古い流行歌

もうすぐ梅雨が開けそうな 今朝、上の池公園あたりから

奈佐原の田園風景の中を、「iPhone」に保存した

昔の流行歌を聴きながら歩いて来た。

 

夜の睡眠時の子守唄として、これまでは「ポッドキャスト」の

番組を「iPad」で流しながら寝ていた六兵衛だが

この頃 何となく「ポッドキャスト」も、あまり面白くなく

なってきたから、散歩のときと同じように寝る時も

古い流行歌を子守唄代わりに流しながら寝る事に決め

まず 古い流行歌を「iPad」に保存するために

無料の再生アプリ「OPlayer Lite」をダウンロードした。

 

もちろん、散歩のときに聴く「iPhone」に保存している

流行歌とは別の古い流行歌を、「YouTube動画」から

あらためて探しだし、「YouTube動画」の拡張子「mp4」を

一旦「m4a」に変換したのち、最後に もう一度 音声ファイルの

拡張子「mp3」に変えて・・等々、それなりに手間をかけて

「iPad」に保存する作業が、数日 かかった。

結果 数え間違いがなければ 212曲を、とりあえず「iPad」に

保存した。

 

そんな古い流行歌の中には、戦前に作られた歌も入っていて

戦後生まれの六兵衛にすれば、戦前の暮らしや その情景などに

接したこともないし、その頃の流行歌も ほとんど聴いた事は

ないのだが、 一見 不器用そうな雰囲気の戦前に作られた

流行歌に、何故か不思議な魅力を感じるのだ・・。

それらに混じって、もちろん戦後に作られた流行歌も

多く保存した。

 

TV・ラジオ

それも ほとんどが、昭和20年30年代に作られ歌われた

流行歌で、六兵衛が子供の頃のラジオや白黒テレビなどで

一度は聴いたことがあるような気がする歌などだが

今では そんな流行歌も古い歌の中に入るようで

しかし これらの歌にも、六兵衛が老いたからなのか

何となく味わいがあって、心 惹かれる・・。

 

会費さえ払えば「Apple Music」や「Google Play Music」

といった音楽配信サービスから、いつどこでも 好き放題の

音楽を聴く事が出来るのだろうが、それらの中に六兵衛好みの

流行歌は、残念ながら ない・・。

 

「スーベニア マハラジャ」という名の土産物店

講談社文庫から2010年に出版されている 垣根 涼介さんの

『真夏の島に咲く花は』を 読み始めたところだ。

 

世界一早く朝を迎え 世界一遅く夜が更ける・・という

フィジー諸島はビチレブ島の「ナンディ」という町に暮らす

日本人や現地の若者たちが、クーデターを体験するという内容

のようなのだが、その物語の初めに「スーベニア マハラジャ」

という土産物などを売っている店の名前が出てきた。

 

「スーベニア マハラジャ」という土産物店の存在が

この物語で、さほど大きな意味があるとは思えないが

先日、当 六兵衛ブログで「スーベニア」という言葉の意味を

勉強したばかりだったので、その偶然?に 少々 驚いたのだ。

( 7月6日の当ブログ『スーベニヤって?』・・参照 )

 

その『スーベニヤって?』に書いたが、「スーベニア」とは

「お土産、記念品」という意味で、「マハラジャ」は「大王」

という意味だそうだから、物語に出てくる土産物店の名前の

「スーベニア マハラジャ」は「土産物店の王様」・・とでも

訳すのだろう・・。

 

そして このフィジー共和国は、イギリスの植民地だったため

(1970年に独立)言葉は英語も使われているようだ。

 

土産物店の名前が「スーベニア マハラジャ」という名前で

日本語に訳すと、「土産物店の王様」となる というだけの

些細な話で、垣根涼介さんの『真夏の島に咲く花は』とは

直接 関係のない話をダラダラと、相変わらず六兵衛のする

ことは、まぁ こんなん ばっかりや・・。

 

スーベニヤって ?

いつも散歩時に聴く昔の流行歌の中の、上原敏さんが歌う

「秋の女」という歌の話を、先日(6月25日)の 当日記で

取り上げたばかりだが、今日もまた 上原敏さんの別の歌の

歌詞の中に、聞き慣れない言葉があった・・。

その歌は、昭和12年3月に制作された『若き日の思い出』と

いうタイトルの曲だ。

『若き日の思い出』

作詞:島田磐也さん 作曲:長津義司さん 歌:上原敏さん

若き日の思い出

 

1)

二度とこないよ 若い日は

だまっていても その胸に

みんな抱いてる スーベニヤ

ハッピーエンドの 恋もあろう

ほんに涙の 恋もあろう

2)

花のさかりは ひとときよ

流れる水は とまらない

夢の浮世の スーベニヤ

笑ってすごした 人もありゃ

泣いて別れた 人もある

3)

若いあの日は 二度とない

愛と涙で その胸に

みんな秘めてる スーベニヤ

思えば楽しい 恋もあろう

ほんに切ない 恋もあろう

 

歌詞の中に何度も出てくる『スーベニヤ』 とは何だろう。

散歩のとき この歌を何回も聴き、『スーベニヤ』という言葉も

何度も耳にしてはいたが、何事にも中途半端な六兵衛ゆえ

そんな疑問など すぐに忘れてしまい、意味など わからないまま

深くも考えず 適当に流して来たが、しかし今回『スーベニヤ』

とは何かとの疑問を持ったまま家に帰り着いたので

やっと調べる気になった六兵衛である。

 

