頑張ってくれた「ナス」や「ピーマン」に感謝!

昨日、4番畝と5番畝に「玉ねぎ」の苗を植える作業をした後で

3番畝の「小松菜」を収穫した。

 

そして 今日、もう そろそろ 2番畝と3番畝に「えんどう豆」

植え付ける準備をしたいと考えているので

晩秋ともいえる今頃まで頑張って「実」を付けてくれていた

「ナス」や「ピーマン」に、心のなかで感謝をしながら引き抜き

耕耘機で耕し直した。

 

そして、我が家で作った「堆肥」や「ぼかし」、「鶏糞」などを

混ぜ、畝を整えた。

 

数日 このまま寝かせたあと、「えんどう豆」のタネを撒く

つもりだ。

 

 

「玉ねぎ」の苗を定植した

今日、4番畝と5番畝の一部に「玉ねぎ」の苗を定植した。

4番畝に116ヶ所の穴と、5番畝に21ヶ所の穴を開ける。

 

「籾殻くん炭」をその穴に少々入れ、「プラグトレイ」で育てて

いた苗を竹べらで取り出し、開けた穴に植えていく。

 

合計137本(多分・・)の「玉ねぎ」の苗を植え

昨日 作った「稲わら」のチップを「苗」の周りにまいた。

写真に写したけど、植えた「苗」が分かりにくいかも・・。

 

漫談家の松鶴家千とせさんのセリフじゃぁないが

・・『わっかるかなぁ〜』。

松鶴家千とせさん・・て、わっかるかなぁ〜。

 

 

準備 よし!

次女の「Instagram」を観ると、アッくんと二人が暮らす

バッファローも 寒くなってきたようだが

六兵衛とつれあいが暮らす「ココ」も、今朝は冬のように寒く

朝の散歩に出たものの 小雨まで降りはじめたので

歩くコースを変えて 近場を10分ほど歩いて帰ってきた。

 

さて、10月の半ば頃に「さつま芋」を収穫し、その後「堆肥」

や「ぼかし」「牛糞」「鶏糞」「有機石灰」などを撒いて

耕し直し、少し寝かせておいた4番畝と5番畝に

ベランダでタネから育てた「玉ねぎ」の苗を、数日中に植える

予定だ。

 

その前に 昨日、先日 長女が信楽町で農家をやっている友人に

貰ってきてくれていた「稲わら」を、「押切機」でチップ状に

裁断する作業をした。

「籾がら」や、裁断した「稲わら」を「苗」の根元に撒くと

土が硬くならず、保湿や保温も良くなり、それらが いずれ土に

混ざって 水はけの良い土になるという。

 

取り敢えず、これで準備は よし!

 

 

老いる 気配・・

70歳代も後半の年齢に入った六兵衛である。

50歳代 60歳代と歳を重ねるにつれ、その年齢なりの体力の

衰えを感じては来ていたのだが、70歳代も後半になった 今

特に それまでと違った ”老い” とやらを 感じ始めている。

いつの間にか年月が過ぎ去り、そんな年齢になったのだから

いつまでも若く元気で いられない事くらい分かってはいるし

当然といえば 当然なのだろうが、これが ”老” いというものか・・

との実感である。


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2013年の秋の頃に「さし絵」として掲載していた159作目のカット絵。

 

そもそも 若い頃から運動嫌いな六兵衛であったし、その上 身体も

硬かったからだろうか、2回もギックリ腰で腰を痛めている。

今は「膝」に痛みも感じ始めた。

 

年齢を意識し過ぎて、無理やり自分を「老化」に追い込むつもり

はないが、以前には感じなかった「疲れた感」は、老いた証なの

かもしれないと・・思ったりも するのだ。

そして「老い」は、体力だけに限った事ではなく

記憶力や理解力さえも、徐々に衰えさせているように思う。

 

六兵衛が初めてパソコンに触れたのは、2000年の秋

まだ50歳代半ばの初孫が産まれる2ヶ月ほど前のことだった。

これまでにも当ブログに 何度も書いてきているが

それから およそ20数年間、パソコンやスマホなどの「IT機器」に

触れてきたはずなのに、未だに六兵衛はパソコン初心者のレベルの

まま、一向に上達する気配はない。

その上に この頃は、「数」が覚えられず すぐ忘れてしまう。

「カタカナ言葉」も覚えられない、何しろ頭に入ってくれない。

パソコンやスマホなどを扱っていると、何かの説明文の中に

カタカナ言葉や数字などが多く出てくるし、ちょっと理屈っぽい

文言などで表現されると、もう お手上げなのである。

その説明の意味を 何とか別のネットで調べようとしても

その説明文が また理屈っぽく ややこしいので、ますます理解

出来なくなってくる・・。

感覚も鈍くなり、尚更 理屈とやらも頭に入って来てくれず

仮に いっとき 何となく 分かったつもりでいても

何日かが過ぎてしまうと もう、肝心な事を忘れてしまっている。

 

