再度「緊急事態宣言」

4月16日、「緊急事態宣言」の対象を改めて全国に変えた。

これまでも、そして昨日の緊急事態宣言に対する安倍首相の

説明でも、いかにも それらしく身振り手振りをもって

さもドラマを盛り上げるかのように振る舞い、決められた台詞

を読むのだが、何しろ 心がこもっていないものだから

誠意も熱意も国民に伝わらず、相変わらずの虚しさを覚える。

 

何より国民の「命」と「明日を生きる」為のとりあえずの「金」が

必要なのに、いまだに腰が定まらない現政権は国民の暮らしより

まずはオリンピック開催にこだわるあまり、解決の目処が立たない

まま、コロナウイルス禍は広がり続けた。

それでも現政権の「国体思想」第一の考えで

人命より経済を重視しするあまり、あやふやな姿勢に終始する

情けない我が政府なのである。

昭恵夫人

 

本来なら 忙しく働いている筈なのに 働く事もままならない

多くの国民の方々には、誠に申し訳ない思いだが

「緊急事態宣言」後の六兵衛の日々はというと

コロナウイルス騒動の前とほとんど変わらない日々である。

 

もともと六兵衛など、普段から出歩く事も ほとんどなく

いつも家の中でゴロゴロしているばかりなわけで

「緊急事態宣言」が出されたといっても

六兵衛の日々の暮らしは、普段と変わらないのである。

 

ただただ こんな状況に至っても、現政権への支持率は

あまり下がらないようだ。

現政権を支持する一部の国民の思惑が どこにあるのか

六兵衛には不思議でならない・・。

 

Gのマーク・・その後

世界4大 I T企業(GAFA)の 一つ『Google』の「Gメール」

や「Gドライブ」などを利用すると、六兵衛が『Google』に

求める ” 適度な期待 ” 以上に、六兵衛のパソコンやiPad

iPhoneなど、六兵衛のガジェットの あらゆる場所に

『Google』が浸透して、六兵衛の腹の奥まで見透かされて

いるような気がしてくる・・。

無料で15GBも使える「Googleドライブ」のサービスは

さすが天下の『Google』の余裕だとも思わせるが

クラウドサービスを始め、他社を寄せ付けない強大な力を

持った『Google』を、むしろ脅威に感じたりもする。

 

3月18日の当ブログの更新日記『Gのマーク』にも書いた

ように、『素人考えながら とりあえず 「Gメール」以外の

「Googleドライブ」内に保存している写真やテキストなどを

他の無料のクラウドに移す事にした』・・のだった。

https://arukuneru.com/2020/03/18/google-2/

 

写真や記録として残しておきたい文書 などは「Drop Box」や

「Box Sync」、「iCloud Drive」、「One Drive」などの

無料で使えるクラウドサービスに分割して保存した。

 

しかし それはそれとして、パソコンや iPad、iPhoneなどで

六兵衛の日々の ちょっとした「メモ書き」として

書き加えたり変更したり出来る「メモ用ファイル」が必要で

上記の無料クラウド内で「word」や「Pages」等を試みたが

六兵衛の未熟さゆえか、3つのガジェットでの操作が何となく

面倒で 簡単に同期が出来ず、「メモ用ファイル」としては

使いづらかった。

 

「iTunes」を用いるやり方や、ファイルを転送できるアプリを

使うとか、同期させる方法も いろいろ あるのかもしれないが

未熟な六兵衛には、それらが どうにもうまく使えない。

割と同期の簡単な「Evernote」にしても、無料の場合は

2台の端末でしか 同期が出来なくなってしまった・・し。

 

やはり その点、先日まで使っていた「Google ドキュメント」

は”文字変換” をするとき たまに固まる事があるくらいで

未熟な六兵衛でも、日々の簡単なメモ書き程度のファイル

なら、簡単に使えたのだ。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の春の頃に「さし絵」として掲載していた105作目のカット絵。

 

巨大『Google』に、反発したくなる気持ちは もちろん

あるのだが、こうなっては 如何ともし難い・・のだ。

メモ程度の ちょっとした文書程度なら

「Google」を利用したって、かまへんのや ないやろか・・。

あれも これもと いうわけでも ないんやし・・。

「Googleドキュメント」の片隅の、しかも ちょこっと

唾を付ける程度の、『Google』からすれば その存在さえ

知らない六兵衛ごときが作る、ささやかな「メモ書き」程度の

些細な事など、大『 Google』の眼に止まる筈も あるまいて。

 

