いまだ 悟れず・・

散歩で通る路地横の、お寺の掲示板に貼られた今月の言葉。

今月の言葉

 

『 自分のことは 棚に上げ

他人のことは とやかく言うが

棚から下ろした 自分に問えば

恥ずべき私が そこにいる。』

 

 

先日の雨の日、我が家の裏の農業用溜池の枯れ枝に

一羽のアオサギが濡れるに任せ じっと佇んでいた・・。

修行僧、または 悟りを開き世を拗ねた仙人の如く・・。

アオサギ

 

寺の説教じみた張り紙よりも、濡れながら じっと佇むアオサギに

六兵衛も 大いに反省すべき点 多々ありと 頭が下がるが

アベやアソウは、ほんま アホやで・・・などと

下げる端(はな)から 不平不満が口に出る。

 

流行歌「山のかなたに」

芥川の堤道や上の池公園あたりを散歩をするとき

iPhoneから流れてくる昔の流行歌をBluetoothイヤホンで聴き

ながら歩くのだが、iPhoneに保存している200曲以上の

流行歌を繰り返し 繰り返し聴いていて

日によって 心持ちによって、あるいは歩く場所によって

同じ歌でも ただ流れ去ってていく時もあれば

何故か心に残るときもあったりする・・。

 

芥川の堤道を通るとき、藤山一郎さんの『山のかなたに』の

歌が流れてきた。

 

直立不動の立ち姿で歌う東海林太郎さんほどではないにしても

生真面目そうに教科書的な歌い方をされる藤山一郎さんの

この『山のかなたに』という歌は、戦後になって民主主義の

時代が来たとはいえ、まだ戦前の封建性が強く残る地方の町に

暮らす若者たちの葛藤や、夢や希望、都会への憧れなどが

まだ幼かった六兵衛の記憶の中にも、当時の情景がかすかに

残っている。

 

この『山のかなたに』という歌、1950年(昭和25年)

頃に発表された石坂洋次郎さんの小説『山のかなたに』を

池部 良さんや角 梨枝子さんらの主演で映画化された

新東宝映画『山のかなたに』の主題歌として歌われている。

 

戦後すぐの1947年(昭和22年)に新聞小説として連載された

石坂洋次郎さんの「青い山脈」は・・

戦前の暗い封建性を打ち破り、民主的な生き方を目指す

若者たちの姿を爽やかに描いた青春小説の代表作だ。

六兵衛が後年になって、YouTubeで見る事が出来た

1949年(昭和24年)に作られた最初の『青い山脈』は

原節子さんと杉葉子さんが主演している。

 

田舎者の六兵衛も高校生の頃

吉永小百合さんや芦川いづみさん主演の 何度目かに作られた

「青い山脈」の映画を観て、これがホンマの青春かぁ〜と

自分にはない世界だと思いながらも 憧れたものだった。

日活・青い山脈

 

そして その小説「青い山脈」から2、3年後に発表された

 同じ石坂洋次郎の小説『山のかなたに』は

ウィキペディア(Wikipedia)によると

若い男女二人を中心に、新しい時代の自由と青春と

それに伴うモラルを意識し、共に成長していく過程を描いた

群像劇だとの解説があった。

藤山一郎が歌う「山のかなたに」の歌詞を聴いても

古い殻を破り、新しい時代へ勇気を持って飛び出そうとする

若い力を感じる、いわば「青い山脈」の続編ともいえそうな

小説のようだ・・。

 

『山のかなたに』

作詞:西条八十 作曲:服部良一 歌:藤山一郎

https://www.youtube.com/watch?v=AEG7rEElwHs

1)

山のかなたに あこがれて

旅の小鳥も 飛んでゆく

涙たたえた やさしの君よ

行こよみどりの 尾根越えて

2)

月をかすめる 雲のよう

古いなげきは 消えてゆく

山の青草 素足で踏んで

愛の朝日に 生きようよ

3)

赤いキャンプの 火をかこむ

花の乙女の 旅の歌

星が流れる 白樺こえて

若い時代の 朝がくる

4)

山のかなたに 鳴る鐘は

聖い祈りの アベマリア

つよく飛べ飛べ こころの翼

光る希望の 花のせて

 

行動力も,決断力も・・

我が家の「主パソコン」たる立場の「MacBook Pro」も

購入から7年目となり、反応や動きが やや鈍くなってきて

使用者の六兵衛と同じで、多少のボケを感じるようになって

きている。


以前に遊びで作った「マンガ絵」が、パソコンの隅っこから出て来たので
懐かしシリーズで掲載する・・その20

 

