ホームページ作りを・・

誰しも 加齢に伴い、物忘れなどが多くなるのは自然の成り行きだ。

六兵衛の場合も、70歳を過ぎた辺りから物忘れなどの老化症状

が ジワリ ジワリと出始めた。

今は つれあいと二人が、笑って誤魔化せる程度の物忘れで

済んでいるからいいようなものの、今以上のマジな老化は

出来るだけ先に延ばしたいと思うのだ。

 

そんな「老化防止」のためを考え、14,5年ぶりに作り始めた

ホームページ『五兵衛のボケ防止大作戦』であったが

まともに更新もしないまま、ほったらかしの状態が長く続いた。

 

 

今のHP

更新がなければホームページ画面に、いろいろな宣伝が現れる

になるらしく、六兵衛の お粗末なホームページ画面の今は

なんか大きな宣伝の画像が現れている・・。

 

「老化防止」のため!と大見得を切りながら

いつまでも更新をしないのは何故か・・と 考えてみた。

 

六兵衛の飽きっぽい性格も 原因のひとつだとも思うし

何より、ホームページを作る上での専門用語や約束事などを

理解し覚える事が、どうにも困難な年齢になってきていて

それが、更新出来ない大きな原因だと思っていたのだ・・が

改めて自分に問うてみるに、そんな理由は六兵衛の思い違いで

単に「老化防止のため」との発想でのホームページは

面白くない・・というのが原因なのだと 思うようになった。

 

嵯峨野にて
孫娘が小学生だった頃の「京都 嵯峨野」にて

出不精で ものぐさな六兵衛の日々の暮らしの出来事などを

綴る程度なら、新たにホームページなどを作るまでもなく

当「六兵衛ブログ」の更新程度で 十分足りるのだから・・。

 

結局、けっきょく・・

迷走しつつ たどり着いたホームページ作りの結論は

六兵衛の軽薄さが原因で、もろくも崩れ消え去った・・のである。

 

・・とはいえ、とはいえ、老化防止の為の何らかの努力は

これからの六兵衛には必要不可欠な訳で、改めて別の方法を

考える必要があるのだが・・。

 

その バス停・・

朝の散歩で、週に一度くらいの割合で そのバス停のある道を通る。

バス停留所

 

年が明けた2日に、つれあいの古くから付き合いがあり

つれあいより一回りほど先輩の女性 Yさんが亡くなられたとの

連絡を受けた・・。

月に数回、つれあいの運転する車でYさんを助手席に乗せ

多分 べらべら喋りながらだろう大阪まで出かけていた間柄で

突然のYさんの死は つれあいにとってもショックだったろうと

思うし、六兵衛にしても まだ現役のころ、Yさんの関係する仕事を

度々させてもらった思い出もある・・。

 

だいぶ以前 Yさんを(・・とはいっても年末に、つれあいが

電話で話をしたときには、元気そうだったらしいのだが・・)

そのバス停で お見かけしたことがあって、それ以来

その道を通るときには、Yさんがバス停に並んでいなか・・と

何気にバス停を見て通る癖がついてしまっていた。

バス停Yさん

 

Yさんは そのバス停に、もう 並ぶことはないが

六兵衛が散歩で その道を通るとき、これまでとは違う思いで

通ることになる・・・。

 

ご冥福を お祈りいたします。

 

朝食

六兵衛と つれあいの、ここのところの朝食は

半分づつに分けた「りんご」と「インスタントコーヒー」、それに

昨年の秋に裏の畑で収穫した小形の「焼き芋」が 時々付く。

焼き芋

 

六兵衛が子供の頃は、大した食い物もなかった時代で

ばあさんが 腰を曲げながら裏山で作っていた「さつま芋」を

焼いたり蒸したりして、よく食べた。

また、蒸した芋を平たく切り、それを河原へ行って広げ

数日 干して、日持ちのする「干し芋」を食ったりもした。

だから芋は もう 食い飽きていて、これまで まったく食う気が

しなかった六兵衛なのである。

収穫した「さつまいも」の一部
昨年の秋に収穫した「さつま芋」の一部

 

ところが この小振りの「さつま芋」、美味いのだ。

「さつま芋」の種類が六兵衛好みで美味いのか・・

六兵衛の味覚が変わったのか・・

腹の減った朝に食うから美味いのか・・

我が家で作った芋だから美味く思うのか・・

 

多分 それらすべてが正解なのだろう・・。

 

市兵衛さんが3人も・・

『 ・・それら2冊は、六兵衛の手元に購入済なのだが

どうしても読みたくなったときのためにと、まだ読むのを我慢を

して、未読の本棚に並べたまま 眺めている。』・・・

この文章は、当六兵衛ブログの昨年7月21日の日記の一部だ。

 

その時の更新日記に挿入した写真には・・

手元にある2冊と、発売されたばかりで中古本としては まだ

安くなっていなかった「風の市兵衛 弐 第9巻 寒月に立つ」の

写真を掲載していたのだが、実は  その第9巻が昨日、ネットの

中古販売から届いたのだ。

 

辻堂魁さん文庫本

見てくれ! 3冊も 揃ってるね。

わくわくするよね!

