二枚の Tシャツ・・

今月の始めの頃、つれあいが 久しぶりの会話を楽しもうと

サンタクララに暮らす次女に「LINE」の電話をしたところ

次女は出なかったという・・。

折り返し 次女からメールが来て、15年ものあいだ家族同様に

暮らしてきた愛犬の「ちゅーちゅー」が 亡くなったばかりで

今 誰かと話をしたら、泣けてきて会話にはならへんやろから

「LINE」には出なかったのだと書いていたという・・。

そんな落ち込んでいる状況の次女やAaronの二人に掛ける言葉も

見つからない六兵衛だった・・。

 

その時に気がついた事だが、「ちゅーちゅー」が亡くなったと

つれあいから聞いた時、つまり「ちゅーちゅー」が亡くなった

その同じ頃に、六兵衛は「ちゅーちゅー」のイラストの入った

Tシャツを着ていたのだ。

ちゅーちゅーTシャツ

 

このTシャツ、もう だいぶ以前に サンタクララの次女が

「ちゅーちゅー」の写真のイラストを印刷して 贈ってくれた

Tシャツなのだ。

もう相当 着古して、首回りなど ヨレヨレになっているし

首の後ろ側などは 擦り切れてしまっていて、だから つれあいに

ミシンを掛けて直してもらったばかりである。

 

毎年 夏になると、何枚かあるTシャツの内の一枚として

日々の暮らしの中で繰り返し愛用してきたが

それが たまたまか、因縁か偶然か ・・

六兵衛がこの Tシャツを着ている時に「ちゅーちゅー」は

亡くなったという。

 

昨日 次女の「instagram」を見たら

「ちゅーちゅー」が元気だった頃の「懐かしい写真」を掲載し

「ちゅーちゅー」が亡くなった事実と感謝の言葉を載せていた。

そして今日、「ちゅーちゅー」が亡くなったことは悲しいが

少しずつ元気になっている・・との、メールも届いた。

 

「Tシャツ」といえば、もう一枚 思い出の Tシャツがある。

ハルTシャツ

 

南草津に暮らす長女が、今は横浜で大学生活を送るまでに

成長した孫長男が、まだ1歳半くらいの時に

長女がイラストを描いて六兵衛の誕生日にプレゼントしてくれた

「Tシャツ」である。

 

そうそう 孫長男といえば、一昨日(10日)の ABC朝日放送

ラジオでの横浜スタジアムで行われた 阪神 vs ベイスターズの

実況中継で、解説者の真弓明信さんが解説で必要な様々な

参考資料を渡す係のアルバイトをするというので

つれあいと二人 ラジオの前に座り、その放送を聴いた。

 

六兵衛とつれあいにすれば・・せめて せめて

野球中継の放送中に、どんな形でもいいから 孫長男の存在が

ラジオから伝わって来てくれないか・・との微かな希みがあった

わけだが、当然ながら結局それは 叶う事なく終わってしまったが

それでも その試合中は、六兵衛とつれあいは孫長男と同じ空間に

居ることが出来たような・・そんな気がしたのである。

 

阪神ファンの孫長男としては最高のアルバイトを無事 終える

ことが出来た喜びと共に、試合は 8対7 で 阪神が

かろうじて勝つ事が出来たし・・で、満足な1日であったろう。

 

試合後 孫長男から、真弓さんもアナウンサーさんも『めちゃ

いい人やった・・』との「LINE」が来ていた。

 

「ちゅーちゅーのTシャツ」も「孫のTシャツ」も

夏になると、繰り返し くりかえし 着る

六兵衛 愛用の「Tシャツ」なのである・・。

 

開 墾

我が家の裏の空き地の畑作りは、今日で4日目になる。

・・とは云っても、所詮 六兵衛とつれあい二人での

しかも午前中の 精々が3時間ばかりの作業ゆえ

遅々として進まないのは「承知の助」なのである・・。

開墾

それにしても  想像以上に土が硬く、石やコンクリート等の

「ガラ」が多く混ざっていて、土を掘り起こす作業のため

期待して購入した「耕耘機」も、刃が硬い土に食い込まず

跳ねるばかり・・。

だから まず、ツルハシで大雑把に地面を掘り起こしてから

でないと、「耕耘機」として働いてくれない・・。

 