そんな 我が家に於ける「主パソコン」としての任務は・・

精々が六兵衛の お粗末なブログを作る手助けをしたり

ネットショップでの買い物に 付き合わされたり

そして ときには、何気にネットを彷徨ったりすることもある。

そして 娘たち家族や、特に孫たちの幼い頃の写真を眺めたりと

そんな程度の単純な作業をするだけだから

多少 動作が鈍くなろうが、最新バージョンで なかろうが

さほど困る事もないのである・・。

 

だから このまま、壊れるまで使おうと思えば使える訳で

だからといって、これからまだ10年 20年と現在の

「MacBook Pro」が、元気に働いてくれるとは 思えない。

何しろ 使用する六兵衛が、これから ますますモウロクするだろう

から、その分 余計に しっかりと働いてくれる主パソコンでないと

困るのことになろう・・。

 

要は六兵衛が、パソコンを使うことが出来る残りの年数が

はっきり分かれば、計算は容易いなのだろうが

先の事は六兵衛自身にも分かるはずもない。

今 想像する「残りの年数」の長さによっては

新しいパソコンの購入の段取りを考える必要がある。

 

六兵衛の希望としては せめて あと10年

それなりに元気で、多少ボケたとしても

パソコンが使える状態でいたいと思うが、欲を出して それ以上の

15年20年と頑張れるかどうか・・無理か・・。

 

あと10年が六兵衛の限度なら、今のまま2・3年 我慢をして

その後に 多分 最後となる「主パソコン」を購入する。

もし もし、都合よく15年以上も元気で過ごせるなら

あと2度のパソコンの購入が必要になるかも・・。

 

そんな こんな、パソコン自体の使用可能年数と

六兵衛のパソコン操作可能年数をも併せて考える必要があるわけで

それが 今後の無駄のないパソコンの購入に繋がるのだという

今日の日記は そんな六兵衛の独り言なのである。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた41作目のカット絵。

 

我が家の現在の主パソコン「MacBook Pro / Mid 2012」を

2014年に購入した時、それまでの「Windowsパソコン」

から「Macパソコン」へと初めての乗り換えだったから

いささかの緊張などもあって よい刺激にもなり

楽しませてもらった記憶がある。

それから7年目が過ぎた現在では、そんな刺激や緊張も

薄れてきている。

そんな事などを思いながら、今すぐにでも新しい主パソコンの

購入を・・などとも考えたりするし

例え「MacBook Pro」を「MacBook Air」に一段 ランクを

下げて購入するとしても、高額な買物に変わりはなく

簡単に手は出せないのだ・・。

 

何やかやと うだうだ言いながら、そして あれやこれやと

思いを巡らせながら、結構 楽しんでいる六兵衛だが・・

・・ここまで書いてきて、このような内容の日記を以前にも

書いた事があった・・ような気がして

過去のブログ内の日記を調べ直してみた。

 


(2018年1月のブログの日記 )

・・・あった。

現在の「WordPressブログ」になる以前の「niftyココログ」の頃の

2018年1月の日記に、今回と全く同じような内容の日記を

書いている事がわかった。

 

2年も前に思っていた事を、いまだにウジウジと考えている

・・行動力も決断力もない 六兵衛なのである。

 

トラックパッド

正月休みに孫たち三人が遊びに来ていたとき

大学生の孫長男が、「MacBook Pro」で何やら始めたが

「マウス」を使うこともなく、すべて「トラックパッド」で

操作をしていた。


孫たちが まだ小さかった頃に遊びで作った「マンガ絵」が
パソコンの隅っこから出て来たので 懐かしシリーズで掲載する・・その19

 

『 マウスは使わへんのか?』と聞いたら

『出先なんかではマウスは使われへんし、始めっから操作は

「トラックパッド」やで・・』・・との返答。

なるほど 確かに そうかもしれへん・・が、パソコンを持って

出歩くことなどない六兵衛などは、「マウス」がなければ

ほとんど何も出来ないのだ。

今更「マウス」を使うのは、時代遅れだろう事は六兵衛にも

わかっているつもりだから、これまでにも「トラックパッド」

での操作を覚えようと 何度も挑戦してみたが、いまだに

出来ないでいる。

「スワイプ」やら「タップ」やら、すぐ忘れるし ややこしい。

 