そんな こんな、未熟な六兵衛なりの葛藤があって

結局「Googleドキュメント」の片隅の そのまた隅っこを

日々 必要な「メモ書き」として使わせてもらうことにした。

 

番町から善國寺毘沙門天まで・・

諸田 玲子 さんの時代小説『闇の峠』(新潮文庫)を読んだ。

小姓組の旗本・根来 長時の妻 ”せつ”は、貨幣改鋳の失敗で

失脚した元 佐渡奉行で勘定奉行の荻原 重秀の死に、実家の父が

何らかの関わりがあるのではないかと強い疑いを持った。

調べて行く内に、ますます強くなる実父への疑惑を確かめるべく

せつは 厳しく過酷な佐渡への旅に出た・・。

 

諸田さんの小説を初めて読んだのは、『お鳥見女房シリーズ』

という、将軍の鷹狩場の管理をしながら、諸藩の動きを監視

する隠密の役目を負う「お鳥見役」家族の物語だった。

とても面白かったので、諸田さんの文庫本は それ以降も

『山流し さればこそ』や『其の一日』『青嵐』『笠雲』等々

何冊かを読んだ。

 

しかし 今日の日記は、文庫本『闇の峠』の感想文を書こうと

いうのではない。

この物語の文中に 六兵衛にとって、懐かしい場所や町名等が

出てきたのだ。

遠い昔ばかりを懐かしんで日々を過ごしている六兵衛には

見過ごせない町や場所を、主人公のせつが歩くのだもの・・。

 

文庫本『闇の峠』の 138ページ・・

番町には大小の武家屋敷が立ち並んでいる。
根来家もそのひとつで、道をへだてた隣の馬場には、
武士が乗馬の稽古に入れ替わり立ち替わりやってくる。
七月後半になった今は、人馬に踏みしだかれた下草の陰で
虫たちが鳴きはじめていた。
その日、家を出たせつは馬場に背をむけ、
蛙原(かえるっぱら)の通りを西へ下った。
蛙原と呼ばれているのは昔の名残か、今では蛙も蛇も
めったに見かけない。
掘割へ出たところで右に折れた。
土手四番丁の通りを北へ行く。
牛込御門の橋を渡れば神楽坂で、善國寺毘沙門天
坂の途中にあった。

ある日 せつが「番町」の嫁ぎ先の根来家を出かける場面だ。

番町

道を隔てた隣の馬場に背を向け、当時は「蛙原」と呼ばれた

(江戸切絵図にも書かれている)通りを西へ歩き

外堀の土手を北へ「牛込御門」まで進む。

神楽坂

外堀に架かる「牛込御門の橋」を渡り、現在で云えば

 JR飯田橋駅の西口前を、神楽坂下から神楽坂通り

(早稲田通り)へと上ったところにある「善國寺 毘沙門天」

へと歩いて行く場面である。

 

江戸の時代、将軍を警護する武士達を「大番組」といい

その大番組が暮らす家々のあった辺りを「番町」と呼び

この物語の主人公の根来家も この「番町」にあった。

今でも 皇居の西側は、千代田区一番町から六番町までの

住所名が残っている。

 

何しろ六兵衛が、50数年前の20歳を少し過ぎた頃に住んで

いたのは、「毘沙門天」から もう少し通りを上がった横寺町の

路地の奥にあった3畳一間の安アパートだった。

そのアパートから「毘沙門天」や「神楽坂通り」を経て

JR飯田橋駅までを毎日のように通ったものだった。

 

 ※ 江戸の末期に作られた「江戸切絵図」の一部を掲載して

江戸時代の「番町」や「神楽坂通り」を再現した。

但し この「江戸切絵図」、幕末に近い「嘉永」から「文久」

の時代に作られたものらしく、この物語の六代将軍・徳川 家宣

の時代とは、いささかズレがあるのは 致し方ない・・。

「江戸切絵図」の版元(出版社):「金鱗堂」尾張屋 清七
 作図者:戸松 昌訓 

 

物語の中の「牛込御門の橋」は現在の「JR飯田橋西口」辺り

だが、今の「JR飯田橋西口」は飯田橋駅の改良工事のため

仮の出入口駅舎が出来ているらしい。

JR飯田橋西口

 

六兵衛の「懐古癖」は とどまる所を知らず

先に記した文庫本『お鳥見女房』の

カバーのイラストを描いておられるのは

深井 国という方だが、六兵衛にとって このお名前も

遠い昔の懐かしい「懐古」なのである。

 

