” 奴 ”ら・・

結局 六兵衛は、 ”奴”が 嫌いなんだ・・。

 

何かのハズミで、軽薄な多くの国民に人気が出た ”奴”を

ずる賢い連中が ”奴”を担ぎ上げて、国のトップに座らせた。

”奴”は 政治家とか実業家とかの何代も続いた家系の坊ちゃん

だから、周りからチヤホヤされて育ってしまった。

 

だから、周りに担ぎ上げられて国のトップに立っても

表面上の格好良さだけを言葉にしていれば良かったし

他者を想う・・などという人間らしい事は 一度も経験せず

だから『美しい国』を目指すとした国家像を ”奴”が

よく口にするのも、耳に心地が良い言葉を単なる思いつきで

言い出したのだろうと想像する。

 

その上、トップに座った坊ちゃん育ちの ”奴” や

その取り巻き連中までもが、未来のことなど考えもせず

また、目先の「利」ばかりを得ようとする多くの愚かな国民が

 ”奴” を支持する事で、グズグズの坊ちゃん政権を

長く続かせてしまっているようだ。

 

ついでだから言ってしまうが・・

この頃は、政治家の2世3世ばかりが目に付くようになった。

「地盤・看板・鞄」という選挙で必要とされる3つの要素が

当人が努力もせずに すでに出来上がっている2、3世の議員は

「阿呆」でも「凡」でも、選挙では有利になるという。

やはり選挙民にも、多くのアホが おるということやろ・・。

 

本来 政治家を志す者は、未来に望むビジョンを持ち

努力とか知識とか能力とかを目一杯 発揮した洞察力で

社会の欲求を正確に感じ取る力を自分自身で身に付けなければ

坊ちゃん育ちの”奴”のように、近い将来 国をボロボロにする。

 

野次る

坊ちゃんだから、褒められ おだてられたら 喜ぶが

委員会で質問者に少しでも批判をされれば

自分の席から野次を飛ばす。

 

結局 六兵衛は、 ”奴”が 嫌いなんだ・・と 思う。

 

道を失う

『欲深き人の心と降る雪は、積もるにつれて道を失う。』

 

今に始まった事ではないが、緊張感のない安倍政治の

「おごり」や「緩み」で「桜を見る会」が大問題になった。

しかし そのうち、世間の関心は薄れるだろうと高をくくり

審議は十分に尽くしたとして、強引に臨時国会を閉会した。

 

2012年12月に第2次安倍内閣が発足してから

徐々に安倍政治が権力を独占する体制を作り

自民党内や官僚、不正を取り締まるべき検察や司法は

政府の言いなりの骨抜きになり

その上に多くの愚かな国民がいて、今日の安倍政治の

緊張感のない「おごり」や「緩み」を正す事が

出来ないでいる。

 

地位や権力、名誉や金などに、すがるが如く欲深い人間は

いつの世にも いるとはいうものの、ここまで そんな亡者達が

並び はびこるのも、珍しいのではないか。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた143作目のカット絵。

 

『♪ 金もいらなきゃ女もいらぬ、あたしゃ も少し背が欲しい』

と歌っていたのは、昔 ラジオからよく流れていた

浪曲漫才グループ「玉川カルテット」のギャグだが・・

それはさておき、今日の日記の書き出しの言葉・・

『欲深き人の心と降る雪は、積もるにつれて道を失う。』は

正に今日の政治状況を言い得て妙である。

 

「幕末の三舟」と云われた高橋泥舟という人の言葉だという。

※ 高橋泥舟とは、幕末の三舟の一人といわれた人、泥舟は後年の「号」。
( 勝海舟と山岡鉄舟、そして鉄舟の義理の兄になる高橋泥舟の三人を
「幕末の三舟」といったという。)
泥舟は旗本・山岡正業の次男として生まれる、本名は精一郎。
後に母方の高橋を継いで高橋 精一郎となり、「泥舟」と号す。

 

桜の下で 大騒ぎ

「桜を見る会」においての、安倍首相と安倍晋三後援会の

「公職選挙法」と「政治資金規正法」違反で追い詰められた

安倍政権だが、野党の年末の臨時国会の延長要求を蹴って

閉会として 逃げた。

 