一方、「iPad」や「iPhone」などの画面に直接触れて操作する

「タッチパネル」は、元々が 「そんなもんなんや・・」との

意識があるし、複雑で難しい操作が必要な場合は「iPad」や

「iPhone」で 作業するつもりなど始めからなく

大切な作業は 「マウス」で操作 出来る「主パソコン」に

すべて任せているのだ。

 

そんなこんなで 六兵衛にとって「マウス」は

大切な必需品なのだが、残念ながら 今日の世の中の動きは

「マウス」は邪魔なモノ扱いされそうな雰囲気である。

 

Webの凄さに・・

当ブログの1月7日に更新した『人の命で 戦うな!』の日記に

日本画家の堀 文子さんが言っていた「人の命で 戦うな!」という

言葉を書いた。

そのときに ブログ掲載に必要な堀さんの写真と作品の画像を

検索サイトで探して、カット写真としてブログに掲載した。

たった それだけだったのに、早速 今朝「Yahoo!メール」に

「日本画家・堀文子の百寿記念画文集」という名目で

『 堀文子 画文集「花ごよみ」』(出版:JTBパブリッシング)

という画文集の宣伝メールが来た。

花ごよみ

 

これまでにも「通販サイト」などで品物を検索した後などには

ブラウザ画面に検索した品物に関する宣伝が載ることは何度か

あったが、いきなりYahoo!メールで宣伝のメールが届いた事に

改めて「Web」の凄さに驚く。

それにしても、誰が チクったんや・・?!

 

世間では そんな事は 当たり前のことなの・・?

世間知らずの六兵衛などは 驚いてしまうよ。

 

人の命で 戦うな!


孫たちが まだ小さかった頃に遊びで作った「マンガ絵」が
パソコンの隅っこから出て来たので 懐かしシリーズで掲載する・・その17

 

南草津に暮らす長女の「Facebook」に、イラン革命防衛隊の

ソレイマニ司令官が米軍の空爆で殺害された・・ことへの

彼女の想いを書いている。

 

『 戦争はいやだ!

だれかの都合で

勝手に戦争が始められる

そんなのおかしい

戦争にしないようにするのが

本当の政治家だ

ひどいひどい嫌がらせをしておいて

戦争をしないためだなんて

嘘つきだ

身近な人や動物や地域と

愛について語りあおう

ごはんたべたかな?

どうしているかな?

また会いたいな

明日はどんな日かな? 』

 

・・・ホンマにそうやで。

自国の都合で 何やかやとイチャモンを付けておきながら

何かがあると武力で解決を図ろうとする。

少なくても国が違えば価値観も異なる。

勝手に自国の都合を 他の国に押し付けてはならない。

アメリカは勿論、ロシア(ソ連)や中国という大国の横暴が

目に余る。

 

下手をすればイランとアメリカとの戦争になる可能性が

心配される今、自衛隊のホルムズ海峡派遣が閣議決定

されていて、近く派遣される事になるという。

日本も戦争に巻き込まれる可能性がある。

少なくても アメリカ側につくと思われる安倍政治では

日本はアラブの諸国からは敵視されることになる・・。

日本の安倍首相もトランプ大統領の言うがままのようで

どうにも救いようがない。

 

堀さん

昨年、100歳の高齢でお亡くなりになった日本画家の

堀文子さんが、前年の99歳のまだ現役で仕事をされている

テレビ番組の中で おっしゃっていた言葉を思い出す。

『 人間は 人の命で 戦ってはいけない  ! 』

 

堀さんが まだ高等小学校に通っておられた頃に

通学途中で 二・二六事件(昭和11年)での銃を持った兵士

たちに遭遇し 恐怖を感じた事や、また その後

ますます日本の軍部の影響力が強くなって、日本が戦争へと

突き進んで行った歴史を目の当たりにして来た堀さんの

強い想いなのだろう・・。

 

いや 堀さんに限らず・・

全世界の痛みを経験し、痛みを想像出来る人間なら

『 人間は 人の命で 戦ってはいけない ! 』・・と

思うはずなのだが・・。

 

年の初めに読んだ文庫本

北方謙三、船戸与一、佐々木譲、宮部みゆき、大沢在昌 等々

「冒険小説」とか「ハードボイルド小説」などと言われる

ジャンルの小説を書かれる多くの作家の一人に志水辰夫という

人がいる。

 

