窮地(きゅうち) なのだ・・

いつにも増して、今年の夏は暑い日が続く・・。

連日 気温は 35度以上、40度 近いときもある。

先の8月10日の日記『何度でも・・』に、野生の「草」の力強さを見せてくれている「ノブドウ」のことを書いた。

ところが、その「ノブドウ」にとって、ただ一つの頼りであるはずの仮囲い鋼板が、ここ数日の暑さで熱くなり、いや熱くなり過ぎたのだろう、もたれかかった「ノブドウ」の 先端部分が、その鋼板の暑さの所為で火傷状態となってしまい 枯れかかっている。

このまま 鋼板に頼っていては 枝を伸ばすことは出来ないと思ったのだろうか、新たな枝を道路側に伸ばし始めている。

しかし、枝を道路側に伸ばすということは、そのうち「ノブドウ」自らの重みで道路側に倒れてしまい、せっかく伸びた枝葉が、車や自転車や人に踏まれてしまうことになる・・。

「ノブドウ」は窮地である!

 

な、なんや?

先日 気が付いた・・。

我が家の東側の壁に、血の流れたようなアトが付いているのを・・。

な、なんなんだ?

一筋 タラ〜と流れている・・。

しかも 2階あたりの高さの場所に・・。

写真を撮って拡大してみた。

どう見ても 血の色としか思えない・・。

・・・? 。

 

何の血やろ・・?

人間では届かない高さの場所だから、人の血ではないはずやが・・。

 

鳥の血やろか・・?

壁を這うヤモリやろか・・?

 

いや、そもそも これは 血なんやろか?

・・・でも 他に何が考えられる?

血みたいな色をしてるで・・。

 

あれこれ考えても六兵衛には、結論は出そうにない・・。

 

何度でも・・

『 毎朝通る散歩道の途中に、何処かの会社の資材置き場があり
その周りを仮囲い鋼板で囲っているが、その仮囲い鋼板の下に
頼りなげだが健気にツル科の草が生えていて、後でネットで
調べてみると「ノブドウ」だと分った。』・・との書き出しで、『その後の「ノブドウ」』とのタイトルを付けて、昨年の秋頃に 当ブログ日記に更新している。

2023年9月22日「その後のノブドウ」

その日記に 書いているように、その「ノブドウ」は 昨年の9月
バッサリと根本から刈り取られていた。

ところが、その切り取られていた「残り株」から、8月の今頃になって 新たな「芽」が出ているのに、早朝散歩の途次 気付いた。

何しろ「仮囲い鋼板」では、頼りなげに芽生え始めた「ノブドウ」の支えになる物など 何もなく、今はまだ 必死に空に伸びようとしているのだが、そのうち自らの重みで地べたを這う事になる運命なのだろう、昨年と同じように・・。

昨年9月の そのノブドウの事を書いたブログ日記の最後には、『・・・切られたといっても、引き抜かれたわけではなく、ノブドウの「根」は まだ地中に残っているだろうから、案外 来年には そこから新しい「芽」が出てくるかも・・。
いや きっと 出る!
来年 また会おう!』・・と 書いている。

内心 まさか・・との思いだったのだが、それでも どこかで、野生植物の強さに期待していた。
本来なら「芽」が出るのは春頃なのだろうが、なにしろ根本からバッサリと切られていて 苦労したんだろうと思う。
真夏の今頃になって新しい芽を出してくれたのだ。

しかし それでも 秋になったら、多分また 他の野草たちと一緒に、刈り取られてしまうかもしれない・・でも また 春か夏には、何度でも芽を出せば いい!
何度でも・・!
ナンドでも・・!

少なくとも六兵衛だけは、キミの存在を知っているからネ・・。

 

カーテンに影・・

つれあいの定期検診のため日赤に行ってきた。
病院の待合室は、朝の強い日差しを避けるためにカーテンが降ろされていて、そのカーテンに植木の陰が映っている。

カーテンの正面 辺りに映っている「ヤツデ」の葉の影が
ちょっと 変?!