安倍一党と官僚を含む一味連の、国会での なりふり構わずの

対応ぶりには、滅茶苦茶で喜劇以下で 笑えもしない。

これが国の最高機関の国会答弁として通るというのだから

この国の行く末には 不安ばかりが残る。

政治家も官僚も、取り締まる検察も報道する大手メディアも

現政権の方ばかりを向く愚か者ばかりになった。

 

しかし 何より一番の愚か者は、このような権力者のおごりや

権力の私物化という大きな問題にさえ反応が鈍く

己さえ良ければ、今さえ良ければ いいとの身勝手な考えが

結果的に 国として体をなしていない安倍政治を存続させて

しまっている事に気付こうとしない国民が多くいる。

 

今のままでは近い将来、日本は潰れてしまうだろう。

そんな愚か者をも含めた国民が、大きなツケを負うことに

なったとき、後悔しても 後の祭りだ。

 

このタンクは なぁに?

芥川堤道の散歩へ行く道には、何通りかのコースがあるが

そのうちの 一つに、「名神高速道路」を見下ろしながら通る

側道のコースがある。

高速道路側道

 

高速道路の音はうるさいし、殺風景な側道だけど

たまには気分を変えて・・と、そんな感じて通ったりする。

 

その側道の山の斜面に、タンク風な物体が並んでいる。

以前から その存在は知っていたが、特に興味が湧く事もなく

通り過ぎていたが、数日前あたりから疑問に思い始めた。

 

タンクと突起物

何だろう?

何の為に?

何かの液体とか、ガスとかが入っているようなタンクでは

なさそうな感じの、割と大雑把な作りの 直径 3mほどのタンク

が4基、山の斜面に存在している。

その並んだタンクの下方の斜面の壁には

コンクリートで固定された得体の知れない「突起物」が

たくさん取り付けられている。

突起物の中には電気の配線らしき物が絡まっているものもある。

電線付き突起物

 

この辺りの周辺には工場などはない。

単なる高速道路の側道で、この「タンク」や「突起物」に

意味があるとすれば、高速道路の運営上必要な 何か・・とも

考えられるのだが・・。

 

フト 思いついたのは・・

「Google地図」の写真版の真上から写した画像なら

このタンクを上から覗けるはずだから

「タンク」の中を見られるかもしれない・・。

早速 帰ってGoogle地図を拡大して見てみたが

 

タンク4

鮮明さに欠けるし、第一 撮影時期の違いだろうか

Google地図の空中写真には、タンクが隠れるほどの木が茂って

いて、タンク自体が写っていないのだ。

 

次に、Google地図を見ていて気が付いたのだが

このタンクのある山に、「岡本山古墳」という文字があった。

近くに暮らしながら 六兵衛は「岡本山古墳」という古墳の

存在を知らなかったが、どうやら3世紀後半に存在した

「三島の王」という人物を埋葬した古墳だという。

この地域には「今城塚古墳」を始め、たくさんの古墳が

存在しているのだ。

 

謎の「タンク」と「突起物」が「岡本山古墳」の何らかの為に

存在しているのかどうかを知るために、「岡本山古墳」の事を

ネットで調べてみた。

 

岡本山古墳1

「岡本山古墳」の事を書いたサイトがあって

何枚かの写真があり、その中に「タンク」の写真もあって

一瞬『繋がった!』と喜んだのだが

詳しく見ていっても 特に、そのタンクの説明はない。

たまたま 写ったのだろうか・・。

 

藁をもすがるつもりで「タンクと突起物」の写真を

「Googleの画像検索」でも調べてみたが・・

 

画像検索

特に目を引くような、参考になる画像は見つからない・・。

 

わからへんもんは わからへんなぁ〜・・。

 

散歩時に・・

六兵衛の散歩時は、決まってスマホの「ミュージック」アプリ

に保存している200数十曲あまりの昔の流行歌を繰り返し

聴きながら歩くことを、これまで何度も日記に書いてきた。

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた141作目のカット絵。

 