単純な六兵衛が『スーベニヤ』という言葉で まず浮かんだのは

「スロバキア」という東欧の国の名前だが、語呂は似ていても

歌詞の内容を考えれば、何となく それは違うだろうと思った。

とりあえずネットで、この歌『若き日の思い出』を調べてみた。

この歌も、先日 調べた『秋の女 』という歌と同様

ネット上には ほとんど その情報がない・・。

 

そこで「スーベニヤ」という言葉をGoogle翻訳で調べてみると

「Souvenir」とのスペルが表示され、その「Souvenir」を再度

 Google翻訳に入れて日本語に翻訳してもらうと

「お土産」、「記念品」、「思い出」などの意味があるようだ。

発音も「スーベニ」ではなく「スーベニ」とある。

英語、フランス語、ドイツ語でも、同じスペルを使うともいう。

 

若い頃の思い出は大切にしよう・・そんな歌のようである。

六兵衛の小さな疑問は解決したのだが

その後の上原敏さんの事を簡単に書いておきたい・・。

 

昭和12年の戦争前の時代に制作された流行歌にしては

先日 取り上げた「 秋の女 」という歌と同じように

日本が暗い時代へと突き進んでいく中での、若い人達への

青春応援歌の感もあったりする

 

戦争当時には、他の歌手達と同様 上原敏さんも、国の進める

戦意高揚とか愛国精神の発揚などを目的とした「戦時歌謡」を

多く歌わされている。

上原さん自身も1942年 召集令状が来て入隊した。

入隊後はニューギニア戦線に赴き、上原が歌手であることが

知れると、現地では様々な先での慰問に気軽に応じ歌をうたい

前線の兵士たちを励ましたという。

 

1944年7月、ニューギニア島での連合国軍との激しい戦いで

上原敏さんは消息を絶った・・と、伝えられている。

 

収穫の時期・・

詳しい事は知らないまま、ホームセンターでタネを買ってきて

植えた「坊っちゃんカボチャ」だが、実が10cmほどの大きさ

に成長したら収穫の時期らしいと知り、5個の実が育っている

うちの4個を収穫した。

手に取ってみると、坊っちゃんという名前のとおり「実」は

小さい・・。

坊っちゃんかぼちゃ1

 

六兵衛の好きなカボチャの煮付けにするには、いささか小さい

ように思われる。

どんな食べ方があるのか、「坊っちゃんカボチャ」の料理法を

ネットで調べてみると、「チーズフォンデュ」とか「グラタン」

とかの洋風料理の名が並んでおり、なかには「クリームペンネ」

という聞き慣れない料理名もある。

レシピ

 

我が家では、その「坊っちゃんカボチャ」で つれあいが

「スープ」を作ってくれて、夕食時に飲んだ。

「スープ」も、案外に 美味い。

 

しかし、何といってもカボチャ料理で六兵衛が食いたいのは

つれあいが作ってくれる「煮物」だ。

それと、カボチャを5mmほどの厚さにスライスし

フライパンで焼いた「焼きカボチャ」も、甘くて美味い。

 

「トマト」が赤く色づき始め、とりあえず2個を収穫した。

「キュウリ」は毎日のように3,4本の収穫がある。

「とげなし千両二号」という名の、やや小ぶりの鳥卵形をした

「ナス」も、つれあいが「キュウリ」と一緒に糠漬けの漬物

に作ってくれており、すでに 毎夕食時には食卓にのぼり

六兵衛の腹に収まっている・・。

 

アリガタイ、アリガタイ・・。

 

エプロンの置き場所を考えてはみたものの・・

夕食後の食器洗いをする際に、つれあいに作ってもらった

エプロンを使用する事にしてから2ヶ月ほどが過ぎても

肝心の そのエプロンを、したり しなかったりを繰り返して

いた六兵衛だったが、エプロンを忘れない上手い方法を

ひとつ思いついた。


孫たちが まだ小さかった頃に、遊びで作った「gifアニメ」が
パソコンの隅っこに残っているので、 懐かしシリーズで掲載する。

 

食事が終わって食器を洗うためにシンクの場所まで移動する

動きの中とは別の場所に、エプロンの置き場所があったので

これまでは それが原因で、ついつい エプロンを付け忘れる

ことが多かったのだと思いが至った。

物忘れが著しい この頃の六兵衛とはいえ、シンクの場所へ

動く中で、次の作業に必要なエプロンを六兵衛が目にすれば

当然 六兵衛だとて、エプロンの着用を思い出すことになる

だろうから・・。

 

これで それ以後、六兵衛がエプロンを付け忘れる事はないはず

だと思っていたし、現実にそれ以後の3日間 エプロンを付け

忘れた事はなかったのだが・・あぁ〜 それが わずか・・

あぁ〜わずか 4日目にして、エプロンを付けずに洗い始めた事に

気付き、愕然とした。

どうやら動線の途中に、我がエプロンが『オレ ここだよ!』って

声をかけてくれても、何か別のことを考えながら動いていたら

目に入らない事だって あるということ・・らしい。

 

こ、こうなったら、どうしようもない・・。

・・・な、長い目で 見ようか・・と。

気長に考えないと、どうにも ならない・・。

半年、1年、2年・・、気長に 気長に・・。