クドいようやけど、再度「そうた」のコト・・

前回の六兵衛ブログ日記(12月26日)では「そうた」の事を書いたが、今回も「そうた」の事で もう少し書こうと思う。

 

前回も書いているように「そうた」とは、「ちゃんちゃんこ」に似た 袖のない「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」のような上着のことだが、世間では「そうた」という名前は、ほとんど使われていないらしい・・。

 

大阪生まれの つれあいに聞いても、「そうた」を知らなかった。
だから ネットで「そうた」を調べてみた。
「そうた」という男性の名前が まず出てきた・・。
また、佐賀県の有田焼の中に「そうた窯」という窯がある という。

そんなネットでの検索の中で、1つだけ『おじさんとおばさんのつぶやき』というBiglobeブログの中に『そうたの便利な一面』と題したページがあった。

『おじさんとおばさんのつぶやき』

そのページには・・
『ネットで「そうた」を調べたけれど見つからない。おじさんの地域だけの呼び方なのかと思ったら、高知市内に「合田呉服店」という呉服屋さんが「そうた」を扱っているとのページがあった・・』と書かれてあった。

このブログの筆者が、高知県の何処に住まわれているのか分からないが、しかし どうやら「そうた」という呼び名は、高知県だけで使われている言い方なのかもしれないと、この 筆者の方も おっしゃっている。

さて そうなると この「そうた」という衣類(上着)のことを、広く世間では何と呼んでいるのだろうか・・と考えた。

もう一度 云う。
「そうた」とは、袖のない「ちゃんちゃんこ」みたいな「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」のような上着なのである。

そこで思いついたイメージキャラクターがある。

『神州一味噌』の「み子ちゃん」が、たしか「そうた」を着ていたような・・。

これが「そうた」だ!
やっぱり「み子ちゃん」は、「そうた」を着ている。
但し この味噌会社、2017年に「宮坂醸造(株)」から「信州一味噌(株)」に社名変更をしたとかで、それに伴い「み子ちゃん」のイラストも少し変えたらしく、今の「み子ちゃん」は「そうた」を脱いだイラストになっている。

いや 待て待て、他にも いたぞ!

そう マンガの「ゲゲゲの鬼太郎」の上着も、黄色と黒の横縞の「そうた」では なかったか・・。

やっぱり!
紛れもなく鬼太郎は「そうた」を着ている。
鬼太郎が着ているのは「ちゃんちゃんこ」だ との説明もあるが、六兵衛に言わせれば、これは立派な「そうた」である。

間違いない!

注:ネットによると「ちやんちゃんこ」とは、子供用の袖なしの羽織りで、還暦祝いの衣装として着るのは、「還暦」は生まれ直して赤ちゃんに還るという意味があるからだという。

 

「そうた」

寒くなってきたので、つれあいが 室内での上着として用意してくれたのは、六兵衛の親父が まだ それなりに元気だった頃、やはり部屋で着用しいていた「そうた」だった。

「そうた」とは、「ちゃんちゃんこ」に似た、袖のない「羽織」、または 綿の入った袖なしの「はんてん」とでも言おうか、六兵衛の育った田舎では、そのような上着を「そうた」と呼んでいた。

早いもので、親父が亡くなって もう21年になる。
上の左側の写真は、初めての曾孫が産まれて1ヶ月くらいの時に、嬉しそうに抱いている親父の写真。
親父が その頃着ていた「そうた」を、右の写真のように 今 六兵衛が着ている・・。
残しておいてくれた つれあいに感謝しながら、なんとなく嬉しい六兵衛である。

 

もみじの葉

表の庭の一角に作った小さな「簡易温室」のビニールカバーに、
隣の もみじの葉が、ひとつ くっついていた。

赤く鮮やかだった もみじの葉も、ほとんどは散ってしまい 残り少なくなった・・そんな12月も 終わりに近い日・・。

1葉だけの もみじの葉が、ビニールカバーに くっついたまま・・可笑しくもあり、哀しくもある・・。

 

土手に立つ青鷺

3度の食後の歯磨きは、この頃は ベランダに出入りするドアから、農業用ため池や近所の様子を眺めながら磨く習慣がついた。

冬場になったので、北から渡ってきた水鳥が、農業用ため池で餌をついばんだり、のんびりと泳いだりしている。

今日は、アオサギが1羽 土手に立っていた。
自分の立ち姿を水に映して、
まさに 孤高の仙人のようでもある。

『夕風や水青鷺の脛(はぎ)をうつ』 与謝 蕪村 安永三年(1734年)の作

 今も昔も、アオサギの俳句や短歌は、多く詠まれているらしい。
六兵衛ごときには そんなアオサギを眺めていても 歌など何も浮かばないが、多くの人は水辺に立つアオサギの情景に、何かを感じるのだろう。

 

あの頃が・・

いつも行くスーパーマーケットの駐車場から見えるマンション郡の上空は、まだ昼間なのに一面 分厚い雲に覆われている。
ところが ただ一角だけ厚い雲が薄れ、やや赤みがかった明るい日差しが覗いている。

そして その部分から、神様か天使さんが現れそうな と、何となく そんな気にさせる・・。

しかし、何しろ 無宗教の六兵衛である。
神や天使の姿を想像したのは一瞬のこと。
明るく輝く その一角から、神とは別の 何かが現れるかも・・と、そんな雰囲気なのだ。