畑の土として使うために 、掘り起こした「ガラ」混じりの

土を 、安物の脱衣かごを利用した篩(ふるい)に掛け

石などの「ガラ」を取り除く。

 

そんな作業は、老体には 結構きついが

つれあいが 六兵衛以上に動いてくれるので

六兵衛は大いに楽をさせてもらっている・・。

「耕耘機」

入道雲が空一面に幅をきかせていた暑い夏が終わり

季節が秋へと移り変わる頃になると、秋野菜のための土作りが

始まる。

夏野菜の収穫が終わった畑の土をクワで掘り返し

疲れている土に石灰や堆肥などを与えたのち

しばらくは土を休ませる必要があるらしい・・。

 

この頃の六兵衛は、畑にクワを5、6回打ち込んだ だけで

ゼイゼイと息が弾む・・。

若い頃からのダラけた生活と、それでも やっぱり70歳代も

半ばに差しかかる年齢になって、確実に体力も落ちてきた。

 

今年の秋から、我が家の裏の小さな空き地に

つれあいと二人で、新しく畑を作ることにした。

そこで 六兵衛の体力の衰えを知る つれあいの強い勧めも

あって、土を耕すための電動式の「耕運機」を買った。

「耕耘機」

 

「耕運機」とはいっても、専門の農家の人達が使用する

本格的で高価な「耕運機」などでは もちろんない。

素人の高齢者夫婦が、小さな庭の ささやかな畑を耕そうと

いうのだもの、オモチャに毛の生えたような

無理やり その「耕運機」をコキ使おうものなら

すぐ 壊れてしまいそうな、そんな「耕運機」なのだ。

近所のホームセンターに行って探したが 見つからなかったので

ネット通販のAmazonで 買うことにし、¥36,445円と

いう六兵衛の遊びにしたら 高価な買い物でもある。

 

六兵衛の無知話しになる・・。

Amazonなどのネット通販で「耕運機」を探していていると

「耕運機」との表示に混じって「耕うん機」と「うん」の字

を平仮名で書いているものもある。

何故、平仮名なのか・・。

これまで六兵衛は、当然「耕運機」と書くと思っていたが

「耕うん機」と平仮名を使うのは何故なのか・・。

 

うん

 

調べてみた・・

「こううんき」の正確な漢字は、「耕耘機」と書くらしい。

「うん」の字は「耘」と書くようで、現在の中国で使われて

いる省略文字(簡体字)のようにも思えるが・・。

Wikipediaによると・・

「耕耘機」の「耕」の字は 田畑を耕すの意味。

「耕耘機」の「耘」の字は 雑草などを取り去る意味らしい。

しかし「耘」は日本においては常用漢字ではないため

「運」を用いたり、「うん」と平仮名を使ったりしている

のだという。

 

映画『警察日記』

「 iPadOS」にバージョンアップした「iPad」で

「Micro SDカード」に保存した昔の映画『警察日記』を再生した。

警察日記1

 

1955年(昭和30年)公開された日活映画『警察日記』は

主演の森繁久弥さんを始め 三国連太郎さん、伊藤雄之助さん

宍戸錠さん、杉村晴子さんら 存在感のある多くの役者さん達が

脇を固め、警察署長役の三島雅夫さんが特に いい。

会津磐梯山麓の小さな町の警察署で働く警察官と、その町に

暮らす人々との、エピソードを描いた人情劇である。

 

この映画、これまでに 何度も観ているはずなのに

内容の ほとんどを忘れてしまっている六兵衛でもある。

だから何度 見ても、その都度 新たな想いで

町の人々の人情劇に浸り、特に 母親に捨てられた

幼い姉弟の、まだ乳飲み子の弟を心配する 5、6歳の姉役の

二木てるみちゃんの、なんとも なんとも せつなくて 可愛くて

・・何度も なんども 涙するのである。

 

「iPadOS」というOS・・その2

今朝 6時を2、3分 過ぎた頃の東の空を見ると

ちょっと面白い雲が・・。

雲

 

 

「iPad」のオペレーティングシステム(OS)が、それまでの

「iOS」から「 iPadOS」にバージョンをアップしたという。

遅ればせながら Webの記事でその事を知り

「iPad」が「Mac」に近い動きをするようになるとのこと・・。

だから、六兵衛の持っている「iPad 無印・第5世代」も

「 iPadOS」にバージョンをアップした。

 

