死は冒険・・

前回(昨年末の・・)の日記にも書いたように

1年の過ぎ去る速さが、ますます半端なく早く感じる年齢に

なってきた気がする。

89作目
六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の 2011年の年末の頃に「さし絵」として掲載していた89作目のカット絵。

 

六兵衛が、もし このまま そこそこでいいから

歳相応の健康を保てられるとして、80歳代の半ばくらいか

都合よく考えれば 90歳あたりまで、この世に生かして

もらえるかも・・との期待もあったりするが、まぁ 世の中

希望通りには いかないことも多くあるわけで・・。

 

年始 早々に・・とも思うし、年始だから・・とも思うが

この頃、よく 考えることがある・・。

己が死んだら 己自身は、一体 どうなるのだろう・・と。

地獄

当然 己の肉体は、消えて無くなってしまうのだろうが

己が死ぬ寸前まで持っていたはずの ”感情”や”記憶”などと

いった ”己の心” とでもいうか、形はないが 己が生きていた

間は、確実に己の中に存在していた ”それ” は

持ち主である己の死によって、どうなってしまうのか?

人の死後、その魂( ”心”や”感情”や”記憶”などのこと・・)は

肉体と一緒に消えてしまうのか、それとも 何処かに・・ 

残っていて・・ 

70歳半ばを過ぎた六兵衛が、今更ながら想像をしてしまう・・。

階段
(サイトより引用)

 

『死は冒険だ・・』という言葉を、テレビの番組で誰かが

言っていたのを聞いたことがある。

その言葉を聞いて、”死” の深い意味など分からなくても

何となくだが 納得できたような気もした六兵衛でもあった。

 

人が死ぬ事の確かな答えを知ろうにも、生きている者 全てが

未経験者ゆえに、それを知る経験者はどこにもいない。

だから 全ての人は、死後がどのようなものか教えてもらう

事も出来ず、ただ ただ 想像をするのみ・・なのだろう。

死は、先人からの導きや教えもないまま、人が ひとりで

初めて経験する大きな挑戦なのだから『死は冒険だ』とも

いえるのだろう。

だから 初めて、死への冒険に向かう前に ”神” という存在を

信仰し、神にすがることによって、その冒険に向かうための

心の支えにしようと考える人がいても 不思議ではない・・か。

ましてや生前に、大きな苦しみを経験してきた人にとっては

迎える未知の世界に、強い不安を感じたとしても・・。