フカイ ヒロー

六兵衛が漫画に夢中になっていた中学生の頃

六兵衛が暮らしていた田舎の町にも貸本屋さんが2、3軒あり

5円 10円の小遣いを持って、よく借りに行ったものだった。

その頃の貸本用の漫画本に、ちょっと変わった絵柄の漫画を描く

「フカイ ヒロー」という漫画家がいた。

その後、フカイさんはイラストレーターとなり

名前も深井 国として『お鳥見女房』シリーズなどのカバー絵

描いて活躍されている。

 

おばあさんの畑・・その後

芥川堤道へ散歩に出かけた。

土曜日だからか、それともコロナウイルスの所為なのか

親子連れが多く堤道を歩いている・・。

花道

堤道は菜の花の黄色い ” 花道 ” だ。

 

堤道を通るとき いつも目がいく「おばあさんの畑」。

おばあさんを見かけなくなって 久しい・・。

春になったからか、雑草に覆われていた畑が耕されている。

おばあさんの畑

 

以前、当ブログに書いた「おばあさんの畑」の事・・。

2019年6月4日の記事「おばあさんの畑」に・・

https://arukuneru.com/2019/07/04/grandmother/

 

2019年6月5日の記事「田植え始まる」に・・

https://arukuneru.com/2019/06/05/rice/

 

2019年6月12日の記事「少年の・・」にも・・

https://arukuneru.com/2019/06/12/boy/

 

2019年6月22日の記事「わが町の なつぞら」にも・・

https://arukuneru.com/2019/06/22/summer-sky/

 

・・しッつこい ようやけど。

 

 

「緊急事態宣言」

シンゾウ君、昨夜のキミの「緊急事態宣言」を聴いたよ。

 

一見 真面目に、そして いかにも丁寧そうに 国民に向けて

緊急事態へのお願いをしている風を装っていたが

結局 キミは何を大切に思い、何を守ると言いたかったのか

 六兵衛には よく伝わって来なかったよ。

 

シンゾウ君は いつもそんな感じで 言葉数を多くして

丁寧言葉を並べられるだけ並べ、さも一生懸命やっているゾ

という感じを演出しているのだろうが

残念ながら これまで、いろいろなシンゾウ君を見て来て

思うのは、キミの中身の乏しさなのだ。

(乏しい・・と言うより もしかしたら、シンゾウ君に中身など

初めから無いのかもしれないと思う事もあったけれど・・)

 

仮にも日本の総理大臣という重い責任のある立場のシンゾウ君

なのだから、自分たちの都合ばかりで物事を判断していては

結局 シンゾウ君の母方のおじーさんのようになってしまうよ。

・・・・・

あっ! そうだったね。

キミは その おじーさんに憧れていたんだったね。

そうだった、そうだった。

そんなキミには余計な事だったかもしれないね。

 

でもね・・

六兵衛も初めて知った言葉だから偉そうな事はいえないんだけど

かの古代ギリシャの数学者で哲学者の「ピタゴラス」が

『多くの言葉で少しを語らず、少しの言葉で多くを語れ』

と云ったというんだ。

・・ね。

先人は良い事を言うと思わないかい?・・。

特にキミには、時々は この言葉を思い出してほしいね・・。

勉強に なるよね。

 

シンゾウ君の周りにも、そんな感じの仲間が多く居そうだし

国民の中にも目先の自分の都合しか見ようとしない愚か者も

たしかに居るようだが

しかし、国民の中にもシンゾウ君の軽薄さを見抜いている

人もたくさん居ると思うよ。

何しろ国民の多くがシンゾウ君 個人を『信頼できない』との

世論調査もあるらしいしからね。

 

言っておくよ、シンゾウ君。

キミのやるべき事は、決して「緊急事態宣言」を出したら

それで 終わりなのではないからね。

これからが、これからこそが、国民のためにする

キミの仕事だよ。

いいね!

 

庭に春が・・

春は 嬉しい・・。

 

芽

秋になれば 我が家の庭にも

秋野菜や柿の実など ささやかだが「実り」があって

もちろん嬉しいのだが

寒かった冬を辛抱して過ごし

やっと吹く風や  空の青さに春を感じるようになると

様々な木々が芽吹き始め

先日 撒いた野菜の種子も

ところどころで芽生えてきた。

 

 

 

芽3
庭の片隅に植わっていた「ブドウ」の木を、昨年の秋に鉢植えの盆栽にしようと
枝を切り鉢に植えていたが、枝を切り過ぎたか、鉢植えにしたのが悪かったのか
枯れてしまったと諦めかけていたが、よく見ると、小さな芽が 一つ出始めている。

 

嗚呼・・春だな と思う。

 