これまで 「MacBook」を利用して、YouTubeから昔の映画を

断りもなく無断で「HDD」に保存している六兵衛だ。

それら保存した映画を、出来れば どこでも手軽に再生出来る

「iPad」で 観れないものか・・と思っていた。

「iPad」のOSが「 iPadOS」にバージョンアップし

「iPad」が より「Mac」に近くなったとの ふれ込みなので

当然「Mac」で保存した「HDD」の映画の再生が「iPad」でも

可能になったのではないか・・と思ったのだ。

 

これまで六兵衛は、YouTubeの様々な映画の中から

『男はつらいよ』全48作をはじめ、昭和の時代の懐かしい

映画、特に吉永小百合さんに代表される青春映画などを

無料アプリ「MacX YouTube Downloader」でダウンロードし

2TBの「HDD」の中に、200本以上の映画を保存してきた。

 

そこで、「iPadOS」にバージョンアップした「iPad」に

「変換アダプター」を使って「HDD」の再生を試みたが

いっこうに いっこうに、映像を映す気配は ない・・。

 

・・だから、再度 ネットで調べてみた・・。

何のことはない 、新しくなった「iPadOS」でも

「Mac」で録画した「HDD」の再生は 出来ないという・・。

なんや・・せっかく、「Mac」に近くなるという「iPadOS」に

バージョンアップしたのに、「HDD」は再生 出来へんのかい。

 

しかし、そんなネット記事の中に「Micro SDカード」なら

再生出来る・・との記事もあった。

その「SDカード」で 試して見る事にした。

マイクロSDカード

 

何しろ「Mac」や「iPad」などの接続端子(ポート)は

「USB-C」とか「Lightning」とか、それぞれ複雑に形が

異なっていて、したがって「変換アダプター」も様々になり

選ぶのも面倒だが、何とか 手持ちの中に「Micro SDカード」と

それらに使える「変換アダプター」も手元にあったので

「MacBook」で「HDD」に保存している昔の古い映画を

「Micro SDカード」にコピーをした。

 

タイトル

1955年(昭和30年)公開、森繁久弥さん主演の日活映画

『警察日記』をコピーした「Micro SDカード」を

これも 手持ちの「Lightningコネクター」に差し込み

「iPad」につなぐ・・。

 

「iPadOS」というOS

これまで iPadの OSは、iPhoneと同じ「iOS」だとばかり

思っていたが、iPadの種類によっては「iOS」を「iPadOS」と

いう 新しい OSにバージョンアップ出来ることを、この頃

ネットの あちこちで目にするようになった。

 

それも すでに昨年の9月には、「iPadOS」はリリースされて

いたらしいのだが、まったく気がつかなかった六兵衛である。

 

そこで とりあえず、六兵衛が持つ iPad(無印)の「iOS」を

念のため「設定」で調べてみると

なんと すでに、「iOS」から「iPadOS」にバージョンアップされて

いるらしく、六兵衛のiPadは13.6.1の最新のバージョンだと

表示されていた。

 

2018年の3月、iPad 第5世代を購入した当初の

初期搭載のバージョンは iOS 10.2.1 だったが

いつの間にか、六兵衛に その意識のないまま「iPadOS」への

バージョンアップを済ましてしまっていたらしい。

そんな事にも気付かぬまま、六兵衛は使っていたらしい。


孫たちが まだ小さかった頃に、遊びで作った「マンガ絵」が
パソコンの隅っこに残っていたので、 懐かしシリーズで掲載する。

 

だから 遅まきながら、新しい「iPadOS」の事をサイトで

調べてみると、「iPadOS」では 画面を2分割して使うことが

出来る・・とか、操作性がiPadよりMacに近くなった・・とか

他にも いろいろな特徴があるとの説明だったが

六兵衛には その説明 自体が 今ひとつ 理解できず

どうにもならん・・のである。

「OS」が いくら新しく便利になろうと、六兵衛の操作能力には

限度があり、結局 以前のままの 極めて単純な操作を

繰り返すことしか、六兵衛には出来そうにないのである・・。

 

それでも せめてもの願いは、「iPadOS」となって 

よりMacに近くなったとの ふれ込みのiPadなので

これまでは出来なかった Macで保存した「HDD」の再生を

iPadで出来るようになっているかも・・と期待する

六兵衛なのだ・・が 。

 

