山陰や北陸、東北などの日本海側の地方では、警報が出るくらいの大雪だという。
そんな日本海側の雪が流れてきたのか、わが町にも雪が舞った。

どうやら わが町での初雪になるか・・。
しかし、降っていた時間は わずか30分ほど。
あっさりと止んでしまった。
北国の方々には申し訳ないような・・。
昔 遊んだ仲間たちが 逢いに来てくれる・・
山陰や北陸、東北などの日本海側の地方では、警報が出るくらいの大雪だという。
そんな日本海側の雪が流れてきたのか、わが町にも雪が舞った。

どうやら わが町での初雪になるか・・。
しかし、降っていた時間は わずか30分ほど。
あっさりと止んでしまった。
北国の方々には申し訳ないような・・。
昨年の10月6日の当六兵衛ブログに、セミの抜け殻が階段入口横の壁に、夏の時から2ヶ月も3ヶ月も止まったまま、まるで六兵衛家を守ってくれている門番のようだ・・と書いた。
その門番の「セミ兵衛」が、その後 どうなったか・・というと、

今日も六兵衛家を しっかり守ってくれている。
激しい雨の日だろうと、風の強い日だろうと、夏の強い日差しでも、そして厳しい寒さの冬を迎えても、揺るぐことなく六兵衛家を守ってくれる、生真面目すぎるセミの門番なのである。
朝から雨が降っている。
久しぶりの雨・・。

過去の天気を調べてみると、昨年の12月に降った雨は一度だけ、14日の お昼前後に にわか雨程度が降ったとの記録が残っていた・・。

年が明けて 今日は6日。
多くの勤め人の 仕事初めの朝だろう。
折角の そんな日に 朝からふる雨は、勤め人にとってはイヤな雨に違いない。
しかし 申し訳ないけれど、仕事をやめて気ままに畑仕事をしている六兵衛や つれあいには、久しぶりの雨は、天からの贈り物である。
冬の野菜畑とはいえ、土に潤いは ありがたい・・。
ありがたいことに 元日から、わが町は 穏やかな晴天の日が続いている。
2日に つれあいと、さほど風もない青空の下、いつものコースの散歩に出かけた。
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六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の2012年の新春の頃に
「さし絵」として掲載していた90作目のカット絵。
ここ数年 春になると、散歩道の脇に立つ仮囲い鉄板の根本に生えだす「ノブドウ」がある。
しかし その「ノブドウ」の周りは、平べったい仮囲い鉄板ばかりで、「ノブドウ」が伸びていくためのツルを絡ませる支えなどないものだから、枝葉を伸ばしても頼りなく、そうこうしているうちに秋になって、結局 雑草として根本から千切られたり刈り取られたりを、これまで繰り返して来ている。
昨年の 秋も深まり始めた10月の終わり頃に、やはり「ノブドウ」は刈り取られていた。
それでも その「ノブドウ」、何度でも 春になると新しい芽を出してくる・・そんな生命力に魅せられてきた。
ところが 昨年の12月の中頃、千切られた後の「ノブドウの根」から、小さくて頼りなさげな「芽」が出始めているのに、散歩の途中で気がついた・・と、12月12日のブログ日記「師匠」に書いた。
師匠
そして昨日 「ノブドウ」の側を通ったら、出始めていた小さな「芽」は、残念ながら枯れ始めていた。

そりゃぁそうだ。
寒さも本格的になり、他の場所で 大きく育っていた「ノブドウ」でさえ、今は茶色くなって葉を落とし、来る春を待っている状態だもの・・。
顔を出すのが ちょっと早すぎたようだ・・。
あと 3ヶ月・・辛抱 !辛抱!
前回の六兵衛ブログ日記(12月26日)では「そうた」の事を書いたが、今回も「そうた」の事で もう少し書こうと思う。

前回も書いているように「そうた」とは、「ちゃんちゃんこ」に似た 袖のない「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」のような上着のことだが、世間では「そうた」という名前は、ほとんど使われていないらしい・・。
大阪生まれの つれあいに聞いても、「そうた」を知らなかった。
だから ネットで「そうた」を調べてみた。
「そうた」という男性の名前が まず出てきた・・。
また、佐賀県の有田焼の中に「そうた窯」という窯がある という。
そんなネットでの検索の中で、1つだけ『おじさんとおばさんのつぶやき』というBiglobeブログの中に『そうたの便利な一面』と題したページがあった。
そのページには・・
『ネットで「そうた」を調べたけれど見つからない。おじさんの地域だけの呼び方なのかと思ったら、高知市内に「合田呉服店」という呉服屋さんが「そうた」を扱っているとのページがあった・・』と書かれてあった。
このブログの筆者が、高知県の何処に住まわれているのか分からないが、しかし どうやら「そうた」という呼び名は、高知県だけで使われている言い方なのかもしれないと、この 筆者の方も おっしゃっている。
さて そうなると この「そうた」という衣類(上着)のことを、広く世間では何と呼んでいるのだろうか・・と考えた。
もう一度 云う。
「そうた」とは、袖のない「ちゃんちゃんこ」みたいな「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」のような上着なのである。
そこで思いついたイメージキャラクターがある。
『神州一味噌』の「み子ちゃん」が、たしか「そうた」を着ていたような・・。