老いた・・と感じてはいても、つれあいと二人で毎朝の散歩で

40分ほどは歩く。

その先にある100段の階段も、ゆっくりとだが 登っている。

 

「畝」作りなどの畑作業、草むしりや植木の伐採作業など

以前に比べると 長時間の作業は、やはり しんどくなくなってきた

とはいえ、老いたなりのやり方で、まだまだ作業は出来ている。

今年も、今頃の季節になると行う 庭の木々の伸びた枝の伐採作業も

数日をかけて、やっと終わったところだ。

 

阪神タイガース 日本一!

六兵衛の一日が終わり、布団に入って寝ようとしていた昨夜の

10時ごろ、六兵衛の「スマホ」のベルが鳴った。

 

日本シリーズ・阪神 vs オリックスの3勝3敗からの第7戦を

ネットの「一球速報」で見て、阪神の日本一決定を確かめ

取り敢えず安心して 布団に入って寝ようとした時

「LINE」のベルが鳴った。

半ば予想していた通り、東京に暮らす孫長男からの「LINE」での

音声通話だった。

 

1985年のバース、掛布、岡田の3者連続 甲子園バック

スクリーンへのホームランの年(日本一になった)以来

阪神フアンになってしまった六兵衛に影響されて

孫長男が小学校低学年の頃から、一人前の阪神ファンに育ち

ある放送局のラジオの阪神戦の実況中継でのアシスタントの

アルバイトをしているくらいの阪神ファンになった孫長男だから

めったにない優勝の喜びを、影響を受けた じーちゃんと

分かち合いたかったのだろうか・・。

 

9月15日の阪神がセ・リーグ優勝をした時にも

阪神ファンの孫長男から「LINE」の音声通話があったのだが

歳とともに阪神への想いは徐々に弱ってきている六兵衛の

その電話を受けてのノリの悪さに、ちょっと拍子抜けさせて

しまったのではないかと心苦しく思っていたのだが

それでも昨夜も やはり、優勝が決まって すぐ、孫長男は六兵衛に

「LINE」をくれたのである。

 

『じーちゃんの影響を受けて阪神ファンになれて良かった、

ありがとう!』

・・孫長男に そう 云われて・・

嬉しいような、申し訳ないような・・。

 

2012年製の「MacBook Pro」

先の事は ホンマ よう分からへんけど、我が家の主パソコンたる

Mid 2019の「MacBook Air」は、あと何年 使えるんやろ。

2020年の1月に購入してから、もうすぐ4年になる。

反応が 何となく鈍くなったような感じはするし、バッテリーの

状態は  まだ「正常」との表示だが、少しずつ最大充電容量が

少なくなっているような感じが しないでもない。

高い買い物だから、出来るだけ長く使いたいと思う。

だから、我が家に今も残っている古い Mid 2012の「MacBook Pro」

を取り出し、「MacBook Air」と「MacBook Pro」を並べて置き

2台を適当に使い分ければ、ちょっとでも「MacBook Air」を

休ませる事が出来、少しでも長く使えるのではないかと

夏の暑い盛りに考えたのだ。

 

・・といった内容の事を、我が六兵衛ブログの8月2日の日記に

『2台のパソコンを・・』とのタイトルで書いている。

2023年8月2日の日記

2台のパソコンを・・

 

そして、リビングのテーブルに 2台のパソコンを並べて置いた

のだが・・・3ヶ月が過ぎて思う事は、 結局 いつも使うのは

何事においても使いやすい「MacBook Air」ばかりだった・・。

 

結局、あまり使う事もなかった古い Mid 2012の「MacBook Pro」は

「MacBook Air」と並べてリビングのテーブルに置いていては

ただ 邪魔になるだけである。

そうなると  そうなると、古い Mid 2012の「MacBook Pro」の

今後の処置を考えねばならん・・のだ。

 

古いパソコンの処置の仕方に、どのような方法があるのかを

ネットで調べてみた。

1)「サポートが切れたOSは、セキュリティにリスクがあるので

  OSを変更して使う。(例えば Linux(リナックス)などの

  無料のOSをインストールする。)

2)Mid 2012の​​​​​​​​MacBook ProのストレージをHDDからSSDに

  交換して速度アップを試みる。

3)パソコン用のワンセグチューナーを用いてテレビを観る。

4)外付けHDDのようなデータの保管場所として使う。

5)業者に買い取ってもらう。

6)何かの方法で破棄する。

・・・可能性があるのは こんな ところのようだ。

 

