「晴耕雨読」・・という言葉がある。
『よく晴れた日には 畑を耕して汗を流し、雨の日には家の中で
読書をして教養を深める。俗世間から離れ、自然に任せて
のんびり暮らすこと」・・そんな意味のようだ。
フト 我に返って思いついた、今の六兵衛は「晴耕雨読」の
ような暮らしを送ってる・・ みたい?。
だって、晴れた日の午前中には 毎日ではないにしても
裏の畑に出て野菜作りに汗を流し、午後の昼寝をしたあとは
まぁ 雨の日でも 晴れの日でも、とりあえず読書をする・・。
そんな毎日なのだから、やっぱり これって
「晴耕雨読」じゃ ない・・?

・・と、一応は言ってみたけれど、しかし「晴耕雨読」の意味を
よく調べてみると、その後には まだ続きがあった。
『田園に閑居する文人の生活などを云う。』と・・。
「閑居」とは、世俗を逃れて心静かに暮らすこ・・とあり
「文人」とは、学問を修め 文章をよくする人・・とある。
よく考えてみるに、いやいや、 考えるまでもないか・・
六兵衛ごときが、” 世俗を離れて 心静かに暮らしている ”
などと、とても云えたものではない・・。
ましてや 六兵衛の「読書」といえば、単純な時代小説などを
面白可笑しく読んでいるだけであって、” 学問を修め 文章を
よくする ”・・ といった文人などの読書と比べること自体が
いささか恥ずかしく、「雨読」などと とても云えたものではない。

それでも まぁ、むつかしい理屈を抜きにすれば、六兵衛は六兵衛
なりに大雑把で単純な意味での「晴耕雨読」らしき日々を送って
いるようでもあるが、決して人様に自慢出来る「晴耕雨読」では
ない事は、本人が一番 よくわかっている。
そして 戒めるべきは、手前勝手な解釈の「晴耕雨読」の日々を送る
六兵衛自身を、隠居暮らしの ごまかしや言い訳などにしてはいない
か・・と思ったりもするが、当人が そこのところを分かってさえ
いれば、それで まぁ いいか・・と、自分に言い聞かせながらの
日常である。