遠い昔の思い出の・・

ハルキ文庫から出版されている『鎌倉河岸捕物控』シリーズの

第14巻「隠居 宗五郎」は、「居眠り磐音 江戸双紙」シリーズや

「密命」シリーズなどの書き下ろし時代小説で人気のある

佐伯泰英さんの時代小説である。

 

しかし ここでは、この物語の感想を書こうというのではない。

この物語の文中に、六兵衛には懐かしい町名が出てきたのだ。

また また また また 、小説を読んでいて 遠い遠い昔の

六兵衛の思い出の町名や橋の名前などが出てくれば

どうせ “独りよがり” の当ブログゆえ、やはり どうにも

書かずにはいられない六兵衛なのである。

 

この文庫本の93ページあたりから始まる、船頭・彦四郎が漕ぐ

猪牙舟が、金座裏の親分・宗五郎ら3人の年寄りを乗せて

事件の鍵を握っていそうな娘が住む家を探しにいく場面である。

 

船頭・彦四郎が漕ぐ猪牙舟は「鎌倉河岸」を出て

大川(隅田川)の河口あたりで、宗五郎ら3人の年寄りの客が

釣り糸をたらしはじめたが、年寄り3人の話の なりゆきで

事件に関係が ありそうな娘の住む町まで、彦四郎が漕ぐ舟で

そのまま行く事になった。

大川に架かる「永代橋」「新大橋」を過ぎ、「両国橋」を潜り

「神田川」へと入る。

「柳原土手」「昌平坂学問所」と「聖堂」の甍を わずかに望み

ながら、里の人が「どんどん」と呼ぶ「船河原橋」を右に

抜けて、「龍慶橋」「中橋」を潜り過ぎて行くと

舟は 長さ二間一尺ほどの「石切橋」に辿り着く。

探す娘の家は「牛込改代町」と「牛込水道町」の辻に

あった。』・・とある。

 

大川〜改代町

 

「船河原橋」や「龍慶橋(現在は隆慶橋)」はJR飯田橋駅の

北側にあり、特に「龍慶橋」は六兵衛が20歳くらいの頃に

2年間 毎日のように 歩いて渡った神田川に架かる小さな橋で

今では その隣に、道幅の広い「新隆慶橋」が出来ている。

そして小説の中での 船頭・彦四郎が漕ぐ舟の目的地の

「牛込改代町」と「牛込水道町」辺りは、その昔 六兵衛が

神楽坂坂上の横寺町のアパートに引っ越す前の1年半ほどの間

下宿生活をしていた「文京区関口1丁目」あたりなのである。

 

そんなこんな 六兵衛の “独りよがり” は、今年の4月30日の

当ブログの日記「一人で懐かしんでる・・」にも書いている。

一人で懐かしんでる・・

この『無茶の勘兵衛日月録 第20巻・落暉の兆し』

(作:浅黄 斑 さん・二見時代小説文庫)の文中にも

ほとんど同じ場所の 懐かしい町名などが出てきたので

ブログに書いている。

その小説の主人公・勘兵衛は、神田川を横に見ながらの徒歩での

行程だったが、今回は船頭・彦四郎が漕ぐ舟に

宗五郎ら3人の年寄りを乗せての舟行である。

 

文庫本を読んでいて、懐かしい町名などが出てきたとなれば

何度でも 何度でも、こうして 書かずには いられない

六兵衛なのである・・。

 

雨が・・

夕方、我が町の上空は 大雨雷注意報が出て

雷が鳴り始め、少し風も吹いて来て

18時 頃から大粒の雨が降ってきた。

梅雨が明けてからの 久しぶりの恵の雨。

 

裏の農業用ため池を生活の場として暮らす水鳥の家族が

そんな雨の中、いかにも楽しそうに泳いでいるよと

つれあいが 教えてくれたので、写真に写した。

 

恵の雨

『エエ 雨やないかい・・』

『ほんまやねえ 生き返るわ』

 

 

短い間の雨で、もう今では止んでしまったけど

庭の木々や小さな畑の作物にも恵の雨になるだろう。

この暑さ・・

この暑さ、何とか ならへんやろか!

この暑さ、いつまで 続くんやろ?

