感情の老化

テレビ番組を観ていて「感情の老化」という言葉を知った。

当ブログにも これまで、六兵衛の「老いる」という思いを

あれやこれやと書いてきた。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の夏の頃に「さし絵」として掲載していた63作目のカット絵。

 

若い頃と違って、髪も薄く そして白くなり、目も老眼。

見た目は確実に「老い」てきている。

実際 身体のあちこちに ガタもきて、疲れやすくなった。

物忘れも激しいし、だから肉体と認知機能の低下は著しいが

「感情の老化」という発想は これまでなかった。

 

はたして「感情の老化」とは どういう事か 調べてみた。

大雑把にまとめると 次のような症状らしい・・。

『 意欲や気力が低下して会話が減り、空虚な内容になる。

人との関わりを避け、社会性が低下する。

喜怒哀楽の表現が乏しくなり、動きのない表情をする。

他者の気持ちに共感する事も少なくなる・・云々。』

 

これら「感情の老化」の症状に、六兵衛を当てはめてみると

「人との関わり」を避けがちの六兵衛は、「社会性」も少々

低下しているだろうし、だから つれあい以外との「会話」も

確実に減っているが、しかし これらの事は

どちらかと云えば 六兵衛の性格による問題のようで

たしかに 仕事への意欲はなくなったが、「喜怒哀楽」や

六兵衛が好きな事などへの「意欲や気力」は

まだまだ 衰えてはいないと自覚している。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の夏の頃に「さし絵」として掲載していた68作目のカット絵。

 

そんなこんなを 当てはめてみたが

六兵衛の「感情の老化」は 今のところ

気にするほどの事でもないようである。

 

「老い」「老い」とこの頃の六兵衛は騒がしいが

だからといって特別「ナーバス」になっているわけではない。

少年から青年に変わる頃に「青春」があるように

壮年から老人へと変わっていく時期を

例えば「老春」とでも呼んでみるか・・。

(「老秋」ではイメージが悪い)

負け惜しみではなく、老いていく良さも

あながち捨てたものでもない・・と思う六兵衛でもある。

 

S N S

この頃の若者は「パソコン」を使う機会が 少ないようで

その ほとんどを「スマホ」で済まし、「パソコン」離れの

傾向にあるとの話を聞いた。

そして、「Yahoo!ブログ」が今年12月15日をもって

終了するとの記事も読んだ。

 


孫たちが まだ小さかった頃に作った 懐かしい「マンガ絵」が
パソコンの隅っこから出て来たので 掲載した・・その1

 

六兵衛の場合、初孫が生まれた2,000年の秋に

初めてパソコンに触れ、その2・3年あとにホームページの

解説書を買い、サンタクララの次女にも教えを請いながら

孫たちの成長ぶりを喜ぶ「ホームページ」を

未熟ではあったが開設した。

ごく ごく単純な「タグ」を組んだだけの

幼稚なホームページであった。

 

その後 何年かして、『これからは「ブログ」よ!』との

「師」のアドバイスもあって、「ブログ」へと移行した。


孫たちが まだ小さかった頃に作った懐かしい「マンガ絵」が
パソコンの隅っこから出て来たので 掲載した・・その2

 

「ブログ」には、それなりに制限はあるものの

六兵衛ごとき未熟者には有難いシステムで

だから これまで長く「ブログ」の世話になってきたが

この頃 世間では「ブログ」離れの傾向にあるという・・。

 

近年の「スマホ」の普及により、情報の発信・共有・拡散

などの機能が特徴だという「Twitter」や「facebook」

「インスタグラム」などの「SNS」が台頭している

のだという。

 

はて さて、こういった状況での六兵衛のブログを省みるに

人様に伝えるべき「情報」などは まったくもって皆無

「共有」すべき仲間も居ず、ゆえに「拡散」の必要もない。

独りよがりで個人的な日記を、ただ だらだらと綴るのみ。

 

それでも それが、六兵衛が対面している「老い」に対する

いささかの抵抗でもあり

変わり行く世間を、ほんの少し勉強しながら

ブログを更新している現状である。

 

あれや これや 考えもしたが・・

やはり六兵衛は、世間の情勢には 惑わされる事なく

ブログという「日記」を、ぐだぐだと続けて行こうと思う。

 

このまま このまま・・・。

 

文庫本 再読

時代の変化というか、紙の本から電子書籍への移行だとか

ライトノベルという若者向けジャンルの文庫本も増えてきて

出版業界も様変わりしつつあるようで

そんな事なども原因の一つなのかもしれないが

この頃の文庫本、六兵衛 好みの文庫本が少なくなって

つまらないと感じている事を 以前にも書いた。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2010年の夏の頃に「さし絵」として掲載していた11作目のカット絵。

