紹介しておこう・・その参

子供の頃の仲間の紹介する3回目は、まず『朱房の小天狗』だ。

作者は「うしお そうじ」さん。

秋田書店から出版されていた月刊少年漫画雑誌「漫画王」(のちに

雑誌名を「まんが王」に改題)に、昭和28年から昭和34年まで

連載された時代物の捕物帳マンガであった。

 

「漫画王」という漫画雑誌は同じ秋田書店から出版されていた

「冒険王」より 少し低学年向けに作られていたように思う。

主人公の少年の名は「百太郎」。

朱房の十手を持った少年目明しである。

 

このマンガは 当時の少年漫画に有りがちな活劇マンガというよりも

頭の良い百太郎の知恵と推理で悪い奴のトリックを解き明かし

事件を解決していくというものであった。

 

 

また、百太郎の父親の千吉などは「私が目明しの千吉で、これは

助手の百太郎です」などと公言していたが、実際は父親の千吉が

息子の百太郎の手足となって動いているのが実情であった。

 

 

続いて紹介するのは『ビリーパック』。

昭和29年から昭和37年まで 月刊少年漫画雑誌「少年画報」に

連載されていた人気マンガだった。

 

 

作者は「河島 光弘」さん。

『ビリーパック』は「赤胴鈴之助」や「まぼろし探偵」などと

並んで「少年画報」の代表作として人気を博した。

 

 

戦時中の日本で、アメリカ人の「ウイリアム・パック」と日本人の

との間に 青い瞳を持つ混血児としてビリーは生まれた。

戦争も激しくなり、両親がスパイ容疑で殺されてしまい

孤児となったビリーは、叔父に引き取られ終戦を迎える。

終戦後 ビリーはアメリカへ渡り、数年後に 探偵の修行を積んで

日本へ帰ってくる。

ビリーが幼い頃に 混血児ということで虐められた話など

初め頃は やや暗い印象で、戦中戦後の当時の時代性が色濃く

反映されていた設定であったが

成長して日本へ帰って来た 成年探偵・ビリーパックが正義を貫く

ため さまざまな悪者たちと戦う痛快探偵マンガであった。

 

しかし 残念ながら、作者の河島さんは 結核の病のかかり

連載途中の昭和36年3月に30歳という若さで

亡くなってしまう。

助手をしていた矢島利一さんが そのあとの1年間の連載を

担当し、昭和37年に連載は終了した。