今日も、市兵衛さ〜ん

中古本のネット通販「駿河屋」と「ブックオフ」から

ひと月ほど前の 2月の始めの頃に取り寄せた

合わせて30冊ほどの中古文庫本のことは、当ブログの

2月11日の更新記事に書いた。

「並んでいる」・・参照

 

その購入した中古 文庫本の中に、昨年の5月と8月に

文庫 書き下ろしとして祥伝社から発売されていた

辻堂魁さんの『風の市兵衛 弐』の第2巻「修羅の契り」と

第3巻「銀花」を、中古本として半額程度の値段に やっと

下がったから、その2冊も その時 購入している。

 

好きな食べ物を 最初に食べるか、最後まで残しておくか・・

どちらかと言えば きーポケは、最後まで残しておきたい性格

だから『風の市兵衛 弐』の第2巻と第3巻の2冊の中古本も

読む楽しみは 後に残しておこうと、いつものように

他の文庫本から読み進めていたんやけど

大好きな市兵衛さんの文庫本が、手元に2冊も あって

本棚の上に積んでいる未読の文庫本の中の『風の市兵衛 弐』

のブックカバーの緑色がチラチラと誘うように見えて来る

ものだから、せめて1冊くらいは 読んでもええやろ・・

との言い訳を思いつくと、どうにも意志薄弱な きーポケは

辛抱たまらん と、『風の市兵衛 弐』の第2巻「修羅の契り」

を 大切に 大切に読んだのでした。

 

 

病の妻と幼い子供たちを養う為に、人斬りを生業としていた

浪人と戦い 倒した市兵衛は、浪人の残された幼い二人の子供

を引き取り 一緒に暮らし始めたのだが、その二人の子供たち

が何者かに拐かされてしまった・・。

 

そんな第2巻「修羅の契り」は、市兵衛さんと子供たちとの

互いの強い絆と信頼を感じる物語だが・・

物語の後半、251ページ辺りを読んでいて、 またまた

きーポケにとっては 懐かしい場所の名前が文中に登場した。

 

以前、池波正太郎さんの小説「堀部安兵衛 上・下」の文中に

登場した「立慶橋」は、2018年3月28日の

きーポケブログに、「江戸川に架かる立慶橋」のタイトルで

記事にして更新している。

「江戸川に架かる立慶橋」・・参照

 

また、今年の1月14日の更新記事にも

船戸与一さんの小説「満州国演義」の第1巻の文中に

登場した「新宿区東五軒町」という町は

きーポケが 20歳くらいの頃に下宿していた

「東京都文京区関口」という町の隣の町で、毎日のように

その「東五軒町」の通りを歩いていた・・と記事にした。   

「満州国演義 第1巻・風の払暁」・・参照

 

この「立慶橋」や「新宿区東五軒町」に限らず

これまでにも 本を読んだり テレビを見たりしていて

きーポケの思い出深い場所などが登場してきたりすると

懐かしく嬉しく、誰彼かまわず 話したくなって

我ながらしつこい!と思いながらも、そんな きーポケの

独りよがりの文章を、度々 記事に躍らせてきた。

 

くどくて恐縮だが、今回も『風の市兵衛 弐』の第2巻

「修羅の契り」の文中に・・

「牛込筑土八幡宮と三念坂の往来を隔てた津久戸前町のある

裏店を・・・(略)三兄弟は定まった生業(なりわい)を

持たず、牛込御門橋から神楽坂を登った界隈の・・・(略)」

・・・とあった。

 

「江戸時代の地図」

「現在の地図」

「牛込筑土八幡宮」という八幡さまや、三念坂のある津久戸町

辺りは、きーポケが まだ20歳くらいの頃に

2年間 毎日のように通っていた「隆慶橋(昔の立慶橋)」から

西へ向かって(地図上の青い点線)筑土八幡町交差点まで行き

(きーポケが20歳の頃も、もちろん 江戸時代の市兵衛さんの

頃だって、現在のような広い道路は 無かったのだが・・)

そこから三年坂(昔は三念坂と呼んでいたらしい・・)を通って

神楽坂方面へ行く道(地図上のピンクの点線)も

やはり50年ほど昔に、きーポケが 神楽坂の商店街でアルバイト

をするために通った道なのです。

 

おあとが よろしいようで・・・。

 

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