ふるさと四万十のながれ・・

南草津に暮らす長女の昨日の「Fasebook」には

六兵衛にも懐かしい昔の故郷の写真が掲載されていた。

四万十1

25年ほど前の、六兵衛の故郷に家族で帰郷したときの

写真である。

ただ この時期、次女は 留学のため、アメリカのボストン

近くの町に暮らしていて、日本には居なかったのだが・・。

四万十川

ふるさとの我が家の家の前には、四万十川が流れている。

台風の時には、荒れ狂い近寄りがたい四万十川だが

平時は ゆったりと穏やかに流れている。

子供の頃から遊び場は、いつも四万十川だった。

四万十タバコ

この写真の頃の六兵衛は、もうすでに50歳になっているはずだが

その上 2,3日だけの短いお盆休みで帰省したときでも

やっぱり川に降りて 遊んでいる・・。

 

西の山並みに陽が陰りはじめると、四万十の水面がキラキラと輝き

・・いつまで遊んでんねん。

四万十5

もう そろそろ帰りや!

 

 

芥川堤道を塚脇方面へ・・

今日は、天気もよく 風もなく、ありがたい散歩日和だ。

芥川堤道を上流の「塚脇」まで歩いた。

(写真をクリックすると拡大する)

 

 

冬枯れの「塚脇」「摂津峡」辺り・・。

 

摂津峡方面
(写真をクリックすると拡大する)

小慈小悲・・?

芥川堤道を「大蔵司橋」から川下に向かって歩き

西国街道に掛かる「芥川橋」で折り返して、反対側の川岸の

歩道を帰るコースの途中に「妙圓寺」という寺がある。

妙圓寺1

 

その寺の掲示板には、仏の教えのような ”ことば ”が

時々書き換えられながら張り出されていて

今年初めて その寺の前を通ったら、新しいことばが

張り出されていた。

妙圓寺2

 

『 是非しらず 邪正もわからぬ このみなり

 小慈小非も なけれども 名利に人師を このむなり 』

 

我が家に帰ってネットで調べてみると、どうやら親鸞聖人の

言葉のようだ・・。

 

「是非」:
名詞でいうと『正しいか否か』『善か悪か』『当否』等々
副詞でいうと『なんとしてでも~』の意味をもつ。

「邪正」:(じゃしょう・じゃせい)
よこしま(不正)な事と正しい事。不正と正。悪と善。

「小慈小悲」:
苦を抜く事を”慈”といい、楽を与える事を”悲”という。
仏教では、仏が人の苦しみを抜くことを”大慈悲”といい
人間のその行為を”小慈悲”というらしい。

 

言葉の意味を調べた上で読んでみると・・

『 ものごとの本当の是非を知らないし

正邪も正しく判断出来ない私です。

小さい慈悲さえも持つことが出来ないのに

自分の名誉や利益を求め、人の上に立って師になることを

望んでいる。

まことに恥ずかしい私です。』

・・と、親鸞聖人が言ったという。

 

言われてみれば、自分を戒め厳しく立派な言葉だが

「無宗教」と云えばいいのか、「無神論」と云うべきか

なにはともあれ六兵衛の、無教養と信仰への いい加減さが

言い伝えられて来た先人の言葉も、明日になれば多分 忘れて

いるであろう六兵衛なのだ・・。

 

死は冒険・・

前回(昨年末の・・)の日記にも書いたように

1年の過ぎ去る速さが、ますます半端なく早く感じる年齢に

なってきた気がする。

89作目
六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の 2011年の年末の頃に「さし絵」として掲載していた89作目のカット絵。

 

六兵衛が、もし このまま そこそこでいいから

歳相応の健康を保てられるとして、80歳代の半ばくらいか

都合よく考えれば 90歳あたりまで、この世に生かして

もらえるかも・・との期待もあったりするが、まぁ 世の中

希望通りには いかないことも多くあるわけで・・。

 

年始 早々に・・とも思うし、年始だから・・とも思うが

この頃、よく 考えることがある・・。

己が死んだら 己自身は、一体 どうなるのだろう・・と。

地獄

当然 己の肉体は、消えて無くなってしまうのだろうが

己が死ぬ寸前まで持っていたはずの ”感情”や”記憶”などと

いった ”己の心” とでもいうか、形はないが 己が生きていた

間は、確実に己の中に存在していた ”それ” は

持ち主である己の死によって、どうなってしまうのか?