 

冷房を27~8℃に設定した我が家の居間では

つれあいと二人 食事も出来るし、昼寝も読書もパソコンも

心穏やかに出来る。

 

日射しの まだ穏やかな朝の散歩は、その覚悟で出かけるから

帰ってからの汗に濡れた着替えも、さほど苦にはならない。

 

有難いことに 六兵衛は、すでに仕事もリタイアしていて

ムッとした暑さの中に出る必要も少なくなったとはいえ

それでも1日の間には、冷房の効いた居間から覚悟を決めて

室外に出なければならない事もある。

例えばトイレに座ったときなど、思うのである。

この暑さ、何とか ならへんやろか!

この暑さ、いつまで 続くんやろ?

 

世間の年寄り達は この暑さの中 どんな工夫をして

過ごされているのだろう・・。

熱中症にならないよう祈るのみだ・・。

いや 年寄りに限らず 若い人でも、この暑さの中

屋外での仕事は 命を削るようなものだ。

暑い中での労働を 何とか耐えて

1日の終わりに飲むビールの一杯は

そりゃぁ うまいやろうなぁ・・。

 

この暑さ、何とか ならへんやろか!

この暑さ、いつまで 続くんやろ?

 

ペンネーム

杉本章子さんの初期の文庫本『名主の裔(すえ)』を読んだ。

文春文庫(1992年 初版)『名主の裔』と『男の軌跡』の2篇を収録。

 

文庫本のタイトルとなっている『名主の裔』は

江戸から明治へと時代が移り変わる頃の 江戸の名残を

「江戸名所図絵」として残した斎藤 月岑(げっしん)の半生

を描いた物語だ。

 

杉本さんは この作品の3年後に最後の木版浮世絵師といわれ

た小林 清観の半生と、幕末から明治へと移り変わりゆく

人と時代とを描いた小説『東京新大橋雨中図』で

第百回 直木賞を受賞されている。

そして 杉本 章子さんの小説の事は、2020年6月15日の

当ブログ「フリミ フラズミ」でも 少し触れているが・・。

「フリミ フラズミ」

 

しかし 今日のブログ日記は、この文庫本のタイトルになって

いる小説『名主の裔』のことではない・・。

1992年5月に文春文庫から出版されている『名主の裔』

に併録されている『男の軌跡』という中編小説は

やはり江戸が東京に変わる時代や風俗を、ユーモラスに

活写した「江戸繁盛期」という戯作を刊行した寺門 静軒の

半生を描いている。

 

その小説の中に、六兵衛には懐かしい名前が出て来たので

また ブログに書かずには いられなくなった・・。

 

その懐かしい名は 式亭 三馬(しきてい さんば)。

物語の主人公・寺門 静軒は儒学者として水戸藩への仕官を

望んでいたが 結局 叶わず、悶々とした日々を送っていた頃

式亭 三馬という戯作者が、江戸庶民の日常をユーモラスに

描いた「浮世床」や「浮世風呂」などの滑稽本を出版した。

その滑稽本を観た静観は強く感じ入り、水戸藩への仕官は

キッパリと諦め、私塾を開きながら 自分も「江戸繁盛期」を

執筆し評判を得るのだが、その後も静軒の背中からは

一度も会ったことさえない式亭 三馬の叱りや励ましの声を

聴きながら・・そんな物語であった。

 

六兵衛がマンガに夢中になっていた中学生の頃

同じクラスに3~4人のマンガ好きの仲間がいて

競い合うようにマンガを読んだり 描いたりしていた。

2020年6月12日のブログ「老いる・・」にも

その頃の事を書いている。

「老いる・・」

 

その頃の六兵衛のペンネームが「式亭 三馬」で

同じように I 君のペンネームは「十返舎一九」

M君は外人のようなペンネームの「マーチン」だった。

クリーニング屋の息子のK君は「ゴンちゃん」といった。

もちろん その頃の六兵衛は、式亭 三馬の詳しい事など

何も知らず、ただ江戸時代に滑稽本を描いた人だという程度

の知識であったが・・。

 

杉本 章子さんの小説『男の軌跡』の中に、割と重要な役割で

式亭三馬が登場したので、つい うれしくなって日記に書いた。

 

三馬

「式亭 三馬」は、江戸時代後期の地本作家で

江戸庶民の日常をユーモラスに描いた『浮世床』や

『浮世風呂』などの滑稽本で知られている。

 

「十返舎一九」も、江戸時代後期に活躍した戯作者で絵師

弥次喜多珍道中でおなじみの『東海道中膝栗毛』の作者

でもある。