「有漏路」

芥川に架かる「大蔵司橋」東詰から その堤道を南下し

「芥川桜堤公園」を右に見て、西国街道に架かる「芥川橋」を

折り返すコース(約6km)が昨日の散歩コースだった。

 

芥川堤道の途中のフェンス越しに見える小学校のグラウンドで

祝日の昨日、子供たちがサッカーをやっていた。

その中に一人、他の子供達より一回り小さな女の子が

大きな子供達に混ざってボールを追って走り回っていた。

それも 必死に走り、ボールの側に いつも絡んでいる。

絡んではいるのだが、まわりが皆んな大きいから

なかなかボールに足が届かない・・。

それでも諦めず、ポニーテールの髪を揺らしながらボールを

追って走っている・・。

がんばれ!

 

「芥川橋」を折り返した後の帰り道は堤道から逸れる。

昔からの住宅が並ぶ路地の途中にあるお寺の掲示板に

今年 最初の「言葉」が貼られていた。

「有漏路」は「ウロジ」と読むらしい。

赤矢印の先に、この「詩」の説明が貼り付けてある。

「漏」は「ロ」または「ロウ」と読み「煩悩」のことらしい。

「有漏路」は「煩悩の有る、私たちが生きているこの世」の

ことで、「無漏路」とは、「死んで煩悩が消え去った あの世」

の事だという。

この「詩」を現代的に訳せば・・

「人の一生とは、この世から あの世へ行く短い旅の途上に

過ぎず、その旅の途上で一休みしているのが今の自分である。

雨も嵐も、好きなだけ降りつけよ。

豪雨も暴風も旅の途上の一休みの間の出来事に過ぎず

たいしたことではない」という一休禅師の「詩」・・だと

書いている。

「有漏路」とか「無漏路」とか、仏教言葉だと思うが

それにしても、六兵衛は 知らない言葉が多すぎる。

 

 

仮に今 六兵衛に、重くのしかかっている苦しみがあったとして

例え それが、「旅の途上の一休みの間の出来事・・」だと

あの有名な一休さんに諭されたとしても

「雨も嵐も、好きなだけ降りつけよ!」などと悟る事など

決して出来ないだろう・・。

六兵衛は結局、今の軽薄短小のままで「無漏路」になる・・。

 

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