朝日新聞出版が発行する週刊誌「週間朝日」に
昭和37年(1962年)4月から昭和39年(1964年)
12月まで連載され、週刊朝日での連載終了後に朝日新聞出版や
光文社のカッパノベルズ、角川文庫や講談社文庫など
多くの出版社から文庫本が出版されている松本清張さんの
時代小説『天保図録』の角川文庫版 上・中・下の3巻を
読み終えた。
異国船が日本近海に相次いで出没し、日本の海防を脅かし
始めた江戸後期、財政逼迫にあえぐ幕府を救うべく
「天保の改革」を打ち出した老中筆頭の水野 忠邦。
目付・鳥居耀蔵は、その水野忠邦に言葉巧みに取り入り
自らの野望のため、家来の本庄茂平次らと共に
悪どく事件をでっち上げ、自分らの邪魔になる人たちを
追い落とし、己の野望を実現しようとする。
しかし、水野忠邦の政策は庶民からは憎まれ
水野や鳥居に対抗するべく旗本・飯田主水正が立ち上がる。
大奥、幕閣内の反水野派、そして親藩の紀州藩までもが
反水野に固まり、「天保の改革」を強引に推し進めてきた
水野忠邦と鳥居耀蔵の野望は、わずか三年足らずで挫折に
追い込まれ、水野は老中を罷免されて失脚した。
一方 鳥居耀蔵は、身柄を四国丸亀藩京極家にお預けのまま
その後の明治維新の際に恩赦を受けるまでの20年間以上も
軟禁状態に置かれていた・・という。
だいぶ以前、宮部みゆきさんの小説『孤宿の人、上・下巻』を
読んだことがある。
その内容は もうほとんど忘れているが、丸亀藩に軟禁状態と
なった鳥居耀蔵は、「天保図録」で描かれている鳥居耀蔵とは
少し印象が異なっていて、身寄りのない下働きの幼い娘との
心の通い合う物語だったような記憶がある。
そして もうひとつ、まだ読んだことはないのだが平岩弓枝さんも
小説『妖怪』というタイトルで鳥居耀蔵を書いているらしい。
ここでの鳥居耀蔵は、いくら妖怪と罵られても
官僚という立場を貫き通し、仕事一筋に打ち込む耀蔵の目を
通して書かれた物語だったという。
とにかく 清張版「天保図録」は、長い長い小説だった。
なにしろ 昔の文庫本の文字は、今と違って小さいうえに
上、中、下巻の、例えば上巻だけで510ページほどもあり
中巻・下巻も同じようなページ数で、3冊 重ねた文庫本の
厚さが6.5cmもあった・・。