 

・・とは いうものの、好きな食べ物や 好きな本などは

楽しみを最後に残しておく癖がある六兵衛だから、大好きな

市兵衛さんが、未読の本棚に3冊 並んだからといって

すぐに第7巻を読み始めたり する・・か、しないか・・さぁて。

 

・・こんな迷いは・・楽しいなぁ・・。

 

今朝の・・

ネット上で昨夜見た我が地方の今日の天気予報は

雲のイラストの横に小さな雪だるまのマークが付いていた。

 

暦の関係で、今年の小学校の3学期の始業式は

昨日の11日(火)からのようで、今日から本格的に授業が

始まるのだろう。

今朝8時ころ、昨日の天気予報通り

iPhoneのカメラでは写しえないほどの小さな小さな雪が

降り始めた中を、ランドセルを背負った子供の通学姿がある。

通学1

 

それから30分後、子供達の ほとんどが通学を終えた頃には

iPhoneのカメラでも写るような雪が降りだした。

雪1

 

ものぐさで根性のないの六兵衛は、こんなに降りだした雪を

言い訳にして、今朝の散歩を止めることにした。

 

・・・何のことはない ここら辺りの雪は、六兵衛と同じで根性なし

だから、散歩を止めたと決めた途端 止んできたけど・・。

 

石蕗(つわぶき)

だいぶ以前、誰も住む者がいなくなってしまった遠い故郷の

木々の陰の薄暗い墓のそばに咲いていた「つわぶき」を

つれあいが我が家に持ち帰り、庭に植え替えて久しい・・。

冬の石蕗

 

俳句の季語にでも使われそうな、寒い冬の 雨の 一日。

雨の石蕗

 

そんな俳句や詩情などという感性などとは無縁の六兵衛でも

晩秋の寂しくなった庭に 少々の華やかさを残してくれていた

石蕗(つわぶき)の黄色い花に感謝である。

 

しかし 本気の冬がやって来ると、黄色い花はタンポポの

ような綿帽子となり、風に吹かれて飛んでいく。

今では 晩秋になると「つわぶき」の黄色い花が

庭のあちこちに見られるようになった。

石蕗のわたぼうし

 

「つわぶき」の花言葉を調べると、『困難に負けない』と

『謙遜』だという。

今の日本に限らず 世界の情勢を見ても・・

強いものが ますます強くなろうとし、身勝手に弱者を切り捨て

わがままを押し通している。

今、強いとされる者の「謙虚」さが、もっとも大切だろうし

決して「困難には負けない」と思う弱者の強い意思を

言い表している「つわぶき」の花言葉である。

 

相変わらず軽薄な・・

朝8時前、食事後の歯磨きをしながら、西側の朝日の当たる

窓の外を何気に見ると、小学校体育館の裏手にある竹林の木の

枝に、何か小動物が止まっているのに気付いた。

?1

 

だいぶ以前にも、隣の家の庇の上に野猿が座っていたり

裏の「どんぐりの木」に、犬に吠えられたアライグマが

逃げて登っていた事など、この辺りには時々 野生の小動物が

現れるのだ・・。

もしかしたら何かの動物か・・と思い、とりあえず写真を写し

後でゆっくり検討をすることにした。

歯を磨き終わってから窓の外を見ると、その何者かは

先ほどと同じ姿勢で一向に動いた様子はない。

iPhoneで写した写真をパソコンに移動し拡大して見たが

どうにも それが何者なのか はっきりしない・・。

 

分かりやすくしたろうか・・な! おるやろ・・

?2

 

1時間後に確かめても、同じ姿勢で動いた様子はない・・。

ちょうど昼の12時ちょっと前に、もう一度 写真を写した。

 

朝の時と昼の時の光の当たる違いなのか、朝ほど はっきり

しないが、やはり何かが いるような影はある。

しかし 同じ姿勢のまま動いた気配がないわけで

何かおかしい・・と思い、ものぐさな六兵衛だが

その場所まで行ってみた。

 

・・・・・・・・・💧

錆

・・・し、しょうもない、アホみたいな話や。

フェンスの金網の一部が黒くサビていて、遠くから見たら

何かの形に見えた・・と、誠に お粗末な結末である・・。

 

それにしても そのフェンスのサビは、昨日今日 出来たわけ

でもないはずなのに、なぜ今朝に限って小動物のように見え

たのか・・?

