裏の畑と表の畑

裏の畑の2番畝と3番畝に、今日「えんどう豆」のタネを植え

「芽」が出るまでは防寒や鳥よけ対策として「寒冷紗」を被せた。

 

1番畝と4番畝の隅っこには 既に「白菜」が植わっている。

「えんどう豆」を植えた3番畝の隅っこには、わずかながら大根が

すでに植わっていて、4番畝と5番畝には先日「玉ねぎ」を

植えたが、本数が足らなくて、新たにホームセンターで「玉ねぎ」

苗を100本買ってきて追加で植えたのだが

流石に100本は多すぎたようで、だから 表の畑の小蕪が植わって

いる隙間を探し、残りの苗を植えた。

 

我が家の 表と裏の小さな畑の全てに、これから来る冬や

その冬の寒さに耐えて 来年の初夏の頃に、収穫ができるはずの

野菜がイッパイである・・。

 

 

・・イッパイ といえば、作業が終わって ふとブロック壁を見ると

やや季節外れと思える赤いトンボが、背に太陽の光をイッパイに

浴びて 日光浴か・・。

そして 隣を見ると、小さなクモが トンボの真似をしているのか

これも じっとして動かない・・。

 

いずれにしても、晩秋か初冬か・・中途半端な季節である・・。

 

 

エッちゃんからの手紙

エッちゃんから 六兵衛 宛に手紙が届いた。

六兵衛には勿体ないほどの嬉しい内容であり、懐かしくも 胸が

熱くなるような お便りだった。

 

エッちゃんと六兵衛とが、小学3年生の頃 以来となる約70年

ぶりに、お互いの現在を知り得ることが出来たのは

六兵衛とエッちゃんとの昔の事など何も知らない長女が

子育てで悩んでいる頃に、エツちゃんの講演会を聴きに行ったり

エッちゃんの書かれた本を購入して読んだりしながら・・と

以後の事は 9月30日の当六兵衛ブログ「『黙婆』を読んだ。」に

書いている。

『黙婆』を読んだ。

 

そして 先日、長女が得意の版画で創った来年のカレンダーを

エッちゃんに お贈りしたようで、それに対するエッちゃんから

長女への礼状の手紙の中に、六兵衛 宛の手紙も入れていてくれた

らしいのだ。

 

それは まさに 偶然だろう・・エッちゃんの旦那さんの従兄弟さん

が、たまたま「六兵衛ブログ」を見つけられたらしい。

その中に『黙婆』を出版したエッちゃんの事が書かれていた事を

知りエッちゃんに教えてくれたのだと、手紙には書かれていた。

当然 六兵衛の現住所などは、エッちゃんは知らないはずだから

長女宛に送った手紙の中に同封してくれていて、それを長女が

六兵衛に送ってくれたのである。

 

そして エッちゃんには、拙い文章ながら六兵衛なりに一生懸命

感謝を込め、当時の懐かしい思い出話なども書いて

お礼の手紙を出した。

これまで 想像さえ していなかった 約70年ぶりとなる

エッちゃんとの今回の交流は、長女が云う「ささやかな繋がり

の偶然」によるものであろうし、そして 感謝あるのみである。

 

頑張ってくれた「ナス」や「ピーマン」に感謝!

昨日、4番畝と5番畝に「玉ねぎ」の苗を植える作業をした後で

3番畝の「小松菜」を収穫した。

 

そして 今日、もう そろそろ 2番畝と3番畝に「えんどう豆」

植え付ける準備をしたいと考えているので

晩秋ともいえる今頃まで頑張って「実」を付けてくれていた

「ナス」や「ピーマン」に、心のなかで感謝をしながら引き抜き

耕耘機で耕し直した。

 

そして、我が家で作った「堆肥」や「ぼかし」、「鶏糞」などを

混ぜ、畝を整えた。

 

数日 このまま寝かせたあと、「えんどう豆」のタネを撒く

つもりだ。

 

 

「玉ねぎ」の苗を定植した

今日、4番畝と5番畝の一部に「玉ねぎ」の苗を定植した。

4番畝に116ヶ所の穴と、5番畝に21ヶ所の穴を開ける。

 

「籾殻くん炭」をその穴に少々入れ、「プラグトレイ」で育てて

いた苗を竹べらで取り出し、開けた穴に植えていく。

 

合計137本(多分・・)の「玉ねぎ」の苗を植え

昨日 作った「稲わら」のチップを「苗」の周りにまいた。

写真に写したけど、植えた「苗」が分かりにくいかも・・。

 

漫談家の松鶴家千とせさんのセリフじゃぁないが

・・『わっかるかなぁ〜』。

松鶴家千とせさん・・て、わっかるかなぁ〜。

 

 

準備 よし!

