祈る・・

初めての事で慣れないものだから、入院に必要な衣類や身の回り

の物など 直ぐには分からず、持って行ったり 持って帰ったりと

しばらくは あれこれ迷いながら、洗濯物や身の回りの物などを

リュックに背負って散歩がてら、つれあいに会いに病院へ行く。

片道 約30分、出来るだけ歩いて行くようにしている。

 

入院病棟へ行く途中に、小さな神社があった。

「阿武山神社」と掲示板に書いてある。

本来は 無信心者の六兵衛なのだが、神社を見つけ つい

手を合わせ、つれあいの病気平癒を 願った。

 

掲示板によると、今の「日本赤十字病院」という名前になる前の

昭和16年の病院設立当時は「阿武野勝景園」という病院名で

この神社は その頃に、患者さんや職員の方々の守り神として建立

されたという。

 

お社には、太陽・光・慈愛・真実・秩序などを象徴する最も尊い

神様とされる「天照大神(アマテラスオオミカミ)」

因幡の白兎を助けた心優しき神様で、医療・病気平癒の神様の

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」

国造りの神であり・医療・温泉・まじない などの多様な性質を

持つ「少名彦神(スクナビコノカミ)」の 三人の神様をお祀り

しているという。

 

何卒 よろしく お願いします・・。

 

「えんどう豆」の芽が出始めた

タネを植える時期が遅くなって、なかなか芽が出てくれず

気をもんだ2番畝と3番畝の「えんどう豆」だったが

ここにきて やっと芽が出始めてきた。

しかし まだ、まばらにしか芽が出ていない現状である。

 

1番畝の「白菜」を丸く結球させるために、紐で結んだ。

盛んに虫に食べられているが、まぁ 良いとしよう・・。

 

2時頃になったら、つれあいに会いに病院へ行く。

散歩がてら、歩いて行く・・。

コロナの影響がまだまだ 残っていて

面会時間は約15分程度、しかも一人だけという。

 

泣き虫で寂しがり屋だったとは・・

つれあいを一人残し 病室を出るとき・・。

 

我が家に戻り、入院時に そばにいて何かと力になってくれた

長女が 車で自分の家に帰って行くのを見送るとき・・。

 

そして 我が家で一人になり しばらくボーッとした後

入院前の つれあいが、一人になった六兵衛でも 

食事や洗濯などの日々の暮らしが、せめて必要最低限 出来るよう

にと 前もって教えてくれていたメモどおりの夕食の段取りを

しながら・・。

 

何度も 何度も 込み上げて来るものがある。

こんな気持ちになるとは、つれあいが入院する前には考えても

いなかったのに・・。

 

込み上げて来るものを 抑えられない。

 

自分以外 誰も居ない我が家。

六兵衛の行動や言動に、笑ったり怒ったりする つれあいは

今 ここには居ない。

 

つれあいが入院した病院には、「WiHi設備」がない。

iPhoneはともかく、つれあいのiPadはセルラー契約ではないので

「ポケット型 WiFi」が必要なのだが、六兵衛には まったく分から

ない事なので 孫長男に電話で聞いた。

レンタルの良いやつを選んで 注文までしてくれるという。

孫長男の やさしい言葉に、また 込み上げてくるものがあり

電話口で しゃべれなくなってしまった。

 

いまの六兵衛は、寂しがり屋の泣き虫である・・。

 

・・今日も「芽」は出ず。

朝の散歩から帰って裏の畑にまわり、2番畝と3番畝に蒔いて

いた「えんどう豆」のタネに「芽」が出ていないか様子を見たが

相変わらず 今日も「芽」の出ている気配はない。

 

試しに タネを蒔いた場所を 少し掘り返してみた・・。

掘り返したタネを調べてみると、タネに白いモノが 出ている。

多分「根」ではなかろうか・・。

 

タネを蒔く時期が遅くなってしまい、寒い時期になってきたから

育つにしても時間がかかっているのかもしれない。

たった1ヶ所だけの試し堀だったけれど、タネが腐っている訳

ではないことが分かり、取り敢えず一安心。

 

・・とは云っても これからは、本格的な寒い季節になるから

つれあいと相談して、寒さを少しでも避けるために

農業用のビニールフィルムを畝に被せた。

 

何しろ 素人ゆえに、それがタネにとって 良い事か 悪い事か

分からへんけど・・。

 

いまだ「芽」が出ず・・

裏の畑の2番畝と3番畝に、先月の11月21日に「えんどう豆」

タネを蒔き、保護のため「寒冷紗」で覆っているのだが

一向に芽の出る気配がない・・。

タネを蒔いて約2週間が過ぎた・・タネを蒔く時期が

やや遅かったかも・・。

 

 

そういえば、昨年も  なかなか「えんどう豆の芽」が出て

くれず、あれこれと 心配した事があった・・。

タネを蒔いて2週間以上が過ぎても、芽が出たのは斑に

数カ所だけだった。

だから前年に収穫していた豆を、再度 タネとして蒔いたが

これも 思うように「芽」が出なかった。

しかたなく新たにタネを購入し、室内で3日間ほど濡れた紙に

湿らせ、白い「根」が出た頃に 育苗土を入れたポットに

その「タネ」を蒔き、2週間ほど待つと やっと「芽」が

出たので、裏の畑に定植したのだった。

 

それでも それでも、翌年(今年)の5月の収穫時期には

たくさんの実の収穫が出来たのだから

いまだに「芽」の出ない今年も、「えんどう豆」畑を眺めながら

何とかなるかも・・などと 思ったりしている・・。

 

 