しかし この頃 散歩時に、「YouTube」の音源を聴いたりする。

もちろん これまで長く聴いていた、ちあき なおみ さんや

三橋美智也 さんなどが歌う、せつなく懐かしい 昔の流行歌が

嫌になったわけでは決してない。

時々は、別の何かを聴きながら歩いてみたいと思っていて

これまで あれこれと探してはいた。

 

六兵衛の生活範囲は、ほとんどが「Wi-Fi」のある我が家から

離れることがないものだから、「モバイル通信量」は

出来るだけ「1GB」以内に抑えるような契約をしている。

だから例えば、散歩などの外出中の「モバイル通信」は

なるべく使いたくない。

 

前回の日記にもチラッと書いているように

この頃は「YouTube」からの音源をオフラインで聴くことが

出来る「Mixdata」というアプリに、「YouTube」からの音源

を「Wi-Fi」状況下の我が家で一時的に保存して

散歩時に聴きながら歩いたりしている。

(余談だが、前回の日記を読んだ つれあいが

『仏教の教えに「決定」はない・・』との意味が よく分から

へん・・と説明を求めてきた。

・・が 六兵衛に、その坊さんの話しを 手く説明できるほどの

真の理解や語彙の持ち合わせなどが無いものだから

『説明でけへん・・』と、うやむやのまま終わらせ・・た。)

 


六兵衛が以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2012年の冬の頃に「さし絵」として掲載していた142作目のカット絵。

 

それから昨夜 もう一つ、散歩時 にオフラインで

「モバイル通信」を使わずに聴ける方法が ある事を知った。

六兵衛が就寝時に愛聴している「Podcast」アプリの

「ライブラリ」に、前もって 我が家の「Wi-Fi」状況下で

聴きたい番組を保存しておけば、散歩時の「Wi-Fi」状況にない

しかも「モバイル通信」を「オフ」にしておいても聴くことが

出来るらしい。

試しに一つ二つ「Podcast」番組を保存したあと

スマホの「Wi-Fi」と「モバイル通信」を「オフ」にして

再生したら、番組の保存した分を聴くことが出来た。

 

「YouTube」や「Podcast」からの無断での保存が違反かどうか

定かには知らないが、それで商売をするわけでもなく

六兵衛 個人のささやかな楽しみの為だから

多分 大目に見てくれるやろうと思っている。

 

六兵衛に パソコンやスマホなどを、まともに使いこなす事は

出来ないが、それでも少しづつ 作業範囲は広がっている・・

かも。

 

仏教の教えに「決定」はない

 

ポスター

散歩道の途中にある お寺の掲示板に

今月の「言葉」が張り出されている。

「 自分の悩みや苦しみの原因を、他人の所為にしがちだが

それは 自らが生みだしているものだ・・」と言うような事が

書かれている。

相変わらず寺の坊さんは、当たり前の事を さも説教っぽく

言いたいらしい。

 

今日、「YouTube」からの音声を聴きながら歩いていて

何処かの坊さんが話をしていた。

その 話しの中で『仏教の教えに「決定」はない・・』と

そんなような事を言っているのを聴いた。

 

なるほど・・。

それを聴いて なんとなく、安心した気持ちになる。

 

 

 

秋風情

冬の始まり・・。

 

おまえは お化けか・・

11月の終わりの頃に、新バージョンの「MacOS Catalina」に

アップしたものの、この「Catalina」が、未熟な六兵衛が使用

するには 何かにつけて不要領と思えて、やっぱり前バージョンの

「macOS Mojave」の方が、使い勝手が良かったということから

新バージョンにアップした2日後には

前のバージョン「macOS Mojave 10.14.6」に戻した経緯がある。

 

それなのに、それなのに・・

これで、慣れている前バージョン「macOS Mojave」のままで

六兵衛のペースで静かにMacを使えると思っていたのに・・

出るんよ、今でも・・

お化けみたいな 奴が・・。

デスクトップ画面の右上のほうに

スゥ〜と 小窓が音もなく・・現れるんよ・・。

それも ほっといたら 毎日のように やで・・。

 

