我が家は農繁期?

裏の畑の2番畝に植えていた「ニンニク」と3番畝の「玉ねぎ」を

収穫した後、堆肥などを混ぜて耕耘機で耕し、少し休ませていたが

数日前に 次の野菜を植えるための2列の畝を作っておいた。

 

4番畝と5番畝の「えんどう豆」は これまでに、南草津の長女や

隣の義弟の家庭、つれあいの友人などにも収穫してもらった。

もちろん我が家の分も十分確保し、一昨日 全ての収穫を終えた。

今年も かなりの豊作になった。

そして その日のうちに、堆肥などを混ぜて耕耘機で耕し直した。

 

タネから育てようとしたけど うまく行かず、結局 今年も園芸店で

購入することになった「ナスビ」の苗を、2番畝の一部に植え

3番畝には タネから我が家で育てた、大玉と中玉「トマト」

苗を定植した。

4番畝と5番畝には、今年も「さつま芋」の苗を定植した。

園芸店には5・6本の苗しか残っていなかったので

この数本の苗を植え、苗が伸びてきたら それを切って根を付かせ

追々に 本数を増やしていくつもりだ。

 

 

表の畑には「キューリ」のための棚を作り、ネットを張った。

園芸店で買ってきた「ゴーヤ」の苗2本を、「キューリ」の

横に ちょっと間借りさせてもらう格好で植えた。

 

今夜から明日にかけて 雨が降るらしい。

植えた野菜たちには 恵みの雨となってくれそうだ・・。

 

再 読

浅黄 斑 様

我が家の再読用のための本棚に並べていた、あなたが書かれた

時代小説『無茶の勘兵衛日月録』シリーズ20巻のうち

とりあえず第1巻からの10巻分を取り出し、読書コーナーの

テーブル脇に置いて、今 第1巻の「山峡の城」から順次 再読を

始めました。

 

我が家の未読用の本棚には、まだ読んでいない中古の文庫本が

10数冊も残っているのですが、それよりも 何故だか 今

あなたが書かれた小説『無茶の勘兵衛日月録』を 再読したく

なったのです。

二見時代小説文庫から出版された『無茶の勘兵衛日月録』は

2006年に第1巻の「山峡の城」から始まりましたね。

 

越前 大野藩士、落合孫兵衛の嫡子・落合勘兵衛は

幼い頃より2度も3度も死にかけるほどの無茶な事をして

世間から「無茶勘」と渾名されるほどの少年時代を過ごした。

徳川家康の子や孫が藩主の越前福井藩で起きた〈越前騒動〉や

その親藩である越後高田藩での〈越後騒動〉、勘兵衛が仕える

越前大野藩でも、老いた藩主や その嫡子を巻き込んでの

重役たちの権力争いが起きていたし、また大和郡山藩での

〈九・六騒動〉をも起きている。

そんな厳しい状況に翻弄されながらも、毅然として正義を

貫こうとする落合父子。

元服の後、父親の後を継ぎ落合家の当主となった勘兵衛は江戸

に呼ばれ、越前大野藩の江戸留守居役・松田与左衛門 配下の

「耳役」として働くことになる。

 

第3巻目の「残月の剣」では、道端に倒れていた一人の老剣客

を助けたが、医師によれば重い肝の臓の病で、余命は一ヵ月

との診立てだった。

 

第3巻

この老剣客の名を「百笑火風斎」といういいましたね。

そして この「百笑」と云う名前、物語の中で「ひゃくわらい」

とは読まさず、「どうめき」でしたよね。

漢字も その読み方も、四国は四万十川流域の 六兵衛が生まれ

育った小さな集落と同じ名前なのです。

我が故郷の集落の名前くらいでしか、めったに耳にする事も

ない「百笑」という言葉なので、驚くと同時に嬉しい喜びでも

ありました。

流石に蘊蓄(うんちく:蓄えた知識)の深い浅黄さんでしたね。

そして この後も勘兵衛の活躍は続きますが、浅黄さんご自身が

身体を壊され、多分に無理をされて執筆活動を続けられていた

のだろうと想像されます。

 

これまでにも当 六兵衛ブログには、2019年1月6日の

無茶の勘兵衛 第18巻 とのタイトルでの日記に

『お待たせしました。無茶勘 再開! 第18巻、3年間の

闘病生活を潜り抜け「無茶勘」執筆を再開! 

