今日は5月5日
GWも、残り 今日と明日のみ・・。
年がら年中 GWの如き暮らしぶりの六兵衛には
無関係な話しだが・・。
塚脇方面に散歩に出る。
芥川堤道は初夏の如く 暑い。
堤道のベンチに座って一休み・・。
側には タンポポの綿毛が、満を持して 風を待つ・・。
てんとう虫も 顔を出して・・
「てんとう虫」を漢字で書くと「天道虫」と書くそうだ。
神の使い・・とも言うらしい。
昔 遊んだ仲間たちが 逢いに来てくれる・・
「平成」から「令和」への、新しい時代の幕開けとはいえ
それにしても ここ数日の お祭り騒ぎに
六兵衛は いささか不安に思う・・。
決して六兵衛は、天皇崇拝者では ありませんが
平成の30年間、天皇さまと美智子皇后さまの お姿の
特に お年を召されてからの お二人の映像を見るたびに
微笑ましくもあり、目頭が熱くなることも度々ありました。

しかし その事とは別に ここ数日の
世間の見境のない お祭りの如き浮かれた騒ぎに
ただ 単純に そうして騒ぐだけで
それが天皇家の為にも、国民の為にも良い事なのかと
心配になる六兵衛です。
もう一度 ・・それにしても それにしても
「平成」から「令和」への元号の変わり目だとはいえ
あまりにも お祭り騒ぎが過ぎると 思われませんか。
これは六兵衛の邪推とか猜疑心とか、または下衆の勘ぐり
・・などと言われても、反論するつもりはありませんが
しかし ここ数日の 世間のお祭り騒ぎを見るにつけ
やっぱり何か 別の理由で、国民は踊らされているのでは
ないか・・と、勘ぐりたくなってしまいます。
例えば 例えば・・
安倍政権を影で支えているといわれている
大手の広告代理店が
さもタレントを世に売り出すがごときに 世情を操り
また、現政権へ忖度する大手放送局らは
その お祭り騒ぎを あおるがごとく放送を垂れ流す。
それも これも、現 安倍政権のマイナスと思える部分を
「改元」という お祭り騒ぎをする事で
国民の意識を はぐらかし、さも 良い世の中だとの
印象を与える役割を担っているのではないかと
六兵衛は勘ぐってしまうのです。

だからといって、だからといって・・
新天皇さまや新皇后の雅子さまには
上皇や上皇后さまが 余りにも素敵だったからと
それを意識し過ぎて、無理に同じようになさろうとの
お考えになられる必要はないと思います。
ご無礼を承知で申し上げれば
お二人の無理のない天皇さま像、皇后さま像で
国民に接して下る・・
それで 良いのではないでしょうか。
南草津に暮らす孫達が 我が家に遊びに来たときに
見せるつもりなのだろう つれあいが
5月1日の夕方 6時頃から始まるBSのテレビ東京が放映する
映画『名犬ラッシー』の録画を始めた。

六兵衛の記憶は どうにも あやふやなのだが
遠い遠い昔の、テレビがまだ白黒だった時代に
『名犬ラッシー』という、アメリカから輸入したテレビ番組
(当時は そんなTV番組が多くあった)が
放映されていたことを覚えている。
ただ、その当時の六兵衛は『名犬ラッシー』の番組を
ほとんど見てはいないのだが、人気のあったテレビ番組
だったようで、その後も 幾つものシリーズが作られ
アニメ番組にもなったという。
今日 テレビ東京が放映した劇場用映画は
2005年に制作された わりと新しい映画のようで
最初に出版された原作の小説に
忠実に映画化されているという。
小さな炭鉱町で両親と暮らす少年ジョー。
彼の親友は 賢くけなげで美しいコリー犬・ラッシー。
しかし生活に困った両親は公爵にラッシーを売り
少年ジョーとラッシーは 離ればなれに・・。
何度も公爵の屋敷から脱走し 少年の元へ戻ってしまうが
また連れ戻されてしまうラッシー。
そして公爵はラッシーを連れ、遠く離れたスコットランドへ。
それでもラッシーはそこから脱走をして
大好きな少年に会うために走り続ける・・。
果たしてラッシーは少年のいるヨークシャーまで
たどり着き、もう一度 少年に逢うことが出来るのか!?
・・そんな あらすじの
六兵衛からしたら子供だまし?のような
まぁ そんな単純な物語を、つれあいが録画をするなか・・
何かに惹きつけられたか六兵衛も
ついつい 最後まで全部 観てしまった・・。
これまで 3度のギックリ腰を経験した 腰痛持ちの六兵衛は
身体が沈み込むような ふかふかの柔らかい布団で寝ると
朝になって腰が重く、痛みを感じる事が多くあった。
だから、敷布団の下に 9mm厚のコンパネを敷いて
硬めの敷き布団にして 寝る事にしていた。