そして・・

次に続く小窓を見ると・・

 

やはり やはり、「MacOS Catalina」の新バージョンへの

誘いやないか。

 

ところが その下に書いてある文言を よく読んで見ると

「ほかにもアップデートがあります。」とある。

どうやら 「macOS Mojave 10.14.6」内のセキュリティーを

アップするためのアップデートの可能性もある・・という事か。

 

その前に 念のため、その小窓の赤矢印で示した

「Macを自動的に最新の状態に保つ」の「✔️」を消したら

今後 この様な新バージョンを誘う小窓は出なくなるのでは

ないかとの期待を込めて、「✔️」を外しておいて

小窓の表記の少し上に戻って、「詳しい情報」をクリック

してみると・・

 

先の「ほかにもアップデートがあります。」との文言は

「 セキュリティアップデート 2019-001 10.14.6 」の

アップデートの事のようだ。

「今すぐインストール」をクリックした。

 

これで上手くいく・・と思ったら 行き着い先は

結局 新らしい「MacOS Catalina」へのバージョンアップに

つながる小窓だった。

「 セキュリティアップデート 2019-001 10.14.6 」の

アップデートはとりあえず出来たのかもしれないが

Appleは どうしても新しいバージョンアップを させたいらしい。

 

六兵衛に そのつもりはないから、その事に途中で気が付いて

作業を中止した。

 

こんな風に いつまでも、しつこく しつこく

新しい「MacOS Catalina」に誘い込まれる危険?が続くと

六兵衛の、小さくて スカスカの頭脳では

何が何だか分からなくなってくる。

こうやって、ブログに その過程の説明を書こうとして

訳が分からんもんやから、文章も まとまらない。

 

ほんま もう グチャグチャやけど・・

それでも我が「MacBook Pro」は、細かな事さえ気にしなければ

今日も元気に動いているのだ。

 

『 連れもって 行こナ!』

 

晋三クン! 教えてやるヨ。

2013年に「特定秘密保護法」

2014年に「集団的自衛権行使の限定容認を閣議決定」

2015年に「安全保障関連法成立」

2017年に「共謀罪法成立」

 

第2次 安倍内閣が誕生して、翌年の2013年から2017年

までの間に、戦前の思想でもある国体護持のための法案を着々

と成立させた。

その後の2018年には、「働き方改革関連法」や

「外国人材受け入れを拡大する改正入管法」などの

企業の身勝手を許す法案を、一方的に成立させた。

その前年の2017年には、森友学園や加計学園における

安倍一党の問題が浮かび上がっていた。

安倍夫人が応援する森友学園への、国有地を不当に安く

払い下げた問題と、問題発覚後に決済の文書を改ざんした

虚偽文書作成等々の森友学園問題。

そのあと 続けて明らかになったのは、安倍首相の「長年の友」

だという加計学園の獣医学部新設を推し進めるために

安倍首相とその一派が「特別の便宜」を図り

文部科学省への強引な新設の強要があったという問題。

 

そして そして またしても、今回の「桜を見る会」だ。

 

何なんだ!「この男」と「その一党」は・・。

「公私混同」も甚だしい。

逃れようも無い「権力の私物化」である。

 

国のリーダーともいうべき立場の「者」が 平気で嘘をつき

その子分どもや出世に駆られた官僚達をも巻き込んで

見え透いた「嘘」で ごまかし、うまい汁を吸おうとする。

これは異常である。

はっきりとした証拠が出ない限りは

どこまでもシラを切り通す面の顔の厚さ。

 

今日の日記の始めに記した「各法案」の成立は

人が人を殺す戦争を呼び起こしそうな「悪法」だとは思うが

考え方の違う人達の賛成多数で正式に決まった法案でもある。

しかし、2016年の「自衛隊の日報隠蔽問題」に始まり

森友学園や加計学園における、嘘にウソを重ねて

決まり事を無理矢理に曲げての強引な権力行使と

それ故に伴う文書改ざんのやり方は

今度の「桜を見る会」へと続くが、これらの事が

何度も何度も 行われているのが、安倍政治の特徴である。

 

晋三クン! 教えてやるヨ!

