裏の畑(2024年 初冬)

11月も あと1日。
1年は、ますます早く 過ぎ去ってゆく・・。

4番畝と5番畝に撒いていた「エンドウ豆」のタネから、小さな芽が出て 少しずつ伸び始めてきたので、支柱を立てネットを張り、風よけや防寒対策のために寒冷紗をかけた。

来年の5月頃には収穫 出来る・・はずだ。


収穫したエンドウ豆と「はちく(淡竹)」の煮物は最高のおかずになる。


「淡竹」が手に入らなければ、やや小さめの一般的な「たけのこ」でも良いが・・

 

感 謝

我が六兵衛ブログに 、六兵衛の描いた下手な「マンガ絵」を、賑やかしとして 時々 載せたりするのだが、その「マンガ絵」に 余白の部分がある場合、出来れば その余白の部分は白地のままではなく、ブログ自体の背景色にしたいと思うのだ。

ゆえに その「マンガ絵」を「png」ファイルで仕上げれば、「マンガ絵」の余白部分は透明になって、ブログ上では自然と背景色となってくれるから問題はないのだが、しかし、その「png」のファイルサイズは「jpeg」に比べると大きいという。

だから これまでは、ファイルサイズの小さな「jpeg」で「マンガ絵」を仕上げ、その「マンガ絵」の白地となってしまう余白の部分は、ペイントアプリ「FireAlpaca」の「スポイルツール」で、六兵衛ブログの背景色のカラーモード(RGB)で調べ、 その色を「マンガ絵」の余白部分に改めて塗り、サイズの小さな「jpeg」の「マンガ絵」として ブログに載せていたのだ。

しかし これが、仕上がったブログを見ると、微妙に色合いが異なっている・・。

そんな迷いの中にあった時、忘れていた事を ふと思い出した。
昨年だったか、バッファローに住む次女が、六兵衛ブログの画像容量が大きすぎるので直したほうが良いと、メールで教えてくれた事があった。

『写真の場合は「jpeg」を使ってください』
『イラスト(マンガ絵)の場合は「png」を・・』
『写真のクオリティ(品質)を必要以上に高くしないように』等々・・。

しかし マンガ絵を「png」で保存すると、透明が使えて背景色を そのまま活かせるのだが、「png」はファイルサイズが大きくなってしまうので、例え(マンガ絵)でも、出来るだけファイルサイズの小さな「jpeg」で作りたいと、無知ゆえの欲を出し、先にも書いたように 背景色を活かしたい部分には「スポイルツール」で取り出した「背景色もどき」を塗り込めばいいと、浅はかにも考えたのだったが、しかし 結果は、微妙な色合いの違いに うろたえていたのである。

しかし 六兵衛、背景色を作る迷いの中で、もう一つ 大事な次女の教えを見逃していた事に気が付いたのだ。
その時の 次女のメールを読み返してみると・・
『写真の場合は「jpeg」を使ってください』。
『イラスト(マンガ絵)の場合は「png」を・・』。
『写真のクオリティ(品質)を必要以上に高くしない』。

そして最後に もう一つ、教えてくれていた事を見逃していたのだ。
『「png画像」は、「縮小アプリ」でファイルサイズを小さくしてください』・・と。

早速 試しに この「圧縮アプリ」で、4つのファイル形式で作った見本の画像を それぞれ圧縮してみた。
①画像を白地のまま「jpegファイル」で載せた場合。
②白地の部分にスポイルツールで探した「背景色もどき」を塗って載せた場合。
③png画像で透明部分を活かして載せた場合。
④そのpng画像を圧縮アプリで圧縮して載せた場合。

出来上がった4つの試みを比べて見てみる・・。
背景色を活かした上に、フアイルサイズが 一番小さかったのは、④番の「png画像を圧縮した画像」だった。
見た目の仕上がり具合は ほとんど変わらないのに、ファイルサイズが70%以上も小さくなっている。
これで 決まりだ!
改めて あらためて、次女に感謝である。

 

再 会 ?

散歩で歩くコースによっては、六兵衛が仕事をリタイヤする前の まだ現役だった頃に作らせてもらった看板に、時々 出会う事がある。

その一つに、『野菜直売所』の看板がある。
多分 近所の農家の人たちが、曜日と時間を決めて商う野菜の直売場の看板だ。

同じような看板を3枚作って納品したので、この場所以外にも あと2ヶ所の野菜直売場にも、同じような看板が掛かっているはずだ。
作ったのはいつ頃だったのか、パソコン内に辛うじて残っている記録で調べてみると、今から12年ほど前に納品していた。

この野菜直売場の現在の様子を、散歩の途中で写真に写した。
今のこの時間、販売をする曜日と時間帯ではないのだろうが、何となく もう一つパッとしない雰囲気で、さて ここでの販売は 止めたのだろうか・・とさえ思えてくる。

