『認知機能検査』・・終了!

75歳以上の後期高齢者が運転免許証を更新する場合は

その前に「認知機能検査」と「高齢者講習」を受けなければ

更新手続きが出来ないことになっている。

その事は、これまでにも当六兵衛ブログに何度か書いて

きている・・。

2023年3月13日の日記・「認知機能検査」の日が 近づく

 

6月に77歳になる六兵衛は、運転免許証の更新をする。

昨日が、更新前に受けなければならない「認知機能検査」と

「高齢者講習」の予定日だったので、朝から 我が街の

自動車教習所へ出かけて行って、午前中の3時間

「認知機能検査」と「高齢者講習」とを受けてきた。

 

まず 、“記憶力”を試される「認知機能検査」では 幸いにも

16問のほとんどを回答出来たように思う。

検査の結果も、「記憶力」「判断力」の『心配なし』との

ご判断を頂戴いたしました。

『「認知症のおそれがある」基準に該当しませんでした。』との

いかにも 役所らしい、ややこしい表現の ”お墨付き” を頂け

ました。

ありがたい事に、6月になれば 運転免許の更新を許された

のでございます。

 

ありがたや、ありがたや・・。

 

「認知機能検査」の日が 近づく

75歳以上の高齢者が運転免許証の更新をしようと思えば

更新の前に「認知機能監査」を必ず受けねばならない。

 

2022年11月7日の当六兵衛ブログにも日記を書いている。

『 後期高齢者の「認知機能検査」』

https://arukuneru.com/2022/11/07/post-8164/

 

今年の6月には免許更新を迎える六兵衛に、新年早々 警察の

交通課から「免許更新手続き」のための用紙が郵送されてきた。

折返し すぐに交通課に連絡をして、「認知機能監査」のための

受験日を決めた。

コロナの影響もあって、3ヶ月ほど先まで 受験者の申し込みが

詰まっていて、六兵衛が受験出来る日は 早くても3月の中頃に

なるそうで、その時はだいぶ 先やなぁ・・思っていたのだが

月日の流れは 過ぎてしまえば早いもので

とうとう その受験日が、数日後に迫ってきたのだ。

 

76歳の ややマダラ状態になっている記憶力の六兵衛やから

受験日が決まってからは、ネットで調べた「認知機能監査」の

ための64個の「絵」の記憶方法を参考にして

ほぼ毎日 30分ほど、繰り返し 繰り返し 記憶してきた。

 

・・とは云っても、1ヶ月も同じことを繰り返していると

飽きっぽい性格の六兵衛ゆえに、徐々に しんどくなってきて

しばらく中休みをしていたのだが、「認知機能監査」の検査日が

近づいてきて、再び記憶することを始めた。

そどちらにしても、なかなか思うように覚えられず

検査日が すぐそこまで来ているというのに、今でも64個の

絵の内の2~3個は、思い出せない「絵」が出てくる・・。

それでも まぁ、その程度の無回答だけなら点数的に云って

試験結果に さほどの影響は無いだろうと思いながらも

気持ちのどこかで、不安になったり、また楽観したり・・と

揺れる六兵衛の、小さな心・・なのである。

 

「朝霧峠」

いつものように、「iPhone」に保存している昔の流行歌を

聴きながら、今日も散歩をした。

「ユーチューブ」から「iPhone」に保存させてもらった

数百の歌謡曲の中に、「朝霧峠」という古い昔の歌がある。

「朝霧峠」レコード

 

昭和17年、戦争が激しくなる頃に作られた歌のようだ。

時の軍部などが、天皇の名を利用して強引に行った侵略戦争に

全国民が引きずり込まれた太平洋戦争。

アジア諸国を欧米から守るため、日本が中心となって

「大東亜共栄圏」を作るとの大義名分のもと、アジア諸国を

植民地化し、一方 日本国民に対しても、天皇のため国のために

国民は命を捨てるのは名誉なのだと、国威発揚をも兼ねた

大衆の歌が多く作られたようだ。

 

そのような多くの歌謡曲の中に、出征する息子を馬で峠道まで

見送る父親の心境を描いた歌が「朝霧峠」という歌だ。

朝霧の峠1

『朝霧峠』(日本コロムビア)

作曲:佐々木 章 作詞:高橋 掬太郎 歌:佐々木 章

https://www.youtube.com/watch?v=tct_NdQhSUU

1)

