2021年10月5日の夕景。

5時45分 我が家の夕食が始まる頃
西の空が赤く染まって、今日もきれいな夕焼けである・・。
つれあいと二人、夕焼けを見ながらの食事・・。
つれあいの作ってくれた夕食の献立に
もう一品が 増えたような、うれしい夕食である。
『贅沢な夕食やなぁ・・』
『ほんまや〜』
今夜も ありがたい夕食をいただいた・・。
ごちそうさま・・。
昔 遊んだ仲間たちが 逢いに来てくれる・・
2021年10月5日の夕景。

5時45分 我が家の夕食が始まる頃
西の空が赤く染まって、今日もきれいな夕焼けである・・。
つれあいと二人、夕焼けを見ながらの食事・・。
つれあいの作ってくれた夕食の献立に
もう一品が 増えたような、うれしい夕食である。
『贅沢な夕食やなぁ・・』
『ほんまや〜』
今夜も ありがたい夕食をいただいた・・。
ごちそうさま・・。
裏の畑の3番畝と5番畝で作っている「さつま芋」の
試し掘りをした。


スコップや鍬を使い、芋を傷つけないようにと注意をしながらの
作業である。
それでも「芋」に傷が付いたり、スパッと二つに切り裂いたりと
なかなかに芋掘りも難しい・・。

試し掘りの結果、でかいのから小さいのまで
大きさはバラバラだが、まずまずの「さつま芋」の収穫である。
とりあえず、今日の試し掘りは ここまで。
明日は、先日 作った「堆肥作り」の箱を、5番畝の
試し掘りを済ませて空いた場所にセッティングする予定・・。

10月に入って秋本番とはいえど、昼日中は まだまだ暑いゾ。
芥川堤道を上流の塚脇方面へ散歩に行くのは、ホント 久しぶり。
土曜日、日差しは暑いくらいの良い天気・・
堤道には、ランニングする人や 歩く人が・・。

「あくあぴあ芥川」のプールの解体工事が行われていた・・。
食堂や事務所などがあった建物は、すでに壊されて ない・・。

このプールでは、仕事で何度も入らせてもらったし
プライベートでも、孫たちが小さかった頃
何度か泳ぎに来たこともあった。
2019年6月5日の 当六兵衛ブログにも書いているように
2年以上前からプールは閉所していたのだが・・。

水と一緒に滑り降りる「ウォータースライダー」も
撤去を始めている。

また、プールの下の、老人たちが集まってゲートボールを
楽しんでいた小さなグラウンドにも、工事用シートが掛けられて
いるが、どうする予定なのだろう・・。

『あっ!』
ここ 芥川沿いの柵にも、「ピンクのリボン」を結んでいる・・。
・・・どういう こっちゃ。

そして もう一つ、塚脇 近くの堤道には赤色のスプレーで
地面に直に「72L」と書いているのを見つけた。
横には、「NO.72L」と書いた”鋲”を打ち付けていて
いかにも役所の仕事の感がする・・。

実りの秋が近づく・・そんな気配の中
マスメディアが勝手に騒いだ感はあるものの、自民党の総裁選は
それまでの人気低迷による反省の ”はの字”も感じさせる事もなく
結局は 甘い蜜に群がるアリのように、自分たちの都合の良い
「権力争い」「私利私欲」に終止し、終わってみれば
今までと 何の変わりもない・・。
『実るほど頭の垂れる稲穂かな』との、誰でも知っていると思える
ことわざ(俳句?)がある。
しかし 永田町の住人たちの情けない有様を見るに
このことわざは むなしく響く・・。

せめて、せめて、六兵衛の大好きなコスモスの花でも眺めながら
怒りの心を 鎮めようか・・。

「コスモスに 烟る(けむる)が如し 月明かり」久保田 万太郎
「コスモスや 妻がやさしく 子がやさし」日野 草城(そうじょう)
裏の畑で出る 引き抜いた雑草や切り取った枝葉などを「堆肥」
として使うために、「堆肥用の枠」を作ることにした。
「ブログ」や「YouTube」などを参考にさせてもらって
六兵衛でも出来そうな「堆肥枠」を作る。
ホームセンターで「コンクリート型枠用合板 (3✕6板)」3枚を
購入。
ついでに、3✕6板を4等分にカットしてもらい
約90cm✕30cmの大きさの合板が12枚出来上がった。

