一徹なタネ

すごい 生命力である。

・・もちろん、六兵衛のことではない・・。

「カボチャ」のタネのことだ。

カボチャのタネ

 

我が家では「カボチャ」を よく食べる。

料理で取り除いた「カボチャ」のタネの部分を

他の「野菜くず」などと一緒に、表の庭に設置している

「コンポスト」に入れる。

コンポスト

 

半年くらいすると発酵するので「堆肥」として畑にまくのだが

その発酵した「堆肥」の中に「カボチャ」のタネは

他の「野菜くず」と一緒に混ざっている。

その「堆肥」を畑にまいた数日後には、秋を春と間違えるのか

「芽」を出した。

カボチャのタネ

 

どうやら「カボチャ」のタネは一徹のようだ。

他の「野菜くず」のように、環境に負けて すぐに「堆肥」に

なってしまうような軟弱者では ないようである・・。

 

水槽の「ろ過作業」

先日、庭の「川エビ」の水槽が割れていたので

通販サイトで買った「新しい水槽」に交換したことを書いた。

 

さて一方、「川エビ」の隣の「メダカ」の水槽の水が

どういう訳か この春頃から、頻繁に濁りだし

当ブログの2022年6月26日の日記「メダカの水槽」とか

7月14日の「今朝の収穫」にも書いたように

水槽を掃除し 濁った水を新しい水に変えても

またすぐ濁ってしまう状況が続いている・・。

 

「水槽」は庭に置いてあって、雨よけなどの設備もなく

簡易な「循環ポンプ」を常設することは出来ない。

だから 天気の良い日などに その都度、循環ポンプを「物入れ」

から取り出し、数時間 ポンプを廻し続け

水が綺麗になればポンプを取り外し、物置に片付ける・・

という、そんな やり方しかないのだろう・・。

 

そこで、通販サイトで注文していた循環ポンプが昨日 届いた。

「スーパーターボ トリプルボックス 600」という

まるでスーパーカーのような大げさな名前が付いている

「循環ポンプ」で、代金は2、382円。

まぁ、手頃な「水槽用循環ろ過ポンプ」だろう。

届いた その日に ポンプを組み立て、早速3時間ほどポンプを

廻して 水を循環させた。

余程 水槽の水が 汚れていたのかもしれないが

3時間ほど廻しただけでは、期待したほどに きれいな水には

ならなかったが、3時間ほど廻した後 ポンプを仕舞う際に

濾過用のフィルターマットを洗ってみると、それなりに

汚れていたので、まぁ それだけでも 水槽内の水の汚れを

除去できたのだとも考えられるし、水を循環させた事で 

酸素を含んだ水になった筈でもある。

 

そして 天気が良かった今日もまた「循環ろ過ポンプ」を

設置し、朝10時ころから夕方の5時ころまで

メダカの水槽の循環ろ過作業をした。

 

ろ過作業を約7時間、水は一見 まだ濁っているように見える

のだが、ただ 今年夏に生まれたばかりのメダカの稚魚の姿が

見えるようになった。

よし!・・としよう・・。

 

水槽内の水が濁る原因が、いまだに分からないままだが

これからも ときどき、「循環濾過ポンプ」を設置して

ろ過することで、メダカたちも 元気で泳いでもらえることを

期待する六兵衛である。

 

10年・・

今朝 トイレに座っていて、フト 思い出したのは

「禁煙」を始めてから、ちょうど10年が過ぎていた事だった。

喫煙者だった10年前までの六兵衛は、トイレに座れば

当然のごとくタバコに火を付け、「憩いのひととき」を過ごす

習慣があったのだ。

正確に云えば、10年前の2012年9月26日の夜12時の

少し前に、ベランダに出て 最後の一本を ゆっくり味わったの

だったと、あぁ〜・・思い出したのだ。

 

禁煙外来グッズ

それより前の9月20日に、「禁煙」をする 一大決心をして

とはいえ 意思の弱い六兵衛だから、自分だけで初心を貫く自信

などなく、だから 病院の「禁煙外来」へ通い始め、医師から

『1週間後には禁煙を始めてもらうので、それまでに出来る

だけ本数を減らしていってください・・』と言われ

まだ1周間はタバコが吸えるのか・・と内心 ささやかに喜び

今でも保存している「禁煙手帳」の記録を読み返せば

初日の20日が20本、その後 少しずつ本数が減っていき

禁煙前日の26日には7本にまで減らしていた。

禁煙を始めてからの禁煙手帳の「気分や体長」の欄には

『タバコの夢を見る』『吸いたい!』とか

『体重が増えた』等々の文字が震えている。

12週間(約3ヶ月)で「禁煙外来」への通院は終了した。

 