一人息子と 思ふちゃすまぬ

育て甲斐ある お召の首途(かどで)

せめて送ろと 手綱を執れば

黒馬(あお)も勇むよ 峠道

2)

遅れとるなと 聲(こえ)励ませば

後を頼むと 凛々しい言葉

老いの身ぢゃとて 銃後の奉公

引けはとらぬぞ 人様に

3)

生きて還ると 思ふちゃならぬ

これが名残の 朝霧峠

倅ながらも 捧げるからにゃ

明日の手柄を 待つばかり

 

掛け合う「言葉」とは逆に、親子の胸の内は如何ばかりか

歌を聴きながら 何度も涙する・・。

 

『おめでとうございます』と云って「召集令状」が来て

『バンザーイ』と兵隊に送り出される。

お国のため 立派に命を捧げて来い!と、父親に云わせる

そんな国を挙げての風潮とはいえ、どうにも やるせなく

そこまで追い込む国の指導者(権力者)に 腹が立つ!

 

黄色い水仙

 

「メダカ」や「川エビ」の水槽の近くの庭に

黄色い「水仙」の花が、さり気なく 咲き始めた。

 

ひばりさんの「伊豆の踊子」

「YouTube」で観ることが出来る 昔の映画を「外付けHDD」に

数多く保存している六兵衛だが、そんな映画の中から 昨夜は

若い頃の美空ひばりさんが演じている『伊豆の踊子』を観た。

伊豆の踊り子、ポスター

1954年 制作(昭和29年)の松竹映画。

原作:川端康成さん 監督:野村芳太郎さん

踊り子(薫):美空ひばりさん、学生:石浜朗さん

 

六兵衛が まだ子供だった頃、田舎の東映専属の映画館では

中村錦之助さんや市川右太衛門さんら多くの俳優が出演する

単純で勧善懲悪の時代劇映画が上映されていたが

そんな映画の中に、美空ひばりさんの映画も数多くあった。

 

美空ひばりさんの映画も やはり、子供の頃の六兵衛でさえ

単純で つまらんと思っていたから、ほとんど観た記憶はない。

だから 美空さんの映画『伊豆の踊子』を、これまで観たことは

なかった。

 

そんな、美空さん主演の白黒映画『伊豆の踊子』から9年後の

1963年に、吉永小百合さん主演の総天然色映画『伊豆の踊子』

が上映された。

小百合踊子2

六兵衛が高校生のときで、田舎の小さな映画館で観たし

今も「外付けHDD」の中に「You Tube」で放映されていた

吉永さんの『伊豆の踊子』を大切に保存をしている。

そこで 一度、美空ひばりさんの『伊豆の踊子』と

吉永さんの『伊豆の踊子』を観比べてみようと考えた。

吉永小百合さんの『伊豆の踊子』は強く印象に残っているが

美空ひばりさんの『伊豆の踊子』は どうだろう・・。

美空の踊子

 

この映画、主役 二人の淡い恋心のような心の動きを

あえて抑えて表現しようとしたのか

それとも若い二人の演技が、ただ下手だったのか・・

どちらにしても、少々 物足りなさを感じてしまった。

もちろん観る人によって、その印象は変わるのだろうが・・。

 

ただ 相当古く 暗い画面の白黒映画ゆえに、決して綺麗とは

云えず 観づらい映画だったけれど、ロケ地となったであろう

伊豆半島は、まだ戦前を十分に残していて

温泉場を流して歩く踊子たち一行の、厳しい暮らしぶりと相まって

原作「伊豆の踊子」の大正時代中期の頃の村々の自然の雰囲気が

感じられた点は良かったと思う。

 

これまでの踊り子達

『伊豆の踊子』の映画は、これまで数多く制作されている。

戦前のトーキー映画での踊り子役は田中絹代さん。

戦後では美空ひばりさん、鰐淵晴子さん、吉永小百合さん

内藤洋子さん、山口百恵さんなど、多くの女優さんたちが

踊り子・薫役を演じている。

 

『高所作業』の続き・・の続き

先日の六兵衛ブログにも書いたが、近所に立っていた電力会社の

送電用の鉄塔が、1基、2基と 撤去されている。

散歩に出かけたとき、それらの鉄塔から東側に立つ鉄塔の下を

通ったので上を見てみると、西からの送電線が確かに

無くなっている。

東の鉄塔

 

