昨日は、先日 伐採した「桜木」を切り落とした幹や枝を
保存しやすいように5~60cmほどの長さに切り落とし
裏の畑の角に積み込む作業をした。
その作業の後 つれあいと一緒に、「マルチポット」で育てた
「玉ねぎ」の苗を、3番畝に定植する作業と、4番・5番畝に
「エンドウ豆」のタネの植え付ける作業などをして
六兵衛にしては いささか働き過ぎた気がしていた・・。

やはり、特に足腰が疲れていたようで
夜の8時頃には布団に入って、寝ることにした。
いつものように「iPad」で「ポッドキャスト」の番組を
子守唄代わりに流しながら・・
しかし 何故だか今夜は、なかなかに眠れない。
疲れている筈なのに・・。
だから子守唄として聴いていた「ポッドキャスト」番組を止め
「iPhone」に保存している「昭和の流行歌」を聴きながら
寝ることにしたのだが、それでも なかなかに寝付けない・・。
『寝られへんなぁ・・』と、何度目かの寝返りを打ったとき
ちあきなおみ さんが歌う『男の友情』が「iPhone」から
流れてきた。
『男の友情』
作詞:高野公男 作曲:船村徹 歌:発売当時は青木光一
1957年(昭和32年):日本コロムビア
(1)
昨夜(ゆうべ)も君の 夢見たよ、なんの変りも ないだろね
東京恋しや 行けぬ身は、背のびして見る 遠い空
段々畑の ぐみの実も、あの日のままに うるんだぜ
(2)
流れる雲は ちぎれても、いつも変わらぬ 友情に
東京恋しや 逢いたくて、風に切れ切れ 友の名を
淋しく呼んだら 泣けて来た、黄昏赤い 丘の径
(3)
田舎の駅で 君の手を、ぐっとにぎった あの温み
東京恋しや 今だって、男同士の 誓いなら
忘れるものかよ この胸に、抱きしめながら いる俺さ 。
作詞家志望の高野公男さんと作曲家志望の船村徹さんの
若い二人が、戦後間もない頃に東京の東洋音楽学校で出会い
意気投合し、学校の屋上などで歌の夢を語り合った。
その後 二人で作った『別れの一本杉』が大ヒットしたが
高野さんは結核病になり入院、田舎での闘病生活を余儀なく
されることになる。
入院中の高野さんは病と闘いながらも、早く病気を治して
東京へ戻り、船村さんと また一緒にいい歌を創りたいと
思いながら、しかし・・。
そんな思いを「詩」に書いたメモ帖を、高野さんの死後
病院のベットの枕の下から見つけた船村さんが
曲を付けて出来た歌が、この『男の友情』だという。

「東京恋しや 行けぬ身は、背のび して見る遠い空・・」
「流れる雲は ちぎれても、いつも変わらぬ友情に・・」
「田舎の駅で君の手を、ぐっと握った あの温み・・」
入院生活を余儀なくされた高野さんの心情が、苦しいほどに
伝わってくる。
その歌詞の ひとつひとつの情景が浮かんできて
何度 聴いても胸に迫り、切なくなる・・。
そんなこんなで、ますます寝られなくなった六兵衛なので
あった・・。