キミの行っている事は、政治家として、首相として・・

何より 人として、最も してはならない事なんだぞ!!

 

嗚 呼 〜

木々は紅葉し、落ち葉となって散り終わろうとする季節に

春の頃の『桜を見る会』という集まり事で政界が揺れている。

 

揺れる

 

長く続く 一強 安倍政治の安倍首相本人や、その お友達連中は

本来 真摯に司るべき「行政」に限らず

三権分立であるべき「司法」や「立法」までをも

自分達に都合の良いように曲げて解釈させるほどの権力を得て

言葉では『美しい国 日本を創る・・』などと言いながら

行っている事は、力ずくの手法を使い 勝手気ままに

自分達の欲と都合だけの為に 真っ当な政治の「体」を成さない

やり方を行ってきた。

 

森友・加計問題に限らず、今度の「桜を見る会」における

自分たちの欲や人気取りのために国税を使い

首相や彼を取り巻くお友達連中がグルになり

出世を「餌」にして官僚をも巻き込み、文書は改ざんし

『知らない、記憶にない、記録は処分しました・・』等々の

曖昧な答弁で、うまい汁を吸ったまま逃げをはかる。

何しろ、度々の安倍政治の悪行にさえ国民の多くが無頓着

なのか、安倍首相の支持率は さほど下がっていないという

のだもの・・。

 

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残念ながら今の野党を頼りたくとも

まとまって力を発揮しようとする心の太さも意欲も感じられず

故に 相変わらずの無力でしか無く、安倍政治に まともな反省を

促す力を、野党には期待 出来そうもない。

 

安倍政治に終わりを告げてもらうために

国民や野党がダメなら、残る手段の党内野党に期待を・・と

いうことになるが、以前の自民党ならば兎も角

自民党内に反対派閥があったとしても、如何せん皆んな

牙を抜かれてしまっている。

政権への自浄作用?を求める圧力には なりそうもない。

いや むしろ、自民党議員のほとんどが安倍派といってもいい

ような現状では、何をか言わんや・・である。

 

あぁ〜・・。

 

次の再読の文庫本は

六兵衛がこれまでに読んだ文庫本の中で

特に面白かった文庫本は 再読する事を考えて

本棚に残している。

この頃の新しい文庫本には、六兵衛好みの 読みたいと

思えるような面白そうな小説が少なくなってきている。

だから だから、ここ数ヶ月 読書コーナーでの読書は

再読用の文庫本を本棚から取り出してきて読んでいる。

浅黄 斑さんの『無茶の勘兵衛日月録』シリーズ

長谷川 卓さんの『北町奉行所捕物控』シリーズ

吉田 雄亮さんの『深川鞘番所』シリーズと読んできて

先日、辻堂魁さんの『風の市兵衛』シリーズ全20巻と

『風の市兵衛 弍』シリーズの手許にある第4巻までを読み

終わった。

 

それにしても、やっぱり 市兵衛さんは いい!

侍として 人として、強く真っすぐで 、人を慈しむ優しさが

六兵衛の胸を温かくする。

何より、誠意と真心と誇りを持った市兵衛さんの生き様が

清々しい。

「弱きを助け 強きをくじく」という勧善懲悪の

単純といえば単純な時代小説だが、どうにも六兵衛は

この小説が 好きで好きで たまらないのだ。

 

市兵衛さんの再読が終わり、次に 再読用の本棚から取り出して

読み始めた文庫本は『返り忠兵衛 江戸見聞』 全15巻。

作者は 芝村 凉也さん、(双葉文庫 出版) 

藩主がお気に入りの守旧派の首魁たちが、藩を牛耳ろうとして

横暴が目立つ遠州地方の小藩・定海藩。

そんな守旧派に、蔵奉行を務める兄を殺された筧 忠兵衛は

取り敢えず江戸に逃れる。

知らぬ間に藩のお家騒動に巻き込まれるが

得意の剣と正義の心で守旧派たちに命をかけて立ち向かう。

この物語も やはり、そんな勧善懲悪の時代小説である。