高田 郁さんが書かれた文庫本『あい、永遠に在り』を読んだ。
つれあいが入院中ゆえか、一人での読書は、何かが足りない
・・そんな想いの中での文庫本ではあったが・・。

上総(かずさ・現 千葉県)の貧しい農村に生まれた ”あい” は
18歳の時 ひとりの男と結ばれる。
男の名は 関 寛斎 。
苦労の末に医師となった寛斎は、立身出世には目もくれず
患者の為に医療の堤となって生きたいと願う。
”あい” はそんな夫を誰よりも よく理解し、寄り添い、支え抜く。
やがて老いてから二人は、 一大決心をし、北海道開拓の道へと
踏み出して行く・・。
幕末から明治へと激動の厳しい時代を生きてきた、実在した夫婦
の物語だ。
この物語では、「山桃(ヤマモモ)」の木が 大きな存在として
登場している。
主人公の”あい”が子供の頃には、家のそばに植わっていた
山桃の木に触れながら 願い事をした・・。
のちに 結婚をすることになる夫・寛斎を初めて見たのも
その「山桃」の木のそばだったし
家庭を持ってからも、二人の思い出の「山桃」の木を庭に植えた。

第3章、201ページに・・
『「ほう」。
夜遅く、疲れた顔で城より戻った寛斎は、膳の上のものを
認めて軽く目を見張った。
笊に盛った山桃の実に、小皿の塩が添えてある。
盃には冷えた酒。
「親父殿が好きな呑み方だな」寛斎は呟いて、
山桃の実に塩をちょいちょい、と付けて口に運んだ。』
・・とある。
六兵衛がフーテンもどきをしていた二十歳前後の若い頃
今 思えば、ちょっとした気まぐれで申し訳なかったと思うが
母方の祖母が農作業をしながら一人暮らしをいていたので
畑仕事を手伝いながら、わずか一ヶ月たらずの短い期間だったが
婆と孫との二人暮らしをした事があった。
そんな祖母の山には「山桃」の木が植わっていて
6月の初夏の頃になると、婆さんながら器用に木に登り
熟れた実を取って食べさせてくれたりした。
赤黒く熟れた実に、塩をまぶして5、6個を一度に口に放り
噛んで甘みがなくなれば、口の中に残ったタネを「ぺっ!」と
吐き出すのだ。
しかし、しかし・・
「山桃」の木は ” はそい ” (おれやすい) から 気をつけて登れと
祖母は何度も云っていたのに、そう云っていた祖母自身が
年老いてから山桃の木に登り、実を取ろうとして枝が折れ
落下し、足腰を強く打ち 入院をする羽目になってしまった。
結局 祖母は、それから寝たきりになり、数年後には亡くなった。
この高田 郁さんの文庫本『あい、永遠に在り』を読んで
「山桃」の木が登場し、六兵衛には とても懐かしく
その「実」の食べ方も同じだったので
つい嬉しくなって、まとまりのないまま
日記に書いてしまった・・。