笠智衆 体操

今はもう 亡くなられているが、笠智衆さんという役者さんがいた。

「東京物語」や「晩春」などの映画で父親役とか

「男はつらいよ」での柴又 帝釈天の御前様役とか

戦前の頃から老け役の名優として、独特の雰囲気を持った

役者さんだった。

 

その笠智衆さんが、たぶん年老いてからだろうと思うが

健康維持のために ちょっとした体操を始められたという。

笠智衆さん独自の体操らしく、「笠智衆 体操」と云うらしい。

日頃、運動不足気味の六兵衛の役に立つかも・・と知人が

その「笠智衆 体操」を教えてくれた。

 

「笠智衆 体操」とは 初めて聞いたので、ネットで「笠智衆 体操」

で検索してみたが、まったくヒットしない。

「写真」や「動画」は勿論、笠智衆 体操という「言葉」さえ

一切 出てこない・・

 

・・もしかしたら、笠智衆さんが出演されていた映画の中で

役として その体操を されていたのかも・・。

例えば「男はつらいよ」の映画で、帝釈天の御前様が朝の境内で

そのような体操をしていた・・とか。

 

ともかく その体操は、左右の腕を交互に上げ下げ するだけの

ごく単純な体操のようだ。

言葉では分かりづらいだろうから、アニメを作った。


ここのところ毎朝 起きると すぐに、肩や腰や首などを

軽く動かし柔らかくした後、「笠智衆体操」を百回やる。

 

そんなこんなで、その体操を始めて1ヶ月近くが経ったけれど

すぐに目に見える効果など期待をしているわけではない。

 

ゆっくりと・・ゆっくりと・・。

 

朝の月

今日の早朝散歩は、今城塚公園あたりを ひとまわりした。

 

青い空には 昨夜の月が 白く残っている・・。

 

そして、白い月と 白い飛行機雲。

 

今日も 一日が始まる・・。

 

雨あがり

朝 起きて 顔を洗う頃は、空を黒い雲が覆っていたが

散歩に出かける7時過ぎ頃には、次第に黒雲も東に流れて行き

ところどころ 青空も見え始め、陽も差してきた。

東の空を見ると、昔ながらの田園風景の向こうに

わが町では数少ない高層ビルが数棟 霞んで見える。

 

今は 枯れ葉散る桜並木の土手にも、雨あがりの陽が差して・・。

 

西を見れば、まだ8時前だというのに、子供たちが登校している。

雨が上がって よかったね。

 

季節が冬に近づいて来るにつれ、早朝散歩の出発時間も

少しずつ遅くなり、今は朝7時を少し過ぎた頃に家を出る。

 

「猛暑の年の冬は寒さが厳しい・・」と聞いたことがあるけれど

今は まだ11月の終わりの頃、季節は晩秋だというのに

朝の空気は真冬並みに冷え込んでいる。

 

空を見上げると、まだらに浮かぶ雲が一面に・・。

陽が昇り始めた東の空も・・

 

西の空を見ても・・

見上げる空一面に斑の雲が浮かんでいる。

 

「ひつじ雲」か「うろこ雲」か、家に帰ってネットで調べてみた。

天気予報サイトによると、秋の空には様々な雲が姿を表すとある。

「うろこ雲」と「ひつじ雲」の違いは 雲の浮かんでいる高さや

雲の色、大きさなどで決まるという。

雲の塊が小さいと「うろこ雲(巻積雲)」

大きいと「ひつじ雲(高積雲)」。

 

どちらにしても、空は まだ晩秋のようだが

今朝の空気は 既にもう冬の寒さである。

 

晴耕雨読・・てか?

「晴耕雨読」・・という言葉がある。

『よく晴れた日には 畑を耕して汗を流し、雨の日には家の中で

読書をして教養を深める。俗世間から離れ、自然に任せて

のんびり暮らすこと」・・そんな意味のようだ。

 

フト 我に返って思いついた、今の六兵衛は「晴耕雨読」の

ような暮らしを送ってる・・ みたい?。

だって、晴れた日の午前中には  毎日ではないにしても

裏の畑に出て野菜作りに汗を流し、午後の昼寝をしたあとは

まぁ 雨の日でも 晴れの日でも、とりあえず読書をする・・。

そんな毎日なのだから、やっぱり これって

「晴耕雨読」じゃ ない・・?

 

・・と、一応は言ってみたけれど、しかし「​​晴耕雨読」の意味を

よく調べてみると、その後には まだ続きがあった。

『​​​​​​​​​​田園に閑居する文人の生活などを云う。』と・・。

「閑居」とは、世俗を逃れて心静かに暮らすこ・・とあり

​​「文人」とは、学問を修め 文章をよくする人・・とある。

 

よく考えてみるに、いやいや、 考えるまでもないか・・

六兵衛ごときが、” 世俗を離れて 心静かに暮らしている ” 

などと、とても云えたものではない・・。

ましてや 六兵衛の「読書」といえば、単純な時代小説などを

面白可笑しく読んでいるだけであって、” 学問を修め 文章を

よくする ”・・ といった文人などの読書と比べること自体が

いささか恥ずかしく、「雨読」などと とても云えたものではない。

 

それでも まぁ、むつかしい理屈を抜きにすれば、六兵衛は六兵衛

なりに大雑把で単純な意味での「晴耕雨読」らしき日々を送って

いるようでもあるが、決して人様に自慢出来る「晴耕雨読」では

ない事は、本人が一番 よくわかっている。

そして 戒めるべきは、手前勝手な解釈の「晴耕雨読」の日々を送る

六兵衛自身を、隠居暮らしの ごまかしや言い訳などにしてはいない

・・と思ったりもするが、当人が そこのところを分かってさえ

いれば、それで まぁ いいか・・と、自分に言い聞かせながらの

日常である。

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