あの感動が よみがえる。』・・と書きました。

 

また、2020年4月30日の日記には

一人で 懐かしんでいる・・ とのタイトルで

六兵衛が50年以上も前に、数年間 暮らした事のある東京の

懐かしい町名や橋などが物語の中に登場し、江戸と昭和との

時代の違いがあるとはいえ 嬉しくて、 一人で悦に入っている

と書きました。

 

そして、2020年10月17日の日記には

浅黄 斑さん・・とのタイトルで

新聞のWeb版で『作家・浅黄 斑 さん 死去』を見て

浅黄さんが亡くなったことを知りました。

 

『無茶の勘兵衛日月録』シリーズは第20巻で、未完のまま

終わることになってしまいました。

 

まだまだ 「無茶の勘兵衛」の活躍は続くはずでしたのに

誠に残念に思いますが、何より 作者の浅黄 斑さん御自身が

一番 無念であったろうと推察いたしております。

物語は終焉を迎えずに終わってしまいましたが

無茶の勘兵衛の活躍は 今も これからも、六兵衛の記憶の中に

強く大きく残ります。

ありがとうございました。

                      六兵衛 拝

 

庭のツワブキ(石蕗)

表の庭が「石蕗(ツワブキ)」で 覆い尽くされそうだ・・と

“ 覆い尽くされる・・” は、ちょっと大げさだが

だいぶ以前、六兵衛の故郷 四万十川を見下ろす小高い山にある

両親や先祖の墓の掃除のために帰省したとき

つれあいが 墓のそばに生えていた「ツワブキ」を1株ほど

引き抜いて、我が家に持ち帰り 庭に植えたものだが

それが、増えた 増えた。

増えた

 

 

この「ツワブキ」、一見「蕗(ふき)」に似ている。

しかし「蕗」よりも葉が分厚く光沢もあり、「菊」に似た

黄色い花を咲かせる。

 

 

寒くなり始める秋の終わりから冬にかけて

黄色い花を咲かせ、その花が枯れて タンポポの綿毛のような

タネが 風に乗っかって飛んでいく。

花とタネ

 

 

庭のあちこちに飛んだタネが、新たな場所で芽を出し

今や我家の庭で、幅を利かせる存在である。

 

玉ねぎとニンニク

先日、孫次男たちと収穫した裏の畑の3番畝の「玉ねぎ」に続いて

今日 2番畝の「ニンニク」も全て収穫し、裏のベランダの物干し竿

吊るした。

玉ねぎとニンニクを吊るす

 

 

 

明日あたり 雨が振りそうな塩梅なので、収穫した後の2・3番畝を

すぐに耕うん機で耕し、とりあえず「堆肥」「ボカシ」「鶏糞」

「藁屑」などを混ぜた。

2,3番畝-耕す

 

このあと その2・3番畝には、「トマト」や「ナスビ」などを

植えるつもりだが、「トマト」はベランダでタネから順調に育って

いるが、「ナスビ」は 昨年と同様、タネから育てることに失敗し

だから 苗屋さんで苗を買ってきて定植することにする。

 

飛行機雲

 

飛行機雲

5月の爽やかな朝

つれあいと散歩の途中

阿武山の大階段を登る

つれあいは その踊場で柔軟体操

六兵衛はというと

階段の手摺にもたれ掛かって東の空を見上げる

早朝の皐月の空に 飛行機雲が一本

今朝も この穏やかさが ありがたい

 

へんし〜ん!

南草津に暮らす長女が、孫次男と二人で我が家に顔を見せに

来てくれた。

昼食用にと長女が買ってきてくれた寿司とケーキを食べながら

4人でアレヤコレヤと話をし、楽しい時間を過ごした。

 

 

先日は孫長男にリクエストをして、20年前と同じポーズを

とってもらって写真を写したのだが・・

ヘンシーン!

