キウイ棚

裏の畑の池の側に、オスとメスの「キウイ」を植えている。

以前から つれあいに、少し離れているオスとメスの「キウイ棚」を

パイプで繋ぎ足してほしいと頼まれていたので

今日 その作業を行った。

キウイの棚0

ホームセンターで買ってきていた、長さ1800mmの

農業用支え棒 4本を縦桟にして、太めの針金を横桟にして

縛る方法で、二つの「キウイ棚」を繋いだ。

パイプ図

 

愛の棚

何しろ最初に、二つの「棚」を取り付けたときは

二つの「棚」を繋げる発想はなかったので

「棚」自体の大きさや、立てた場所も微妙に違っていて

そんな二つを繋げると、多少の歪感はあったのだが

まぁ、良し・・とした。

 

何年か先に実るであろう可愛い「キウイ」が、楽しみである・・。

 

表と裏の畑・秋冬編

ここ一週間ほど、「堆肥」や「肥料」を混ぜて少し寝かせて置いた

裏と表の畑に、秋冬野菜の「タネ」や「苗」を植える作業に

つれあいと二人で かかっていた。

毎日 午前中だけの短い時間だが、我々二人には 体力的にそれが

精一杯の作業工程である。

 

裏の畑

裏の畑に すでにまいていた「大根」のタネは、もう芽が出ていて

元気な双葉に育っている。

ベランダでタネから育てた「白菜」を 1番畝に定植した。

2番畝には、ホームセンターで買ってきた「ニンニク」のタネを

植えた。

 

3番畝には「玉ねぎ」の苗を定植するつもりだが、まだ苗が小さく

定植は もう少し先のようだ。

「えんどう豆」は「連作」を嫌うらしいが、4番畝と5番畝には

昨年と同じく「えんどう豆」を植える予定で、今は遊ばせている。

今年春の「エンドウ豆」の収穫後の夏場には「サツマイモ」を

育てたし、「土」自体も他の畝と混ざったりしているから

連作でも大丈夫だろうと楽観している・・。

 

つれあいの考えで、「表」の畑の造作を変えることにした。

少しずつ

そして・・。

 

表・出来た

寒くなる これからの野菜作りのための簡易温室用にと

またまたコンクリートブロック20枚をホームセンターで購入して

二人で運び、畝を4つに分け、それぞれの畝を囲み

簡易温室が置きやすいように作り直し、「かぶ」「ほうれん草」

「春菊」「サニーレタス」「パセリ」「三つ葉」それに「小松菜」

小さな畑にいろいろとタネをまいた。

 

みんな元気に育ってほしい・・美味しくいただきますから・・。

 

男っぽい

サンタクララに暮らす次女の つれあいのアッくんの雰囲気が

ちょっと変わった。

今朝、次女の「Instagram」での犬たちの散歩の動画を見て

気が付いた。

 

アッくんイメチェン

 

あまり いい例えではないかもしれないが、髪を短く刈り上げ

海兵隊の兵士のような、勇ましい男の雰囲気がある。

 

アッくんからすれば、『オヤジ、ほっといてくれ!』と

怒られるかもしれない。

もちろん 優しくて真面目で、地道に努力を積み重ねている

そんなアッくんの内面が変わったとは思わない。

ただ 見た目が、男っぽい・・のだ。

 

いよいよ秋冬野菜のための「畝作り」を・・

秋冬の野菜作りのために、「堆肥」や「肥料」、それに「石灰」

などを、何度かに分けて散布し準備をしていた裏と表の畑を

改めて耕し直し、畝作り作業に取り掛かった。

耕うん中

 

まぁ 何しろ、六兵衛とつれあいの後期高齢者 二人の作業なので

午前中の2〜3時間の労働だけで精一杯なのだ。

だから、表と裏を合わせても小さな畑なのだが

それなりに時間が掛かってしまう・・。

 

そして 大まかだが、畝作りは 大体 終わった・・。

畝作り

 

裏の畑の「1番畝」の一部には、もうすでに「大根」のタネを撒き

「寒冷紗」で覆った。

その「1番畝」の残りの部分と、表の畑にも

今 ベランダでタネから育っている「白菜」を定植する予定だ。

畝

表の畑

 