人の死後、その魂( ”心”や”感情”や”記憶”などのこと・・)は

肉体と一緒に消えてしまうのか、それとも 何処かに・・ 

残っていて・・ 

70歳半ばを過ぎた六兵衛が、今更ながら想像をしてしまう・・。

階段
(サイトより引用)

 

『死は冒険だ・・』という言葉を、テレビの番組で誰かが

言っていたのを聞いたことがある。

その言葉を聞いて、”死” の深い意味など分からなくても

何となくだが 納得できたような気もした六兵衛でもあった。

 

人が死ぬ事の確かな答えを知ろうにも、生きている者 全てが

未経験者ゆえに、それを知る経験者はどこにもいない。

だから 全ての人は、死後がどのようなものか教えてもらう

事も出来ず、ただ ただ 想像をするのみ・・なのだろう。

死は、先人からの導きや教えもないまま、人が ひとりで

初めて経験する大きな挑戦なのだから『死は冒険だ』とも

いえるのだろう。

だから 初めて、死への冒険に向かう前に ”神” という存在を

信仰し、神にすがることによって、その冒険に向かうための

心の支えにしようと考える人がいても 不思議ではない・・か。

ましてや生前に、大きな苦しみを経験してきた人にとっては

迎える未知の世界に、強い不安を感じたとしても・・。

 

 

1年なんてアッという間に・・

2022年も今日が最後。

散歩に出かけた。

 

まず「今城塚公園」をひと回り・・。

公園内の芝生のそこかしこでは、親子連れや少年のグループが

サッカーに興じている。

サッカー1

先日終了したばかりの「FIFAワールドカップ2022」などの影響も

あるのだろう。

サッカー2

それにしても この頃は、野球よりサッカーをする子供たちが

多くなったようだ。

サッカー3

野球や相撲で育った六兵衛には、どうにもサッカーの面白さが

分からないのだが・・。

サッカー4

 

・・と、そんなふうに思いながら、「今城塚公園」を出て

東に向かい、以前は大手電気会社の社員用の団地が建っていて

今はグラウンドになっている広場で、やっと野球をしている

家族連れがいた・・。

野球1

 

そのグラウンドの北側にたつ「素戔嗚尊神社」

(スサノオノミコトジンジャ)を廻って、北の方向に折り返し

スサノウ神社

冬枯れの田畑を見ながら帰ってきた。

 

 

それにしても、早い!早い!

良いのか悪いのか 分からないけど、1年なんて

アッという間に過ぎてしまう・・。

 

今日も歩く・・

軽い朝食を済ませたあと、3階に上がって30分ほど

「ルームランナー」で歩く。

 

その3階の部屋は、子供部屋の予定で作ったものだったが

二人の娘たちは、その部屋を さほど使うこともなく独立して

今は「ルームランナー」の部屋として利用している。

 

12月にしては割と暖かそうな 外の景色・・。

窓下に見える農業用溜池の水面は、空と流れる雲を穏やかに

写している。

つがいの水鳥が餌をついばんでいたり、時に吹く風で

水面は揺れたりもするが、すぐに穏やかな水面にもどり

また ゆっくり流れる雲を写してくれる。

遠く

 

