仕草の不思議

講談社文庫・書き下ろしの荒崎一海さんの最新シリーズ

『九頭龍覚山 浮世綴 門前仲町・第1巻』を読んだ。

荒崎さんの代表作ともいえる時代小説「闇を斬る」シリーズや

「宗元寺隼人密命帖」シリーズなどは、どちらかと云えば

剣が強く、ストイックとも言えるほどに 己に厳しく

武骨で二枚目の主人公を、やや硬めの文体で表現されて

いたが、今回の『九頭龍覚山 浮世綴』は

少々 趣が異なっていて面白かった。

 

 

深川永代寺門前仲町に、兵法学者の九頭竜覚山と

元 辰巳芸者の”よね”とが世帯をもって暮らし始めた。

新婚 暮らしの、男から見た女の仕草の不思議さを

ほのぼのと楽しく、この作者の これまでの作品と比べて

かなり砕けた文体で表現している。

そして 殺陣あり、捕り物ありの江戸人情物語でもある。

 

 

内心 同意してしまいそうになる・・

男から見た女の仕草の不思議さの一部を取り上げてみた。

 

その壱・・

『女は、つくづく、しみじみ、やっかいな生き物である。

嬉しければ 笑えばよい。

なにも 涙をながすことはあるまい・・。』

 

その弐・・

『女と世帯を持つのは、

極楽至極と隠忍艱苦(インニンカンク)である。

奇怪至極な生き物と暮らす。

喜悦と懊悩(オウノウ)とに理不尽不可解まで加わった

荒波にもまれる笹舟に乗っているようなものだ。

しかし 思うに、書物では けっして得られぬ学問であろう。』

 

その参・・

『森羅万象には理(コトワリ)がある。

そのはずだ。

これまで紐といた書物に、女の奇っ怪さを解き明かしたものは

なかった。

ならば、躓(ツマズ)かぬよう 用心しながら

学んでいくしかない・・。』

 

その四・・

『正面が越後屋(江戸日本橋の呉服屋)だ。

柄を選んで採寸するだけだ。

すぐに済む、と覚山は考えていた。

ところが、決まらない。

手代が つぎつぎに持ってこさせる。

そのたびに、”よね”が悩む。

どっちでも よいではないかと内心で思ったが

そんなことを口にしたら 千尋の谷に突き落とされるよりも

怖い目にあいそうなので、噯(オクビ)にも出さず

”よね”に相槌を打ちつづける。』

 

 

も、もちろんの事、逆に女にも

男の単純な馬鹿さかげんの不思議さを 鼻で笑うこと

などもあるのだろうと、きーポケは思うのだが・・。

 

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