春が来た・・

2020年の秋、裏の土地を開墾して畑を作り始めたとき

畑となる周りに、実のなる木などを 追々に植えてきた。

元々 表の庭に植わっていた「スモモ」の木を裏の畑の隅に

移殖したり、「ブルーベリー」の苗木を数本買ってきて植えた。

オスとメスの「キウイ」を2本購入して植えたりもした。

しかし その「キウイ」のメスの方が、2022年の春には

芽が出ないまま枯れてしまい、新しいメスの「キウイ」を

新たに買ってきて植え直していたのだが

ところが この春(2024年)、オスの「キウイ」は まだ硬い

けれど力強い「芽」が出始めているのに、メスの「キウイ」は

蕾らしきものもなく、一向に「芽」の出る気配がない。

どうやら 今度もまたメスの「キウイ」は、枯れてしまったのか。

だから枯れたかもしれないメスの「キウイ」の 枝を小さく切って

その切り口(断面)を見ると、やはり枯れているように見える。

それでも念の為、様子を見ることにして、新しいメスの「キウイ」

を、再々度 買ってきて、今度は 少し離れた場所に植えた。

わずかの間に、これで3本目のメスの「キウイ」を植えた

事になる。

 

 

昨年の夏頃までの 畑の草や木々の枝葉をブルーシートで

カバーした堆肥箱に集めて「堆肥」を作っていたのを取り出した。

想像していた通り、今年もやはり「コガネムシ」の幼虫が

数え切れないほどに見つかった。

成虫の「コガネムシ」は一見かわゆいが、その幼虫は「根くい虫」

とも云われれる 野菜などの根を食べてしまう害虫なのだ。

このコガネムシの幼虫のことは、2023年1月16日 の当ブログ

『堆肥つくり』にも書いている。

 

それでも、「土ふるい」で幼虫や小石や枝などを取り除き

とりあえず出来上がった「堆肥」は6袋。

今後の土作りに役に立つ。

 

・・そんな 出来上がった「堆肥」とか、知人から貰った「稲わら」

その他 諸々の「道具」を入れている物置の前に立て掛けている

作業用の一輪車(ネコ)に、動物の物らしい足跡が付いているのを

見つけた。

 

我が家の裏の土地には、以前から猿やアライグマなど

思い掛けない動物が餌を求めて やって来ては いた。

その足跡をGoogleの画像検索で調べて見たが・・

はて さて これは、何の動物の足跡だろうか・・・・

やっぱり無能な六兵衛には、動物を確定することは

出来そうにない・・。

 

スナップエンドウ・・だって?!

昨日は、1番畝を耕し「ジャガイモ」を植えるための準備を

したが、少し時間があったので、となりの2番畝と3番畝に

植えている「えんどう豆」のためのネット張りをした。

 

今日は その続きで、冬の間に伸び放題になっていた

「えんどう豆」の苗のまわりの草を引き抜く作業をした。

 

 

今日 つれあいに言われて初めて気がついたのだが

2番畝と3番畝に植えている「えんどう豆」の半分ほどは

どうやら「スナップエンドウ」が混ざっている・・らしい。

 

昨秋にタネを植えた「エンドウ豆」なのだが

思うように「芽」が出てくれないものだから

昨年の暮頃に、新たにホームセンターで「タネ」を購入して

「芽」が出ていない場所に植え直したものだが

今日 つれあいが、その残った「タネの袋」を見て

『これは スナップエンドウよ・・』と言われ

間違いらしい・・と気がついた六兵衛である。

ただ それまで、「えんどう豆」と「スナップエンドウ」との

違いを知らなかった六兵衛だったのである・・。

初夏になって、収穫する頃には「えんどう豆」と

「スナップエンドウ」とが・・実るのか・・。

 

昨日、「白菜」を収穫した時に捨てた白菜の「外葉」と

今日 引き抜いた「草」などは、いずれ堆肥箱に入れて

来年には「堆肥」として、また 土に返ってもらう予定だ。

 

 

「ジャガイモ」の畝つくり

そろそろ春の野菜作りの季節だ・・。

この春 最初の畑作業は、裏の畑の1番畝に「ジャガイモ」を

植える作業だ。

昨日 その「種芋」をホームセンターで購入してきた。

 

現在 裏の畑の1番畝には「白菜」を育てていて

すでに その半分ほどの収穫は済んでいるのだが

まだ12株ほどが残っている。

 

今年の「白菜」の出来具合といえば、何しろ素人作業だし

第一 農薬などは使いたくないものだから、外葉は 結構 虫に

食われていて 見栄えは悪かったのだが、何枚かの外葉を外せば

結球している内葉は、それなりに出来上がっていた。

 