世間では、その独特な文体を「シミタツ節」といって

志水辰夫さんの小説の特徴(持ち味・・)なのだと云う。

六兵衛には そんな文体の云々など、難しくて わからなく

ただ単純に 志水さんの冒険小説は「面白い!」と

ありふれた言葉で思うくらいしか表現できないのだが・・。

 

初期作品

そして、志水さんの冒険小説に登場する主人公といえば

特に頭が良いとか 力が強いとかいったスーパーマンではなく

ましてや腕利きの刑事や名探偵などでもなく

そこら辺りに居る普通の男たちが 、何らかの事件に

巻き込まれて必死に頑張るという設定である。

 

ず〜っと以前、志水さんの文庫本『飢えて狼』を初めて読んで

それが とても面白くて、『裂けて海峡』『背いて故郷』などの

初期の頃の志水さんの冒険小説を続けて読んだ。

どれもこれも とても面白く、大好きな小説家の一人になり

それ以後も 志水さんの冒険小説を立て続けに読んだ。

( もちろん今でも、中古で買った志水辰夫さんの文庫本は

    再読用の本棚に並んでいる。)

 

それまで現代小説ばかりを執筆されていた志水さんが

文庫本でいうと2009年に新潮文庫から出版された

『青に候』以後は、時代小説ばかりの執筆が続いている。

時代小説

 

しかし 六兵衛は時代小説は大好きだが、志水さんが書き始めた

時代小説には、今ひとつ面白さを感じられなかった。

 

『青に候』『みのたけの春』と続く時代小説は

侍として人としての 誇りや進むべき道に迷い悩む 名もなき

青年たちの青春群像にスポットを当てた小説が多かったが

何となく物語が暗く、読んでいてさほど楽しくもなく

単純な六兵衛の好みの小説からは遠く

過去の志水さんの現代小説を読んた時のワクワク感や

面白さを、楽しむ事が出来なかった。

 

昨年の2月頃に文庫本で『疾れ、新蔵』という時代小説が

徳間文庫より発売された事を知った。

 

あらすじを読んでみると、これまで続いてきた やや暗い

イメージの時代小説とは少し違うようで

志水さんが以前に書いていた冒険小説を時代小説にした

ような印象を受けたので、中古本として購入出来るくらいの

金額になるまで待っていたのだが、年末になって やっと

中古の文庫本として購入 出来た。

時代小説2

正月には孫たちが遊びに来ていたが、孫たちと遊ぶ合間に

志水さんの時代小説『疾れ、新蔵』を読んだ。

 

越後 岩船藩の森番の新蔵は、権力争いのため身に危険が迫った

10歳の志保姫を 江戸の中屋敷から密かに連れ出し

姫の故郷の越後の母親の許へ送り届ける役目を言付かった。

凶暴な浪人の兄弟も加わった江戸藩邸の追手に追われながら

二人を助ける駕籠かきの政吉と銀治、途中から逃避行に加わる

謎の女おふさ達が加わった新蔵一行は

過酷な逃避行を余儀なくされるが・・。

まるで 志水さんの初期作品のような力強い冒険小説を

時代物に置き換えたような展開で、まさに六兵衛好みの

時代小説であった。

 

『疾れ、新蔵』の続編として執筆された『新蔵、唐行き』が

昨年の秋に単行本として出版されたという。

海難事故で行方不明になった主家の若旦那を捜し

阿片戦争が始まろうとしている波乱の唐の国へと渡る・・

そんな物語だという。

単行本の発売から2、3年後に文庫本が出版されて

それから中古本として六兵衛が購入できる金額になるまで

まだまだ 遠い、トオイ、とおい・・。

 

摂理だ もの・・

2019年も終わろうとしている・・。

 

毎年のことだが、1年が過ぎ去る速さに驚く。

そんなことを 60歳代後半あたりから、特に感じ始めた。

 

今更 自慢する事でもないが、六兵衛は老人である。

73年を生きて来て、指を折って数えられる程の残りの生を

意識する年齢になった。

人間、この世に生を受けた時から、命の終りへ向けて歩むは

自然の摂理だろう。

悟ったような生意気を云ったが、まだ実感などない今だから

云えるのだ。


以前 遊びで作った「マンガ絵」が、
パソコンの隅っこから出て来たので
懐かしシリーズで掲載する・・その17

 