今回の鉄塔の撤去工事は、新しい鉄塔に作り変えるためなのか

それとも、鉄塔は撤去して別の方法で送電を考えているのか

どちらにしても、一つ 疑問が六兵衛に湧いた。

送電線の撤去方法である。

 

鉄塔自体の撤去は、鉄塔の上部から順番に鉄枠を1本ずつ外し

地上に下ろしていく方法なら、手間はかかるが確実に

撤去出来るだろう。

しかし、問題は送電線の撤去だ・・。

鉄塔と鉄塔の間が 何も無い平地なら、2ヶ所の鉄塔の

それぞれの送電線の接続部分を切断して

そのまま送電線を下へ落とせば簡単なのだろうが・・

電線撤去。落とす

殆どの鉄塔の場合、2ヶ所の鉄塔の間には人家があったり

山の中でも樹々が茂っていたりして、送電線を鉄塔の根本で

切り離す方法は 取れそうにない。

では どういう方法で送電線を撤去しているのだろう?

 

先日から撤去作業が進んでいる近所の鉄塔の

送電線部分の撤去が、どの様な方法で行われたのかを

残念ながら見る事もないままに、送電線は無くなってしまって

いたので、送電線の撤去方法は分からないままなのだ。

 

そこでネットで調べてみた。

山間部や町中などでの送電線を張ったり撤去したりの作業は

ヘリコプターやアドバルーンを使って浮かして取り外すらしい。

しかし いきなり、鉄で出来ている送電線を吊り上げるのは

重くて危険なので、まずは軽いナイロンロープを片方の鉄塔の

送電線に結び、もう一方の鉄塔から送電線を引き

鉄塔間を軽いナイロンロープに交換した上で

そのナイロンロープの片方をヘリコプターとか

アドバルーンで浮き上がらせて、もう一方の鉄塔へ引き寄せ

撤去するのだという。

 

なかば独占企業とも云える大手電力会社の身勝手な横暴さには

あまり良い印象は持っていないが、身の危険さえ顧みず作業を

されている多くの作業員(多分下請けの・・)の方々の努力には

頭が下がる六兵衛である。

撤去前と後

 

今後も されるであろう違う現場の工事でも・・

『祈る、ご安全に!』

 

どこかで春が・・

今日で2月も終わり、明日から 春3月。

まだまだ寒い日は 何度もやって来るだろうが

それでも今日は、雲ひとつない青空で陽射しも強く

やっぱり春を期待させる。

青空

 

歩き始めた近所の畑に、大根が放置されていた。

変形大根

股のように先端が枝分かれした大根を「マタコン」と云うらしいが

この大根も相当の「マタコン」である。

 

芥川の土手道に数人のオヤジ達が、河原の草原に望遠カメラの

レンズを向けて、どうやら「カワセミ」がいるらしい。

これまでにも何度か、この土手道で「カワセミ」を見かけたが

今日は2羽の「カワセミ」が、餌を求めて川べりに飛んで

来ているようだ。

カワセミ

六兵衛も「iPhone」のカメラを向けてシャッターを切ったが

望遠カメラのようには、当然 いかない・・。

 

この土手道で一番先に咲き始める大きな梅の花は

もう 満開を過ぎて散り始めていた。

梅の花

 

「塚脇橋」近くの「おばあさんの畑」の側の

あぜ道の工事をしていた。

おばあさんの畑

片側をコンクリートの擁壁にして、軽トラックくらいなら

通れる道幅にするのだろう。

「おばあさんの畑」で、おばあさんが働く姿を見かけなくなって

もう何年が過ぎただろう・・。

それなりに、誰かが手入れをしているようで

雑草で荒れ果てる事などはないが

野菜を作っている様子は 見られない・・。

 

 ♫ 童謡「どこかで春が」

どこかで春が 生まれてる
どこかで水が 流れ出す
どこかで雲雀(ひばり)が 啼いて(ないて)いる
どこかで芽(め)の出る 音がする
山の三月 東風(こち)吹いて
どこかで春が 生まれてる

夕焼け空に・・

我が家のリビングルームの西を向いた大きな窓からは・・

夕方の空
2021/10/01撮影

 