拡大すると・・。
・・・・。

カーテンを開けてみたら、想像してたように・・・・やっぱり虫食い模様のヤツデだった。

 

ヒナ鳥が・・

歯を磨いた後 洗面所から出て、何気にカーテンの隙間からベランダを除いたら、まだ くちばしが黄色く、どこか頼りなげなヒナ鳥が、キョロキョロと首を動かしているのが目に入った。

何で こんな所に・・と思いながら、まず 写真を撮ろうと居間に置いているスマホを取って来ると、親鳥が虫のようなエサをヒナ鳥に与えているところだった。
そんな親子の鳥たちに気付かれないように、ソーッとカーテンを開けスマホを向けようとしたら、親鳥に気付かれて、写真を撮る前に 親鳥は何処かへ飛び立ってしまった。

そのまま残ったヒナ鳥は、まだ飛ぶ事が出来ないんやないか・・?
じゃぁ 何で飛べないヒナ鳥がベランダに居るんや?

とりあえず そんな疑問は後にして、ひな鳥を このままにしては置けない・・。
保護した方がええんやろか?
”巢”を どうしょう?

・・・・

短い間に そんな事を考えながら、ベランダのドアを開けてヒナ鳥のそばに行こうとしたら、突然 ヒナ鳥は 不器用そうだがバタバタと、近くの林の方へと飛び立って行った。

そうしたら そのすぐ後を、どこに居たのか 先程の親鳥が、ヒナ鳥を追って林の方へ飛んで行った。

・・・何や 飛べるんや・・。

まぁ・・良かった、良かった 。

 

恵みの雨か・・

昨日のこと、 夕方の4時ころになって、遠くで雷が鳴り始め 10分ほど経つと、勢いよく夕立が来た。

雷はともかく、久しぶりの雨。

連日の熱波に、人間はもちろん、 庭の木々や畑の野菜なども ぐったりとなっていたが、例え短い雨とはいえ、少しは 一息ついてくれただろうか・・。

今年の夏は、キュウリやナス、トマトなどの野菜には 特に厳しい暑さが続いていて、4つある雨水を溜め置くタンクの水も、ほとんど残りが少なくなっていたから、昨日の夕立は恵みの雨なのだが、やっぱり夕立だけあって1時間も絶たずに止んでしまった。

出来れば もう少し長く 降り続いてくれたら 雨水タンクも満杯になり、畑も少しは潤ってくれただろうに・・。

とあるサイトを見ると、今日の天気予報も夕方には雷が鳴り、傘マークが付いているのだが、今のところ その気配はない。

 

何年か前 田舎の墓掃除に帰った時、つれあいが墓の近くに生えていた「榊」を引き抜いて持って帰り、我が家の表の玄関前に植えていた「榊」が、この暑さの所為か元気がなく、隣の「皐月」も同じように葉が茶色くなりかけていて、枯れかかっているらしい。

少しの時間だったとはいえ 昨日の雨で、元気を取り戻してくれれば 嬉しいが・・。

 

「夏草や・・」・・その後

この頃は早朝の5時頃に起きて、表の庭や裏の畑の「草むしり」をしているのだが、早朝とはいえ1〜2時間ほど時間が経つと 夏の日差しが強く暑くなるので その日の作業を終えるものだから、なかなか草むしり作業は はかどらない。

それにしても 猛暑である。
雨は ほとんど降らない。
3つのタンクに貯めた雨水を草むしりの前に野菜にまくのだが、タンクの水も残り少なくなってきた。

表の庭に植えているキュウリだが、何本かを収穫して食べたが、今年は さほど枝葉を伸ばすことも出来ないまま、もう ツルや枝葉は枯れ始めている。
収穫の秋が楽しみだった柿の実が、熟れる前に ほとんどの実が落ちてしまった。

オスの「キウイ」の葉が 枯れたように茶色に変色し始めた。
この暑さを乗り切ってほしいので 出来るだけ負荷を減らそうと、思い切って枝葉をカットした。
「ゴーヤ」の葉も どこか力強さがなく、1個だけ7cmほどの「実」がぶら下がっているのみだ。

そんなこんなで 今年の夏は 特に暑いからなのか、いつもの夏に比べると農作物に、あれやこれやと問題が多いような気がする。

そんな中、先日 つれあいが『このYou Tube 観て・・』と iPadを見せにきた。
弘前市のリンゴ
農家の木村秋則さんという方が、農作業に関するリスナーの質問に答える番組だった。