その当時の看板文字は、カッティングシート文字が全盛で、インクジェット印刷も出始めていた頃だったが、六兵衛は昔ながらの筆書きで看板を仕上げていたから、この野菜直売場の看板もペンキの筆書きで仕上げている。
12年も経て 看板自体も、ペンキ文字が薄れてきたり、販売の時期とか時間とかの部分も あれこれと変わったのか、「ガムテープ」を貼ったり 剥がしたりした跡が残っている・・。

パソコンに残っていた六兵衛の工房内での、納品前の真新しい看板の写真だ。

 

初冬の散歩道

朝散歩
どんぐりを踏み
老い二人     六兵衛)

つれあいとの早朝散歩で、ふと浮かんだ 一応 俳句のつもりだ。

しかし 俳句など詠んだこともない六兵衛ゆえに、これが俳句といえるのか 怪しいものだが・・。

いささか テレビの影響を受けたようだ・・。

 

季節は・・

つれあいが 日赤病院で点滴を受けている時間を利用して、上の池公園あたりを歩いてきた。

今年は いつまでも暑い日が続く・・と、つい先日まで愚痴っていた筈なのに、11月も後半になってくると流石に、深い秋がいきなり現れた感じである。

上の池公園 辺りの木々も色づいていて、もはや冬が 近くまで来ていてるのを感じる。

 

枯れ木も山の・・

当ブログは 独りよがりで単純な六兵衛の、日々のつれづれを書くブログだが、これといって書くほどもない日々が続いたりする事も 度々ある。
「日々のつれづれ・・」などと、遥か遠い昔の 吉田兼好さんのような言い方になって、誠に恐れ多いと思いながらも・・そう こんなときは、六兵衛の下手な「マンガ絵」でも描いて、『枯れ木も山の賑わい』と、お茶を濁そうか・・。


六兵衛ごときブログに、兼好法師の例えを持ち出して恐縮なのだが、つれづれなるままに、ひぐらし硯に向かいひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそもの狂ほしけれ』・・(これといって することもなく 一日中 硯に向かい、心によぎる他愛のない事柄を、とりとめもなく書き付けていると、妙に妖しくおかしな気分になってくる)。

吉田兼好の『徒然草』は、遠い昔 学校で習ったのか習わなかったのか・・それさえ もう忘れてしまっている程度で、「徒然なるままに ひぐらし硯に向かいて・・・」の書き出しの部分くらいは、何となく六兵衛のボケた頭にも残っていたのだが、今回の事で それなりに調べてみるまでは、「ひぐらし」を、セミの蜩(ヒグラシ)と思い込んでいたくらいの六兵衛であるから、いい加減なモノ・・なのである。

 

市兵衛さんしか 居らへんのや

読みたいと思って購入した中古の文庫本なのに、しばらく前ころから時代小説以外は、読む気に ならなくなって、中古本とはいえ折角買った現代物の小説は、未読の本棚の隅でホコリを被っている。

ところが この頃の六兵衛は、好きだった時代物でさえ少し読んでは つまらないと思えるようになって、結局 途中で読むのを止めてしまったりする・・そんな状況が続いている。

六兵衛の集中力が無くなってきたからだろうか・・?
それとも老いて我儘になり、時代小説とはいえ六兵衛の好みが、ますます狭くなってきているのだろうか・・。
そんなこんなで、六兵衛が読みたいと思う文庫本が、極端に少なくなってきた。

だいぶ昔から六兵衛が愛読していた藤沢周平さんや、その後も 杉本彰子さん、宇江佐真理さん、浅黄斑さん、長谷川卓さんなどが続けて亡くなられている。
六兵衛が、今 楽しんで読める作家は・・と考えると、どうにも 少ないのだ・・。
「風の市兵衛シリーズ」を始めとした辻堂魁さん、あとは・・う〜ん・・そう、あさのあつこさんの「弥勒シリーズ」、柴田よしきさんの「お勝手のあん シリーズ」などなど・・ほんの僅かだ・・。

六兵衛が読みたいと思う文庫本が少なくなったとはいえ、もちろん 本は購入している。
中古本ネット販売の「駿河屋」とか「バリューブックス」などだ。今回も、市兵衛さんが活躍する『風の市兵衛 弐・うつ蟬(第33巻)』が、「駿河屋」で それなりに安くなったので、とりあえず他の時代小説を 少々と一緒に注文をしていたのが、10日ほど待って やっと届いた。

出来るだけ 楽しみは後に残そうと思う六兵衛は、これまでに購入していたけれど、我慢して読まずに残しておいた「風の市兵衛」の2冊 第31巻の「春風譜」と第32巻の「母子草」)と、今回 購入した第33巻の「うつ蟬」を合わせると、これで未読の「風の市兵衛さん」が3冊になって、未読の本棚に並んでいる。そして すでに10月には、第34巻目となる『風の市兵衛 弐・蝦夷の侍』が発売されているが、中古本としては当然 まだ安くなってはおらず、今は買える時期ではない。

今 六兵衛の心配事は、『風の市兵衛 シリーズ』が いつまで続くか・・ということだ。
辻堂魁さんの『風の市兵衛 シリーズ』は、2010年に第1巻が出版されて以来、これまでに34巻が出版されている。
辻堂魁さんに お願いしたい。
作家として、同じ人物ばかり書いてくると、少々 マンネリになると聞く。
でも、書くのに飽きた・・などと 言わんといてや!
市兵衛さんを やめたら あかんで!