 

・・今度は孫次男に同じように注文を付け

18年ほど前の幼かった頃の写真と同じポーズをとってもらい

写真に写した。

 

 

初収穫のえんどう豆

夕方には、裏の畑で初収穫した「えんどう豆」と・・

収穫

 

・・「ニンニク」を、土産に持って帰ってもらった。

 

20年前の記憶が・・

忙しい最中なのに 我が家に元気な顔を見せに来てくれて

『 選挙に於けるポスターの存在意義・・』とか何とかの

難しそうな卒業論文を書こうと思う・・と

話の中で何気に云っていた孫長男が

一晩だけ泊まって 帰って行った。

現在 横浜に一人暮らしの孫長男との

短かったけれど 楽しい時間を過ごせた。

 

いつもの つれあいとの朝の散歩に付き合ってくれた孫長男が

まだ小さかった20年前の、その散歩道での記憶がよみがえり

同じポーズをしてもらって写真をとった。

20年後

 

 

20年後

 

20年も経て、周りに住宅も増えたし草木も伸びて

景色も少々 変わったが

それ以上に孫たちが大きく成長していて

誠に 有り難く 嬉しいかぎりである。

 

白い花が・・

庭の「すだち」の木に、白い蕾が 少しずつ膨らんできている。

「すだち」の白い蕾

 

 

昨年は わずか9個しか実らなかった「すだち」だったから

夕食時に「ジャコ」に絞ってかけて食べていたら

アッと云う間に無くなってしまい 寂しい思いをしたのだが

しかし今年は、白い蕾の咲き具合からして

どうやら たくさんの収穫が期待出来そうである。

 

 

何年か前に、この「すだち」の木が「すす病」になった。

すす病

 

素人考えで その年の秋、「すす病」になっている枝や葉を

思い切って切り落としたのだが、切り過ぎた所為だろう

次の年には「実」が まったく収穫できなかった。

それでも まあ そのあとの、一昨々年の2020年には

当ブログにも書いたが、多くの「実」の収穫もあったのに

一昨年には 再び収穫が減りだして

昨年には とうとう9個だけの収穫になってしまっていた。

 

 

年による収穫の増減の事をネットで調べてみると

同じ柑橘類の「みかん」などには、1年おきに「実」の

なり具合が違う「隔年結果性」とか云う性質があるようだが

「すだち」には そんな「隔年結果性」は無いとかで

毎年 着果するとの意見もあり、確かなことは分からなかった。

 

かける

 

最初にも書いたが この「すだち」、汁を絞って「ジャコ」に

かけ、醤油を少し垂らしてから、白いご飯と一緒に食べると

これが 実に美味い!

 

梅と小エビと・・。

表の庭に小さな「梅」の木が植わっている。

その「梅の木」、ここ数年 勢いがなくなり、もしかしたら

枯れるのではないかと心配していたのだが

先日、茂った葉陰に2個の青い「実」が、そっと隠れているのを

見つけた。

2個の梅

 

 

 

1年中、水草の陰や石の下に隠れたままで、あまり姿を表すこと

がない「小エビ」達だが、春になって食欲が出てきたようで

餌を与えると水面に浮いてきて、小さな さざ波を起こしながら

餌を食べている。

小エビ達

 

かわいい。

 

「オクラ」と 夏取り用の「キューリ」

冬の間、「ほうれん草」を植えていた表の畑の1番畝。

先日 日記にも書いたが、「ほうれん草」を全て収穫したあと

耕し 肥料を与え、少し寝かせ 休ませておいた。

 

ポットのキューリとオクラ

 

その1番畝に、ベランダで「タネ」から育てた「キューリ」と

「オクラ」の苗を定植した。

キューリとオクラの苗

 

 

「キューリ」は4株、「オクラ」は7株。

 

「オクラ」はともかく、今回 定植した「キューリ」は

夏の時期に収穫するつもりの 夏取り用の「キューリ」で

夏の終りから秋にかけて収穫したい秋取り用の「キューリ」は

もう少し後に、タネを植え 育てるつもりでいる。