 

Amazonなどの本屋サイトで、作者やあらすじなどを調べ

面白いかもしれないと思える文庫本を

1ヶ月か2ヶ月に一度、まとめて中古本通販サイトで

購入しているのだが、この頃は

そうして購入した中古本を読み始めても

さほど盛り上がらないまま読み終わってしまう本や

初めから面白くなくて、途中で読むのをやめてしまう本も

多くあったりする。

 

そんな こんなで、せっかく買ったのに 途中で読むのを

やめたり、だらだらと読んだりしていたのでは

六兵衛の残り少ない貴重な読書の時間がもったいなく

だから これからは六兵衛のワガママな偏見での

面白いと思う小説しか読まない事に決めた。

 

しかし そうなると、今後の六兵衛の読みたいと思う

文庫本の数が、ますます少なくなってきそうである・・。

 

しかし 大丈夫!

こんな時のために六兵衛は、これまでに読み終えた文庫本の

特に面白く、その内 もう一度 読みたくなるだろうと思える

文庫本を、専用の本棚に残しているのだ。

 

辻堂魁さんの「風の市兵衛シリーズ」

藤沢周平さんの「用心棒日月抄シリーズ」

乃南アサさんの「音道貴子シリーズ」

長谷川卓さんの「北町奉行所捕物控シリーズ」

芝村凉也さんの「返り忠兵衛江戸見聞シリーズ」

等々、等々、等々・・・

書き出したらキリがないから 以外は省くが

多くの面白かった文庫本を残しているのだ。

 

と いうことで、実は先日から その再読用に残している

文庫本の中から、浅黄斑さんの『無茶の勘兵衛日月録』の

第1巻を取り出して読み始めている。

 

この「無茶勘シリーズ」、これまでに2度も読んでいて

今回で3度目の再々読になるというのに

その物語の内容を ほとんど忘れてしまっているものだから

再々読でも 新たな気持ちで楽しめる六兵衛なのである。

「老いて」忘れっぽくなってしまう事も、まんざら悪いこと

ばかりではないと 思えたりする・・。

 

(注)

『無茶の勘兵衛日月録』は二見時代文庫から

2006年4月に第1巻「山峡の城」が発売されて以降

今年の4月に第20巻「落暉の兆」が発売されたばかりの

大長編時代小説だが、まだまだ終わる気配はない・・。

 

老いる・・

70歳を過ぎたあたりから、体の動きも鈍くなって

少し動いただけでも疲れを感じるようになってきた。

何気ない日常の暮らしのなかで、徐々に「老い」を実感する。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2010年の夏の頃に「さし絵」として掲載していた14作目のカット絵。

 

人と比べるつもりはない。

70歳という年齢を迎えれば 人は、多かれ少なかれ

そんなものだろうとも思っている。

 

それでも ありがたい事に、この歳になるまで六兵衛は

怪我や大病などで寝込むことなど一度もなく

特別に強い身体という事でもなかったけれど

「無事これ名馬」とでもいうのか、そこそこの健康ながら

無事に ここまで来れた事に感謝している。

 

50歳代60歳代と年齢を重ねるにつれて、それぞれの年齢で

多少なりの「老化もどき」を感じては来ていたが

70歳を過ぎてからの ここ2、3年、一段と強い「老い」を

感じるようになった。

歳を重ねれば誰でも 老いていく理屈は わかるが

実際に70歳を超えて感じる現実の「老い」は

初めての経験という事もあるのだろうが、その現実が

気持ちや身体に70歳を過ぎた「老い」を実感させるのに

十分なのである。

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の夏の頃に「さし絵」として掲載していた64作目のカット絵。

 

それでも六兵衛が、そんな「老い」と仲良く過ごす中で

こうやって、愚痴とも記録とも日記ともいえる

独りよがりのブログを書いたり

何より「パソコンという不思議」と日々ふれあう事で

六兵衛の精神の安定と老化防止への刺激になっていることを

「老い」を感じるようになった今、強く実感している。

 

そして「不思議なパソコン」の存在だけでなく

芥川堤道や上の池公園などへの散歩や

読書コーナーに座って読む文庫本、庭の畑仕事なども

「老い」を感じる六兵衛の心身共の貴重な健康法でもある。

 

歌謡曲 知ってる?