農業用溜池の向こうに走る府道脇の歩道に、この時間 いつもなら

近くの小学校や中学校へ通う生徒たちの通学時間帯とかさなり

そんな子どもたちを眺めるのは、ルームランナーの上をただ単調に

歩数を稼ぐために歩く六兵衛の慰めになってくれるが

学校はすでに冬休みに入っていて、子どもたちの通学姿を

今日は見ることができない。

 

やや遠く 東の方角には、我が町の中心地の繁華街があつて

20数階から40数階建ての高層のマンションや

市役所や図書館などが入った10数階建ての総合センタービル

など、合わせて5~6棟の高層の建物が、何だか 場違いの感じを

させながら、そびえ立っているのが見える。

そして それよりも遠く、霞むように見えるのは

宇治や奈良あたりの山並みだろう・・。

 

中古の文庫本『阪急電車』

昨日のブログの日記に、我がブログの背景色が

2色だったはずが3色になった・・と

一昨日(23日)の日記の事を書いたのだが

昨日の日記は、元の2色に戻っていた。

・・よう分からへん事が多くて慌てるけれど

とりあえず 直ったんやから、良しとしようか・・。

 

 

さて、有川浩さんの文庫本『阪急電車』の中古本を読んだ。

中古本だから、以前にもレシートなどがページの間に挟まって

いたこともあったりしたが、今度ページの間に挟まっていたのは

店の名刺のようだった。

阪急電車・栞

 

店の名前と住所を頼りにネットで検索したら

福岡の街で古本と珈琲と果実酒の店を営業されている

とても評判の良さそうなお店で、ご飯やスイーツやおつまみなどを

食べながらのんびりと本を読んで過ごせる店のようだった。

しかし 残念ながら、何年か前に店主の方が亡くなられていて

今 店は閉店しているという。

 

この『阪急電車』を読まれていた人は、一度はそのお店に

通われて、スイーツや珈琲などを飲みながら 本を読み

ゆったりとした時間をすごされていたのだろうと想像する。

小説『阪急電車』に登場する人々の暖かさと

この店で過ごされていたであろう多くの方々の

やさしい時間とが、ダブるのである・・。

 

ブログの様子が・・

「WordPress」を利用させてもらってブログを書いている

六兵衛だが、「WordPress」における操作方法などの95%

以上を、理解出来ないまま ブログを書いている六兵衛だから

何か問題が起きると、どうしていいか分からなくなる・・。

 

昨日、日記を更新しようとした過程で、これまでと異なる

状況が起きていて、少し慌てる。

 

変化 その1。

日記でのフォントを決めるための、「バナー」と云うんやろか

名前は よう分からへんけど、とにかく 色々なフォントの種類が

出てくるはずの「枠」をクリックしたら、いつもは多くの

フォントが表になってズラーッと出てくるのに

わずかなフォント数しか表示されなくなっている・・。

フォント2

 

六兵衛が 何かの拍子に わけも分からず

WordPressの基本設定の何かを 加えたか、減したか・・。

もちろん六兵衛には分からないのだが・・。

とりあえず、ダッシュボードの中に入り

「インストール済みのプラグイン」を調べてみたが

やっぱり プラグインの増減など、分かるはずもなかった。

 

何とか せにゃーいかん・・とネットで調べ、「WordPress」で

使えそうなフォントを探し、「 Google Fonts」という

プラグインをインストールしたら、これまで六兵衛ブログで

使っていた「Arialフォント」などが入っていたので

とりあえず  これを利用することにした。

フォント1

 

変化 その2。

ブログ内の背景色が変わった。

2,3色

以前のブログの背景色は、サンタクララに暮らす次女が

配置や背景色を決めてくれて、しっくりと落ち着いた

色合いで、淡い茶系統の2色で出来ていて気に入っていたのに

それが昨日の「公開」した日記は、背景色が3色に

なっている・・。

 

・・・・・もしかしたら もしかしたら、今日の日記は

元の状態に戻っているかもしれない・・などと

原因がわからないままで日記を書いているものだから

つい そんな、甘い考えを期待しながら・・

「公開」のバナーをクリックした・・。

 

