記憶媒体には 寿命があるらしい・・

六兵衛がパソコンを使い始めて20年ほどのあいだに

一時的に必要だから残しておく「メモ」などとは違って

出来れば六兵衛が存在する限り残しておきたいと思う

「写真」や「画像」・「テキスト」などの大切な「モノ」が

それなりに ある。

 

それでも これまでに、六兵衛の取り扱の拙さから

大切な「モノ」の一部を削除してしまう失敗を何度か

してしまい、以後は「外付けHDD」を購入して

大切な「モノ」は 外付けHDDに保存するようにしてきた。

HDD

 

ところが この頃、「外付けHDDも安心ではない」という

気になる記事を 何度か見かけた。

調べてみたら、外付けHDDでも5年から10年くらいが

寿命のようで、せっかく保存した記録が壊れたりする

可能性もあるというのだ・・。

他の記憶媒体の「フラッシュメモリ」、「光ディスク」など

にしても、六兵衛の寿命よりも短いかも知れない という・・。

 

ならば 自分の大切な「モノ」を、どう保存したらいいのか

今 六兵衛に考えられるのは「オンラインストレージ」という

存在だが、何しろ それは・・

他者に預ける「人任せ」という事で、別の意味でも 少々不安に

思うのだが、これしかないとなれば 六兵衛の硬い考えを改めて

しっかりとした「オンラインストレージ」を見つけて

利用するしかないのだろう・・。

第一、六兵衛が下手に保管するより

そういったストレージの方が、そりゃぁ安全だよ!との声も

聞こえてきそうだし・・。

 

考えてみれば 六兵衛は、すでに「Gドライブ」や「Box」などの

アカウントを持っていて、

それらの「オンラインストレージ」で 日常のメモ書きなどを

利用しているのに、それらの あれやこれやが 結びつかず

応用心が働かず ウロウロしている現状だが・・。

 

とりあえず 無料で利用できる「オンラインストレージ」を

探して、じっくり検討をしてみる つもりだ・・。

 

夜霧の第二国道

六兵衛の散歩のお供は、スマホのアプリに保存して

オフラインで聴ける戦前や戦後の昭和2、30年代の流行歌

特に、ちあきなおみさんや三橋美智也さんなどの歌を

Bluetoothイヤホンで聴きながら芥川堤道や上の池公園などを

歩くのだが、そんな流行歌の中に

フランク永井さんの『夜霧の第二国道』という歌がある。

 

この歌、昭和32年にレコードが発売されたというから

六兵衛など まだ小学生の頃のことだが

フランク永井さんの低音を生かしたスローバラードだ。

その1番の歌詞・・

「 つらい恋なら ネオンの海へ

捨てて来たのに 忘れてきたに

バックミラーに あの娘(こ)の顔が

浮かぶ夜霧の あ〜ぁ 第二国道 」

( 作詞:宮川 哲夫 作曲:吉田 正 )

 

じーさんになった今 改めてこの歌を聴いていると

だらだらと長い台詞をこれでもかというくらいに綴った

今風の歌に比べて、ごくごく簡潔(単純?)で

誰が聴いても一度で 意味が分かる・・そんな歌詞だ。

六兵衛など 単純かもしれへんけど

こんな分かりやすい歌の方が、やっぱり 伝わってくる。

 

 

蛇足になるが・・

その時代から少し後の テレビが全盛の頃に

牧伸二さんというウクレレ漫談家がいて

彼が漫談をする前にウクレレを弾きながらテーマソングを

歌うのだが、そのセリフにフランク永井さんが出てくる。

そのテーマソング・・

「♫ フランク永井は低音の魅力

神戸一郎も低音の魅力

水原弘も低音の魅力

漫談の牧伸二 低脳の魅力

あ〜ぁ イヤんなっちゃった

あ〜ぁ 驚いた」・・と。

 

 

フランク永井さんの低音の歌声も魅力だが

『夜霧の第二国道』の歌詞を じっくりと聴いて

昔の歌は、余計なモノは削ぎ落とし簡潔でいいなぁと

改めて思う六兵衛でありました。

 

 

昨日、西に沈む夕日が 燃えるように 激しく きれいで・・

2019:7:5:19.26
・・2019年7月5日 午後7時26分

 

おばあさんの畑

芥川堤道を北へ上った塚脇橋近くの小さな畑で

いつも一人で農作業をしていた おばあさんを、これまでにも

散歩の途中に たびたび見かける事があった。

今年 その畑の側を通ったら

雑草に覆われて、荒れたままの畑だったので

もしかしたら あの おばあさん、もう畑仕事が出来なく

なったのか・・と、その堤道を通るたびに気になっていて

これまでにも その おばあさんの畑の事を

当ブログにも何度か書いた。

 