夏休み、2番目の孫(高2男子)と3番目の孫(中2女子)が

我が家に遊びに来ている。

歌詞がダラダラと続く今風の歌を 孫がスマホで聴いている。

フト思い立って六兵衛は 孫たちに聞いてみた。

『歌謡曲を知ってる?』と・・。

どうやら孫たちの世代は歌謡曲という言葉を知らないらしい。

今風の歌は歌謡曲とはいわないようだ。

そうかもしれない・・「歌手」のことだって「アーティスト」

とか言って 芸術家のように云うんだから・・。

 

そこで六兵衛は 孫たちに頼んでみた。

『ジーちゃんの一番好きな歌を聴いてくれるか?』と・・。

六兵衛の頼みだから断りにくい事もあったろうし

つれあいの助言もあって、とりあえず聴いてくれるという。

 

iPhoneに保存して、散歩の時にいつも聴く歌謡曲の中から

六兵衛が一番好きな ちあきなおみさんが歌う「男の友情」を

流した。

 

1番から3番まで たっぷりと、ちあきさんの気持ちのこもった

男歌に、だんだんと感情が高ぶって涙目になるのは

六兵衛ジーさんの方で、歌が終わっても感情は高ぶったまま

抑えられず、5分間だけ時間をくれと断って

この歌が作られた状況を孫たちに話し始めた。

 

作詞家志望の高野公男さんと、作曲家志望の船村徹さんの

若い二人が 戦後間もない頃に 東京の音楽学校で出会い

意気投合し夢を語り合い、二人で作った『別れの一本杉』が

大ヒットしたが、その後 高野さんは結核病になり入院し

田舎での闘病生活を送ることになる。

高野さん・船村さん

 

入院中の高野さんは病と闘いながらも、早く病気を治して

東京へ戻り、船村さんと また一緒にいい歌を創りたいと

思いながらも、しかし病気は良くならない・・。

 

そんな思いを詩に書いたメモ帖を、高野さんの死後

船村さんが枕の下から見つけ、曲を付けて出来た歌が

『男の友情』なのだと、六兵衛は鼻水をすすり涙ながらに

説明するのだが、ちょっと酒を飲み過ぎたらしいジーさんの

そんな仕草が可笑しいのか、孫たちは笑うだけで

どうにも時代の違いもあってか

この歌の良さは、伝わらなかったようである。

それでも 一緒に この歌を聴いていたつれあいが

『よく聴いたら ええ歌やねぇ・・』と言ってくれたから

六兵衛には それで充分なのだ。

 

懐かしい人達を見つけた

昨夜 何気に検索サイトで、我が故郷に変わりはないかと思い

「四万十市ニュース」と入れてみた。

『四万十市臨時職員3人を大麻取締法違反容疑で逮捕・・』

という記事の下に、「朝日新聞デジタル」のサイトがあり

そこをクリックすると、四万十市での いろいろな

「最新ニュース」が並んでいた。

一条神社で行われた女郎蜘蛛の相撲大会の記事や

宝石のような青いカエルをみつけた などの記事に並んで

懐かしい場所と人の記事を見つけた。

栄ちゃん1

 

六兵衛が小学校高学年の3年間を過ごした須崎小学校での

同級生だった栄ちゃんが動画に出ている。

そこには おじーさんになった栄ちゃんが写ってる。

もちろん六兵衛だってジーさんだが・・。

 

2019年6月19日の記事・・・

『「薮が市里づくり委員会」の住民グループが

1999年頃から始め、今年は1万本を超える百合の花が

山里の道を華やかに彩る・・』とある。

栄ちゃん2

そのグループの会長として栄ちゃんは活動していて

『今年も多くの花が咲き、、山里が明るくなった。

多くの人に見てもらえると うれしい』とインタビューに

答えている栄ちゃんは かっこいい!

 

そして また 驚くことに

その「最新ニュース」の5月9日のニュースに

六兵衛が中学生の時の同級生で、大人になって1年間ほど

一緒に仕事をさせてもらった貞夫さんの自宅の庭の木に

ヤマガラが巣作りをし、ヒナたちが巣立っていったという

記事が掲載されていた。

上岡

 

貞夫さんも やっぱり おじーさんになっていて

栄ちゃんも 貞夫さんも、もちろん六兵衛も

みんなが おじーさんになっている事が

何となく 可笑しかったりしてしまうのは 何故だろう・・。

 

生命力か、執念か・・

『桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿』という「ことわざ」を

知らぬわけではなかったが、昨年の秋の台風襲来のとき

庭の桜木の太い幹までもが激しく揺れ 波打ち

いささかの恐怖を味わった。

だから「桜切る馬鹿!」と言われようが

出来るだけ桜の枝葉を小さく剪定しようと、老体にムチ打って

桜木に登り、必死で切り落としたのは

昨年の台風の後の秋頃であった。

Before:After

 

その時 切り落とした桜の幹や枝の一部を

庭の畑の区切りの土留め用に設置していたのだが

な、なんと・・よく見ると

土留め用の桜木から、小さな緑色の新芽が出ている。

芽が出た

 

切り落として一年近くも過ぎているのに

芽を出す力が残っていようとは・・

なんという生命力か、執念か・・。

 

この頃 老人 老人と、ブログで口癖の六兵衛さんよ

見習うべきか?・・否か?