以前 仕事をしていた時に使っていて、いつまで経っても名前を
覚えられなかった「ポリスチレン角材」が、少し残っていたので
合板を固定する角材として使用した。

3個の枠組みは 完了である・・。
3個の枠を適当に組み換えながら、「堆肥」を作るつもりだが
その使い方の説明が、上手く出来そうにないのだが
一応 説明を書いてみた・。

先輩諸氏「ブログ」や「YouTube」などを参考にさせてもらい・・

最後は、少しでも長持ちさせようと
これも残り物の「防腐剤」があったので塗装をした。

これで予定の作業は 完了した。
ご苦労さん!
ボーっと 窓の外を眺める・・。
いつもの 見慣れている 何気ない風景がある・・。

多分「それ」は、だいぶ前から そこに あったようにも思うが
だからといって「それ」を、特別に意識したことは
これまで なかった・・。
「それ」は自然に出来上がったものではなく
人の手によって、作為的に作られたものだ・・とはいえ
これまで「それ」の存在の意味を、深く考えた事もなく
ただ ボーっと「それ」を含めた窓の外の景色を
日々 眺めてきた・・。
何気に昨日、「それ」に目が行き、その場所から少し手前に
目を移すと、川を挟んだ こちら側にも「それ」と同じ
「それ」がある。
2個あれば 3個目もある・・というのが、わりと世の常識で
最初の「それ」の場所から、少し右横に目を移せば やはり
3個目の「それ」が存在した。
・・いや 正確に言えば、毎日のように、この窓から外の景色を
眺めているのだから、「それ」が 2つも3つもあることは
無意識ながら目の中に入っていた。
ただ これまで「それ」の存在に、特に疑問も持たず
景色の一部としての、意識の外の「それ」であった。
「それ」とは、我が家の前を流れる小さな川・如是川を挟んだ
両側を通る片側通行道のガードレールやフェンスに結び付け
られた紐状の「ピンク色のリボン」のことである。


改めて意識して見てみると、何かの意味がありそうな・・。
「まじない」か・・。
それとも「呪い」か・・誰が? 誰に?
窃盗団かスパイ団かが、後日のためのマーキングか?
だとしたら 何を盗む?・・ただの小さな「川」で。
想像力の貧弱な六兵衛には、たかがこの程度の発想しか出来ず
いつしか色あせてゆくだろう「ピンク色のリボン」のように
六兵衛の意識からも、「ピンク色のリボン」の疑問も
次第に薄れていくのだろう・・・。
先日 つれあいが 早朝の散歩中、阿武野中学校の正門近くの
如是川にかかる橋の向こう側で、何かが動いているような
いや 何も動いていないような・・・。
つれあいとの間に2重のフェンスがあって
よく見えなかったらしいのだが、しかし よく見ていると
やっぱり何かが動いている・・。
早朝の 人通りも車も少ない時間帯を選んで・・だろうが
90歳を過ぎた位の老夫婦が、お互いを支え合いながら
ゆっくり ゆっくり、歩いていた・・らしいのだ。
お二人とも、歩くのさえ ままならない様子。
だから わずかの歩幅でしか歩けず、時間をかけても
少しずつしか進むことが出来ない ようなのだ。
それでも その老夫婦は、ご自分達の歩けるペースで
多分二人で、支え合い 励まし合いながら
自分たちで出来る事をやって、少しでも体力を維持し
明日のために、いや 今日1日を穏やかに過ごせるように
車や人通りの少ない時間帯を選び、歩く練習をされている
のだろう。

六兵衛が直接、その お二人の姿を見たわけでもないのに
つれあいから そんな お二人の様子を聞いただけなのに
何故だか目頭が熱くなってくる。
その お二人の姿が、近い将来 必ず来るであろう「老い」を
迎える六兵衛とつれあいの 姿と重なる・・・。
今朝 起きたら つれあいが、『玉ねぎの芽が出始めたよ』と言う。
いずれは裏の畑に植え直して、育てる予定の「玉ねぎ」のタネを
6日前の9月18日に、「プラグトレー」にタネを撒き
ベランダに置いて、必要に応じて つれあいが水を与え
芽が出るのを待っていたのだ。
目が出た、と つれあいに言われてベランダに出てみると
出てる 出てる・・可愛い芽がポツポツと出始めている。

朝 8時過ぎに、芥川堤道を歩こうと家を出た。
穏やかに流れる芥川堤道だが、秋とはいえ日差しは まだまだ暑い。
「門前橋」の袂の土手に彼岸花が咲いていたが
それらの中に「白い彼岸花」が混じっていた。