長いシリーズ物にも、上には上が おりますョ。
例えば、佐伯泰英さんの「居眠り磐音江戸双紙シリーズ」は51巻まで。
鈴木英治さんの「口入屋用心棒シリーズ」も51巻まで続いたそうです。
鳥羽亮さんの「はぐれ長屋の用心棒」は53巻まで続き、
小杉健治さんの「風烈廻り与力・青柳剣一郎」にいたっては、66巻まで続いています。

辻堂魁さん!
市兵衛さんを 続けてや!
六兵衛をワクワクさせてくれる 優しいヒーローは、もう市兵衛さんしか おらんのや・・。

 

 

バツ印が・・

昨日の11月7日は、二十四節気で言うところの「立冬」だったらしく、暦の上では 冬の始まりらしい。
1年で一番 日が短いと云われる12月21日あたりの「冬至」には及ばないが、だいぶ日の暮れるのが早くなった。

つれあいに云われて 西の空を見ると、薄暗くなってきた夕空に ✕印の飛行機雲が残っている。

・・・さて 空は、何に「バツだ」と 言っているのだろう。

 

今どきの・・

今どきのネット世界では、どうやら「ブログ」は流行らなくなっているらしく、「Facebook」や「Instagram」、「X」や「LINE」などのSNSの方が人気があるのだという。

この頃 何となく、六兵衛もそんな気がしていたから、「ブログは古いのか?」とサイトに聞いてみた。

「ブログは古い」、「時代遅れ」等々の言葉が多く見られる。

ネットの状況は常に変化しており、日々プラットフォームが増え、競争は激化している・・のだと ある。
より良い選択肢が登場するごとに、「ブログ」は取り残されつつあると考える人もいる・・とも ある。

「もうブログでは稼げない」・・そんな意見も多くあるようで、「ブログってまだやってる人いますか?」とか「なんでもない人が、だらだらと書き連ねた「ブログ」の文章は、この頃は 読まなくなった・・」との意見もあった。

パソコンの前に座って、今日も六兵衛なりにキーボードを叩いてはいるが、何年経っても、人並みの知識さえ身に付ける事も出来ず、未だに初心者レベルで、「Facebook」や「Instagram」などは、精々 我が娘たちの ”それ” を観るくらいが関の山なのである。

我が六兵衛ブログは、そもそも 稼ぐための「ブログ」ではないし、例え 時代遅れであろうと、そして 読む人が少なかろうと( 元々 読んでくれる人が少ないのは承知である・・)やっぱり六兵衛は「ブログ」がいい。

出歩く事を極力避け、故に六兵衛の日常に ほとんど変化はない。
だから 書く内容は乏しいし、人の興味を引く話題もない・・徒然である。

まぁ それでも、鈍くなってきた六兵衛の、ボケ防止や刺激に なっているのだと、自分に納得しながらの「ブログ」である。

六兵衛の、六兵衛による、六兵衛のための・・ブログだ!

 

「ノブドウ」の枝葉

毎年 秋に行っている庭の伸び過ぎた木々の剪定を、老いてきたので無理はせず ぼちぼちと、数日をかけて行っている

切り取った枝葉は裁断機にかけてチップにし、そのうち土に帰るように、庭の隅に撒いている。

前日の当六兵衛ブログに、早朝散歩の道沿いに建つ資材置き場の、仮囲い鋼板の根本に 健気に生えていた小さな「ノブドウ」が、無惨に千切られていた事を書いた。

今朝 散歩で そこを通ったら、千切られた枝葉が、そのまま そこにある・・。
今 我が家の庭では、切り取った枝葉を裁断機にかけチップにして、いずれ土に還るように庭の隅に撒いている最中ではないか・・。

見捨てられた「ノブドウ」の千切られた枝葉を持ち帰り、他の枝葉と一緒にチップにして、庭に撒こう・・と、遅まきながら思いついた。
そして 我が家に持ち帰り、他の枝葉と一緒にチップにして、庭に撒いた。

何年かが過ぎれば、小さな我が庭のどこかで、「ノブドウ」のチップが、土に還ってくれるだろう・・。