例えば・・6月5日の記事「田植え始まる」に・・
https://arukuneru.com/2019/06/05/rice/

 

6月12日の記事「少年の・・」にも・・
https://arukuneru.com/2019/06/12/boy/

 

6月22日の記事「わが町の なつぞら」にも・・
https://arukuneru.com/2019/06/22/summer-sky/

 

 

昨日も 芥川堤道を北へ上って

その おばあさんの畑の側を通ったら

畑は ますます雑草が増えていて

畦道に 小さな立て札が立っていた。

『現地確認用立札』との文言があり

雨に濡れても良いようにだろう ビニール袋わ被せている。

おばあさんの畑

 

「現地確認用・・」とは 何を意味しているのか

散歩から帰って、ネットで調べてみたが

あまり詳しい事は わからなかった。

想像するに・・

初期の頃の政府主導から地方行政や農協へと変わった減反政策

において、田畑の転換や遊休農地とかに対して

農家が行政の指示通りに、きちんと減反や転換をしているか

どうかの調査のための確認標示板なのではなかろうか・・。

 

それは ともかく・・もう この畑で、あの おばあさんが

ひとつ ひとつを大切に積み重ねていくようにされていた

畑仕事の姿を見る事は出来ない・・と いうことだろうか。

 

スモモの実

我が家の生垣に植えているカナメモチの木が

なかなか生え揃ってくれず、隙間だらけの状態が長年続くので

少しでも生垣らしく 隙間をなくす足しになればと

数年前に つれあいが、園芸センターで 小さなスモモの木を

一本 購入してきて、カナメモチの木の間に植えた。

生垣1

 

そんな生垣も、それから数年を経て

段々と生垣らしく隙間も少なくなって来るようになると

その一役を買ったスモモの木が、小さな実を付け始めたが

小さいままで熟れる前に落ちたりしていたから

その後も、スモモの木には あまり関心もなく

ただ 生垣の一部として役に立ってくれてればいいと

その程度の期待のスモモの木だったから

さほど気にもせず 放ったままにしていた。

 

 

それが先日 つれあいから、『そろそろ スモモの実を

採ったほうが いいんじゃあない・・』と云われたので

「小さくて熟れてもいてへんのに採ったかて 食えへんで〜」

と内心は思いながらも、カナメモチの垣根に埋もれた状態の

スモモの木の側へ行って 枝葉の中を覗いてみると

なんと! そこそこの大きさの、赤く熟れて 実の表面に

白い粉(ブルーム)が付いたスモモの実が なっていた。

生垣

 

そんな事とは思いもしないから、せいぜいが両手の中に

収まる程度の量だろうと

期待もせずに手ぶらのままで採りに行ったら

なんと、両手では持てないくらいのスモモの実がなっていて

引き返して改めて持ってきた笊に、溢れるくらいの

山盛りのスモモが採れた。

スモモの実

 

昨日、つれあいと 近くのスーパーへ買い物に行った。

ちょうど野菜売り場にスモモが並んでいて

8個入りの1パックが680円の値札がついている。

ふぇ〜っ!

我が家の、垣根がわりに植えた、スモモの実・・

バ、バカに ならへん やんか!

 

もう 7月・・

7月・・もう7月・・1年の半分が 過ぎたかぁ・・。

早いなぁー、実に 早いなぁ・・

過ぎ去る季節は 早い、早い・・

 


きーポケが以前 作っていた「大衆娯楽小説は文庫本で」というブログの中の
2011年の梅雨の頃に「さし絵」として掲載していた59作目のカット絵。

 

これまでにも 何度も何度も、そんな事を実感してきたのに

何かの区切りでもあると、また そんなことで感慨にふける

六兵衛なのだ。

 

・・「感慨にふける・・」との言い方は

ちょっと大げさ過ぎたようで

軽薄短小の六兵衛には似合わないように思うが

それにしても、「季節が過ぎ去る・・」という表現も使ったが

「季節が過ぎ行く・・」という表現もあることに気づいて

はて、この場合は どちらの表現を使うのが正しいのか・・

過去形とか現在形とかの 違いかぁ?・・

もしかしたら 現在進行形とかぁ?

・・と 考えてみたけど、今更 そんな事

六兵衛に分かるわけもない事だった・・。

 

もう7月かぁ・・との 本来の話から 逸れて行きそうだが

その本来の話 自体が「アッという間に 歳をとってしまう事への

単なる愚痴」の話なので、逸れたままでも 構わんのです・・。