次女の「Instagram」を観ると、アッくんと二人が暮らす

バッファローも 寒くなってきたようだが

六兵衛とつれあいが暮らす「ココ」も、今朝は冬のように寒く

朝の散歩に出たものの 小雨まで降りはじめたので

歩くコースを変えて 近場を10分ほど歩いて帰ってきた。

 

さて、10月の半ば頃に「さつま芋」を収穫し、その後「堆肥」

や「ぼかし」「牛糞」「鶏糞」「有機石灰」などを撒いて

耕し直し、少し寝かせておいた4番畝と5番畝に

ベランダでタネから育てた「玉ねぎ」の苗を、数日中に植える

予定だ。

 

その前に 昨日、先日 長女が信楽町で農家をやっている友人に

貰ってきてくれていた「稲わら」を、「押切機」でチップ状に

裁断する作業をした。

「籾がら」や、裁断した「稲わら」を「苗」の根元に撒くと

土が硬くならず、保湿や保温も良くなり、それらが いずれ土に

混ざって 水はけの良い土になるという。

 

取り敢えず、これで準備は よし!

 

 

老いる 気配・・

70歳代も後半の年齢に入った六兵衛である。

50歳代 60歳代と歳を重ねるにつれ、その年齢なりの体力の

衰えを感じては来ていたのだが、70歳代も後半になった 今

特に それまでと違った ”老い” とやらを 感じ始めている。

いつの間にか年月が過ぎ去り、そんな年齢になったのだから

いつまでも若く元気で いられない事くらい分かってはいるし

当然といえば 当然なのだろうが、これが ”老” いというものか・・

との実感である。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の秋の頃に「さし絵」として掲載していた159作目のカット絵。

 

そもそも 若い頃から運動嫌いな六兵衛であったし、その上 身体も

硬かったからだろうか、2回もギックリ腰で腰を痛めている。

今は「膝」に痛みも感じ始めた。

 

年齢を意識し過ぎて、無理やり自分を「老化」に追い込むつもり

はないが、以前には感じなかった「疲れた感」は、老いた証なの

かもしれないと・・思ったりも するのだ。

そして「老い」は、体力だけに限った事ではなく

記憶力や理解力さえも、徐々に衰えさせているように思う。

 

六兵衛が初めてパソコンに触れたのは、2000年の秋

まだ50歳代半ばの初孫が産まれる2ヶ月ほど前のことだった。

これまでにも当ブログに 何度も書いてきているが

それから およそ20数年間、パソコンやスマホなどの「IT機器」に

触れてきたはずなのに、未だに六兵衛はパソコン初心者のレベルの

まま、一向に上達する気配はない。

その上に この頃は、「数」が覚えられず すぐ忘れてしまう。

「カタカナ言葉」も覚えられない、何しろ頭に入ってくれない。

パソコンやスマホなどを扱っていると、何かの説明文の中に

カタカナ言葉や数字などが多く出てくるし、ちょっと理屈っぽい

文言などで表現されると、もう お手上げなのである。

その説明の意味を 何とか別のネットで調べようとしても

その説明文が また理屈っぽく ややこしいので、ますます理解

出来なくなってくる・・。

感覚も鈍くなり、尚更 理屈とやらも頭に入って来てくれず

仮に いっとき 何となく 分かったつもりでいても

何日かが過ぎてしまうと もう、肝心な事を忘れてしまっている。

 

老いた・・と感じてはいても、つれあいと二人で毎朝の散歩で

40分ほどは歩く。

その先にある100段の階段も、ゆっくりとだが 登っている。

 

「畝」作りなどの畑作業、草むしりや植木の伐採作業など

以前に比べると 長時間の作業は、やはり しんどくなくなってきた

とはいえ、老いたなりのやり方で、まだまだ作業は出来ている。

今年も、今頃の季節になると行う 庭の木々の伸びた枝の伐採作業も

数日をかけて、やっと終わったところだ。

 

阪神タイガース 日本一!

六兵衛の一日が終わり、布団に入って寝ようとしていた昨夜の

10時ごろ、六兵衛の「スマホ」のベルが鳴った。

 

日本シリーズ・阪神 vs オリックスの3勝3敗からの第7戦を

ネットの「一球速報」で見て、阪神の日本一決定を確かめ

取り敢えず安心して 布団に入って寝ようとした時

「LINE」のベルが鳴った。

半ば予想していた通り、東京に暮らす孫長男からの「LINE」での

音声通話だった。

 

1985年のバース、掛布、岡田の3者連続 甲子園バック

スクリーンへのホームランの年(日本一になった)以来

阪神フアンになってしまった六兵衛に影響されて

孫長男が小学校低学年の頃から、一人前の阪神ファンに育ち

ある放送局のラジオの阪神戦の実況中継でのアシスタントの

アルバイトをしているくらいの阪神ファンになった孫長男だから

めったにない優勝の喜びを、影響を受けた じーちゃんと

分かち合いたかったのだろうか・・。

 