あとは個人で頑張るのみ・・となってからは

今日で禁煙 何日目とか、何年目が過ぎた・・などと

過ぎた日を 指折り数えたりしていたものだったが

10年を過ぎた今では もう、タバコのことを忘れている日も

多くなってきた。

・・とは云え、「タバコ」を吸いたいと思う気持ちは

今でも どこかに あったりする・・。

 

そんな こんなで、禁煙10年が過ぎた。

「禁煙外来手帳」を捨てられずに 今でも持っていたり

10年もタバコを吸わなかったのだから、完全にタバコ離れ

が出来て、今更「10年」の文言の前に「禁煙」の文字を

付ける必要はないのではないか・・とも思ったりもするが

六兵衛の場合 あくまでも、11年目に入ったというだけの

禁煙中の六兵衛なのである・・。

 

 

それにしても 周りを見まわすと、当時よりも タバコを吸って

いる人は、確実に少なくなったように感じる。

そんな状況を、何となく物寂しく思うのは

六兵衛は まだまだ「喫煙者」の意識から抜けきれていない

ようで、六兵衛は案外 複雑なのである・・。

 

川エビの水槽

メダカの水槽と川エビの水槽を、庭の片隅に置いている。

メダカと川エビの水槽

 

原因は分からないのだが、何故か 川エビの水槽の一部が

割れているのに気づいた。

もともと 衣料ケースだったものを利用していたので

水槽としては強くなかったのかもしれない・・。

割れた水槽

 

新しい水槽を通販で注文して、それが先日 届いた。

新しい水槽

 

表の畑の「土留め」作業をしていたので、水槽の取替作業は

今日になった。

この「川エビ」、確かな事は忘れたけれど

多分 十数年前に、近くを流れる芥川の水草の茂みの中から

網ですくって持ち帰った十数匹が、今では とても数えられ

ないほどに増えている。

 

水槽交換作業途中の状況・・。

何しろ稚魚の「川エビ」が小さいので、神経を使う・・。

作業途中

 

成魚や稚魚の川エビたちをバケツの中に一時避難させた。

稚魚の川エビが動き回ったり、ゴミの中に潜っていたりして

見分けがつかなくなって、結局 小さなゴミの撤去は諦めた・・。

小エビたち

 

水槽が小さくなったので、二つにして 新居 完成。

完了

 

「川エビ」の寿命は精々が1~2年だという。

だから今いる川エビ達は、芥川ですくってきた川エビ達の

何代か後の子孫という事になるのだろうが

何しろ「川エビ」は、水草や石の蔭に隠れてばかりで

あまり姿を見せないものだから

当の六兵衛にも、確かなことは分からないのだ。

ましてや、我が家の「川エビ」の種類が何という「川エビ」

なのか・・なども、まったく分からない・・。

一般的に「川エビ」の種類には、「ヤマトヌマエビ」とか

「ミナミヌマエビ」、「スジエビ」など 数種類の川エビが

生息している、というが・・。

 

表の畑にも ちょっと気を入れて みようか・・

表の2ヶ所の小さな畑の、崩れかかった「土留め」の

手直し作業を行った。

温室用

 

特に、メダカの水槽の横の小さい方の畑には

(広さは約1500×800mm)

寒い時期でも葉物野菜が作れるように、簡易温室が置ける

寸法にブロックで土留めをした。

温室完了

 

 

やや広い方の畑も、垣根側からでも収穫作業が出来るほどの

広さの空間が欲しいとの、つれあいの要望があったので

これまでより15cmほど畑の部分を狭くし、特に垣根側には

これまでと同じようにブロックで土留めをし、他の三面には

ありあわせの石や木などで土留めをした。

ワーイ完成

 

まぁ なんとなく、これまでより 一見 手の行き届いた畑らしく

見えぬことも・・ないような・・。

 

雨がふる・・

夏から秋へ 季節が変わる・・

我が家の表と裏の、ささやかな畑でも

夏野菜の収穫が終わり、秋冬に向けた野菜作りのための

作りを始めた・・。

 

無理はするなヨ!・・との 天の優しさか

今日は朝から雨が降り、野良仕事は休みとなった。

表の畑

 

表の畑は小さくて狭いゆえに、これまでは「耕うん機」などは

使わず、全て「鍬」で耕していたのだが

5,6回も「鍬」を振り下ろすと、息が上がってしまう程に

体力が落ちた六兵衛である。

それでも 今回も、これまで通り「鍬」で耕そうと

思っていたが、『無理はせんとき・・』との

つれあいの強い勧めもあって、今回は「耕うん機」で耕した。

 

 