芽2
「えんどう豆」も 白い花の後には、まだ小さな実の入ったサヤが出来ている。
次女たちが つれあいに贈ってくれた「藤」の木も、ひと回り大きな鉢に変えた。
今年も柔らかな若葉が出始めている。

 

いつもの事だが

短い春が過ぎれば

茹だるような暑い夏がやって来る事は わかっているのに

春が来ると やっぱり

嬉しくなる・・。

 

 

『頑張ったね』

2年間 続けて来た治療のための歯医者通いが、昨日の通院を

最後に終わった。

 

70歳を過ぎて六兵衛の歯の状態は

それまでの不養生のために 抜けた歯も半端なく多く

残っていた歯も虫歯ばかりで、食事をするにも

しっかり噛める歯など ほとんど残っておらず

もう どうにも誤魔化しきれなくなり

年貢の納め時だと覚悟を決めて、半世紀ぶりになる歯科通い

始めたのが、2年前の2018年の5月だった。


六兵衛の独断で、断りもなくスヌーピー君に
虫歯になってもらって登場を願った。

 

治療に通い始めた1ヶ月後に「大阪北部地震」が起きて

我が家の屋根瓦はズリ落ち、室内外の壁が崩れ ひび割れ等の

被害を受けたが、その日が歯医者の予定日だったから とりあえず

治療に出かけりした事もあった。

その後 家は まだグチャグチャのままだったが

サンタクララに暮らす次女とAaronのところへ遊びにも

行ったりした。

 

六兵衛が世話になった歯科医は人気があって患者が多く

2ヶ月に3回くらいしか治療日の予約が取れないものだから

2年間通ったとはいうものの、これまで六兵衛が歯科医の椅子に

緊張して座り 冷や汗をかきながら治療を受けた日は

大雑把に計算して35日から40日という事になるのだろう。

かば

 

昨日 最後の治療が終わって

六兵衛が『ありがとうございました』と礼をいうと

先生が『長い間よく頑張りましたね』と言ってくれた。

そして 思い出した・・。

60年ほど前の 六兵衛がまだ中学生の頃に

せっかくの夏休みの間中、毎日のように歯医者に通い

全ての治療が終わった最後の日に

おじーさんのような歯医者の先生が『よく頑張ったな!』と

褒めてくれた事があった・・と。

 

中学生の子供でも、70歳を過ぎたじーさんでも

医者からすれば 無防備に大口を開けて

緊張してるだろう患者に変わりはないのかも・・と

改めて思った次第である。

 

唯心浄土

コロナウイルス騒動で 明日が見えなくなっている情勢だが

幸いな事に 芥川堤道を歩ける六兵衛である。

 

桜

冬の間に川底の砂利を浚う工事が終わり、流れが広くなった

芥川沿いの桜堤公園の桜も、寒さがぶり返したような

今日の強い北風に 花びらが舞い散る。

 

 

菜の花

「冬枯れのヨシの群れ」と「終わりが近づいた菜の花」と

「今は盛りの桜花」、そして まだ寒そうな水面と・・

冬と春とが同居する芥川の水辺・・。

 

芥川散歩から帰り道、堤道を離れた路地の入り口あたりの

「久安寺」という小さな寺の掲示板に、1枚のポスターが

貼ってあった。

唯心浄土

 

『唯心浄土』とか『己身を看よ』とかの文字がある。

「ゆいしんじょうど」とか「こしんをみよ」と読むらしい。

そして、腹の中に顔が・・。

 

ついでだから、家に帰って調べてみた。

『唯心浄土』とは、一切の存在は全て己の心の現れであり

仏陀の住む清浄な土地(浄土)も、己の心の現れである。

『己身を看よ』とは、我が身を見つめよという事。   

・・難しくて よう分からんけど、そういう事・・らしい。

 

各家庭にマスクを2枚配ると言ったというシンゾウ君に

出来る事なら教えて上げたい仏語だが、たぶん素直には

聞いてくれないだろうなぁ・・。   

 

安・倍・政・権

ボクは 安倍シンゾウだ。


70歳を過ぎてからマンガ絵が描けなくなっていたが
久しぶりに それぞれに選んだ写真の上からレイヤーを利用して
「マウス」で などって色を付けた。

 

何年か前、予算委員会での「集団的自衛権行使容認」の答弁で

『政府の最高責任者は私だ。』と答えたシンゾウだ。

 

国の最高機関は「国会」であり、権力が単一の機関や個人に

集中する事を避けるための「立法」「司法」「行政」の

「三権分立」が 憲法で定められている日本だが

 そんな理屈はボクの思想の中にはない。

 