ちあきなおみさんの歌声が・・

今日も「iPhone」に保存している古い流行歌を聴きながら散歩をしていると、ちあきなおみさんの歌がイヤホンから聴こえてきた・・。

ちあきなおみさんの歌を聴きながら歩いていて、フト 思った。

ちあきさんは もう長い間、歌うことを止めている。

ちあきさんが新しい歌をうたうことは、もうないんだろうか。

ちあき・郷

ちあきさんが歌うことを止めたのは、最愛のご主人で元日活の俳優・郷鍈治さんが、肺がんで他界した日だったという。

郷さんは ちあきさんと結婚されたあと、自ら俳優を辞め所属事務所から独立した ちあきさんと個人事務所を設立し社長兼マネージャーとなって、ちあきさんの芸能活動を影で支えていたという。

『もう無理をして 歌わなくていいよ』と郷さんが亡くなる前に ちあきさんに言ったという・・。

ちあきさんが表舞台から姿を消して30年。

これまで 我がブログでも、何度も何度も ちあきさんの歌に聴き惚れている六兵衛の想いを書いてきた。

そして出来れば、ちあきさんの新しい歌を聴きたいと思うけれど、無理をしてまで歌ってほしくはない・・。

六兵衛の「iPhone」の中に保存している ちあきさんの歌はカバー曲も合わせて57曲もあるのだ、十分である。

3人の歌

ちなみに六兵衛の「iPhone」の中に保存している歌は三橋美智也さんの歌が87曲。

倍賞千恵子さんが歌ううたが、ちあきさんの歌と同じ57曲。

他の方の歌も合わせて 多くの古い流行歌は、六兵衛の散歩の友なのである。

今年の「エンドウ豆」作りは・・

今年は「エンドウ豆」作りに苦心している。

わずか2年ほど前から畑仕事を始めたというド素人の六兵衛が

「苦心している・・」などと、いかにも農作業のベテランの

ような言い草で恐縮だが、2020年の秋と2021年秋の

2度 経験をした「エンドウ豆」の生育は、それなりに順調に

育ってくれたのだが、3年目の今年は 何故か上手くいかない。

さる11月8日に、少し時期が早いか・・とは思いながらも

4番,5番畝に「エンドウ豆」のタネをまいた。

しかし 2週間が 経っても、そのうち5,6箇所だけにしか

芽が出なかった。

所々にしか芽が出ない

 

だから 再度、春に収穫して残しておいた豆(タネ)を

あらたに4番,5番畝にまいた。

少し寒くなって来た11月の終わり頃にタネをまくのは

やはり厳しかったのか、これも思うように芽が出てくれない。

何としても「エンドウ豆」を育てて、来年の初夏の頃には

収穫をしたいから、「3度目の正直」で12月5日に

濡れナプキンに「エンドウ豆」のタネ(豆)を乗せ

3,4日ほど湿らせると「根」が出始めたので

育苗土を入れたポットに そのタネを植え

温かい室内に置き、芽が出るまで育てた。

ところが 下の写真でもわかるように、ひょろひょろと茎だけが

伸びた、まるで「もやし」のような苗に育ってしまったが

12月18日、とりあえず4番,5番畝に その苗を定植した。

エンドウ豆

 

最初にタネをまいた頃に、水のやりすぎがあった・・とか

「エンドウ豆」は連作を嫌う・・とか、そんな事が 上手く

いかなかった原因なのかもしれないとは思いながらも

なにはともあれ、とりあえず 4番,5番畝に柱を立て

ネットを張り、念のためにと考え 寒さよけに

有り合わせの寒冷紗と不織布とで、頼りない苗を覆い

とりあえずの準備を済ませた。

えんどう豆不織布

さて、うまく育ってくれるかどうか、ド素人は 祈るのみ・・。