 

 

阿武山に沈む様々な表情をした夕陽を見ることが出来る。

夕方の空
2021/10/17撮影

 

時には幻想的に、時にはダイナミックに、色とりどりに雲を散らし

えも言われぬ ”趣” を見せてくれる。

 

夕方の空
2021/11/04撮影

 

夕焼けが、何故 色や模様を微妙に変化させながら輝くのか

むつかしい理屈は分からなくても

またたく間に過ぎ去ってしまう夕暮れの名残の空色が

観る者を惹きつけて飽きさせない。

夕方の空
2021/11/05撮影

 

季節によって 入り日は、沈む場所をも 少しずつ変えていく。

夕方の空
2022/07/29撮影

 

 

いつのときも それは、激しく美しい・・。

 

夜空
2022/09/16撮影

 

陽が落ちて 暮れゆく前の、星空に変わる前の

そんないっときに

一日の終りの未練を残して・・。

夕方の空
2022/09/24撮影

 

遠い昔の 誰かが詠った言葉を借りれば

”春はあけぼの”、”夏は夜”、”秋は夕暮れ”、”冬は早朝”とか

云うらしいけれど・・。

夕方の空
2022/11/24撮影

 

これまで 六兵衛が、少しずつスマホで写してきた西側の窓から

眺めた夕焼けの写真を掲載した。

『高所作業』・・の続き

去る2月9日の当ブログ日記『高所作業』に

部屋の「ルームランナー」を歩きながら、窓から外の景色を

眺めていて、いつもと違う変電所の鉄塔が目に入り

『・・・ いつも見ている鉄塔とは、何処か違うような・・。

目を凝らして よォ〜く見ると・・おぉ! 鉄塔の天辺に

人が動いている・・。』・・と、そんな日記を書いた。

変電所の鉄塔

 

その前の昨年の暮に、何気に写した景色の写真には

まだ作業をする前の、これまで通りの鉄塔の姿が写っている。

変電所の鉄塔

 

鉄塔の上に人がいるのを見た時には、鉄塔の修理か何かの

作業をしているのだろうと思っていたのだが

それから1周間ほどが過ぎた17日に その鉄塔を見ると

その上の部分が消えていた。

変電所の鉄塔

そして、電線も無いのだ。

ちょっと大袈裟な修理をするんやなぁ〜と思っていた・・。

鉄塔工事

ところが 2月21日には鉄塔の全てが「シート」に覆われている

ことに気付いた。

鉄塔工事

 

「シート張り作業」が どうやら終わったあと

散歩で近くを通ったので、「シート」の中では何やら作業が

行われている音がしているので、作業現場の入り口に立っていた

ガードマンに尋ねると、『鉄塔の解体作業をしている』のだと

いう。

・・・・・・・・

あれ? ち、ちょっと待って・・

なんか おかしい・・

 

家に帰って、もう一度 鉄塔が写っている写真をじっくりと見た。

鉄塔の場所が 違う?

・・・もしかして、別の鉄塔か?

 

そもそも最初に、てっぺんに登って作業をしている人を見た鉄塔は

関西電力・阿武野変電所内の鉄塔だったはずなのだが

「シート」を覆って作業を始めた鉄塔は、府道115号線と

6号線の交差する西側の空き地に立っているのだ。

・・・・・・・・・・・

鉄塔工事

 

そうか・・いつも何気に見ている風景なのだが

実は100mほどしか離れていない場所に

2基の鉄塔が立っていた事に、改めて気付いたのだ。

 

我が家の方角から見ると、こんな感じに・・。

 

それにしても、最初に「ルームランナー」で歩きながら見た

鉄塔の撤去作業は、えらく早く終わっていたという事のようだ。

 

 

2基の鉄塔の話とは別になるが、全てを「シート」で覆った

鉄塔の姿を見ると、まるで巨大仏像か何かが立っていて

異様な感じがしてしまうのは六兵衛だけだろうか・・。

苦手なのである、巨大な仏像が・・。

背中がゾクゾクとして落ち着かなくなるのだ。

観光地の町中の建物越しや、山の上などに

そんな仏像が そびえ立っていたりするのを見ると

”ゾク ゾクッ”としてしまう六兵衛なのである。

巨大像

 

巨大な仏像を想像させるが如き「シート」に覆われた鉄塔は

やはり異様と云わざるをえない・・。

 