「白菜」の全てを収穫したあと、草を抜き、耕耘機を出してきて

畝を耕し、我が家で作った「堆肥」と「ぼかし」を混ぜ

畝を作った。

これで数日 寝かせたら、「種芋」を植えていくつもりだ。

 

「畝作り作業」終了の後、少し時間があったので

その横の2番畝と3番畝の、秋の間にタネをまき 芽が出て

ひと冬を越した「えんどう豆」が、だいぶ成長してきたので

枝葉を伸ばすための「ネット張り」や「草取り作業」を

することにしたのだが、途中で昼が近くなったので

今日の作業は終わることにした・・。


六兵衛が畑作業にかかれる時間は、午前中の3時間ばかりが

体力的に限度なのである。

 

あれの充電は したっけ?

「ガジェット」とか「デバイス」などと 云うのか・・

ちょっと堅苦しく云えば「情報通信機器」とでも云うような機器を

時代の進歩についていけない六兵衛でも、それなりに持っている。

 

まずは「スマホ」、そして 電話の契約を破棄してSNSだけしか

使わなくなった「旧 スマホ」、パソコンの補助的役割の「iPad」

散歩の時に「スマホ」に刺して使用する「ワイヤレス イヤホン」

時間と歩数などを知るための「スマート ウォッチ」等々。

 

しかし それらは常に、“ 充電残量 ” を気にしながらの使用となる。

その充電作業も「ガジェット」によって 1日毎とか2日毎とか

5~6日に一度とかで済む場合もある。

 

今では もう これらの「ガジェット」なしでは、日々の暮らしは

考えられないのだが、しかし  “ 充電残量 ” を毎日のように

気にしながらでは、案外「ガジェット」に遊ばされているようにも

思えたりする六兵衛である・・。

 

但し パソコンの「MacBook」は、居間のテーブルの上での作業

ばかりだから、それが「MacBook」の電源のために良いことか

悪いことかなどは 分からないまま、常に電源コードを差し込んで

使っているので、充電を気にする必要はないのだが・・。

 

 

夢は今も巡りて 忘れがたき故郷・・

最後の清流といわれて久しい四万十川が、四国西部の山間いを

蛇行しながら流れる その、四万十川中流域の津野川集落で

愛媛県 滑床(なめとこ)渓谷方面から流れてきた目黒川が

四万十川に合流している。

その合流する目黒川に沿って、県道8号線を10kmほど上流に

進んだ辺りに、小さな小さな集落がある。

 

歳を重ね、日々に老いを感じ始めたからなのか

それとも 元々、後ろを振り返りたがる性格だからか

過ぎ去った 遠い遠い昔を、事あるごとに・・いや、事が無くても

懐かしく思い出す六兵衛である。

 

その集落は、遠い遠い昔の 六兵衛が まだ子供の頃の

小学校4年生・5年生・6年生の3年間を過ごさせてもらった

思い出深い山河の地である。

六兵衛が60歳を いくつか過ぎた頃に、その小さな集落の

最後の見納めになるだろうとの想いから、四万十市の実家に

墓参のために帰省した折に、車で少し足を伸ばし

つれあいと二人で その集落の山河を訪れた。

それも もう、20数年も前のことになってしまった・・。

 

六兵衛が暮らしていた昭和30年代の始めの頃

県道8号線の集落の中心部あたりのバス停から

切り開いた小高い山の上に上ると、その小さな小学校はあった。

当時は、職員室と教室を合わせても4室だけの平屋の木造校舎で

運動場も小さく狭かったが、それは 終戦後すぐの頃に

この村の青年団の若者たちが、これからは学校教育が大切だとの

強い思いから、休日を返上して4年間もの長きにわたって

力を合わせ山を切り開き、校地造成の努力をされた結果なのだと

教えてもらったことがある。

 

3つの教室は1・2年生、3・4年生、5・6年生が

それぞれ 1つのクラスで勉強をする複式学級で

全校生徒は50人足らず、先生は校長先生を入れて4人の

小さな小学校だった。

秋になると小学校の運動会が小さな校庭で行われたが

それは校区内の村人総出の お祭りでもあった。

夏は目黒川がプール代わりで、岩の上から飛び込んだり

魚を捕ったりして、真っ黒になって遊んだものだ。

六兵衛が卒業した数年後には、時代の変化と共に狭かった校庭を

少し広げて「僻地集会所」を併設し、給食も始まり

平屋だった校舎の一部が2階建となり、プールも出来たという。

 