珍しいなぁ・・。
それにしても、この辺りは いつも歩いているコースなのに
昨年も一昨年も、そして それ以前にも
「白い曼珠沙華」が咲いていたのを観た記憶がない・・。
ない・・と思い込んでいるのは六兵衛が忘れっぽくなっていて
案外 去年もその前にも「白い曼珠沙華」は咲いていたのかも
しれない・・などと、どっかで自分を疑う六兵衛がいる・・。
堤道沿いにある小学校で、大勢の生徒たちが校庭に集まって
先生たちの指示を仰ぎながら、何かの練習をしているようだ。
運動会の練習だろうか・・

コロナ禍の中とはいえ、子どもたちが全員マスクをして
まだまだ暑いだろうに・・。
日本の小学 中学 高校までの教育は 、『和を以て貴しとなす』
との聖徳太子時代の古い古い考えが、未だに根本にあるようで
ついつい皆を同じに揃えたがるきらいがある。
それが良い面もあるのかもしれないが、どうにも現代では悪い面が
多く現れているように思うことがある・・。
・・・そんな事を考えながら堤道を歩いていたら
学校近くの堤道にも、曼珠沙華の白い花が咲いていた。
ケ、けっこう咲いてるやん・・珍しくないんや・・。
珍しいと思ってたんは 六兵衛だけやったんやろか・・。
先に思ったように、やっぱり六兵衛は 忘れっぽくなって
いるのかも・・。
・・し、しょうないやんか、歳なんやから・・
そんな風に自分に弁解しながら、そこに咲く「白い曼珠沙華」の
写真を写そうとスマホを取り出したが、突然 「スマホ」が真っ暗の
画面になって、ホームボタンをタッチしても 何の変化もなく
では 電源を切ろうとサイドボタンを 何度押しても
ウンともスンとも変化がなく、真っ黒な画面のままなのである。
あわてない あわてない、こんなときは・・
仕方がないから、まずは家に帰って ゆっくり落ち着いて
その原因を調べようと決め、家路へと向かう・・。
我が家に着いて、気になっていたスマホを急いで取り出し
まずホームボタンを押したら・・
ナ、何のことはない、何事もなかったかのように
正常に 動くのだもの・・。
モ、もしかしたら あの時、サイドボタンの押し方が短かったのかも
・・と、後で調べて 思ったことでもあった。
今日も、反省の日々・・。
2010年に『廃墟に乞う』で直木賞を受賞した佐々木譲さん
が、1994年に書かれていた小説『五稜郭残党伝』を読んだ。

戊辰戦争における新政府軍と幕府軍との最後の戦いの場所
北海道 函館の「五稜郭」に立てこもった幕府軍は
陥落寸前に追い込まれていた。
『降伏はせぬ!』と、自由を求めて五稜郭を脱出した二人の
幕府側の兵士が、北海道の各地でアイヌの人々や土地を蹂躙
(じゅうりん)している新政府軍の画策を知り、義憤に燃え
逃亡を続ける。
広大な北海道を 西の函館から東の根室まで逃げる背後に
新政府軍の残党狩り部隊の、酷薄で執拗な追撃が続く。
追う者と追われる者とが、男の誇りを賭けて戦う冒険小説だ。
蝦夷地三部作の第一作だという この物語の終盤に
主人公たちが、追われて辿り着いた最後の場所が
北海道の最果ての汽水湖『風蓮湖』であった。