主 権 在 民

とあるメディアが発表した今年始め頃の「政党支持率」である。

政党支持率

 

これを見ても、政権与党である自民党の支持率は

全有権者数の約1/3程度しかない。

しかし、有権者の1/3程度の支持者しかない自民党が

例え 公明党との連立を組んでいるとしても

日本国の政治を、当たり前のごとく 自分たちの思うがままに

操るという、大いに 納得のいかない状況が長く続いている。

 

それもこれも、現在の野党の迫力の無い無能さが

最たる原因の一つだろうと考えられる。

己たちも多いに適当だけれど、己たちを脅かすべき奴らが

もっともっとダメなのだから、楽なものだと・・。

 

現 岸田政権の支持率を見る。

「時事通信社」によれば、支持率は約28%・不支持率は42% 。

政治権力に媚びを売る事を恥じとしない「NHK」の支持率は

約36%・不支持率は41%となっている。

こんな政治状況が ここしばらく続いている岸田内閣も

相変わらず口先だけの、何も出来ない、いや やる気さえない

「小者」達の集まりである。

 

首相の岸田さんにしてみれば、野党からの危機感は まったく

感じないだろうが、同じ自民党内の各派閥からの突き上げは

けっこう強く、ゆえに 今後の岸田政権は、それほど長くは

続かないだろう、「風前の灯火」・・と云うところか。

しかるに 残念ながら、「ポスト岸田」と云われる何人かの

自民党議員の顔ぶれを見ても、あの方も この方も

どうにも やっぱり「小者」ばかりのようである。

5人

 

昔から「地位が人をつくる・・」などと云われたりするが

このような顔ぶれの方々の中には、地位を得て向上する

どころか、かえって地位に自惚れ乱れてしまわれる方とか

地位が重しになり 短期間に消えてしまわれる方 など・・

そのような方々ばかりのように思われる。

 

だからといって 何度も云うが、野党の議員さん方が素晴らしい

・・などと、とても云えたものではなく

例えば 野党第1党の立憲民主党にしても

自民党と似たり寄ったり・・いや それ以下とさえ思える

だらしのない状況である。

 

主義主張が 右でも左でも 上でも下であっても

本来の政治のあるべき姿である「主権在民」を ないがしろにして

嘘や建前や屁理屈だけで議論を適当に誤魔化し

結局は己らの金儲けばかりに走る・・誠に日本の政治の今は

貧困 極まりなく 御座そろう。

 

初 返 品 !

この頃の我が家では、ネット通販を利用する事が多くなった。

出歩かなくても買い物が出来るなんて、便利な世の中だが

ただ、品物を手に取り 吟味しての買い物ではないだけに

少々の問題が起きたりもする。

「Amazon」や「ヤフー!」などのネット通販での買い物は

ここ数年来、少しずつ 経験を積み重ねてきた六兵衛なのだが

今回 初めて「返品」という経験をした。

 

先日 「Amazon」に、つれあいの「パジャマ」2着を注文した。

しかし それが どうやら2着とも、六兵衛がサイズを間違えて

注文したらしいのだ。

孫パジャマ

2着のうち1着は、南草津に暮らす孫娘が着てくれそうなので

小包で送ったら、喜んでくれている写真が返ってきて

とりあえず安堵した。

残りの1着は「返品」せざるを得ず、初めての経験ゆえに

まず 返品のためにするべき手続きを調べた。

返品

 

初めての「返品」作業で、妙に緊張してしまった六兵衛は

「返品をするための手続き」などの説明を読んだのに

思うように上手く出来ず、一度は 諦めかけた・・のだが

つれあいの叱咤激励もあり、新たな気持で再度「返品手続き」に

挑戦し、なんとか! なんとか! 返品手続きを終えることが

出来たのだった。

 

そして昨日のこと、「Amazon」へ注文していた つれあいが履く

「サンダル」が届いた。

つれあいが履いてみると、かかとを抑えるバンドの付け根が

簡単に外れてしまったという。

続くときには続くものだと思いながら、即「返品」である。

壊れたサンダル

 

僅かな間の、2度目の「返品」手続きだったから

作業にも余裕で対処でき、あっさりと終わったのだった。

 

そうだ!「返品」なんて、もう 怖くないゾ!