ベランダで育てている「白菜」の苗。↓

白菜のナエ

 

「2番畝」と「3番畝」には、「玉ねぎ」と「ニンニク」を

植えるつもりだ。

その「玉ねぎ」は、ポリポットでタネからベランダで育て

畑に直接 定植するには まだ少し小さいので、畑の上に直に

ポリポットを置き、定植が出来るくらいに大きくなるのを待つ。

「ニンニク」のタネは、すでにホームセンターで購入していて

時期をみて植える予定だ。

 

「4番畝」と「5番畝」には、11月の半ば頃にタネを撒く

つもりの「エンドウ豆」を、今年も予定している。

 

「後期高齢者」は、暇なようで 結構 忙しい・・。

 

 

ホテイ草

メダカの水槽に浮かべている「ホテイアオイ(ホテイ草)」が

淡い紫の可憐な花を咲かせている・・。

ホテイ草に花が1

 

 

水槽の片方に、あえて寄せて詰めていた「ホテイ草」が増えて

きたため、水槽全体に広げようと見ると

バッタがホテイ草の葉の上に止まっているのに気がついた。

ホテイ草にバッタ

 

スピリチュアル的に言えば、バッタが身体に止まると

今よりも飛躍が出来る前兆なのだ・・と聞いたことがある。

まぁ、今更この歳で 飛躍したいなどとは思わないが

バッタに気兼ねしながら、ホテイ草を静かに動かしたが

バッタはジャンプ一番 飛んでいった。

幸運は逃げてしまった・・ようだ。

 

 

このホテイ草、今年の6月の終わり頃に ホームセンターで

わずか5株ほどを買ってきたのだが・・

(2022年6月26日の日記 メダカの水槽を参照)

5株

・・次第に「ランナー」という子株を出し増えて広がり

今では水面の殆どを覆うようになった。

ホテイ草に花が2

 

しかしネットによると、「ホテイ草」を増やしすぎると

メダカに悪影響が出ると書いてある。

日光が遮られ、酸素が不足し、メダカが根に絡まって動けなく

なって 死んでしまうなど、「ホテイ草」を浮かべることで

注意しなければならない事が多くあるのだという。

 

だから今日・・

減した

メダカの水槽の「ホテイ草」を、半分ほどに減らした・・。

 

 

庭の柿

確かなことは記憶にないそうだが、たぶん25年ほど前に

つれあいが何処かの植木屋で購入して、庭に植えた柿の木に

今年も たくさんの「実」がなった。

柿の木

 

なんの手入れもせず、放ったらかしの柿の木だが

毎年「実」をつけてくれる。

色づき始めたので、鳥に先取りされる前に収穫することにした。

今日の収穫

 

二つのカゴに満杯、合わせて55個。

まだ柿の木に22個の『実」が残っている。

後日の収穫ということにした。

残った柿の実

収穫した分と木に残した分を合計すると、今年の収穫は77個。

小さい木なのに頑張って実ってくれた。

 

昨年の収穫はどうだったのか・・もう忘れている。

当ブログで日記を遡って調べてみたが、何も書かれていない。

一昨年の収穫の日記があり、下の写真程度が収穫だったようだ。

2020・10・26

 

 

さて今年 収穫した柿の実、見た目は悪いが味は良いはず・・。

早速 割ってみる。

ガブっ

相変わらず「タネ」が多く、食べにくいのは ご愛嬌というもので

それなりに「ゴマ」が入っていて、一口 かじると・・美味い。

 

裏の畑の5つの「畝」

今日は朝から雨が振り、やや肌寒い。

先日までは いつまで暑いんだと愚痴っていたのに

いきなり晩秋の気配である。

 

最後まで残っていた1番畝の「さつま芋」を先日 掘り起こた。

裏の畑

 