もちろん 表の畑より少し広い裏の畑は

これまで通り、全て「耕うん機」で耕す。

植える時期が遅かった1番畝の「さつま芋」と

3番畝の角に残っている「モロヘイヤ」は

守り神(?)として、もう少し残しておく事にした。

裏の畑

 

そして、我が家の堆肥箱で作った「堆肥」と、ホームセンターで

買った「バーク堆肥」や「牛糞堆肥」も混ぜた。

 

『ひろちゃん農園』や『塚原農園』などといった

農業「You Tube」の番組を観ながら野菜作りを熱心に

研究している 我が家のプロデユーサーの つれあいの

考えでは、この後 少し間隔を空けて「苦土石灰」と「鶏糞」を

撒く予定のようだ。

 

六兵衛もつれあいも、決して無理をすることがないよう

お互いを気を付けながら、野菜作りを楽しんでいる・・。

 

草むしり

台風14号の襲来で、各地で大きな被害を被った日本列島だが

幸いなことに我が町には、さほどの被害もなく過ぎ去った。

ここ2日ほどは、庭木の伐採をした後の「草むしり」作業の

途中だったが、台風のため休まざるを得なかった。

台風が去った今日は、作業を再開をして

とりあえず表の庭の「草むしり」を終わらせた。

スッキリ

 

「草むしり」をしながら 思い出した映像がある。

何年か前 NHKのテレビ番組で、草種へ楽しそう なまなざしを

向ける絵本作家さんが いた・・。

甲斐信枝さん

2016年 秋に、NHK総合テレビで『足元の小宇宙』という

タイトルで放送された番組。

雑草の、楽しく 美しく そして驚きの生き方に惹かれ

そんな草花を描き続けて60年以上、放送当時 85歳で

現役の絵本作家・甲斐 信枝(かい のぶえ)さん。

雑草のくらし

 

京都・嵯峨野の里山に暮らし、大きなバッグに麦わら帽子

いう出で立ちで、植物の様々な営みを見つめる甲斐さんの

優しいまなざしが、無邪気に楽しそうで 魅力的だった。

甲斐信枝さん

 

六兵衛には 甲斐さんのように、庭の「雑草」を優しく楽しく

眺める事など出来そうにない・・了見が狭いのだろう・・。

だから今年も、庭の「雑草」を手当たりしだいに除去した。

 

庭に生えた草種を「雑草」などと、大雑把に呼ぶ 六兵衛だが

ひとつひとつの草種にも生きている意味があり、名前もあって

厳しい自然の中で 健気に生きる草種に「雑草」などは

ありはしない、何より観ていて楽しいじゃない・・と

甲斐さんに言われてしまいそう・・だが。

 

収 穫

裏の畑の「さつま芋」が、そろそろ収穫の時期になり

今月の8日頃に つれあいが、2,3本の芋を試し掘りしてみたら

そこそこの大きさに育っていたのだが

まだ小さい芋もあったりして、だから もう少し育ててからと

1週間ほどの間に3回も試し掘りを行った。

3回も掘れば 試し掘りともいえず、だから最初の試し掘りから

10日ほどが過ぎた今日も、そこそこの芋掘りをした。

芋畑

 

今日の収穫は、大小の「さつま芋」と、今年最後となる

ゴーヤが1個。

そして表の畑の「棚」に実っていた「カボチャ」。

収穫

カボチャは、2,3日の内に 大きな台風が来そうなので

強風に煽られて落ちる前に 、4個の実 全てを収穫をした。

「さつま芋」を少々と2個の「カボチャ」は、隣の義弟に

食べてもらう。

 

 

つれあいが、早速 取り立ての「さつま芋」をフライパンで

焼いてくれて夕食の食卓に上った。

芋

その横は、さつま芋の茎を油揚げと煮込んだ品だ。

 

この さつま芋の茎の料理は、戦中・戦後の食べ物の無かった頃には

我が田舎では盛んに食べられていたと聞いているが

これが案外 食えるのだ。

葉柄

「茎」といっても、葉と茎をつなぐ「葉柄」の部分を

表面の薄皮を剥いで食用にする。

 

 

庭木の剪定作業

毎年 秋になると、表の庭の 伸び過ぎた木々の剪定や

夏の間に 思いっきり気ままに生い茂ってしまった雑草を

刈り取る作業をする。

茂った庭

今年も9月半ばになり、伸び過ぎた木々の枝や雑草が気になり

だしたので、まず 木々の剪定作業から始めることにした。

・・・のだが、朝や夜など 少し凌ぎやすくなったとはいえ

昼間は まだまだ暑く、午前中の2,3時間だけの作業が

今の六兵衛には目一杯の労働である。

粉砕機

枝の剪定作業だけで3日間もかかり、昨日は 切り取った枝を

「粉砕機」で細かくチップ状にする作業を始めたのだが

昨日は特に暑くてたまらず、まだ作業半ばの10時を過ぎた

あたりなのに 、作業を終えざるをえなかった。

まぁ 有り難いことに、やれる範囲で のんびりとやればいい状況の

六兵衛なので、決して頑張り過ぎる つもりはない。

 