9月15日の阪神がセ・リーグ優勝をした時にも

阪神ファンの孫長男から「LINE」の音声通話があったのだが

歳とともに阪神への想いは徐々に弱ってきている六兵衛の

その電話を受けてのノリの悪さに、ちょっと拍子抜けさせて

しまったのではないかと心苦しく思っていたのだが

それでも昨夜も やはり、優勝が決まって すぐ、孫長男は六兵衛に

「LINE」をくれたのである。

 

『じーちゃんの影響を受けて阪神ファンになれて良かった、

ありがとう!』

・・孫長男に そう 云われて・・

嬉しいような、申し訳ないような・・。

 

2012年製の「MacBook Pro」

先の事は ホンマ よう分からへんけど、我が家の主パソコンたる

Mid 2019の「MacBook Air」は、あと何年 使えるんやろ。

2020年の1月に購入してから、もうすぐ4年になる。

反応が 何となく鈍くなったような感じはするし、バッテリーの

状態は  まだ「正常」との表示だが、少しずつ最大充電容量が

少なくなっているような感じが しないでもない。

高い買い物だから、出来るだけ長く使いたいと思う。

だから、我が家に今も残っている古い Mid 2012の「MacBook Pro」

を取り出し、「MacBook Air」と「MacBook Pro」を並べて置き

2台を適当に使い分ければ、ちょっとでも「MacBook Air」を

休ませる事が出来、少しでも長く使えるのではないかと

夏の暑い盛りに考えたのだ。

 

・・といった内容の事を、我が六兵衛ブログの8月2日の日記に

『2台のパソコンを・・』とのタイトルで書いている。

2023年8月2日の日記

2台のパソコンを・・

 

そして、リビングのテーブルに 2台のパソコンを並べて置いた

のだが・・・3ヶ月が過ぎて思う事は、 結局 いつも使うのは

何事においても使いやすい「MacBook Air」ばかりだった・・。

 

結局、あまり使う事もなかった古い Mid 2012の「MacBook Pro」は

「MacBook Air」と並べてリビングのテーブルに置いていては

ただ 邪魔になるだけである。

そうなると  そうなると、古い Mid 2012の「MacBook Pro」の

今後の処置を考えねばならん・・のだ。

 

古いパソコンの処置の仕方に、どのような方法があるのかを

ネットで調べてみた。

1)「サポートが切れたOSは、セキュリティにリスクがあるので

  OSを変更して使う。(例えば Linux(リナックス)などの

  無料のOSをインストールする。)

2)Mid 2012の​​​​​​​​MacBook ProのストレージをHDDからSSDに

  交換して速度アップを試みる。

3)パソコン用のワンセグチューナーを用いてテレビを観る。

4)外付けHDDのようなデータの保管場所として使う。

5)業者に買い取ってもらう。

6)何かの方法で破棄する。

・・・可能性があるのは こんな ところのようだ。

 

はて さて、どうしたものか・・。

 

ぢっと 手を見る・・。

「はたらけど はたらけど  猶(なお) わが生活(くらし) 

楽にならざり ぢっと手を見る」・・・

明治時代の歌人・石川啄木さんの歌集「一握の砂」に収められて

いる 有名な短歌だ。

 

「オレも もう還暦(60歳)かぁ・・」と思ったのは、遠い昔の事で

そして そして、いつの間にか「古希(70歳)」さえも過ぎ

今は「喜寿(77歳)」という年齢になった六兵衛である。

 

「喜寿」という年齢に、どういう意味があるのか わからないが

何気に じっと、我が手元を見た・・。

人の人生は「手」に現れる・・と聞いたことがある・・。

しかし 六兵衛の「手」など、77年も生きて来た といったって

過ごしてきた人生の重みなど特になく、ただ 潤いがなくなり

シワだけが増えた、そんな粗末な「手」が あるのみ である。

 

・・そして 気付いた。

六兵衛の「手首」から10cmほど上のあたりに

場違いに長い「毛」が 一本だけ 生えている。

 

引き抜いて見ると・・

それも 「毛」の先が白くなっていて、こんなところの「毛」さえ

年齢が現れてくる・・らしい。

 

ヘ ン シ 〜 ン !

アメリカのバッファローに暮らしている次女の「Instagram」

見ると、つれあいのアッくんが 裏庭に落ちている枯れ葉を撤去

している動画を載せていた。

 

広い庭の落ち葉を、はじめは「熊手」を使って集めていたのだが

いくら「仕事熱心な男」の作業だとはいっても、「熊手」くらい

では 埒が明かなかったらしい。

 

そこで 「仕事熱心な男」は、落ち葉を吹き飛ばしながら一箇所

集められる「ブロアー」を持つ『戦隊ヒーロー・アーロンマン』

変身して、ブァーッと一気に 落ち葉を 一ケ所に集めることが

出来たのだった。

 

『オレに、任せとけ!』

 

めでたし、めでたし。