六兵衛にとって 何が現れてくれれば嬉しいのか・・と考えてみた。

40年ほど前、六兵衛は一時 紙粘土の人形作りに凝りだした時期があった。
試しに作ったのが 我が家族4人の人形だった。

その人形が 六兵衛を見下ろしている・・。
2人の娘たちも、まだ小学生か中学生の頃である。
六兵衛も まだまだ未熟者で、今 考えれば反省ばかりの日々だったように思う。

ぎこちない作りの下手な人形で、塗り込んだ色も すでに 所々 剥げてしまっているが、今でも棚に置いている。

もう あの頃には戻れない。
しかし あの頃の時間が、六兵衛家族の原点である。

 

師 匠

12月に入り 季節は冬、だいぶ寒くなってきた。
だから この頃では、つれあいとの散歩は早朝をやめて、太陽が高く登り 寒さも少し和らぎだした頃に歩いている。
さて、当ブログに何度も登場してくれている、早朝散歩の道路沿いに建つ資材置き場の仮囲い鋼板の根本に、健気に生えていた小さな「ノブドウ」が、秋も深まり始めた 去る10月31日の日記に、その「ノブドウ」が、根本から千切られていた事を書いた

そして 昨日、つれあいと資材置き場の仮囲い鋼板の前の道を歩いていて 気がついた。
千切られて根本だけが残っていた『ノブドウ』の「根」から、新しい 小さな「芽」が出ているのを。

何度も何度も、根本から枝葉を切り取られながら、新たな芽を出し 若葉を出し、厳しい冬に向かいながらも 生きようとする自然の力の凄さ。
まさに「ノブドウ」は、六兵衛の師匠たる存在である。

30503

今日も我がブログを開いたら、当 六兵衛ブログの前回(12月7日 土曜日)の日記「30303」に続いて、またまた 偶然、前回に似たようなカウンターの数字が表れていた。

今朝 10時頃の、我が六兵衛ブログに表示されていたカウンターの数字が、前回より丁度200増えて、「30503」になっていた・・という ハナシだ。

 

まぁ 前回と同様、だからそれが何やねん!・・と云われれば それまでのこと何やけど、ただ 日記に書くことも特にないので、”賑やかし”のつもりで掲載した。

 

30303

詳しい内容は わからへんけど、バッファローに暮らすアッくんが、多分 WordPressと有料契約をしている その一部を、2018年の3月から使わせてもらう事で始めた当六兵衛ブログである。
それから約6年と10ヶ月が過ぎた。
昨日の2024年12月6日 午前10時43分、何気にブログ内の「カウンター数」を見ると、「30303」という面白い数字が並んでいた。

だからといって、それがどうした?・・と いわれれば、ただ それだけの事なんやけど、たまたま見た数字が30303やった・・なんて、面白くない?・・ 面白く・・ないか。

まぁ こんな事は、六兵衛の 独りよがりで、人様に面白がって報告するほどの事ではないのは百も承知やし、カウンターによる数字も まぁ そこそこ適当だろうとは思っている。
第一 六兵衛ブログの場合、来場者のほとんどが・・というよりも来場物とでも云うべきかもしれないが、Webサイトを巡回して情報を集めるロボットの「検索エンジン クローラー」が、その数字のほとんどを占めているのだろう。

それにしても、こんな独りよがりの六兵衛のブログのために、アッくんの貴重な場所を使わせてもらって ありがとう! ゴメンね。

 

宵の明星

2024年12月5日 17時22分、南西の空に 三日月と その隣には、ひときわ明るく輝く星がある。
「宵の明星」だ。

夏から翌年の春にかけて、太陽が沈んだ後の西の空で、明るく輝く「金星」のことを「宵の明星」と云うようだ。

       三日月のそばで 競うように輝く宵の明星。

昨日の5日は たまたまだが、 月と金星が接近して見えるのだという。

 

帰 省

親から譲り受けた田舎の土地や家を手放す事にし、小さな山の上にある先祖からの墓も「墓じまい」することにし、そのために 先日、つれあいと長女との三人で田舎に帰った。

そのとき 長女が、穏やかに流れる四万十川の動画を撮ったらしい。

2歳の頃まで、この川のそばで生まれ育った長女。
今はバッファローに暮らす次女は大阪で生まれはしたが、夏休みになると長女と二人で、この川の流れの音が聞こえるジジババの家で遊び暮らしたものだから、二人には懐かしい四万十川の筈である。

長女が「iPhone」で撮った この四万十川の動画を、我が六兵衛ブログに掲載する 初めての試みだったが、 これが なかなかどうして、六兵衛には難しい作業だった。
まず その動画を、「QuickTime Player」で 我が「MacBook」に保存する作業から始まり、ファイル形式が「mov」のままではWordPressブログに入れない事がわかったので、「mp4」のファイル形式に変換をした。
その上「 iPhone」で撮った動画のサイズが 85.9MBだったので、映像が少し悪くなるとは思ったが 21.7MBにサイズを小さくした。

これで なんとか、動画をブログに投稿出来るようになった・・つもりだったが、動画を見ればわかるように、その動画の初めの3秒ほどの間、「指差しマウスポインター」が画面上をウロウロしている。
初めてのことで 作業に慣れないものだから、うろつくのは 如何にも六兵衛らしい・・。

「iPhone」で撮った この四万十川の動画を六兵衛ブログに投稿する工程のなかで、六兵衛にとって最も難しく思った作業は、まず最初に行った「QuickTime Player」で、動画を我が「MacBook」に保存する作業だった。
そう度々 六兵衛ブログに、動画を投稿することは少ないだろうから良いようなものだが、何をやらせてもバタバタと うまく出来ない六兵衛である・・。