『 源次郎は敵の潜む岩に向けて一発放った。
名木野が頭を低くしたまま、背後の岸の上に駆け上がった。
「源次郎!」
うしろでヤエコエリカの声だ。
源次郎は振り返った。
ヤエコエリカは二梃の銃を手にしている。
装填しているから使え、と言っているようだ。
流れの中に降りてこようとする。
源次郎は怒鳴った。
「くるな。いい!」
ヤエコエリカは、岸で足を滑らせた。
源次郎は思わず立ち上がっていた。
「くるなって!」
背中に衝撃があった。
熱いものが、背中から脇腹にかけてを貫いた。
源次郎の身体は、そのまま前方によろめいて
岸の黒土の上に投げ出された。
「源次郎!」
名木野が短銃を撃ちながら駆け寄ってきた。
向こう側から、また発泡がある。
源次郎が手を伸ばすと、名木野が すぐ岸へと引っ張り上げて
くれた。
「やられた」
〈略〉
・・・気がつくと頭の上に広い空がある。
「ここはどこだ?」
ヤエコエリカが答えた。
「船の上、いま、川を下っている」
この川を下ると、どこに出るんだ?」
「風蓮湖」
「どんなところだ?」
「大きな湖。コタンもある。国後も近い 。」
「ヤエコエリカ、おれの頭を少しだけ 起こしてくれ。
まわりを みたい」 』
小説『五稜郭残党伝』のクライマックスの場面だ。
風蓮湖・・フ ウ レ ン コ ?・・えっ、風蓮湖?。
六兵衛が夜 寝るときの子守唄代わりに、iPadに保存した数百曲の
古い昔の流行歌を流しているのだが、その中に「風蓮湖」を歌った
歌があるのだ。
その歌『風蓮湖の歌』を歌うのは、大津美子さんという歌手で
「 ♫ 最果ての 海に連なる風蓮湖」と始まる歌声は
寝ながら聞き流している六兵衛ではあるのだが、歌詞と相まって
清らかで しかし力強く、印象に残る歌なのだった。
読んでいた小説と、子守唄代わりに聴いていた流行歌の
それぞれに、奇しくも登場した最果ての湖「風蓮湖」。
偶然か必然か・・六兵衛としては 運命みたいなものを感じる
のだが、大袈裟だろうか・・。
『風蓮湖の歌』
作詞:内村 直也 作曲:飯田 三郎 歌: 大津 美子 (昭和36年)

1)
最果ての 海に連なる風蓮湖
この湖に 冬を越さんと白鳥の 白鳥の
寒き国より 飛び来たる
2)
空覆う 夢の白鳥 葦(よし)の葉に
ひとり泣くのは オデット姫か白鳥の 白鳥の
虹を蹴立てる 朝の舞
3)
最果ての 海に連なる風蓮湖
この湖に 暖流流れ白鳥の 白鳥の
影すべりゆく 親と子の
※ 山内 惠介という若い歌手も「風蓮湖」という歌を歌って
いるらしいが、まったくの別物である事を お断りしておく。
3日ほど前に つれあいが、試し掘りで収穫した やや小ぶりの
「さつま芋」を、今朝 つれあいが ふかしてくれて食べたが
適度なしっとり感や甘みも それなりにあつて、この分だと
我が家での初めての「さつま芋」栽培は 、成功といえるかも
しれない。

ふかした「さつま芋」の試し食いが、思っていた以上に美味かった
から、その余韻のまま 昨日の続きの小屋作りにかかる・・。

屋根の部分は、まず 9mm厚のコンパネを敷き
その上に「カラーブリキ」の波板を重ねる。
つれあいの発案で 床には、丸太のままの「竹」を敷き詰め
スノコ状にした。
雨で床が ぬかるんでも、これで大丈夫。
足もとには、ブロックを積み上げ15cmほど高く上げた。

昨日も 今日も、いささか疲れる作業が続いたが
しかし、まだまだ しなければならない作業の予定が あって
引き抜いた雑草や切り落とした枝葉を、再度 堆肥にするべく
貯めておく箱を作る予定なのだが
それでも2〜3日 休んでからでないと、六兵衛の身体は
動けそうにないのである・・。
エセ農業老夫婦の 六兵衛とつれあいにとって
秋野菜作りのための 忙しい季節が 始まろうとしている 。
夏野菜として表の畑に植えていた「キュウリ」を撤去した後に
「小松菜」と「春菊」のタネを 9月13日に撒いていたのだが
すでに可愛い芽が出始めている・・。

その隣で育てていた「茄子」を、「秋ナス」のために剪定し
小粒だが味の良い「秋ナス」が収穫 出来たのだが
ここにきて、もう花も咲かなくなり
これ以上、実りの期待は出来ないと判断をし
小さな実が なりかけている1本の「ナス」だけを残して
他の「ナス」は全て撤去し、 その場所に 今日ホームセンターで
買ってきた「九条ネギ」の苗 10数本と・・

・・「白菜」の苗 3個を植えた。

昨年の秋、裏の畑を作り始めたときに
畑の東側の角に、材料などを置く小屋を作っていたが
それから1年が過ぎた今、小屋が手狭になってきたのと
塩ビの波板の屋根が、夏の日差しの熱で曲がってしまい
雨水が小屋の中に漏れるようになっていたので
塩ビの波板をカラーブリキの波板に変える作業と同時に
小屋を広くするだけの余分な土地もないので、せめて もう少し
小屋を高くすることにして、つれあいにも助けてもらいながら
作業をしているのだが、結構きつい作業で いささか 疲れた。

・・ので、残りの作業は 明日 することにした。
お疲れさん」!!