 

太陽の光の強さや、射し込む その角度によって見え方が

変わったのだろう・・と、そんな理屈で

己の軽薄さを慰めるしかない・・・のである。

 

蓮鶴

梶ようこさんの文庫本『蓮鶴』(祥伝社文庫)を読んだ。

 

蓮鶴

 

京都 近江屋で坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに暗殺される

場面から物語が始まったように、時は幕末 大政奉還後

徳川家親藩の桑名藩では、会津藩と共に薩長連合軍に対して

抗戦か恭順かで藩内は揺れていた。

そうした動乱の中で、翻弄される江戸藩邸勤めの速水丈太郎と

栄之助兄弟の葛藤を描いている。

物語自体は六兵衛好みではなかったのだが、表題にもなって

いる『蓮鶴』という「折り鶴」がある事を初めて知った。

 

江戸時代中期頃に 三重県桑名で作られ始めた折り鶴の一種で

一枚の紙で2羽から97羽まで、口や羽や尻尾とかが繋がった

ままの折り鶴で、この物語『蓮鶴』でも 兄弟や家族との

愛と絆を表しているのだと想像する・・。

蓮鶴絵
江戸時代の裕福な家庭で、折り鶴遊びをしている様子 (長圓寺蔵 映像提供桑名市博物館)

 

1枚の紙に切り込みを入れて、正方形をいくつも作り

それを折る事で、2羽から最高97羽まで繋がった蓮鶴が

出来るという。

 

蓮鶴例

 

 

試しに六兵衛も、最も簡単な2蓮鶴を折ってみた。

まず「紙」を用意する。

折り紙とか和紙とかの洒落た紙が手元に無いので

裏側をメモ用にと残していたA4の使い古しの紙を使用する。

2対1の寸法の紙を用意し、下図のように少し残して切る。

折進む

二つの正方形の紙を、それぞれに鶴を折っていく。

もちろん、蓮鶴の折り方のネット映像を参考にした・・。

 

不細工やけど、繋がったままの「蓮鶴」が出来た。

完成

 

鶴を折っていて、思い出した映像がある・・。

これまでにも何度か六兵衛ブログにも書いているのだが

六兵衛が高校生の時、田舎の映画館に何度も通って観た映画

「泥だらけの純情」である。

ヤクザと外交官のお嬢様の二人が愛し合うのだが

環境が違い過ぎるため、このままでは 必ず別れが来る。

二人は殺風景な安アパートを借り逃げる・・。

ラーメンを食べながら、歌を歌ったり、たわいもないクイズを

出し合ったりしながら 一夜を過ごした翌日

雪山で薬を飲んで二人は心中をする。

 

泥だらけ・宿

 

映画の最後、安アパートの殺風景な部屋には

二人が折ったきれいな折り鶴と、形の悪い折り鶴が二羽

ポツンとあって、『不器用だなぁ、オレって ・・』という

浜田光夫の声が流れ、映画は余韻を残して 終わる・・。

 

謹賀新年

ネットの動画共有サービスから、映像や音声を勝手に

ダウンロードするのは違法らしい・・とはいうが

六兵衛の2TBの外付けハードディスクには

どの動画共有サービスからだったかは忘れたけど

約280作品ほどの「映画」を保存している。

邦画もあれば洋画もある。

六兵衛が生まれる前の戦前の古い古い映画もあれば

2〜30年前の割と新しい映画もある。

そんな中には、綺麗な映像の映画もあれば

ボヤけていたり、画面の角が切れて小さくなった画面など

見づらい映像の映画もあったりする・・。

 

保存している主な映画には・・

『荒野の決闘』​​​​​​​​​​ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ 主演

『ローマの休日』オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック 主演

荒野の決闘・ローマの休日

 

『鞍馬天狗』嵐寛寿郎 主演

『二十四の瞳』木下恵介監督​​・高峰秀子 主演

鞍馬天狗・二十四の瞳

 

『独立愚連隊西へ』佐藤允・加山雄三 主演

『伊豆の踊子』吉永小百合 主演

独立愚連隊・伊豆踊り子

 

