前回(昨年末の・・)の日記にも書いたように
1年の過ぎ去る速さが、ますます半端なく早く感じる年齢に
なってきた気がする。

六兵衛が、もし このまま そこそこでいいから
歳相応の健康を保てられるとして、80歳代の半ばくらいか
都合よく考えれば 90歳あたりまで、この世に生かして
もらえるかも・・との期待もあったりするが、まぁ 世の中
希望通りには いかないことも多くあるわけで・・。
年始 早々に・・とも思うし、年始だから・・とも思うが
この頃、よく 考えることがある・・。
己が死んだら 己自身は、一体 どうなるのだろう・・と。

当然 己の肉体は、消えて無くなってしまうのだろうが
己が死ぬ寸前まで持っていたはずの ”感情”や”記憶”などと
いった ”己の心” とでもいうか、形はないが 己が生きていた
間は、確実に己の中に存在していた ”それ” は
持ち主である己の死によって、どうなってしまうのか?
人の死後、その魂( ”心”や”感情”や”記憶”などのこと・・)は
肉体と一緒に消えてしまうのか、それとも 何処かに・・
残っていて・・ 。
70歳半ばを過ぎた六兵衛が、今更ながら想像をしてしまう・・。

『死は冒険だ・・』という言葉を、テレビの番組で誰かが
言っていたのを聞いたことがある。
その言葉を聞いて、”死” の深い意味など分からなくても
何となくだが 納得できたような気もした六兵衛でもあった。
人が死ぬ事の確かな答えを知ろうにも、生きている者 全てが
未経験者ゆえに、それを知る経験者はどこにもいない。
だから 全ての人は、死後がどのようなものか教えてもらう
事も出来ず、ただ ただ 想像をするのみ・・なのだろう。
死は、先人からの導きや教えもないまま、人が ひとりで
初めて経験する大きな挑戦なのだから『死は冒険だ』とも
いえるのだろう。
だから 初めて、死への冒険に向かう前に ”神” という存在を
信仰し、神にすがることによって、その冒険に向かうための
心の支えにしようと考える人がいても 不思議ではない・・か。
ましてや生前に、大きな苦しみを経験してきた人にとっては
迎える未知の世界に、強い不安を感じたとしても・・。