六兵衛の腰には その状態が良いようで
だから長年 そうしてきた。
ところが、昨年6月の大阪北部地震で恐怖を感じて以降
高い部屋で寝るのが怖くなって
だから それまで3階で寝ていたのを1階へと移り
使うベッドも 以前に、六兵衛とつれあいの両方の親たちが
順繰りに使ってきた介護用の組み立て式ベッドを
物置から出してきて、改めて組み立てて使うことにした。
どちらかといえば その介護用ベッドは、やや硬めのマットを
敷いていたから、それまでのようにコンパネを布団の下に
敷く必要もないだろうと、そのままで使ってきたのだが
この頃 朝起きると、腰が重く 張りを感じる事が多くなって
きていた。
だから先日、9mm厚のコンパネを 改めて敷布団の下に敷いた。

それから 3晩 夜を過ごしたが
朝になっても腰の張りや痛みを ほとんど感じる事はない。
やはり六兵衛には
薄くて硬い煎餅布団の方が、身の丈に合っているらしい・・。
昨日は芥川に架かる「大蔵司橋」から北(川上)へ向かって
「塚脇橋」まで散歩で歩いたが
今日は、「大蔵司橋」から川下へ向かって「門前橋」までの
コースを選んだ。
昨日とは違い 今日は風もなく、もってこいの散歩日和。
門前橋 川下の芥川桜堤公園では「こいのぼりフェスタ」が
開催されていていた。
この頃では この時期になると、日本の各地で
「鯉のぼりの川渡し」が開催されるようになったが
六兵衛の記憶では、沢山の鯉のぼりを集めて川渡しを
最初に行ったのは、六兵衛の故郷の川
四万十川ではなかったか・・。
調べてみた・・。
やはり、高知県 高岡郡 四万十町 十川(とおかわ)という村で
( 当時は 市町村合併する前の高知県 幡多郡 十和村 十川 )
昭和49年、村の青年団が子供たちのために「鯉のぼりの川渡し」
を行ったのが始まりだった・・という。
庭の野菜畑の作業や、メダカの二つ目の池作りに忙しくて
ここ数日、散歩に出かける暇がなかった。
そんな庭の作業も一段落した今日は 久しぶりに
芥川の大蔵司橋から堤道を通って塚脇橋まで散歩に出かけた。
天気は良かったが、北からの強風が吹いて 少し寒く
芥川沿いの堤道を北へ向かって歩く六兵衛には
歩きにくい散歩ではあったが、それ以上に
山の、川の、土手道の新緑が春らしく、気持ちが良かった。
芥川からの帰り道は、ちょっと気分を変えて名神高速道の
側道を歩いた。
神戸(西の方向)の方を見れば、遠くに万博公園の大観覧車や
太陽の塔が微かに見えている。
拡大してみよう・・。

そういえば・・大阪のどこかの人工の島に
2025年に万国博覧会を開催することが決まったらしい。
その上 、カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致も
目指している大阪府と大阪市のようだが、それは
目先の金の動きばかりに気を取られているだけの事で
これが大阪の将来にプラスになるビジョンだとは
六兵衛には到底 思えない。
同じ万博でも、1970年の大阪万博の時と現在とでは
万博の必要性がまったく異なっているから・・。
そして何より 六兵衛は、大阪では強い人気の大阪維新の会が
橋下さんの頃から どうにも信用 出来ないのだもの。
こればっかりは 何とも しょうがないよ・・。
先日、二つ目のメダカの水槽を作った時
その周りをレンガで囲う作業をした。

きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の春の頃に「さし絵」として掲載していた51作目のカット絵。
その作業では、レンガとレンガの間に
セメントを詰めてレンガを重ねていくのだが
始めのうちは スコップやコテで セメントを
取り扱っていたんやけど、段々面倒になって
ついつい 素手で セメントを掴んで作業をした。
作業が終わってから、よく手は洗ったんやけど
それから数日間、顔や手を洗うたびにヌルヌルした。
多分、セメントを素手で扱った影響だろう・・。
そんな影響が、思わぬ形となって現れた・・。
iPhoneやiPadでの指紋認証(Touch ID)が
思うように出来なくなったのだ。
どうやら 手の皮膚がセメントに負けて軽い炎症を起こして
親指の指紋が薄くなっていたのかもしれない。
それでも レンガ組み作業から3日ほど過ぎた 今日などは
手の皮膚の炎症は ほとんど回復したようで
簡単に 親指の指紋を認証してくれるようになった。
六兵衛の日頃の習慣である「散歩」を休み
ここ数日は、夏野菜の苗を植えたり
メダカと小エビの水槽を、もう一つ増やす作業に
熱中している。
まず、ホームセンターで購入した苗を
予定していた畑に植える。
「キュウリ」、「トマト」・・
「ナスビ」、「オクラ」・・
そして 「ゴーヤ」・・を植えた。
メダカと小エビの水槽を、もう一つ増やす作業が完成した。
水槽の外壁をレンガで囲んだが
素人のレンガ組み作業だから、仕上がりは歪んでいるし
強い強度も あまり期待出来そうにないけれど
まぁ こんなもんだろう・・。
「メダカ」や「小エビ」を、一時 別のバケツに避難させて
バスタブを利用した 元の水槽の水を抜いて大雑把に掃除する。
バスタブの水槽に 数が多い「小エビ」を放ち
新しく作った小型の水槽には「メダカ」を入れた。
「メダカ」を数えてみたら ちょうど20匹
以前に比べて相当 少なくなっている。
ここ数年、時々餌は与えていたものの
ほとんど ほったらかしの状態が続いていたのと
「小エビ」との共同生活に無理があったのかもしれない。
だから 今回、「メダカ」と「小エビ」を別々にした。
もう少ししたら 「メダカ」が子どもを産む・・。
水色のカゴを、稚魚の隠れ場所として浮かせた。
苗も育て・・。
稚魚も育て・・。
「めだか」や「川エビ」などの飼育方法や、水槽の様子
稚魚の育て方、小川や溝などでの小魚の捕獲の方法 等々・・
小魚と戯れる事が大好きな大人たちの
様々に工夫を凝らした映像が「YouTube」で見られる。
ここ数日、そんな映像ばかりを見ている。
見ているだけでも 楽しいんやけど・・
案の定、また むくむくと 小魚遊びが したくなった。
新しい畑作りと並行して、古いバスタブを利用した
今 ある水槽の隣に、新しい水槽を もう一つ作りたくなった。
こんな感じに・・。
4月16日。
ホームセンターへ行って、新しく作る畑に使う腐葉土を
購入のついでに、水槽として使える安物の小さな衣装ケースを
購入してきた。
寸法:タテ 39cm × ヨコ 52cm × 高さ 22cm
¥600円。
少し 小さいか・・とは思うが
場所に余裕がないから、これくらいの大きさで 我慢・・。
外部での設置だから、雨水で水槽の上部から水が溢れない
ように、ケース上部に穴を開けてエンビパイプを通し
「ドレン」を作る。
こんな 感じに・・。
4月18日(2日後)。
一昨日に続き、朝から畑作りの作業・・。
ホームセンターで購入した14リットル入りの腐葉土を8袋
合計 112リットルの「腐葉土」と、開墾して出来た「土」と
「油粕」とか「牛糞」とかの肥料も混ぜて、畑が出来上がった。
苗を植えるまで、このまま 少し寝かせる。
続いて、二つ目の水槽作りの作業にもかかる・・。
上記 「予想写真」のように新しい水槽を置くために、
そこにあったレンガ風の土留めを外し
「オモト」や「皐月」も、取り除き 整地する。
二つ目の水槽を仮置きして、周りを囲う予定のレンガの必要な
枚数を計算する。
午後からホームセンターで購入する予定。
撤去した「オモト」や「皐月」は、矢印の場所に移し植えた。
暑いし 疲れたし・・水槽を囲うレンガ組みは また後日にして
今日は この辺で 許したろうかい・・。
我が家の庭の小さな畑で、今年も野菜を作る・・。
昨年の晩秋にタネをまき、小さな芽が出て ひと冬を越し
4月の今は 白い花を咲かせ、もうすでに小さな豆を内包して
サヤになっているものもある「えんどう豆」が元気。
2週間ほど前にタネを蒔き、それぞれに双葉の芽を出した
サニーレタスや春ゆたか(大根)、小松菜やルッコラ
そして なかなか芽が出なくて 気を揉んでいた大葉(しそ)が
ここ数日の暖かい日に、やっと 小さな芽を出した。
他にも、キュウリ、ナス、トマト、ゴーヤ、オクラ・・
これらの野菜を、本格的に暖かくなる5月の頃に
ホームセンターで苗を購入して植える予定。
ただし、それらを全部を植えるためには
如何せん 畑が少ない。
小さな庭だし、畑に使える場所に限りがあるが
思い切って もう少し、畑を広げることにした。
4月16日 作業開始。
畑に出来るような、空いている場所は ここしかない。
とりあえず 「ツルハシ」で、庭を掘り返す作業から始めたが・・
農作業用の「あぜ道」部分を残すとなると
1平方メートルほどの 小さな畑しか出来ないが
今より少しは多く 野菜が植えられるだろう。
息が・・腰が・・
数度 打ち下ろすと息が、切れて・・腰を伸ばして・・
休み 休みの作業・・。
あぁ〜こんな時、一休みして タバコが吸えたら・・と思うが
ここは グッ!!と 我慢の子・・。
少し 形が出来つつある・・。
この日は ここで 終わりにする・・。