【自然栽培】どうする?猛暑対策!・木村秋則さん

10年以上の年月をかけて無能医薬・無施肥のリンゴ栽培に成功され、「自然栽培」の第一人者といわれている木村秋則さん。
そんな木村さんへの番組での質問は、『野菜などの猛暑対策は どうすればよいか?』というものだった。
木村さんは、『暑いときには草を刈らない、そのまま伸ばしておく。何故なら、草の中の温度と草を刈り取った後の温度差は8度から10度も違う。周りの人から手入れをしないのは怠け者だ・・と言われるかもしれないが・・ 』​​との回答だった。

草を刈り取って、太陽熱を直に土に当てるより、草を残したほうが太陽熱を遮断してくれる・・か、ホゥ!なるほど なぁ。

試みる価値あり・・。
残った草はそのまま残して、とりあえず「草むしり」は中止とした・・さて 。

 

夏草や・・

年ごとに 暑さが厳しくなる、夏 真っ盛り・・。
老体には 昼間など、外に出られる状況にはない。
エアコンの効いた部屋で、文庫本を読んだり、昼寝をしたり・・・世間様には誠に申し訳ないのだが・・。

ゆえに いつの間にか、我が家の表の庭や裏の畑では、夏草が伸び放題となる。
だから、暑さも少しましな早朝の5時頃から1~2時間ほど、庭や畑の「草むしり」を始めた。


とりあえず、表の畑の「草むしり」は終わり・・

裏の畑へ降りる入口辺りの夏草も、そこそこ片付けて・・

今朝は、畑の あぜ道辺りの夏草に挑戦中である。・・まだまだ、先は長い・・のである。

 

芥川賞の候補にもなった『神楽坂』という短編小説・・

先日 再読し終えた文庫本『嶽神列伝・逆渡り』の奥付後に、講談社が出版している出版物の宣伝のページがあり、その中に『神楽坂』という小説の広告があった。


前回のブログ日記は 本来なら、この小説『神楽坂』の事を書こうと思って始めたのだったが、長谷川卓さんの「嶽神シリーズ」の話が長くなってしまったので、今日 改めて『神楽坂』という本の話をすることにした
・・とは云っても、この小説の感想などではない。
まず、『神楽坂』とのタイトルに興味を持った・・。

これから書くのは 60年ほど昔の、これまでに 何度も何度も 当ブログに書いてきている話で 誠に恐縮するが、六兵衛が20歳くらいの頃に、僅か3~4年ほど暮らした東京は神楽坂界隈の懐かしい町の独りよがりの思い出話である。

小説『神楽坂』を書かれたのは 矢田津世子さん( 明治40年6月 ー 昭和19年3月 )という。
戦前の昭和11年に、文芸雑誌「人民文庫」の3月号に掲載され、第3回 上半期の芥川賞の候補作になった短編小説だという。

無料の電子書籍サービス「青空文庫」で、この小説『神楽坂』を探して読んだ。
ネットの画面で28ページほどの短編である。

『 夕飯をすませておいて、馬淵の爺さんは家を出た。いつもの用ありげな せかせかした足どりが通寺町の露地をぬけ出て神楽坂通りへかかる頃には大部 のろくなってゐる・・』
・・こんな書き出しで始まる小説『神楽坂』は、神楽坂界隈に本宅と妾宅を構え、その2軒を行ったり来たりしている金貸しで吝嗇家(りんしょくか:ケチ)の馬淵の爺さんが、「無駄使い」専門の妾と、「決して無駄使いをしない」本妻と 、その本妻に歩調をあわせる身よりの無い女中の女性3人を見つめていく・・といった内容の短編小説である。

単純な六兵衛としては、芥川賞候補に選ばれるような小説に さほどの興味もないのだが、ただ ただ 馬淵の爺さんが歩く神楽坂界隈の通りの名や町名が、懐かしかったのである。