これが「そうた」だ!
やっぱり「み子ちゃん」は、「そうた」を着ている。
但し この味噌会社、2017年に「宮坂醸造(株)」から「信州一味噌(株)」に社名変更をしたとかで、それに伴い「み子ちゃん」のイラストも少し変えたらしく、今の「み子ちゃん」は「そうた」を脱いだイラストになっている。
いや 待て待て、他にも いたぞ!
そう マンガの「ゲゲゲの鬼太郎」の上着も、黄色と黒の横縞の「そうた」では なかったか・・。

やっぱり!
紛れもなく鬼太郎は「そうた」を着ている。
鬼太郎が着ているのは「ちゃんちゃんこ」だ との説明もあるが、六兵衛に言わせれば、これは立派な「そうた」である。
間違いない!
注:ネットによると「ちやんちゃんこ」とは、子供用の袖なしの羽織りで、還暦祝いの衣装として着るのは、「還暦」は生まれ直して赤ちゃんに還るという意味があるからだという。
寒くなってきたので、つれあいが 室内での上着として用意してくれたのは、六兵衛の親父が まだ それなりに元気だった頃、やはり部屋で着用しいていた「そうた」だった。
「そうた」とは、「ちゃんちゃんこ」に似た、袖のない「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」とでも言おうか、六兵衛の育った田舎では、そのような上着を「そうた」と呼んでいた。

早いもので、親父が亡くなって もう21年になる。
上の左側の写真は、初めての曾孫が産まれて1ヶ月くらいの時に、嬉しそうに抱いている親父の写真。
親父が その頃着ていた「そうた」を、右の写真のように 今 六兵衛が着ている・・。
残しておいてくれた つれあいに感謝しながら、なんとなく嬉しい六兵衛である。
表の庭の一角に作った小さな「簡易温室」のビニールカバーに、
隣の もみじの葉が、ひとつ くっついていた。

赤く鮮やかだった もみじの葉も、ほとんどは散ってしまい 残り少なくなった・・そんな12月も 終わりに近い日・・。
1葉だけの もみじの葉が、ビニールカバーに くっついたまま・・可笑しくもあり、哀しくもある・・。
3度の食後の歯磨きは、この頃は ベランダに出入りするドアから、農業用ため池や近所の様子を眺めながら磨く習慣がついた。
冬場になったので、北から渡ってきた水鳥が、農業用ため池で餌をついばんだり、のんびりと泳いだりしている。
今日は、アオサギが1羽 土手に立っていた。
自分の立ち姿を水に映して、まさに 孤高の仙人のようでもある。

『夕風や水青鷺の脛(はぎ)をうつ』 与謝 蕪村 安永三年(1734年)の作 。
今も昔も、アオサギの俳句や短歌は、多く詠まれているらしい。
六兵衛ごときには そんなアオサギを眺めていても 歌など何も浮かばないが、多くの人は水辺に立つアオサギの情景に、何かを感じるのだろう。
いつも行くスーパーマーケットの駐車場から見えるマンション郡の上空は、まだ昼間なのに一面 分厚い雲に覆われている。
ところが ただ一角だけ厚い雲が薄れ、やや赤みがかった明るい日差しが覗いている。
そして その部分から、神様か天使さんが現れそうな と、何となく そんな気にさせる・・。
しかし、何しろ 無宗教の六兵衛である。
神や天使の姿を想像したのは一瞬のこと。
明るく輝く その一角から、神とは別の 何かが現れるかも・・と、そんな雰囲気なのだ。
六兵衛にとって 何が現れてくれれば嬉しいのか・・と考えてみた。
40年ほど前、六兵衛は一時 紙粘土の人形作りに凝りだした時期があった。
試しに作ったのが 我が家族4人の人形だった。
その人形が 六兵衛を見下ろしている・・。
2人の娘たちも、まだ小学生か中学生の頃である。
六兵衛も まだまだ未熟者で、今 考えれば反省ばかりの日々だったように思う。
ぎこちない作りの下手な人形で、塗り込んだ色も すでに 所々 剥げてしまっているが、今でも棚に置いている。

もう あの頃には戻れない。
しかし あの頃の時間が、六兵衛家族の原点である。

そして 昨日、つれあいと資材置き場の仮囲い鋼板の前の道を歩いていて 気がついた。
千切られて根本だけが残っていた『ノブドウ』の「根」から、新しい 小さな「芽」が出ているのを。