第二次世界大戦敗北後の戦争犯罪者としてA級戦犯で逮捕

 されたが、アメリカと手を組む事で数年後に釈放され

 アメリカ側に取り入り、日米安保条約を右翼やヤクザなどを

 使って強引に成し遂げた当時の首相は、ボクの母方の祖父で

 岸家の信介おじーさんだ。

 

ボクは 小さい頃から、信介おじーさんに とても可愛がられた

 うえに、母の洋子からも徹底して信介おじーさんの生き方を

 叩き込まれて育ったんだ。

 

 だから、父親の晋太郎の秘書をしている時でさえ

 父親の晋太郎はもちろん、地元や国会でも清廉潔白な人格者と

 して知られていた父方の寛おじーさんなどよりも

 「昭和の妖怪」といわれた信介おじーさんのようになりたいと

 ばかり考えて ここまで来たんだ。

ボクは日本の権力者になるために生まれて来たと思っている。

 子供の頃からボクは、母や信介おじーさんに そう教えられて

 育ってきた。

 

 

森永製菓の社長の娘なら、その家の資金が いずれボクの役に立つ

と思ったから、”チン”みたいな顔の娘だったが我慢をして

 嫁にしたんだ。

 

 それなのにチン顔の嫁は、夫の立場など考える素振りもなく

 身勝手に振る舞う女だったのだ。

 

満を持して初めて首相になった時は、いささか意気込みが

 過ぎて病気になり、1年足らずで 辞めざるを得なかったが

 二度目に首相になってからは、健康には気を付けながら

 多少のことなら強引に法案を通し、味方になってくれそうな

身内や友人のためには、見返りを期待して 特別な便宜も

図ってきた。

「特定秘密保護法」や「共謀罪」、「働き方改革」等々の

権力者にとって都合の良い法案や、資本家たちにも都合の良い

「働き方改革法案」なども強引に成立させた。

権力者は 金を持つ資本家を味方にする必要があるからだ。

 

「桜を見る会」を私物化だと問題視する輩はうるさいが

 ボクは最高責任者なのだから、誰にも文句は言わせない。

「美しい国」とか、「強い国」とかの美辞麗句を並べて

アピールすれば、アホな日本国民が多くいるから

 内閣の支持率は あまり下がる事もない。

 

ボクは嘘をつく事は平気だし、官僚が忖度などをして

嘘の答弁をしたり、文書の改竄や破棄などをする事は

権力者に対して当然の義務だと思っている。

 

そして 森友学園、加計学園、桜を見る会 等々・・

何度となくピンチの場面はあったが、アホな国民のおかげで

何とかしのげてこれた。

 

 

ところが、ここに来て 思いもしなかったコロナウイルス騒動が

起きた。

これは ボクが持ってる権力や、忖度などで解決出来る問題

ではなさそうなのだ・・。

そのうえに、森友学園問題における「上司に命令されて文書の

改竄をした」というメモを残して自死した近畿財務局の職員の

「遺書」を理由に、残された妻が「第三者委員会による再調査」

を求めて来た。

 

最悪の場合、たとえ首相4選が叶わなくても

2020年のオリンピック・パラリンピックの開催で

ボクはカッコよく有終の美を飾り、首相を辞任しようと考えていた

のだが、オリンピック・パラリンピックは来年に延期となって

しまった。

このままでは ちょっとヤバイ事になるかもしれない・・と

思わぬでもないが、だからといって簡単には諦めはしない。

 

誰が何と言おうと、ボクは『 日本の最高責任者 』なのだから。

何度も言う。

ボクは権力者なのだ。

 

 

今日は4月1日・・エイプリルフール。

「4月馬鹿」・・とも云う・・”馬鹿”って 誰?

 

種子をまく

庭の桜の花も5分咲きくらいか、今年も咲いてくれました。

5分咲きの桜

 

その桜木の下の小さな畑を耕し、肥料を与え

春野菜の種子を撒くための準備を10日ほど前に終わらせていて

昨日と今日の二日間で、それぞれの「種子」を撒き

虫除けと寒さを防ぐため寒冷紗(防虫ネット)を被せる

作業を終えた。

 

種子植え1

「大根(春ゆたか)」、「小松菜」、「青しそ(大葉)」・・

 

種子植え2

「リーフレタス」、「ほうれん草」・・

 

春菊

そして「春菊」だ。

 

 

ちょっと気は早いんやけど、5月頃になったら「苗」を植えようと

思っている「ゴーヤ」のための「棚」も組み、ネットを張った。

 

小さな畑の ささやかな実りを願って・・。