 

ウイルスの攻撃

もう そろそろ、我が家の庭の小さな畑で

秋野菜の種まきの心づもりをする時期になったと思い

iPadを用いて ネットで植える野菜の事や

土作りのための肥料などのことを調べていたら

突然 画面が切り替わり下の写真のような画面になった。

ヤバイ

ム! 何奴!

時代小説なら そんな台詞を吐きたくなるような

突然の画面の出現だった。

その画面には 紙吹雪が舞い

『あなたはラッキービジターです』と書いてある。

すぐには何の事か わからなかったが

以前にも これに近い画面の記憶があったから

これは「ウイルス」の罠だと思った。

 

世間は 信用出来ない・・。

 

下手なクリックなどせず、とりあえず その画面を消すと

また下写真のような画面が現れた。

警告

 

Appleからの「ウイルス削除」の警告の表示画面のようだが

しかし 待てよ・・もし この画面の「OK」をクリックすれば

「ウイルス」の奴のトドメの罠かもしれない・・と思って

この画面も何もせずに消した。

 

何が本当で何が嘘か 確かな事はわからないままだが

その後、我が「iPad」に悪い変化は起きていない。

世間は 信用出来ない・・。

 

少し落ち着いた 後になって、改めてウイルス画面を見てみると

『親愛なSafariユーザー様』との文言になっている。

先ほど六兵衛が iPadで農作業のあれこれを調べていたブラウザは

「Safari」ではなく「Firefox」だったんだけど・・。

 

世間は 信用出来ない・・。

 

水滴 岩をも穿つ

2012年製の「MacBook Pro」を2014年の初め頃に購入して

7年と半年が過ぎ、この頃 我が「MacBook Pro」の動きが

ますます鈍くなってきたように感じながらも

今日の更新日記は その話ではない。

 

2014年に この「MacBook Pro」を購入した時

六兵衛ごときには高価過ぎる「MacBook Pro」だから

水をこぼしたり、ホコリやゴミが溜まって壊さないように

との思いで、一緒に購入したのが「キーボード カバー」だった。

 

キーボードカバー

まるで六兵衛がごとき、くたびれた様子の「キーボードカバー」を

恥ずかしげもなく写真に写しての話になる。

 

六兵衛には 世間の多くの人様のように

素早くキーボードを叩くことなど 出来るわけもなく

左手と右手の それぞれ指1本、合計2本の指でのキーボード操作に

なるのだが、それでも長く使っていれば「キーボードカバー」も

薄汚れ、穴も空いてしまうことに・・なってしまった。

キーボードカバー1

 

水滴 岩をも穿つ・・との「ことわざ」を用いるのは、この場合

少々 大袈裟 過ぎるが、日々を積み重ねる・・

ということは スゴイことだと「キーボードカバー」を見て

改めて思ったものだ。

 

・・なんちゃって!

 

秋ナスを待つ

庭の小さな畑で作っている3本のナスは 順調に育ち

これまで たくさんの収穫をくれたが

そろそろ「秋ナス」作りのための準備をする時期のようだ。

秋ナス作り1

 

昼間の作業は 暑くて死ニソウだから

どちらかと云えば 日中よりは まだ涼しいだろうと

今日は早朝に起きて「秋ナス」作りの準備にかかった。

 

 

「更新剪定」と云うらしいが、勢いよく伸びている枝葉を

短く切って 身軽にしておく必要があるようだ。

秋ナス作り

 

「根切り」は、地中に伸びたナスの根に「秋ナス」用の

新しい根を出させるために、古い根を30cmほどの所から

スコップを地中に突き刺して切る作業のようだ。

秋ナス作り3

 

根の周りに「追肥」を施して、9月から10月頃に実る

秋ナスを待つ・・心づもりなのだ。

 

ずぶの素人の六兵衛が、こんな「秋ナス」の作り方のような

まるで専門の農家の方のような生意気なことが言えるのも

結果はともかく、ネットで あれこれ調べられるからで

ホンマ ありがたいことに、わからない事は たちどころに

教えてくれる。

 

 

早朝の青空

作業終了 6時30分

早朝の青空は 爽やか色をしている・・。