残る一日一日を ゆるやかに 穏やかに出来るだけ何もせず

無駄なく使い切れるものなら使い切りたいと望み

気がつけば、一日が 一生が 終わっていれば理想だろう。

 

結局 六兵衛の、終(つい)を意識しながらの残りの日々に

つれあいと二人で、ただ ぼんやりと のんびりと

季節(とき)を重ねて終わりを迎えられれば

それが幸せなのだと、都合の良いことばかりを考える

六兵衛なのである。

 

・・・・・・

年の終わりに、いったい何を云いたいのか

自分でも分からないほどに、何となく なんとなく・・

怠け者の六兵衛のカッコ付けた言い訳で1年が・・終わる。

 

懐かし街

歳を取ると昔を懐かしがって、 思い出話しが増えるというが

六兵衛も また同様で、50年以上も前の おぼろで遠い昔の

記憶の事々を、時々 懐かしく思い出す。

 

特に 六兵衛が20歳代前半の頃の、わずかに5年足らずの短い

期間だったが、大都会 東京での暮らしを懐かしく思い出す。

 

四国の片田者が、初めての東京で暮らし始めた。

東京とはいえ、何処かに まだ ”戦後” が残っている頃の事で

田舎者の六兵衛でも、何故か不思議に馴染めた。


だいぶ以前に遊びで作った「マンガ絵」が、
パソコンの隅っこから
出て来たので 懐かしくて掲載する・・その16

 

その頃の友人達とは、今では もう音信不通になっているが

特に親しかった友人の一人で1歳年上のサブローさんは

今は北陸の故郷で暮らしておられるが

長く年賀状のやり取りを続け、数年前からは時々 手紙や

電話の交流も再開した。

 

東京を離れて半世紀 近くが過ぎた。

サブローさんには それ以後、サブローさんが結婚をして

東京の団地に暮らす新婚のサブローさんを訪ねて以来

一度も会う事はなかったが

老いてきた所為か この頃 特にもう一度サブローさんに

会ってみたいと思うようになった。

そして 出来る事なら、若き日を過ごした思い出の東京の

飯田橋辺りや神楽坂の坂道を、二人で訪れてみたい・・。

 

 

六兵衛は大阪から 東海道新幹線に乗って・・

サブローさんは 金沢から北陸新幹線で東京へ向かい・・

東京の何処かで落ち合って、再会しよう・・。

そして 二人で懐かしい東京の あちこちを訪れて・・。

多分 二人は 年齢の事など忘れて

50年前の青春の頃に 戻るでしょう。

 

「思い出の場所」は変わってるやろか・・。

あの頃の東京を探そうとしても、無理かもしれへん・・。

今の大都会の喧騒に、ついていけるやろか・・。

・・などと 変わり過ぎた東京で ジーさん二人が

ウロウロする様を 想像するのは 楽しい。

 

仕事もリタイアし、それなりに自由になった 今なら・・

身体も まだ、そこそこなら動ける 今なら・・

そして 何より「行こう!」と 決めさえすれば・・

さほど無理なく「東京見物」が出来るのだろうに

いざとなると六兵衛は腰が重くなり

サブローさんに『東京へ行こう!』と声掛けもせず

だから そうなれば楽しいだろうと 想像するだけで

行動に移せないでいる。

 

お互いに もう老人である。

残っている時間は決して長くはない。

今 腰を上げて行動しないと・・と 思うのだが・・。

 

涙 腺 ・・?

・・・ティッシュを取り 鼻水をすすっていると

『この頃 毎日泣いてるネ・・』と、自分も鼻水をすすりながら

つれあいが 六兵衛に言う。

 

朝食のときの、朝7時台に放映されるNHK BS放送『おしん』

の再放映と、それに続く連続テレビ小説『マーガレット』を

観ていてのことだ。

 

 

前回 放映された連続テレビ小説『なつぞら』の

戦争で両親を失った少女「なつ」と、北海道・十勝の大自然の

厳しさの中で、開拓者精神にあふれた 強く優しい大人たちとの

心のふれあいに、たびたび 涙したものだった。

 

今 放映されている『マーガレット』や、その前の時間に再放映

されている『おしん』などを観ていても 泣けてくるのは

人々の心のふれあいに涙を誘われる・・というよりも

六兵衛やつれあいも歳をとって、単に 涙腺が弱くなったという

それだけの理由なのかもしれないとも 思ったりする・・。

( 多分 つれあいは ”歳の所為” とは認めへんやろなぁ・・。)