はて さて、どうしたものか・・。

 

ぢっと 手を見る・・。

「はたらけど はたらけど  猶(なお) わが生活(くらし) 

楽にならざり ぢっと手を見る」・・・

明治時代の歌人・石川啄木さんの歌集「一握の砂」に収められて

いる 有名な短歌だ。

 

「オレも もう還暦(60歳)かぁ・・」と思ったのは、遠い昔の事で

そして そして、いつの間にか「古希(70歳)」さえも過ぎ

今は「喜寿(77歳)」という年齢になった六兵衛である。

 

「喜寿」という年齢に、どういう意味があるのか わからないが

何気に じっと、我が手元を見た・・。

人の人生は「手」に現れる・・と聞いたことがある・・。

しかし 六兵衛の「手」など、77年も生きて来た といったって

過ごしてきた人生の重みなど特になく、ただ 潤いがなくなり

シワだけが増えた、そんな粗末な「手」が あるのみ である。

 

・・そして 気付いた。

六兵衛の「手首」から10cmほど上のあたりに

場違いに長い「毛」が 一本だけ 生えている。

 

引き抜いて見ると・・

それも 「毛」の先が白くなっていて、こんなところの「毛」さえ

年齢が現れてくる・・らしい。

 

ヘ ン シ 〜 ン !

アメリカのバッファローに暮らしている次女の「Instagram」

見ると、つれあいのアッくんが 裏庭に落ちている枯れ葉を撤去

している動画を載せていた。

 

広い庭の落ち葉を、はじめは「熊手」を使って集めていたのだが

いくら「仕事熱心な男」の作業だとはいっても、「熊手」くらい

では 埒が明かなかったらしい。

 

そこで 「仕事熱心な男」は、落ち葉を吹き飛ばしながら一箇所

集められる「ブロアー」を持つ『戦隊ヒーロー・アーロンマン』

変身して、ブァーッと一気に 落ち葉を 一ケ所に集めることが

出来たのだった。

 

『オレに、任せとけ!』

 

めでたし、めでたし。

 

期 待 外 れ や !

当六兵衛ブログの 前々回(10月14日)の日記に

『なんぼで こうて くれるんや?』とのタイトルで

バリューブックスという中古本の販売と買取りのネット書店に

古本の買い取りを依頼した事を書いた。

 

2023年10月24日の日記

なんぼで こうて くれるんや?

 

今日、その「バリューブックス」から、買取価格の査定結果が

メールで送られてきた。

 

「メールアドレス」と「パスワード」を記入してログインした。

 

そして 買取価格を見た。

 

「買取金額の合計」が¥2,894ー 。

その内、ダンボール箱3個分の送料(¥500×3個分で

¥1,500−)が差し引かれて、六兵衛の手元に入る金額は

な・なんと ¥1,394− と書いてある。

 

た・確かに 六兵衛が好んで読む本は、決して値打ちがある本など

ではない事は、六兵衛自身が一番 よく分かってはいるが

しかし  そ・それにしても、段ボール箱3個分の合計291冊の

中古の文庫本を送ったのだ。

そ・それが・・送料を差し引かれて、手取りの価格が 

¥1,394− 。

 

明細を見ると、291冊の中古本のうち「買い取れない」と

云われた本が117冊も あったようだ・・。

買い取りしてもらえた本が174冊、中には1冊 ¥224ーの

値段のついた文庫本もあるにはあるが、しかし  その ほとんどが

10円の値段でしか買い取れない  という・・嗚 呼 〜 。

 

・・毎日のように、『何処よりも高く買い取ります』などと

甘い言葉のメールを送って来るものだから、つい その気になった

六兵衛が 甘かったということか・・。

これでは、他の「ネット書店」での買い取りを利用するとか

町の「古本書店」に持ち込んだ方が、まだマシだったか・・と

思う六兵衛である。

 

 

また一つ、勉強 させてもらった ゼ・・。

 

「白菜」を定植した。

2階のベランダで、ポットにタネを蒔いて育てていた24鉢の

「白菜」の苗が 大きく育ってきたので、裏の畑の1番畝に定植

する前に、昨日 寒さよけのための簡易温室の準備をした。

 

そして 今日 1番畝に定植をした。

 

・・のだが、24鉢の苗が1番畝だけでは植えきれず

4番畝の片隅に急きょ簡易温室を置いて、そこにも5個の

「白菜」の苗を定植した。

 

こうして、我が家の畑では、冬野菜の出番が続いていく・・。