そして六兵衛の卒業から25年後の昭和59年

新たに大きく山を切り開き、老朽化した旧校舎を見下ろす

高台に12の教室と体育館やプールもある立派な新校舎が

建設され、翌年には 小さい学校ながら開校百年という節目を

迎え、『百年誌』を出版して 「開校百年祭」を祝ったという。

 

                     Googl地図 参照〉

白色点線:昭和59年に新しく出来た校舎とグラウンドとプールの学校全景
     (残念ながら現在は 休校になってしまった・・
黄色点線:昭和30年代の六兵衛が通っていた頃の小学校の校舎とグラウンド
青色点線:その当時の木造校舎部分
桃色点線:六兵衛家族が暮らしていた住宅

 

しかし それでも結局、児童数の減少が続き

平成23年度(2011年度)の卒業を最後に休校となり

今では10数キロ離れた​​江川崎にある小学校に統合され

子供達はバスで通学しているという。

 

六兵衛の第2の故郷ともいえる山河は 遥かに遠く

しかし いつになっても懐かしく、想いは消える事はない・・。

『♬ 追いし かの山  小鮒  釣りし かの川 夢は今も巡りて 

忘れがたき故郷・・』

まさに小学唱歌『故郷』の歌詞 そのままである・・。

 

うるう日に・・

今日は2月29日、4年に一度の「うるう日」。

去年や来年だったなら、今日は3月1日という事になる。

まぁ 1日や2日の違いは ともかく、3月といえば暦の上では

春である。

だから今日は、少しでも春の気配を感じたくて

芥川の堤道を歩いてみた。

枯れすすきがゆれ、寒そうな堤道が続く・・。

 

春を知らせる「梅」の花が、今を盛りに咲いているのだが

春の実感はない・・。

この梅の木・・

一本の白梅の木なのに、枝の一部には紅梅が咲いている。

変なヤツ!・・。

 

堤道の公園の桜の蕾は、まだまだ固い。

 

そろそろ年度末が近づいていて、予算を使い切ろうとの思惑か・・

この時期になると、芥川でも河川工事が盛んに行われる。

こんな事でも、春を感じたりする・・。

 

それでも・・

「梅の花」をはじめ、「菜の花」や「水仙」・・

名も知らぬ「野草の花」なども、芥川堤道には咲いていて・・

三寒四温を繰り返しながら、必ず春は やってくる・・と

教えてくれている。

 

雨上がりの芥川

朝方まで降っていた・・らしい雨が あがったので

芥川の堤道まで散歩に出かけた。

北西の方向を眺める・・。

気まぐれに青空を覗かせたりもするが

雨上がりの雲は厚くて重い。

もう数日で 2月も終わるが、芥川の春は まだまだ先らしい・・。

 

 

芥川の川下の方に目を向ける・・。

 

・・あっ!

 

突然、「カワセミ」が水に飛び込んだと思ったら

小魚を咥えて水中から出てきた。

少し離れた木まで飛んでゆき、捉えた小魚を飲み込んでいる・・。

 

突然のカワセミの出現で、そんな状況をスマホのカメラで

写したかったが、あっ!という間の出来事で

写真を写す余裕は なかった・・。

だから帰宅後、その時のイメージを合成写真にした。

「A」地点あたりの枯れ枝にでも止まって

ジッと獲物を探していたのだろう・・。

小魚を捕獲したあと すぐ、「B」地点の木まで飛んで行き

小魚を飲み込んだのだ。

 

もちろん 写真のカワセミは、サイトから拝借したものである。

 

レシートは 栞 代わりか・・

久しぶりに ゆったりと居間の読書コーナーのソファーに座って

大好きな娯楽時代小説を読む・・。

 

もう だいぶ以前の事になるが、それまで 名前さえ知らなかった

芝村凉也という作家さんが書かれていた『返り忠兵衛 江戸見聞』

という文庫本 描き下ろし時代小説のシリーズ物を読んで

一気にファンになり、それ以来 芝村凉也さんの小説は 全て

読んでいる。

そんな芝村凉也さんの、双葉文庫から出版され、現在 進行中の

時代小説に、『北の御番所 反骨日録』(双葉文庫)という

シリーズ物がある。

 

 

時代小説での奉行所物といえば 大抵の場合、定町廻り同心や

隠密廻り同心などの花形同心や与力が主人公となって活躍する

場合が多いが、この物語の主人公の裄沢広二郎は

奉行所内の事務方ともいえる「用部屋手付同心」という

どちらかと云えば地味な役職の同心物語である。

 