通寺町に住んでいる爺さんが、妾の家のある袋町に行く道中の描写に、懐かしい神楽坂界隈の通り名や町名が出てくるのだ。

『・・・(略)
通寺町(現在の神楽坂6丁目)の露地をぬけ出て神楽坂通りへかかる頃には・・・(略)
肴町(現在の神楽坂5丁目)の電車通りを突っ切って真っ直ぐに歩いていく。・・・(略)
灯がはいったばかりの明るい店並へ眼をやったり、顔馴染の尾沢の番頭へ会釈をくれたりする。・・・(略)
毘沙門の前を通る時、爺さんは扇子の手を停めて ちょっと頭をこごめた、そして袂へいれた手で懐中をさぐって財布をたしかめながら若宮町の横丁へと折れて行く。・・・(略)
すれちがいになった雛妓に危うくぶつかりそうになりながら、振り返って雛妓の後ろ姿を見ていた爺さんは、思い出したように扇子を動かして、何となくいい気分で煙草屋の角から袋町の方へのぼって行く。
閑な家並みに挟まれた坂をのぼりつめて袋町の通りへ出たところに最近改築になった鶴の湯というのがある。
その向こう隣の「美登利屋」と小さな看板の出た小間物屋へ爺さんは「ごめんよ」と声をかけて入って行った。・・・(略)・・』

当時の町名も現在は変わっていて、「通寺町」は神楽坂6丁目、「肴町」は神楽坂5丁目と、味も素っ気もない町名に変わっている。

この小説の主人公の馬淵の爺さんは、何をか言わんや・・だが、
当ブログの六兵衛爺さんも、相変わらずの独りよがりで、何をか言わんや・・である・・。

 

次回にまわす・・

先日、当ブログに長谷川卓さんの文庫本「​​​​​​​​​​北町奉行所捕物控」を再読用の本棚から取り出して読んでいる・・と書いた。

その「​​​​​​​​​​北町奉行所捕物控」シリーズ 全8冊を 先日 読み終えたばかりだが、今度は同じ長谷川卓さんの代表作ともいえる「嶽神シリーズ」の ”逆渡り”(講談社文庫)を、やはり再読用の本棚から取り出して再読した。

「嶽神シリーズ(全13冊)」は、武田や上杉が熾烈な戦いを繰り広げる戦国時代の上信越あたりで、主君を持たず、国や村などの人里から遠く離れた奥深い山中に集落をつくり、自分たちのルールに従いながら自由に生きる「山の民」の物語だ。

物語 『逆渡り』は、五~六年に一度、新たな場所に集落を作って ”渡り”(移動)を繰り返す山の民が、六十歳になると 男でも女でも、新たな渡りには一緒に連れて行かず、置き去りにされる(姥捨のようなもの)という、厳しい暮らしゆえの習いがあった。
山の民・四三衆(しそうしゅう)の月草は、『あの山桜の下で妻の墓を守りながら最期の時を迎えよう、構ってやれなかった償いとして・・』と、五十七歳のとき、残りの人生は、山桜のあった元の集落に戻り、妻の墓を作り守っていこうと決め、六十歳を前にして 仲間から離れ、二十年前に皆で” 渡り” で去った遠い山奥まで帰ろうと、厳しい山野を独りで 逆に ”渡り”、妻と約束した地へ向かう。
その道中には、思いがけない善意もあれば、信じがたい裏切りや我欲が待ち受けていて、命をかけた戦いが続く。

題名の ”逆渡り” とは、放浪の「山の民」が生きていくために、皆で新たな地に ”渡る” のではなく、死に向って一人で ”逆に渡る” 過酷で危険な ”逆渡り” のことをいう。

長谷川卓さんは4年ほど前に亡くなられている。
もう長谷川さんの新しい小説は読めない・・そんな想いもあったのか、今日のブログは 長谷川卓さんの文庫本『嶽神列伝・逆渡り』の事を書くつもりではなかったのだが、ついつい 込み上げてきて、だらだらと書いてしまった。

 

本当は、この文庫本『嶽神列伝・逆渡り』を読み終えて、奥付のページも終わった残りの数ページに、その出版社から出ている本の宣伝のページがあるが、その宣伝本の中に『神楽坂』という本がある事に気がついた。
本来なら この『神楽坂』の事を書こうと思っていたのだが、長谷川卓さんの「嶽神シリーズ」の話が長くなってしまったので、『神楽坂』という本の話は次回にまわす事にする・・。