これで裏の畑は全て、秋冬野菜のための準備に入る。

「えんどう豆」「玉ねぎ」「ニンニク」「大根」「白菜」

表の畑にも「小松菜」や「ほうれん草」などの野菜を植える

つもりだ。

まず 耕うん機で耕し直し、我が家の堆肥箱で作った「堆肥」や

ホームセンターで購入した「バーク堆肥」、「牛糞」、「石灰」

などをまき、秋冬野菜のための土作りをした。

後日「鶏糞」などの肥料を与え、5つの「畝」を作る予定だが

「畝」を作るのは、素人の六兵衛には結構むつかしい作業で

「畝」の土手を固める作業では、土がボロボロと「畝間」に

こぼれ、なかなか形よく土手が固まってくれない。

畝の土手

 

そこで六兵衛は、ちょっと楽をしようと考えた・・。

「畝」の四方をブロックで囲めば、その都度いちいち 畝立て

(畝の土手作り)作業を しなくてもよくなるではないかと。

ところが そうすると、土を耕すとき「耕うん機」の出し入れが

やりにくくなりそうでもある・・。

つれあいと相談し、必要なら追々作っていけば いいのだし

取りあえずは片側だけでもブロックで囲もうか・・と

一応 考えがまとまった。

片側だけでもブロックがあれば、それだけでも「畝立て」が

楽になるからだ。

ブロックで畝間を

 

「ブロック」はホームセンターで購入するのだが

我が家の小型の乗用車のトランクには、「ブロック」が

せいぜいが20枚ほどしか載せられない。

これまでにもブロックが必要なことがあり、何日かに分けて

つれあいと二人で3往復もしている。

裏の畑の片側の「畝」だけでも、ざっと計算すると90枚もの

ブロックが必要となる。

ホームセンターでブロックを乗用車に積み、我が家に着いて

乗用車からブロックを下ろし、畑まで つれあいと二人で

運ぶのだが、この作業が結構キツイく、すでにブロックを

敷き詰めた場所もあるにはあるが、少なくても あと3往復は

しなければならない・・。

 

よし 頑張ろうと決めた翌日、別の考えが芽生えた・・。

「畝」をブロックで囲んで「畝立て」作業を省くのもいいが

細かくブロックで囲んだ畑では、隣の「畝」の「土」との

往来もなく、何だか不自由な感じが し始めてきた・・。

裏の畑

「畝」を小さく囲い込むより、大して広くもない畑なのだから

その都度 耕すことによって、5つの「畝」の土が混ざり合う

方が、自由で いいような気がしてきて、その事を つれあいに

相談すると同意をしてくれたので、畑の南側(池側)と北側

だけは、畑の全体の区切りとしてブロックを敷いたままにし

その都度5つの「畝」を作って行く、結局 これまでと同じ畝作り

に落ち着いた事になる・・。

 

一徹なタネ

すごい 生命力である。

・・もちろん、六兵衛のことではない・・。

「カボチャ」のタネのことだ。

カボチャのタネ

 

我が家では「カボチャ」を よく食べる。

料理で取り除いた「カボチャ」のタネの部分を

他の「野菜くず」などと一緒に、表の庭に設置している

「コンポスト」に入れる。

コンポスト

 

半年くらいすると発酵するので「堆肥」として畑にまくのだが

その発酵した「堆肥」の中に「カボチャ」のタネは

他の「野菜くず」と一緒に混ざっている。

その「堆肥」を畑にまいた数日後には、秋を春と間違えるのか

「芽」を出した。

カボチャのタネ

 

どうやら「カボチャ」のタネは一徹のようだ。

他の「野菜くず」のように、環境に負けて すぐに「堆肥」に

なってしまうような軟弱者では ないようである・・。

 

水槽の「ろ過作業」

先日、庭の「川エビ」の水槽が割れていたので

通販サイトで買った「新しい水槽」に交換したことを書いた。

 

さて一方、「川エビ」の隣の「メダカ」の水槽の水が

どういう訳か この春頃から、頻繁に濁りだし

当ブログの2022年6月26日の日記「メダカの水槽」とか

7月14日の「今朝の収穫」にも書いたように

水槽を掃除し 濁った水を新しい水に変えても

またすぐ濁ってしまう状況が続いている・・。

 

「水槽」は庭に置いてあって、雨よけなどの設備もなく

簡易な「循環ポンプ」を常設することは出来ない。

だから 天気の良い日などに その都度、循環ポンプを「物入れ」

から取り出し、数時間 ポンプを廻し続け

水が綺麗になればポンプを取り外し、物置に片付ける・・

という、そんな やり方しかないのだろう・・。

 

