売されていて

どうやら まだ、文庫本は出版されていないらしいのだ・・。

なんとも なんとも、軽薄としか言いようがない・・。

 

六兵衛の思い込みでいえば、まず単行本として出版した本は

少なくても2年間くらいは、高価な単行本だけで売り

(風の市兵衛シリーズなどのような「文庫書き下ろし」小説など

は別にして・・)いつまでも人気が続く場合は2年が3年でも

単行本のままで売り、そのうち単行本として世間に行き渡って

売れ行きが落ちる頃に、改めて安くて手軽な文庫本を出版する

のだろうと思っている。

153作目(2013年)
六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の 2013年の冬の終わりの頃に「さし絵」として掲載していた153作目のカット絵。

 

だから六兵衛のように、中古の文庫本ばかりを購入する者は

出版されてから、早くても 2年半か3年以上後に読む事になる。

そりゃぁ出版社も 商売だものね、仕方がない・・か。