小津安二郎 監督の映画 笠智衆・原節子 他 出演

 

・・等々 とうとう 。

 

これだけの映画を保存すれば、観たい時に 観たい映画を

いつでも観られる訳だが、外付けハードディスクに保存した

ことで安心するのだろうか、せっかく保存した それらの映画

のほとんどを まだ観ていない六兵衛である・・。

 

何のために保存したんや・・と 改めて思い直し、保存して

いる映画の中から、まず始めに再生して観はじめた映画は

渥美清さん主演の松竹映画『男はつらいよ』全48作である。

寝る前に1作ずつをiPadで再生している。

 

​​1969年に第1作が公開され、1995年 公開の

「寅次郎 紅の花」​​までの全48作品だ。

(渥美さんが生で出演されている作品・・)

 

特に第1作の『男はつらいよ』には 泣けた。

ポスター

 

20年ぶりに柴又に帰ってきた寅次郎、妹・さくら(倍賞千恵子)

おいちゃん(森川信)、おばちゃん(三崎千恵子)と再会する。

妹・さくらが「とらや」の隣のタコ社長(太宰久雄)の印刷工場

に勤める諏訪 博(前田吟)との結婚式の披露宴で、挨拶にたった

博の父親(志村喬)に・・泣けるのだ。

注)博の父親は元北海道大学名誉教授。
研究一筋の仕事人間の父親に、博は反発し家を出て
再会したのは8年後の博の結婚式だった。

 

つれあいと共に挨拶に立った父親だったが

立ち上がったまま、しばらく言葉を発しない・・

辺りは ざわめき始める。

父親

 

それ以前から寅次郎などは、結婚式に出席した博の両親の

ニコリともせず ただ座っているだけの態度に不満が溜まって

いたのだ。

しばらくして やっと父親が挨拶の言葉を発し始める・・。

『・・・本来なら 新郎の親としてのお礼の言葉を申さねば

ならないところでございますが、わたくし共 そのような資格の

ない親でございます。

(博が『えっ』とした顔で父親を見る)

しかし こんな親でも・・なんといいますか、親の気持ちには

変わりないのでございまして、実は今日 わたくしは8年ぶりに

倅の顔を・・・。

 

皆さんの温かい友情と、さくらさんのやさしい愛情に包まれた

倅の顔を見ながら、親として・・わたくしは・・いたたまれない

ような恥ずかしさを・・・。

 

いったい わたくしは 親として倅に何をしてやれたのだろうか・・

なんという・・わたくしは無力な親だったかと・・・。

(めがねを外して涙や鼻水を拭く父親)

 

隣におりますわたくしの家内も 同じ気持ちだと思います。

 

・・・・この8年間、わたくしども二人にとって

長い長い冬でした。

そして今ようやく、皆様のおかげで・・春を迎えられます。

皆さん ありがとうございました。

さくらさん!博をよろしくお願いいたします。

(博もさくらも泣いている)

さくらさんのお兄さん!

二人のこと よろしくおねがいいたします。』

 

 

・・・もう、言葉は・・いらない のだ。

 

今年最後の散歩

12月31日、今年最後の一日である・・

名神高速道路下の大蔵司橋から北側方面に歩き

塚脇橋を折り返すコースの散歩に出る。

日本海側には大雪注意報が出ており、近畿中部の我が地方にも

北西の風が強く吹きつける。

南側の空を見ると青空が広がっているが・・

南の空

 

北側の亀岡方面を望むと、雪雲に覆われていて遠い山並みも

雪が降っているのか白く霞んでいる・・。

 

 

摂津峡辺りで空を見上げれば、空の中程を境に

北側の空は雪雲に覆われ、南側の空は晴れて陽が差している・・。

摂津峡あたりの空

 

 時折、北の山から流れて来た小さな雪が、強い風に舞う。

粉雪1

粉雪2

 

寒い時の散歩では小便が近くなり、帰り際の南平台の公園の

公衆便所でスッキリと済ませた後、ベンチに座ってお茶を飲んで

いて気付いたが、歩くときに背負っているリュックサックの

サイドのボトルポケットから手を拭くために出したタオルに

ひっつき虫のタネがくっ付いていた。

草の種

 

今時 珍しいと思いながら、しかし今日は 草の中には入って

いないはずなのに・・。

強い風に飛ばされたのか、しかも真冬の今頃でも

ひっ付いて離れないとは、なかなか生命力のあるタネだ。

六兵衛に『見習え』と、教えてくれているのかも・・。