そこで、通販サイトで注文していた循環ポンプが昨日 届いた。

「スーパーターボ トリプルボックス 600」という

まるでスーパーカーのような大げさな名前が付いている

「循環ポンプ」で、代金は2、382円。

まぁ、手頃な「水槽用循環ろ過ポンプ」だろう。

届いた その日に ポンプを組み立て、早速3時間ほどポンプを

廻して 水を循環させた。

余程 水槽の水が 汚れていたのかもしれないが

3時間ほど廻しただけでは、期待したほどに きれいな水には

ならなかったが、3時間ほど廻した後 ポンプを仕舞う際に

濾過用のフィルターマットを洗ってみると、それなりに

汚れていたので、まぁ それだけでも 水槽内の水の汚れを

除去できたのだとも考えられるし、水を循環させた事で 

酸素を含んだ水になった筈でもある。

 

そして 天気が良かった今日もまた「循環ろ過ポンプ」を

設置し、朝10時ころから夕方の5時ころまで

メダカの水槽の循環ろ過作業をした。

 

ろ過作業を約7時間、水は一見 まだ濁っているように見える

のだが、ただ 今年夏に生まれたばかりのメダカの稚魚の姿が

見えるようになった。

よし!・・としよう・・。

 

水槽内の水が濁る原因が、いまだに分からないままだが

これからも ときどき、「循環濾過ポンプ」を設置して

ろ過することで、メダカたちも 元気で泳いでもらえることを

期待する六兵衛である。

 

10年・・

今朝 トイレに座っていて、フト 思い出したのは

「禁煙」を始めてから、ちょうど10年が過ぎていた事だった。

喫煙者だった10年前までの六兵衛は、トイレに座れば

当然のごとくタバコに火を付け、「憩いのひととき」を過ごす

習慣があったのだ。

正確に云えば、10年前の2012年9月26日の夜12時の

少し前に、ベランダに出て 最後の一本を ゆっくり味わったの

だったと、あぁ〜・・思い出したのだ。

 

禁煙外来グッズ

それより前の9月20日に、「禁煙」をする 一大決心をして

とはいえ 意思の弱い六兵衛だから、自分だけで初心を貫く自信

などなく、だから 病院の「禁煙外来」へ通い始め、医師から

『1週間後には禁煙を始めてもらうので、それまでに出来る

だけ本数を減らしていってください・・』と言われ

まだ1周間はタバコが吸えるのか・・と内心 ささやかに喜び

今でも保存している「禁煙手帳」の記録を読み返せば

初日の20日が20本、その後 少しずつ本数が減っていき

禁煙前日の26日には7本にまで減らしていた。

禁煙を始めてからの禁煙手帳の「気分や体長」の欄には

『タバコの夢を見る』『吸いたい!』とか

『体重が増えた』等々の文字が震えている。

12週間(約3ヶ月)で「禁煙外来」への通院は終了した。

 

あとは個人で頑張るのみ・・となってからは

今日で禁煙 何日目とか、何年目が過ぎた・・などと

過ぎた日を 指折り数えたりしていたものだったが

10年を過ぎた今では もう、タバコのことを忘れている日も

多くなってきた。

・・とは云え、「タバコ」を吸いたいと思う気持ちは

今でも どこかに あったりする・・。

 

そんな こんなで、禁煙10年が過ぎた。

「禁煙外来手帳」を捨てられずに 今でも持っていたり

10年もタバコを吸わなかったのだから、完全にタバコ離れ

が出来て、今更「10年」の文言の前に「禁煙」の文字を

付ける必要はないのではないか・・とも思ったりもするが

六兵衛の場合 あくまでも、11年目に入ったというだけの

禁煙中の六兵衛なのである・・。

 

 

それにしても 周りを見まわすと、当時よりも タバコを吸って

いる人は、確実に少なくなったように感じる。

そんな状況を、何となく物寂しく思うのは

六兵衛は まだまだ「喫煙者」の意識から抜けきれていない

ようで、六兵衛は案外 複雑なのである・・。