その『北の御番所 反骨日録 』第7巻「辻斬り顚末」を読み始めて

数ページ目あたりに、まるで ”栞”として挟んでいたかのように

1枚のレシートが収まっていた。

六兵衛が購入する文庫本は 全て中古本なので、これまでにも

何度か 購入した文庫本の中に、レシートや何かのチケットなどが

挟まっていたことがある。

 

 

このレシート よく見ると、兵庫県たつの市の本屋さんが発行

していて、この『北の御番所 反骨日録 (第7巻) 辻斬り顚末』の

購入時のレシートのようである。

2023年4月に購入していて、値段は770円。

調べるまでもまく『北の御番所 反骨日録 (第7巻) 辻斬り顚末』が

双葉文庫から発売された時期と重なる。

どうやら この方は、この文庫本の発売と ほぼ同時期に購入し

読み終わったら、わりと直ぐ中古本として どこかの中古本屋に

売ったようだ。

そして六兵衛が、今年(2024年) の1月5日に

ネット中古本販売の駿河屋から200円で購入した事になる。

 

読み進めていくうちに、また 別の ”紙” も挟まっていた。

「楽天ポイントカードの明細」である・・。

 

 

この方、現金ではなく、「楽天カード」を使って購入し

7ポイントを獲得したという事か・・。

 

 

行ったことさえない兵庫県たつの市という町の本屋さんで

縁もゆかりもなく、名前さえ知らぬ方が購入され

そして手放した文庫本を、ふたたび六兵衛が手にした。


                                    Googlマップ 参照

 

ほとんどの場合、ただ単に中古の本・・という それだけの存在で

しかない中古本が、” 栞 代わり” だったかは 兎も角として

そのレシートが挟まっていた お陰?で、あれこれ想像をすると

何となく親しみが湧いてくるから 不思議である。

 

 

朝 霧

今朝  7時を過ぎた頃に、西側の窓のカーテンを開けると

朝霧の中に小学校の校舎が霞んで見えた。

 

東側にも回って見ると、農業用ため池と、その向こうにあるはずの

家並みや、小高い古墳の山が 霧の中に隠れている。

 

我が町でも 1年に何度か、こんな景色に出会える。

幻想的である。

 

そういえば日本語には、霧(キリ)とか 靄(モヤ)とか 霞(カスミ)とか

区別が付きにくく、それらを表す漢字も似ているうえに難しい。

正しい違いを知らないから、ちょっと調べてみた。

 

霧(キリ)・靄(モヤ)は水滴で、霞(カスミ)は水滴以外のチリや

ホコリの場合を云うらしい。

また、霧(キリ)は秋の季語、霞(カスミ)は春の季語だという。

確かに、春のぼんやりとした見通しの悪い空気のことを

はるがすみ (春霞) というね。

 

西の空に 感謝・・

つれあいが退院して2週間が過ぎた・・。

入院していた その2ヶ月の間の、六兵衛の一人暮らしを思い

起こせば、娘達や孫達の励ましや手助けに感謝するとともに

退院した つれあいが側に居る心強さや ありがたさが、改めて

身にしみる。

 

 

・・そんな ある日、無料の「Evernote Free」を利用している

六兵衛のもとに、その「Evernote」から【 重要なお知らせ 】

というメールが入った。

 

『ノート数が上限の 50 個に達した。

新規作成を続けるにはアップグレードしてください。

2023年12月4日以降、Evernote Freeをお使いのお客様の

アカウントで所有出来るノート数の上限が50個

ノートブック数の上限が1個になります。』・・との内容だ。

これまで 深く考えることもなく「Evernote Free」を使っていた

六兵衛だったが、どうやら使用するための条件が厳しくなった

ということか。

「Evernote」をスムースに使いたければ、アップグレードして

それなりの料金を払ってから使ってくれ・・と云う事らしい。

そう云えば この頃、何となく「Evernote Free」がスムースに

使えなくなっていた事を思い出した・・。

まぁ 残しておいても、大して役に立つとは思えない程度の

ファイルなのだが、無料の「Evernote Free」だから念の為に

” 記録 ” として残しておくつもりだったのだ。

だから これまで、「Evernote Free」に保存していたファイルを

整理し直し、他の「オンラインストレージ」の「Dropbox」や

「Google ドキュメント」、「Boox Sync」など

やはり無料の「オンラインストレージ」も利用しているので

これまで「Evernote Free」に保存していたファイルなどは

他の「オンラインストレージ」に移動しておこう。