それにしても・・毎年の庭木の伐採作業では、今年のように

暑さに疲れることもなかったように記憶している・・。

だから、六兵衛ブログの昨年の剪定作業の日記を見返してみると

昨年は、10月29日の日記に作業をしたと書いていた。

今年も「粉砕機」の出番・・。

 

10月の終わり頃といえば、秋も本格的で涼しいだろうし

作業をするには適した季節だ。

それが 何故 今年は、9月も半ばの まだ暑いこの時期に

早々と剪定作業をしようとしたのか・・

自分ながら説明が出来ないのだが、多分庭を見ていて

する必要がある・・と、思ってしまったのだろう・・。

 

 

今年も 裏の畑のファンス沿いにカボチャを植えていたのだが

小さい「実」が一つか二つ成った程度で、早々に終わった。

我がつれあいは、前向きというか、諦めが悪いというか

もう一度カボチャの種を植え直したいというので

表の畑の、遊んでいた棚の下に、新たに種を植えたのだ。

タネを蒔き直すには 時期が少し遅いかも・・との心配も

あったが、そこは つれあいの執念なのだろう

4ヶ所に蒔いたタネの内の一つが芽出して・・・

南京と柿

今では4玉も「実」が大きく育ち、棚にぶら下がっており

収穫も間近である。

 

五瓣の椿

新潮文庫から昭和39年(1964年)に初版が発行され

平成24年には第67印目となる山本周五郎さんの文庫本

『五瓣の椿』を、中古本にて読み終わった。

tubaki

「五瓣の椿」は、文庫本が発売されたと同じ1964年に

野村芳太郎監督、岩下志麻さん主演(松竹映画の配給)で

上映されていたのは記憶している。

その映画「五瓣の椿」が作られた頃の六兵衛はといえば

日活の吉永小百合さんの青春映画ばかりに夢中になって

いる頃である。

しかし、六兵衛の3つ上の兄が 岩下さんのファンだったので

六兵衛も多少の影響を受けていて、だから岩下さんの可憐な

印象は強く残っている。

この小説を読んでいても、映画は観ていないのだが

主人公の「おしの」のイメージが、若き頃の岩下さんに

重なってくる。

そして、今では滅多に会うこともなくなった兄との

遠い昔の懐かしい思い出が蘇ってくる小説でもあった。

 

その岩下志麻さん、それより前の1958年にNHKの

テレビドラマ『バス通り裏』に、十朱幸代さんの友人役で

出演していたという。

バス通り裏

2年後の1960年には『乾いた湖』(松竹配給)で

映画デビューをし、1962年(昭和37年)には

小津安二郎監督の最後の映画となる「秋刀魚の味」にも主演

されている。

秋刀魚の味

 

 

前置きが長くなったが、この物語は若い娘の復讐の話である。

「おしの」の最愛の父・喜兵衛が死んだ。

大店に見込まれて婿に入って以来、遊びもせず身を粉にして

働いた身体は、労咳に蝕まれていた。

一方、家付き娘の妻「おその」は、夫を避けて遊興にふけり

男を連れ込んでは不行跡を続けていた。

そして「おしの」は母親から喜兵衛の子でないと教えられる。

実の子ではないと知りながら、父の自分への愛情を思ったとき

母「おその」と、母と一緒に父を苦しめた男たちに

罪を償わしてやると「おしの」は強く復習を誓う。

そして、『妻「おその」に一言だけ言いたいことがある』と

言い残して死んだ父と、母と若い役者が酒を飲み抱き合って

眠っている家に火を放ち、「おしの」は何処かへ去った。

映画・五瓣の椿

1年後、「おその」と不幸跡をしていた男たちが

次々と殺されていく。

男らの死体の傍らには、一片の椿の花びらが落ちていた。

父・喜兵衛が子どもの頃に悲しいことがあった時など

椿の花を見て慰められたと話していたという・・。

 

 

覚悟しーや!

女優 岩下志麻さんは、その後の映画「極道の妻たち」で

『覚悟しいや!』などと、凄みのある演技をこなしている。

六兵衛の兄が そのセリフを聞いて、果たして どんな覚悟を

したのだろうか・・。

もちろん 兄に、聞いた事はないのだが・・・。